あの時の あの頃のふたりではもうないんだよね、 あの時しなくてはいけなかったこと。 本当はわかっていたのに。
あの時でなくては ないもかも変わってしまう事を。
そのときを逃したら もう 違うふたりになってしまうことなんて とても明らかだったのに。
あの時はそんなことにも 気が付かないフリをしていた。 おかしな私たち。
今日もかれはバイクを停める場所を変えている。 ここ、1週間くらい 毎日そこに停まっている。 前とは違う場所。
帰るとき、まだ彼は社内に残っていた。 見たわけではないけれど 声が聞こえていた。それに出ていけば その場面を見かけるから。
いつもどおり、地下をとおって 前にいつも一緒にいた、あの喫煙所で 1人で煙草を吸って それで階段を降りて帰る。
小学校の間の桜並木を抜けず、 普通の道から帰る。
曲がるかどうか、という時に 後ろからバイクの音が聞こえたから。 それは絶対彼のバイクではなかったけれど 違うという事を確かめなくては気がすまない。
一つ目の大きな通りを渡り ふたつ目の通りに向かっていると 後ろから、バイクの音。 それは本当に彼のバイクだった。
こうやって抜かされていくことは 過去に何度もあった。 でも一度も停まってくれたことなんてない。
今日もそう。 そして、ふたつ目の大きな通りの信号が赤で停まる。
私はその通りを曲がって、反対の歩道に行くべく 横断歩道を渡る。 彼の前。まん前を通って。
彼は信号待ちを先頭で しかも横断歩道に乗り入れる位前に停まっていた。
そんなことはとっくに気が付いていたけれど 無視して彼の目の前を通る。
そこで話かけたりしたら 彼に気が付いていることになってしまうから。 それに周りには気付かないけれど 同じ会社の人が何人かいるはずだった。
信号が変わる。 彼は右折するから、私の通る横断歩道まで来る。 私は横断歩道を渡るべく、歩きだす。
そのとき、彼が私の目の前で停まった。 停まるしか、ないんだ。他にも歩行者が10人くらい渡っているから。
でもそれはもう、明らかに私と気付いて 私の目の前に来ていた。 彼じゃなかったら、なんて危ないんだろうってくらい ぶつかりそうなくらい、目の前に。
私はびっくりして、彼にそのとき気が付いたという顔をして 彼を見た。 彼のメットを被っている顔を見るのは初めてだったけれど 少し黄色がかった、フルフェイスのヘルメットの奥の 彼の目を しっかり見た。
何か言わなくてはと思う。 でも何もコトバが出ない。 彼のバイクは数センチしか私と離れていない。
危ないじゃないって 彼の手をつかもうかと思った。
そんなことを考えていると 彼のほうから、頭を下げた。 自信ありげに。 私に早く行けと言わんばかりに。
きっと 彼を見ていたのは 3秒くらい。 でも彼から、それを終わりにした。 そして、私も頭を下げて、 彼のバイクの横をすり抜けて帰った。
なんでもないこと。 彼にしてみれば。 でもきっと。わざとしてくれたと思う。
あのまま、どこかに連れて行って欲しいのに。
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