| 2008年03月09日(日) |
欧州の無人補給機打ち上げ 国際宇宙ステーションに物資 |
- 共同通信 医療費の「給付うらやましいか」 被爆体験者に“屈辱”質問 - 共同通信
◆日常
ケロは相変わらず左足が痛いので歩けない。(家人が言うには「おかあさんにだっこしてもらうの」とやや嬉しそうだったらしい。)シップを貼る時にヒアリングしたら左足の膝下から向こう脛が痛いらしい。明日の予定をキャンセルしてMRIを撮ってくれる病院へ自転車で遠征予定。またこんな時に限って、車がないのだ。月火と休みの予定にしているからそこまでは保育園も休めるけど、水曜日には歩けるようになるだろうか?(そして私の一人ゆっくり休みは消えた。)
◆図書館
しかし図書館へは行く。自分でもよく取っておいたと感心したダコビーで抱っこ&自転車の後に乗せて、用事は済ませた。
返却「ペルセポリス�機Ν供廖屬�ものの日の髪型」「光の指で触れよ」
◆読書
池澤夏樹「光の指で触れよ」
ひさしぶりに池澤夏樹の本を読んだ。きっかけを作ってくれたDさんありがとう。新聞連載を追うのは苦手なので読んでなかったが、だいぶ内容も推敲されているらしい。
「すばらしき新世界」の続編となっているが、いきなり家族の距離が変わっていて驚き。(以下ネタバレのため反転) 林太郎の浮気は「恋をした」と綺麗な言い方で書いてるけど、夫婦関係を終結させる覚悟もない浮かれたものなので、やっぱり浮気だ。手元にないけど前書でアユミさんとしてた約束を破ってるんじゃないか?幼い子どもがいるので両親が揃ってないと可哀想だから離婚を思いとどまるという価値観にも納得はできない。じゃあ浮気相手に子どもができたらどうすんだ?2人と結婚はできないぞ。子どもができる可能性のある行為を複数の相手と行うというのはやっぱり無責任。 アユミさんが最後の方で「私は異性に好意を向けられてもアンタッチャブルだという信号を出していた」と林太郎を責める箇所があるけれど(本返却しちゃったから内容については全てうろ覚え)、アユミさんは前書では(これも手元にないのでうろ覚え)お互いに今の相手より好きな人が出来たらパートナーチェンジ可能というような約束をしていなかったけ?私の記憶違い?
でもアユミさんの自分探しもどうかと思った。自分の価値を捜すのって、それほど大切なことですか?地の塩になれとは言わないが、そんなに皆で捜さなくても、と思う。パートナーに浮気されたことで、自分の人間としての価値を否定された気持ちになり、日ごろ抱えていた不満が閾値を越えたんだろうかというのは下世話な想像だが。レイキについては個人的にやってる人に危なっかしい人が多いのであまり近寄りたくないと思っている。真面目にやってる人には申し訳ないけど。 本当に子どもを育てるのに理想的な環境は一夫一妻なのか?メスが複数のグループで子育てをするゾウやイルカ(だったかクジラだったか)のやり方は駄目なのか?とか、そのあたりも考えてしまう。 それからシュタイナー教育については、確かに素晴らしく理想的な子ども時代を過ごせて幸せだろうという気持ちもあるけれど、私は純粋なままの美しさよりも、現実離れしない純粋も不純もひっくるめた美しさを理想とするので、子どもを社会から引き離して幸福に過ごさせることがいいことだとは思えない部分がある。
それらの批判、反感もありつつ、でも自分達の食べる分だけ、少量多種の農業で自活していくという考えにはある種の誘惑を感じる。実際には私は社会参加もしたいし、着物を着るのにまず蚕を飼うところから始める気にはならないし(終戦後すぐの宮尾登美子さんの婚家ではやってたけど)、お金がたくさんあることは素晴らしいことだと思っているし、食料自給率だけを上げてもしょうがないんじゃないかと思ってるところもあるけど(あと皆が自給自足になったら、政治や学問、教育や福祉や、そういう集団知の必要な活動ができないんじゃないかという気もするし)、多様化の中にその選択肢があってもいいとは思う。この辺については、もっと考えなくてはこれ以上書けることがない。
あと表紙に使われた写真について本の最後に「ユジェン・バフチャル 全盲の写真家」と紹介されていて、そんな矛盾した存在が、と気になっていろいろ調べたら面白かった。それを知らなくても作品として印象的だけど。
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