川底を流れる小石のように。  〜番外編〜  海老蔵への道!
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2005年12月21日(水) 丸一日三階に。

 月曜の夜、テレビで中村勘太郎・七之助兄弟の密着番組を見る。
 ふにふにしたちっちゃな子供時代から、ずっと芸をしこまれて、
 そういう場面がこうして山ほど残っていて、大人になった今、見られるということは、
 やっぱり凄い。
 中でも勘太郎は、幼い頃から舞台が本当に好きで好きで、
 取り組み方が真摯で、子供ながら尊敬に値する。

 俄然中村屋熱が盛り上がってきたところで、
 ちょうど一日歌舞伎座で昼夜観劇の予定が入っていた。
 もう朝から晩まで「通し」でみるのは体力的にもキツイしやめようと思うのだが、
 日程をやりくりしていくと、どうしてもこうなってしまう。

 
 昼の部
 今日の三階は、やけにおじいさんが多い。
 渋めの演目だし、思っていたよりチケットもとりやすかったし、
 普段はおばちゃんパワーに押され気味のじいちゃん達が、こぞって出てきたのか?
 
 そして、じいちゃん達はやはり弁慶が好きらしく、
 一つ目の演目「弁慶上使」を熱く見つめているのだった。
 おのおの、拳を握りしめたり、涙を流したり、うなづいたり、楽しんでいるようで、
 そんな熱気の中にいるのは、案外楽しいものだ。

 三階名物のおでん定食で腹ごしらえ。
 暖まった。

 次の演目は、勘太郎・七之助の踊り。
 こうして遠い三階から眺めていると、同じ衣装同じ振りで踊る兄弟は、
 実は大きな力の差があることがハッキリわかる。
 勘太郎は、体の中心の軸がぶれないから、
 どんな形をしていても、どこの角度から見ても、
 一つ一つがとても美しい。
 昨夜テレビで見た、真剣な取り組みぶりは、こうして実を結んでいるんだと実感。
 すごいよ勘太郎!
 父・勘三郎は勘太郎に「おまえは不細工なんだから、芸をしっかり磨け!」と言ったと聞くが、
 この人の努力は、確実に観客に伝わっている。
 それにしても、どれだけの努力で、あの美しい所作を体にたたき込んできたのか、
 想像してみるだけでも、気が遠くなるようだ。
 残念ながら七之助は、軸がふらふらと安定せず、
 頭でわかって踊ろうとしているのだろうが、美しくない。
 
 玉三郎・勘三郎の「盲目物語」
 玉さんが舞台の上でお琴を弾きながら、唄までうたって、
 なんだかお得な気がした。
 
 昼と夜の間に、歌舞伎専門古書店「奥村書店」をのぞき、
 歌舞伎座稲荷にお参り。
 今年も楽しい舞台を沢山観させていただきました。ありがとう。
 来年も沢山来られますように!


 さて夜の部。
 「恋女房染分手綱」(子別れ)では、福助の長男児太郎が頑張ってた。
 コタちゃんは、幼いながら役の心になりきって、
 母との別れの場面では、ポロポロと涙を流し、
 ああここにも舞台大好き少年だわ・・・と思うと、
 けなげで、不覚にも涙。

 歌舞伎座には三階と一階の正面入り口の手前と、2ヶ所に蕎麦屋がある。
 三階からだと一階の蕎麦屋は遠いのだけれど、やっぱりこっちが好き。
 久々にかきあげが食べられて、嬉しかった。

 「船辨慶」
 能がかりの舞踊なので、眠くなるかも?と思っていたが、
 そこはやはり玉三郎なのだ。
 玉さんの踊りは、長唄や三味線はもちろん、後見の1人1人まで、
 舞台のすみからすみまで、くまなく玉さんの心意気が行き届いた、
 素晴らしい緊張感が張りつめていて、
 それだけで心地よい。
 玉さんの時によく唄っている長唄の杵屋直吉さんの声がツヤっぽくて、
 うっとり。
 この方、夏の比叡山の時にお見かけしたのだが、
 着物をりゅうと着こなして、脇を通り過ぎたら良い香りがして、
 まわりのご贔屓のおばさま方がうっとりしていて、
 なんかもう艶つやなのだった。うへへ。
 他にも不謹慎ながら、私が密かに「チーム玉のメンズ」と呼んでいる、
 坂東薪車の義経や、
 後見の坂東功一のすっきり襟足なんかにも思わず目がいってしまい、
 眠るどころじゃないのだった。
 こんな不謹慎な観客で申し訳ない。
 
 きりは忠臣蔵外伝「松浦の太鼓」。
 舞台の雪景色が美しくて、
 客席の盛り上がりぶりを見ていると、日本人って忠臣蔵が好きだよねーと思う。
 実に楽しくも切なく熱く、良くできたお話で、気持ちよく見終えた。
 
 ああ、やっぱり歌舞伎って面白い。

 
 明日のスタジオパーク、いよいよ海老蔵の登場なので、
 録画失敗しませんように!
 帰ってきて見るのが、本当に楽しみ!
 
 


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