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2001年09月28日(金)
巨人軍の長嶋監督が辞任を発表した。 プロ野球の象徴である人がユニフォームを脱ぎ、現場を去る。 なんだか、とても寂しい気がする。 自分の世代は当然、4番サード長嶋、背番号3を見て育った。 一番初めに覚えたプロ野球選手は長嶋茂雄であり、活躍に一喜一憂した。 小学5年の頃だったっけ、長嶋引退試合もリアルタイムで見た。 最初の監督をやった時も、長い浪人後、1993年からの監督の時も 常にプロ野球の中心にいた。 一時、巨人が嫌いになった時もあったが、長嶋さんだけは嫌いになれなかった。 やっぱり選手としても監督としても偉大なスターであった。 常勝、そして優勝が義務付けられている巨人軍。 その監督を長くやることは、ものすごく大変なことだと思う。 勝って当たり前、負ければボロクソに叩かれる。 本当はもっと早く辞めたかったのかもしれない。 昨年はセリーグ優勝、そして王ダイエーとのON対決を制し 20世紀最後の日本一に輝いた。 勇退するには一番のタイミングだったかもしれない。 しかし次の監督候補である原を育てるために あえて、もう一年ユニフォームを着た。 本当に巨人を、そしてプロ野球界のことを誰よりも考えている人だと思う。
辞任会見の長嶋監督の顔は、なんだかホッとしているようにも見えた。 やっと肩の荷が下りた。そんな感じだ。 来年はサッカーのワールドカップがある。 野茂、イチローや佐々木、新庄に続き、メジャーに行く日本人選手もいるだろう。 ますます日本プロ野球にとっては厳しい年になるに違いない。 そんな年に長嶋監督が指揮をしていないのは致命的かも。 野球人気にさらに翳りが出てくることは必至だ。 だけど、半生をプロ野球のため費やしてくれて、 我々ファンを楽しませてくれた長嶋さんをこれ以上、縛ることは誰にもできない。 本当にお疲れ様、そしてありがとうと感謝の言葉を述べたい。 自分は長嶋茂雄がいたからこそ、野球が好きになった。 そして、その結果にジュピターズというチームもできたのだ。 長嶋茂雄のプレーを見なければ野球は好きにならなかったかもしれない。 好きでなければ自分のチームなんて作ろうとも思わなかっただろう。 突き詰めていけば、長嶋茂雄がジュピターズ創設に大きく貢献したといえる、 はず…。(^_^;)
年齢的にも、3度目の監督の可能性はないだろう。 もうユニフォーム姿が見れないのは残念で仕方ないが、 自分は常に長嶋茂雄を心に、もう少しジュピターズの現役で頑張ってみよう。
「野球というスポーツは人生そのものだ」 長嶋さんの言葉で締めくくってみました。 長嶋茂雄、栄光の背番号3番は永遠に不滅だ。 本当にお疲れ様、そして今まで夢をありがとう!
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