| 2006年06月24日(土) |
メモリアル セレモニー |
とある難病で急逝した友人の追悼式に参加してきた。
彼は顔に似合わずポエマーであり、 とても透明感のある写真を撮っていた。
会場の一部には、生前に出版していた詩集の原版や、 未公開の作品、プライベートショットを多数展示していた。
彼と生前親しくしていた人の代表が1人と、 家族からは彼の上のお兄さん、そして最後にお父さんが、 それぞれ生前の彼の想い出を穏やかに語った。 途中、彼が病床ながらも皆へのメッセージを録音したテープが流れ、 また病気が発覚した直後に書いた長い手紙も読まれ…
気が付いたら、2日経ったこの日記を書いている今も、 まだその痕が残っているほど、強く腕を掴んでいた。 無意識のうちに、泣くまいと必死で我慢していたのか、 どうしてなのか自分でもわからなかった。
悲しみの消化の仕方は人それぞれ、 でも私は、みんなの前でも素直に感情を出せる人を、 この時は少しうらやましく思えた。
彼は自分の境遇を知った時、 周りから全ての色が失われていくような感覚に襲われたそうだ。 それほど強い喪失感、私には想像も出来ない。 どれだけ生きたかった事だろう、どれだけ辛かった事だろう、 しかし家族にもそんな事は一言も愚痴らず、 時間はかかったものの、穏やかに運命を受け入れたそうだ。
残された時間を大切に使うことで、 彼自身も周りも生命の尊さについて考えることが出来たように思える。
”もう逢えなくなってしまうけど、 寂しい思いをさせてしまったらすみません。”
そんな台詞が手紙の一文にあった。
大丈夫… 寂しいけど、きっと悲しみは癒える。 悲しみは消えても、想い出は消えない。
今回のセレモニーだけで、出席者は大体200人くらいか? 本当にたくさんの人が哀しみの区切りをつけにやってきた。 改めて、彼がいかに周りから愛され、慕われていたかがうかがえた。
彼の事があったのもあるけど、 無意味に命を虐げる者、そして粗末にする者、 私はそういうものを心底侮蔑する。
もう、そういうものには一切関わりたくない。
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