Stand by me,please my friend
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朝、無性にライヴに行きたくなって飛び出した。完璧に勢い。来月の頭になればまたライヴはあったんだけど、なんだかとても聴きたくなってしまった。それだけの理由。
扇町のフラットフラミンゴ。噂には聞いていたけど本当に小さなバーで、そんな場所なのにアップライトピアノもあって、という、なかなか不思議な空間だった。
開演時間を少し過ぎてミラーボールが回りだす。窓の傍に座っていたから、少しずつ暗くなっていく外の大通りとのギャップにわくわくしてしまった。1曲目の『サンタクロース』の途中でいきなり6弦が切れた。PEALOUTの頃に一度だけ1曲めにベースの4弦を切ってしまったときの話をしながら弦を張り替えていく姿、あんまり普段見られるものじゃないからじっと見てしまう。弦ってこうやって張るんだー、なんて。全く楽器をやらない自分には珍しい光景だった。
少し前のライヴでOASISをカバーしたという話から、『Rock'n Roll Star』を。昔カバナイでKOGASISで唄ったという話も懐かしい〜、なんて思いながら聞いてた。あの頃カバナイなんて行けなかったけどね。話だけ聞いて羨ましがってた頃を思い出した。
最近のオリジナルの曲は今の自分の心にちょうど良い感じに寄り添ってくれる。今は音楽に圧倒されたいわけでも、打ちのめされたいわけでも、気分を上げてほしいわけでもなくて、寄り添っていてほしい気分なんだろうな。アンコールで聴けた新曲の『Wild Flowers』、早くバンドで聴きたいな。
この日のお客さんは決して多くはなかったけど、その分アットホームな良い雰囲気のライヴだった。こういう場所があるのを教えてくれたのも、彼の音楽なんだよなぁ。と、しみじみと考えながら夜行バスで帰宅。2週間後にはあのバンドのレコ発がある、楽しみすぎる。
21日に東京に行かなかった代わり、というわけじゃないけど(代わりなんてないし)、大阪へ行ってきた。1月以来のムジカジャポニカ。
この日のトップは鎌田さん。鋭い眼光が印象的。し、渋いっす…!と思っていたら、MCではとてもお茶目。昨日の名古屋で飲みすぎた件とか、自分の生き様がマンガになるから読んでね、とか。曲は分からなかったんだけど、最後まで集中力を切らさずに聴けた。というか、割礼の人なことをここで初めて知りました…。『ハレルヤ』という曲が心に残った。
二番目に出てきたのは近藤さん。ピアノで『ここから』を歌ってくれた。21日にも歌ってたし、以前からよく歌う曲ではあったけど、このタイミングで聴けて嬉しかった。この曲は、たぶん私が唯一本人に「好きだ」と告げていた曲だった。 カバー曲は、古明地さんの『about a boy』。歌詞が少しずつ分かるようになってきた、“空を見てる/星がきれいだなんて”とか、えらくロマンチックなこの曲。このうたがまた本人の歌声で聴けることを願ってる。 後半は最近の新曲たちを。『ディズニーランド』は聴くたびに大好きになってる。バンドの音で聴きたいな、とも思う曲。今年中に聴けるだろうか。『Power of Dreams』を歌いはじめると、客席から自然と手拍子が起きた。それを見た近藤さんがすごく楽しそうに歌ってたのが印象的だった。なんだか未来が拓けてる、そんな印象のライヴだった。
トリは高橋研さん。鎌田さんもだけど、初めてライヴを見た。はじまる直前のSEがガンズの『knockin' on heaven's door』で、そのSEを引き継ぐ形でそのまま歌いはじめた研さんに頬が緩んだ。こういうのをさらりとしてしまうのがかっこいい。近藤さんがライヴでカバーしていた、川村カオリさんの『うそつきなロッカー』も聴けた。『金色のライオン』も。実家が岩手の方だそうだ。岩手のミュージシャンを集めてチャリティーイベントをすると言ってた。
アンコールでは3人でそれぞれの曲をセッション。最終的に強制スタンディングで終了。客席の座席に思いっきり足をかけて突っ込んでいくお三方を見て、某Gを思い出してみたり。アンコール含めてたっぷり3時間。予想通り最終の新幹線は間に合わず、夜行バスで帰宅→出勤の強行スケジュールに決定。でも、最後まで観てよかったな。音楽には力がある、って、あの日以来より強く思うようになった。研さんの言った「西日本のみんなが支えてね」という言葉。その力を蓄えるためにライヴに行こう。たくさん笑おう。
この日は現地へ行くことを断念したけど、そのことを決めた直後にUstreamで中継されることが決まった。緊張しながらPCの前で待ってた。開演時間を少し遅れて、黒いシャツを纏った近藤さんがふらりと現れた。いつものように赤いギターを抱える。
最初に聴こえてきたのは『静かな世界へ』『荒野を抜け、そして戻る』から始まる1stの曲たち。ああ、今日のライヴは近藤さんのこれまでの歩みなんだ、と感じる。『少年』を聴くと、それを初めて聴いた柳川のことを思い出す。川下りの船頭さん、きっと昔からあるであろう商店。あの白いカフェ。また行きたいな。この日はエレピじゃなくてちゃんとしたピアノで、『春風』や『小さな夜を抜けて』、以前からやってるけど音源になってない曲も聴けた。
2ndの曲では『草原』がダントツでかっこよかった。ブルージーな曲調で。『ここから』はいつ聴いても大好きな曲。もうこの時点で満足してしまう。
カバー曲も何曲か。個人的に一番嬉しかったのが、古明地さんの『about a boy』。今ライヴをお休み中の古明地さん。いつかまたツアーに出てくれたら良いな。この間、ふと思い出したばかりだったから、古明地さんのうたを唄ってくれて嬉しかったな。
後半は音源になってない最近の曲たちを。最近まで、ここ1年くらいの曲は『雨色のギター』が一番だと思ってたんだけど、『ディズニーランド』がそれを抜きそう。なんだか涙腺にくる曲なのです。歌詞がまだきちんと分からないのだけど、涙を隠さなくて良いよ、そんなことを唄っていて、頭をなでられてるような感覚になる。他にも音源になっていない曲はたくさんあって、ライヴでしか聴けないのがすごく悔しいので音源になってほしい。そしたら色んな人に伝えられるのに。
ここまででたっぷり3時間。このタイミングで思ったのが、いつもならアンコールにとっているような曲が、もう全て唄われてて無い、ということ。胸がざわついた。
軽口を言いながら出てきたアンコールで鳴らされたのは、私が愛するあのバンドの曲だった。
10年前、高校生の自分に言ってやりたい、「知ってる?あんた10年後、『HEIDI』聴いて泣いたんだよ!」
グレフルでのワンマンをはじめたのは、まだピールアウトをガンガンにやってた頃で、だから、これは外せないだろうと。そんなことを言いながら、解散してからほとんど初めて、彼はあのバンドの歌をうたった。
『APRIL PASSENGER』『旅人の歌』のときは本当に嗚咽が出るくらい泣いた。
I do.
You do.
We do.
僕達はここにいる、僕はそうありたい。
彼の根本にあるものは、あの頃と変わってなんかない、この曲を聴きながら、改めてそう感じた。
遠くで歩きだす旅人よ、歌は聞こえ「た」かい?
彼はそう唄った。聞こえる、じゃなく、聞こえた。そう、ピールアウトの曲は今を進行形で進んでいるわけじゃない。でも、あの頃ピールアウトの曲は確かに聴こえてた。近藤さんが、一瞬喉を詰まらせた。ツイッターでは高橋さんが「別の場所にいても俺も叩いてる」と叫んでた。泣くだけ泣いたら、心がふっと軽くなった。同じくらいの時間に、愛すべきドラマーは「解散ライヴを超える気だ、どんどんやれ!名曲もっといっぱいある!」と戦友を鼓舞していた。東京には行けなかったけど、彼のリアルタイムの言葉を聞けたことは嬉しかったし、誇らしい気持ちになった。
この時点で22時になろうとしてたと思う。「みんな終電の時間分かるよね?僕も大人なんで23時には終わりますんで…」と言いながら、唄えるところまで唄い続けていった。「これが聴きたいのよ!やろ?」と、『爆裂世界』『GOODBYEBLE』や『ROLLS』のフレーズを弾いたり、ちょっと唄ったり、新旧いろいろな曲を唄ってくれた。サイトにアップされたセットリストを見ると、8枚のアルバム全てから1曲は必ず唄っていた。最後に唄った曲は『BE』。そこにいたのはピールアウトのコンドウトモヒロじゃなく、「近藤智洋」だった。あの頃の私と、今の私が焦がれるロックンロールがそこにいた。23時前になって、「じゃあ…」と、まさに「時間になったから終わらせた」という言葉がしっくりくるような終わり方でこの日のライヴは終わった。まだまだ唄い足りなさそうだった。
正直、どんな気持ちになるか分からなかったけど、自分でも意外なくらい清々しい気持ちでいる自分に驚いた。私がソロを聴くようになったのは、ピールアウトという土台があったからで、無意識のうちにピールアウトの影を追ってた、それは自覚してた。このライヴを見て、ピールアウトという宝物を胸に刻んで、そこからまた新しいスタート、って本当に思えたんだと思う、たぶん。言葉にするのは難しいけど、私はこれからも彼についていこうと思った。HERE,NOT SOMEWHERE。彼の音楽は今も「ここ」にいる。
本当は今日から東京に行っている予定だった。翌日にあるライヴを観に行くため。年末にアナウンスがあってから、このライヴだけは絶対行くと決めていたものだった。
3/11の地震で状況は大きく変わり、ずっと悩んでいた。行くべきか行かないべきか。関東は計画停電の真っ最中で、コンビニやスーパーでは食料品が品薄になっていると報道されていた。そんな状況の東京にライヴを観に行く為に出かける。物理的には不可能じゃない。食べ物がないなら持って行けば良い。そんな風に思ったときもあったけれど、最終的に行くのをやめた。
一番の理由は家族のこと。もちろん家族は反対で、ここを私が強行して東京に行くのは違うと思った。結果的に何事もなく無事に帰ったとしても、帰ってくるまでの間、家族は心配するだろう。一日中東京の様子を気にするだろう。そんな中で私はたぶん心から楽しめない。そして、演る側からしてもそんな状況で来られるのは本意ではないだろうと。
キャンセルのメールを送る。半日くらいして返事が来た。涙が出た。ずっとついていこうと思った。
ちょうどその日、下北沢の風知空知で行われていたチャリティーイベントがあって、Ustreamで配信していたのでぼんやりと観ていた。うつみようこさんの『満月の夕』。せっちゃんがふらっと現れて、『歩いて帰ろう』と『歌うたいのバラッド』を唄ってまたふらっと帰っていった。主催のタイジさんが話す。我々は負けない。画面の向こうで余震が起こる。「地球が相槌打ってるんや」。この人の言葉には力があるなぁ。『ありったけの愛』で、出演者みんなでセッション。途中から見始めたんだけど、キュウちゃんがマラカス持って客席にいた。竹安さんもいた。いつもライヴハウスで見る人たちが今もちゃんとそこにいるというだけでこんなに嬉しくなるなんて。「いつもと同じ」なんてない。最後にThe Beatlesの『Come Together』を唄って終わった。
鳴りやまないアンコール。タイジさんが唄ったのは『夢とトラウマ』。歌を聴いて泣いたのはいつぶりだろう。
>その通りなのよ、全部ひっくるめ
>アナタの夢なのよ、だからこそ聞きなさい
>思いどおりなの、アナタの夢だから
>思いどおりなのよ アナタの夢だから
近藤智洋/塚本晃@呉・花club
呉までどうやって行こうか、と思っていたら、連れの弟くんが呉まで送ってくれた。 呉の商店街はこぢんまりとしていた。メニューがビールだけ、という店でビールを飲んだ。半分も飲まないうちに顔が真っ赤になった。いつまでたっても弱い。。
この日は塚本さんから。今年に入って何度かライヴを観たから、聞き覚えのある曲も増えてきたなぁ。NOWHEREもちゃんと聴いたほうが良いかしら。なんだかんだで一度もNOWHEREを聴いたことなくて。
近藤さんの1曲目は『少年』。イントロのギターを聴いた瞬間は何の曲か分からなかった。思い返すと、この曲ってピアノでしか聴いたことがなかったからかも。 カバー曲は高橋研さんが川村カオリさんに作曲した『うそつきのロッカー』。初めて聴いたのに、すっと自分の中に入ってきてびっくりした。高橋研さんが唄うのも聴きたいな。 次に聴こえてきたのは聞き覚えのない曲。途中の歌詞から、これ『ディズニーランド』だな、と思った。歌詞は『二人の航海』に通じるものがあったような気がする。悲しみに鍵をかけないで、涙を隠さないで、みたいな。このタイミングだったのもあるけれど、じーんとしてしまった。この曲好きだな、きちんとした歌詞が知りたい。
本編の最後に唄ったのは、『the forget-you-not』。生きてると、きっとこの人とはもう二度と会えないだろうな、という瞬間があると思うのだけど、と。だからこそ、今この瞬間を大切にしたいなと思う、と言って唄い始めた。本人がどういう気持ちでその言葉を言ったかは分からないし、想像しようとも思わないけど、いつもよりも時間をかけて丁寧に唄われたこの曲は、私にとっては鎮魂歌に聴こえた。ちょっとだけ視界が滲んだ。
アンコールは塚本さんとセッション。『小さな夜を抜けて』、『Everyday & Every Night』、塚本さんの『橋をわたる』。ふたりで演奏してると、お互い相乗効果でどんどん声がでかくなっていった気がする(笑)『橋をわたる』良かったなぁ。塚本さんの唄声も、近藤さんのコーラスも、ふたりのギターも。近藤さんのギターは珍しく弦が切れてた。
この3日間、色んなことが起きて、自分の生活自体に変化は無いのだけど、日本は大きく様変わりしてしまった。そんな中、この歌声が変わらずここにあってくれて良かった。多少なりとも不安やストレスを感じて疲労していた心がラクになった。音楽はやっぱり必要だと思った。被災地では、まだそんな気分にはなれないと思うけど、いつかまたこの歌声が東北に、北関東に届くと信じてる。
カオリ
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