Web Masterの日記
辻加護卒業の電撃ニュースはスポーツ新聞等でもかなり取り上げられていたようだ。様々なファンサイトを巡回してみたが、各地の反応は様々。歓迎する人、悲観する人…。どちらかというと悲観的な意見が多かった気がする。「辻加護卒業=モーニング娘。終了」みたいな。ある種の「終末観」かね。よく誤解されるが自分は「モーニング娘。」のファンではない。しかし、ASAYAN時代から変化と進化、時には退化も見ている者としてとても愛着があるのは確かである。だから実は誰が辞めても嫌なんだよね。自分の気にしているグループから誰かが抜ける、これは本当に寂しいし限り。たとえそれが「巣立ち、旅立ち」という歓迎すべきものであってもそう簡単に割り切れないものなのかもしれない。特に、ある意味、モーニング娘。の顔的存在の辻と加護がいっぺんに抜けてしまう損失は、計り知れないものがあると感じる。まぁ、モーニング娘。から抜けても、あの2人なら計算できるのは確かだが残されたモーニング娘。はどうなってしまうのか…。しかし辻加護がモーニング娘。にいる限り、5期、6期のメンバーは育たないだろう。特に不良債権とまで言われている5期は保田卒業以降、その後釜的キャラとして扱われている太った小川以外、全然存在感がない。5期と6期でやっていた「ゴロッキーズ」も人知れず終わってしまったし。しかし辻加護の存在が彼女たちの足かせになっていたので卒業なら大きな間違いだ。バラエティ番組化している歌番組に於いて、彼女たちの存在は大きい。今後は誰がどんな役割を担当するのか想像もつかない。大人の都合で卒業させられる辻と加護は卒業までの間、歌番組に出て、MCに「なんで卒業するの?」と聞かれて、ちゃんと答えられるのかな。しどろもどろにならないか?モーニング娘。にいながらでも2人のユニット活動は出来るのではないか?ここで突然の卒業の意味があらためて問われる。なぜ卒業させられるのかマジで理由がよく分からない。あくまでも2人でのユニットという点に重点を置いてるのか…。なっち同様、ハロプロコンサートでの卒業ということだが、これもなぜだろう?モーニング娘。のコンサートじゃダメなのか?ハロプロはある種お祭みたいなもの、そこで卒業というのは何か違う気がする。今回の卒業が果たしてモーニング娘。や辻加護にとってプラスになるのか、それともマイナスになるのかは今後の展開を見てみないと分からないが夏には安倍、辻、加護がモーニング娘。に居ないと考えると寂しいね。というか興味が大きく失われそうだ。こんなに幼かった2人なのに大人になったんだな〜