昼食に誰かを待つ日は

2019年07月27日(土)

いま、2019年7月27日の22時前後の(台風が迫っていると予報が出ていたのにそれた夜)いま、なんだかすこし満ち足りた気分。

午前中にぐだぐだしながら起き上がり、ちょっとだけギターを練習してから労働に出かけた。
店を開け、テーブルを拭き、水をそそいでサラダを仕込み、カレーをかき混ぜて、店内のBGM(大貫妙子にした)を流して、それからお客さんがぼちぼちとやってくる。オーダーを取ってカレーをつくり、そうしている間にいつも通り不機嫌な顔の店主がのっそりとやってきた。

今日は比較的軽やかに動けたため、皿を洗っている最中に「ねえどうしたの!そんなに動けるなんてすごいじゃん」と褒められた。わーいわーい、と本当に口に出し、店主と一緒に「ふふふふ」、「ひひひひひ」と笑い合う。この隙間に、蝉の音が挟まって、あ、蝉が鳴いているなあと気がついたのだった。珍しく穏やかな時間が流れるも、この後店主は気分が沈んで沈んで、最終的に店で不貞寝をしてしまう。

この店でいま働いているのは私と、それから美大に通っている大学生の男の子らしい。なぜか、この子の後ろ姿だけ見たことある。背中以外は何も知らない。その男の子が、店主いわく「使えない」子らしく、気遣いが出来なければ平気で遅刻をしてくるし、カレーを切らしたまま対処はしないし、帰りたい時にはさっさと帰ってしまうのだという。
そんな状態だというのに、今日彼から「給料ください、取りに行きます」と言うメールが届いたようで、店主は顔をしかめていた。「このメールに対しての返事を打ったから確認してくれない?」と言われるも、その時は忙しくて適当に返事をしてしまった。のちに、「面倒くさそうな顔したからそれ以上何も言わなかった」とのことだったけれど、どうやらお給料をちゃんと払うのは難しいよというような内容を送ったそうだ。最終的にはその男の子から「もう店にはいきません」と連絡が来たようで、ひどく落ち込んでいた。
「ねえ、どうしよう。電話しようかなあ」とかなんとかをずっとボソボソと嘆いている。放っときな、と返す。だって来ないなら来ないで仕方ないし、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないと。
それでも店主は結構変わり者で、勘違いされやすい性格であることは確かだ。今日も上の階のひとから「この人はね、うるさいひとなんだよ」と言われたそうで、二重に落ち込んでいた。
それでもはっきり物事を言う性格、裏表のない性格を私は好き。でも、この裏表のなさというか、あまりに正直に動きすぎるところが災いして、これまでもいろんな人と衝突しているらしかった。この男の子の一件から、過去の様々な記憶が引き出されてしまったのか、「ああ、こんなダメな店主だからこれまでも本当に申し訳ないことをしてしまったんだよ…」だとか、はたまた、「でも無駄話ができないの!あの子は。私は無駄話がしたい」など的を外れたことを言い、それから「はあ。もう店に誰も来てくれないかもしれない」など悲観的になったりしていた。ただ、私はそのとき大量の玉ねぎを切っていたためほとんど泣いていて、泣きながら「大丈夫、大丈夫だよ」と一応は言ったのだけど、全く説得力はなかっただろう。本当に目が痛くて正直それどころではなかったのだ。

そんなこんなで、気がついたら店主が寝てしまった。その横で一服し、それから店主の寝姿を横目にカレーを静かに食べていた。この人、本当に不器用だなあ。それでも憎めない。
私もこれまでだいぶ理不尽に当たり散らかされたことはあるけれど、それでもこの人のことは嫌いにならないと思う。昨日は川に行って泳いだせいで腰を痛めたらしく、「腰が痛い、腰が痛い」ともつぶやき続けていた。寝ている間に勝手に看板をクローズにする。店主がハッと飛び起きて、それから「ごめんね、ごめんね」と柄にも似合わず謝り続けられた。このひと、本当はものすごく心配性なのだ。そして傷つきやすいひと。今度は本当に「大丈夫だよ」と言う。

店を出てからは古本屋に行って本を5冊と、花屋でミントと青い花を購入。労働後のささやかなご褒美である。それから三ツ矢サイダーのとびっきり冷えたものを部屋で飲もうと決めて、買った。

そんなこんなで、部屋についてシャワーを浴び、コップに氷をたんまり入れてサイダーを飲み干した。夏だ!これが夏だ!冷房をガンガンにつけて、花瓶に花を生ける。もうあとは買った本を好きなだけ読むことだけ。明日も予定が何もない、だからちょっと満ち足りた気分なのである。

さっき1冊の本を読み終えた。その本のおかげで、ことさら幸福な気持ちになった。登場人物は「きゅうり」、「数字の2」、「帽子」の3人、3人の物語。多分この本のおかげでこんなに幸福なのかもしれない。ありがとうと思う。

つぎは「若い愛人が電気屋につくった借金を返すため、心ならずも再びジャガーを狩る羽目になった中年」の物語のなかに入っていく予定。南米の魔術の話。
おひとりさまに欠かせないのは、本と煙草と自分だけの部屋だ。これだけあれば十分。それから冷えた飲み物と、音楽と固いせんべい。


フジロックに行っている彼から「すべてが見えた」と連絡が来る。はて?と思ったところ「詳しくは帰ってから話す」とのこと。変な薬でもやったのだろうか。
あちらは大勢で盛り上がっている最中、私は今、小さい部屋で静かに些細な幸福を味わっている。


 < 過去  INDEX  未来 >


左岸 [MAIL]