築38年
nemaru



 恋のツキの感想

恋のツキが終わった。

「中村敦彦に謝礼をもらってスクランブル交差点の雑踏に消えていく茗荷谷ファールボール所属の40台ワコ」しかラストを予想していなかった私は非常にショックをうけた。ったく、なんなんだよこのラストは。なんなんですかー!

いやいやいや。しかし、結局のところ、いつもここから風のファイティングポーズで「合法になるまで待て!」と言ってるだけのまんがだったのかよ。金属バット風にいえば「高校生は肛門から吸収すれば無害!」

むなしい、、、。
読後感は最悪でした。ツキだからなのか、そっこーで和月先生の顔が夜空にうかびました。わざわざ外印の顔を年相応に醜く描いた和月伸宏かわいそう。和月先生はるろうに剣心でからくりあるていすとのおじいさん「外印」の顔をおじいさんにしました。「じじいなんだ、当たり前だろ!」と思っていましたが、あとあと単行本の人物造形コラムでは「(醜く描いて)誰がよろこぶんだ?」と反省してもおられた。それからのち、なんかの折、自分の顔を公表されたりもしました。和月先生にとって「顔」というのはライフワークになりました〈fin〉

そうです、和月先生。人が望むものを描いてこその漫画家なのです。先生、恋のツキで私達はワコの幸せを特に望んでいませんでした。けっこうリアルシミュレーターのブラックロックシューターとしてドキドキしてました。

お風呂場で頭を洗いながらちょっぴり泣きました。けど、ああいう終わり方もなくはないのですね。想定の範囲内というか。や、だって、むしろ映画(好き)の人が映画のところに集まるのはごくふつうのことだし、年頃の男子はすぐに気が変わって結句あぶれるし、早いめに染め上げとけばああ(ブーメランに)なるのだろうと思い直しました。ある意味かなり現実の、ありうる範囲内での終わり方でもあるのだ。そのままいったら馴れ初め段階で非合法のにほいがするもんで、運命若干ロンダリングする必要に駆られたもんで。ああそうか。なるほどなるほどー
そう思いなおすのに、そう時間はかからなかった。うん、あるある。ありえる。

ありえるけど腹立つ。都合が良すぎるよ
因果律をうっちゃった感じ。それこそ読者に媚びて外印の顔を美形にした和月伸宏のような。きゃー外印さまー!でも、ありえる範囲内に読み手を誘導した。しかし、これはもっとも悪どいやりくちのように思える。予定調和というやつでもあり、なあなあというやつでもある。現実はどっちにでも振れるというやつを、中辛のあまくち寄りに仕上げた。だからこのラストは「マッチ売りの少女が最後のマッチで見たやつ」であることを読者自身が相補的なうねりでもって仕上げなければなりません。というか、あえてガチャガチャの隠喩(隠れてない)でもって今回は当たりだと言ってる。

いや、正確にいえばなんだかハズレのほうは経済的な満たされと精神的な欠乏の組み合わせであり、当たりのほうは経済的なハズレ(を受け入れられるほどの)精神的充足の組み合わせであると暗に言ってるような感じだ。

負けてもいい賭けという言葉の裏に精神的充足があって、この場合の肉断つ(にくたつー!)は経済的なものだ。おそらく将来的な不和とか健康では(現時点では)ない。

そうなっちゃったかー(時代)

この、懲罰というか、応報一兎が駆動していない話に対する憤りというか、シンプルに言えば(元カレ)棄てた(高校生に)飛んだ(なんだかんだあったけど結局)堕ちなかった(着地した)この流れ、一応5巻で堕ちてるけれども、これが元カレの喰らったやつと同等かといえば幾分かるかないか?とか、なんかそんな調剤薬局めいたことを感じながら薬研をゴリッていんですかい?

飛んだことに対して報酬があり、棄てたことに対する罰があんまりないようにみえる。調剤するのは新田章なので文句は言えないが、この処方でよろしかったんでしょうか。

堕ちなかった理由も納得できなくはないが、恋のツキの「尽き」のほうを早めに読ませて「ツイてるほう」の「ツキ」で甘辛く炊いて終わらした。その、いちいち「両方やるぬるさ」がKKOなんかよりダンゼン乙女になりたかったのに畜生涯サリーマン根性やらされてる人間にとっちゃある意味きつい。憤りを覚えてしまう。

いや、やらされてる? ふんころがしさせられ? ふんころがさせられ、サリーマンさせられなら、やめちゃおっかなー☆

新田章の漫画のイライラは「え、おれのほうが因果なんか信じてるめんどくさいやつなの?」という気分にさせられるところで、常識とかべきをチュンチュン撃ってくる。

伏線はなくはなかった。ワコが入院したとき、マスクをした顔の方が不細工(というか年相応)に見えた。なんか脱脂綿を中に縫い付けたようなマスクをしたワコだったが、マスクをした人のほうが老けて感じられる世界、マスクよりも顔の方が幅を利かせる世界。こういう倒錯した世界の中で「加齢臭」と罵られたワコの友達の旦那これいかに。そういや、イコ君が電気つけっぱの伏線はどこで回収されたのか。

自分の鮮度をBETして手に入れたといえば聞こえは良いのかもしれないが、ロンダリングされていく人たちのほうはどうなんだろうって。だから漫画で良かったとか、たまにいる人で良かったと思える範囲でなら、いてもいいのかもしれない。いてはいけないってことではない。だが単純にこの暗数に、この懸崖に、向こうがあるとでも。無数の残機が谷底に転がってることを今回、ひとりの人生で示せなかったことはちょっとした罪なんじゃないかと思う。新田章の世界では、BETする身体が誤魔化されている。マスクのシーンは入院という意味ではなく、描線が年齢を欺いているほうをこそ読み取るべきだと思う。それこそ恋のツキ冒頭の、言いたいことを言わないで違和感を溜め込んでいるような破裂寸前の描線。


書いたあと読み返したら、このへんのことも含めてガチャポン戦士として「当たりが多いとおもえるように」と書いてあったので、ここ2ヶ月頭の中で醸成脱線していった恋のツキのイメージとはだいぶ違っていた。



2019年08月12日(月)
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