怒濤の年末年始が終わって、昨日と今日は私のお正月だった。ちょっぴり仕事をしたことを除いては。昨日は燃え尽き症候群かと思うくらい力が抜けて、鼻水が出て、風邪引いたかと思ったけれど、お仕事済まないと気が済まない性分なので、とりあえずお仕事した。
けど、ずっと緊張感を持ち続けた数日だったので、私の健気な集中力は使い果たされたようで、10分ももたなくて、やとっこさな感じで7割方かたづけた。残りは今日の午前中。そしてお昼ご飯を食べてこたつに潜り込んだら、久しぶりのぐっすり昼寝ができて、私は復活した。
まったく、ありがたい健康体である。年末年始私がもし風邪引いてダウンしたら、とても困る。本当に困る。だからかなり健康にも気を遣っているのだけど、それでも寄る年波には勝てなくて、あとは精神力。でも気でなんとかなるなんて、まだ若いとも言えるし、なにより親から貰ったこの身体が元気だからなんだな・・・と、ちょっと殊勝なことを考える2016年の始まりです。
私一人の力ではなんにもできないね。
もう幾つ寝るとお正月♪・・・である。だいたいお掃除は終わったし、おせちもぼちぼち。なんとなくこの年の瀬は昔の事をたくさん思いだしているような気がする。FMラジオで道路の帰省ラッシュの事を聞いていると、かつてその中の一台であったことや、その頃はこんな風におうちでニュースを聞いているなんて想像してなかったこと。黒豆を炊いてきんとん代わりのスイートポテトを作りながら、昔はこれに姪っ子甥っ子達のためにクッキーを焼いていたこと、同じ日に餅つきもやっていたこと。私、どんだけ体力あったんだろう?若かったな。
過ぎていく時は、その時にはそれとわからないけれど、過ぎてしまうととてもキラキラしていて抱きしめたい・・・そんなものなんだね。
今、忙しい中に暇を見つけて、悟りきったこと書き連ねているけれど、こんな数分のこともいつか振り返って懐かしく、胸がきゅっとなるようなそんな気持ちになるんだろうな。
どうかその時、私の周りの人達が幸せでありますように。
野菜の皮をむく、ピーラーってのを私は殆ど使ったことがなかったのだけど、夕食の鍋の用意をしていたら、たまたまテレビでピーラーを使ってにんじんを薄く切ったのをお鍋に入れているのを見て、ちょっとやってみた。結構な厚さで皮がむけてしまうのは、私が下手っぴなせいだろうか?
どうにかこうにか、しゅっしゅっと気持ちよくスライス?されていくにんじん。一本分もさすがに多いのだけど、長〜くスライスするためには長さが必要なので、まるままのにんじんをスライスしていた。けれどへんてこりんな形になっていってしまって、これはどこで止めていいのかわからず、こんな状態で保存していいのか?という形態でラップにつつんだ。
次の日がカレーとか、にんじんのみじん切りを使うとか、予定があるときはいいけれど、上手にメニューを決めないと冷蔵庫のにんじんが気になって仕方ないじゃないか?
・・・というわけで、今日の豚汁は多様な形のにんじんたっぷり。
| 2015年11月24日(火) |
日記:健康診断の準備 |
人間ドックに行くのに必須の検便が私は嫌いだ。これをやらなければいけないと思うと、便秘になってしまいそうだ。腸は心臓より心に近い…らしい。小心者の私の腸はとってもデリケートだ。全然自慢にならない。何か大きな声で言えるような自慢のネタが欲しいものだ。
そんな私はけっこう律儀だ。自分の事を「変じゃない」という人はちょっと変だったりするから、自分で「律儀だ」という私もたいしたことはないだろうな。検便の取り方説明書を端から端まできっちり読む程度だもの。そうして私はいつもあるところで悩むのだ。
「二日続けて採る」世の中の人は毎日しっかりうんこをするのだろうか?出ない日というのはないのだろうか?テレビでは「頑固な便秘を治す!」的な番組もよく見かけるのに、この説明書っていったいどういうことなんだ?便秘気味な人はいったいどうしているんだろうか。
…と、緊張しすぎてちょっとお腹が痛くなった。
いっちょまえに私にも孫ができた。娘の子どもだから外孫っていうんだろうなぁ。でも、自分が産んだ子が産んだ子…なわけで、外っていうのはなんだか悲しいな。で、「孫はかわいい」と世間の皆様が口をそろえて言うので、どんなものかと思っていたのだけど、確かにかわいいね。でも、新生児からずっとうんちだなんだと面倒見ていれば、血のつながりがなくても可愛く思えるのではないか?…とも思った。
赤ちゃんは可愛いという以前におもしろい。人間ってすごいなって思った。日々というより時間単位で変わっていく。成長していく。驚き戸惑い考えそして人格さえできていくような、そんな感じがした。ずっと見ていたい…と思っても無理だと分かっていても、ずっと見ていたかった。
そうして娘と孫は自分たちのおうちに帰って行った。孫が帰ってさみしい…それより私は娘が帰ってしまったことの方がつらかった。悲しかった。楽しかった時間を感謝したい。
年を取るって寂しいのに悟ってしまうってことなんだね。
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