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2004年12月08日(水)
何度も書いているが12月だというのに暖かい日が続くなぁ。 まだ野球できたかもね。 先週の日曜日の陽気なら絶対にできたな。 でも今季はもういいや。
今シーズンは開幕から左肩の痛みで、まともにバット振れなかった。 一振りで激痛が走り、握力が無くなり左肩から腕にかけて痙攣さえ起きた。 激痛のためバットを立てて持つことすら難しかった状態が続いた。 合宿の頃、シーズン半ばすぎて、やっと普通に振れるようになったけど それでもベルトより上のボールに対して振ると痛みが走った。 だから高めは全部捨てるしかなかった。 結局、そのまま痛みが残ったままシーズン終了。 今は普段の生活では痛みを感じることは無いが、 時々、無理な体勢になると少しまだ痛いときがある。 この左肩の痛みのために今季の成績は15年目にして初の1割台。Σ(・д・;) 最低最悪の成績しか残せず、何も実りの無いシーズンだった。 絶対に普通にバットが振れないということが自分自身で分かっていたので ほとんどの試合、打順は一番最後にした。期待できないもんね。 でも、まともにバットを振れないので選球眼だけは養われたかな。 振ることができないから選んで塁に出るしかできない。 あっ!当たっても出れたか。 というわけでチーム最多タイの四球数、これは15年間で自己最多の数だった。 あと今年もチーム最多の死球数、これで、ほんのちょっとだけは貢献できたかな…。 盗塁も自己最多タイの数字は記録した。 もうマジでバットでは貢献できないと分かっていたので 四死球と盗塁でがんばるしかないツライ1年だった。 でも出塁率は5割を超えられなかった。 やっぱり四死球だけじゃ出塁率は伸びない。 ある程度のヒット数が必要だと感じたね。
2000年の右肩痛の時は打つことに関しては、あまり影響が無かった。 実際、3割以上打てたし。だけど今年の左肩痛はダメだったな。 途中、あまりにも痛くて野球が嫌いになりそうになった。 マジで打席がまわって来ないでほしいとさえ思ったときすらあった。 Sリーグ前半が終わって梅雨期間中のプレ・シーズンゲームなんて 痛くて痛くて仕方なかった。梅雨なのに、なんで中止にならないんだと 空梅雨の天候を恨んだこともあった。 だけど新ユニフォームのデザインを考えたり、 ホームページを更新したり、会報を作ったりして なんとか野球への愛を持続させてきた。 おかげで肩の痛みに耐えながら、なんとか1年間頑張ってこれた。
ちなみに今季わずか4本のヒットに終わったが、 そのうち2本はヒットかエラーか判断に悩む当たりだった。 自分のベストヒットは第3戦の多摩川緑地でのカープ戦だな。 自分のヒットが出るまでノーヒットノーランに抑えられていたが なんとか、それだけは阻止したいと思い、意地で打った当たり。 確か、この試合の1打席目は生まれて初めて左打席に入ったっけ。 全然、距離感がつかめず三振した。 2打席目は前打者の長谷川が出たらバントするつもりだった。 だけど長谷川凡退のため、無我夢中でノーヒットノーラン阻止のために振った。 ジュピターズにノーヒットノーランの屈辱なんて絶対に嫌だった。 あの時のスイングは痛みが無かったんだよな。それは覚えている。 結局、試合は負けたが最悪の事態だけは阻止できた。 なので、このヒットだけだな、チームに貢献した場面って。 あとは、ただ居るだけの存在のようなものだった。 ほんと悔しい1年だったな。
このシーズンオフの間に完全に痛みが無くなり、 また来年は思いっきりバットが振れるようになることを祈るしかない。 今年は本厄でもあったが、もうすぐそれも終わる。 普通の状態に戻れば、3割くらいなら絶対に打てるはず。 そう自信を持って打席に臨みたいね。今年はそれができなかったから。 そして来年はチーム創設満15周年で新ユニフォームだ。 みんなの活躍に乗り遅れないように今年の分もかなり頑張りたいね。
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