ヒロの日記

生き辛さ・・・個性だと思って、

2002年04月14日(日) お見舞い

夜七時、親父と二人で姉のお見舞いに行って来ました。
ウチから車で15分くらいの大学病院。
おいら、こんな大病院に入るの久しぶりなので、
少しワクワクしてしまいまいした。

駐車場の隣りに救急ヘリがある。すげぇ
院内へ入る。
やけに広い廊下の壁には、患者さんを和ませるための、
絵がたくさん掲げられていた。
やたら入り組んだ構造で迷子になりそうです。
これまた広いロビーの一角に、コンビニまであります。
ペット茶を買ってから、3階の集中治療室へ行きました。

ICUの前のお見舞い人用のソファーには、
数組が座っていて、一様に沈んだ空気です。
インタフォンから家族の名前が呼ばれて、
次々に入室していく。。。

まずサンダルに履き替えて、
不織布の上着を着て、
使い捨てのマスクをつけて、
消毒液で手を洗う。

ICUは大部屋になっていました。
部屋の真中に沢山の機器が設置してあり、
看護婦さんがきびきび働いています。
部屋の壁に沿ってベッドが並んでいて、
かなり深刻な様態らしき患者さんが寝ています。
見てはいけないと思いつつ、ついチラリと見てしまう。

姉は奥の角っこにいました。
カーテンを分け入ると沢山の管に繋がれた姉が、
少し黄ばんだ顔色で横たわっていました。

ドラマでよく見るピコピコ鳴るモニタがあった。
親父が持ってきた『ちびまる子ちゃん』を読んでいた姉は、
おいらを見るとにっこり笑って手を差し出しました。

二十分くらいして、
おいら急に貧血に襲われてしまい、吐き気もしたので退室しました。
外のソファーで休んでいるうちに楽になったので、
廊下をぶらぶらしていました。
トイレに入り、うん○して流そうとしたら、
間違って”お助けサイン”のボタンを押してしまい、
看護婦さんらしきヒトが「どうかなさいましたか?」
なんてノックしてくるもんだから、
「いっいえなんでもありません。。。」
出るに出られなくなってしまい、今度は男のヒトが、
「大丈夫ですか?」と訊いてくるしまつ。

やっべぇ〜(ーvー;)

「大丈夫です。。。」

気が動転したおいらは、何故かやたら水を流しつづけて、
五分ほどしてキョロキョロしながら脱出しました。
すっかり挙動不審でソファーのところへ戻ると、
親父が「どこ行ってたんだよ!」
と呆れて待っていました。


ところで、
おいらは小さい姉さんがどうして怪我を負ってしまったのか、
はっきりと聞かされていません。
一月ほど前に親父から
「昨夜大変な事故かあって××は救急車で運ばれた。」
とだけ知らされました。
たぶん交通事故でしょう。

「腰の骨折ったの?」

「そう。。。」

「頭は大丈夫なの?」

「頭はたいしたこと無いらしい」

「腰の骨は治るのに時間がかかるらしいからね」

そんな短い会話だけでしたから、詳細は謎のまま。


姉というヒトは”入院マニア”なのです。
現在に至るまでにアルコール中毒、拒食症による栄養失調、
境界性人格障害、自傷行為もろもろで入退院を繰り返してきました。
今回もその延長としてとらえています。

姉自身が語っていた事ですが、
どうやら看病されるのが嬉しいらしいのです。
大抵の精神病患者(おいらも含めて)は入院させられることに、
抵抗があります。
しかし姉は入院生活を理想化して逃避に使いたがるのです。
非常に腹の立つせりふ。

「私は薄幸の美少女として、一生お山の病院で暮そうとおもっていたの」

(ー△ー;)ば〜〜か!


30過ぎてなにが少女だよ。
病院てえのは治して出ていくための施設なんだよ。
ホテルじゃねえつうの!

そんな風に姉の精神構造を透視しているおいらなので、
人並みに同情することが出来ません。
あのひとは今の状況に案外屈折した幸福感を、
感じているのではなかろうか。


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