その昔、サナトリウム文学にどっぷりはまっていて、将来は結核で死ぬつもりだった私。幸いなことに大きな病気も小さな病気もない私なんだけど、ある時ある事で「結核で死ぬのはや〜めた!」と決めたのだった。
宮崎駿監督「風立ちぬ」を見た。戦争は怖い!…と思っているのだけど、戦艦や戦闘機が好きだ。詳しくなんてないけど、とても美しいと思ってしまうのだ。矛盾だよね。でも宮崎監督にもそういうところがちょっとあるらしく、彼はこの夏一人の人間(私)の心をちょっと軽くした。
映画はとても「きれいな映画」でいつまでも見ていたいようなそんな気持ちと、誰かの大切な夢もなんのおかまいもなしに無造作に、踏みつぶしていく戦争の背中がぞわぞわする怖さと、死んでいくもの生き残るものの切なさがひたひたと押し寄せる・・・そんな映画でありました。
そして失ってしまったきれいな日本がありました。
暑いじゃないか!あっちゃこっちゃあせもができた。かゆい。もう夏が突然終わっても全然悲しくなんてないから、今終わってくれ!夏・・・というくらい暑い。駐車場に止めてあったドアの銀色の所をさわったら、火傷したか?…と思うくらい熱かった。
どんだけ暑くても水分のがぶ飲みなんてしない主義の私が、今日は2リットルぐらい水分を摂った。まったくもって普通じゃないぞ。普通の夏がなつかしい。
ずいぶん昔の大昔、夏休みの日記には今日の温度を書いていたのだけど、32℃とか33℃とか、30℃を越えると「とても暑い日」だったような気がする。今はそのぐらいなら「今日はちょっとまし?」ってことになる。
生きて9月が迎えられるのか?…と思うほどの夏バテ
最近・・・なんだかなぁ。過去を振り返って「あのとき、ああすればよかった、こうすればよかった」なんて、考えたって仕方ないのに、どうしようもないのに、むしろ「私はあのときどうすればよかったのよっ?」…って、結局逆ギレ自分ツッコミで終わってしまうので、後悔の時間はまったくのムダな時間なんだよね。
後悔して、反省して、でもそれを活かせるほどの時間も未来もないっていうのに、反省してもそれを活かせるチャンスなんて全く無いのに私はぐずぐずと後悔している今日この頃。
こんな時、この後悔の内容に関係のない話でもいいから会話したい人が、気付くとみんなあの世にいっちまってるじゃないかという驚き。草葉の陰から私を助けてくれないかな。
夏はそんな季節。
ちょっと鬱々とした日々なので、眠る時間が待ち遠しいかったりするのだ。暗闇の中に身を横たえて私は願う。「どうか優しい夢が訪れてきますように」と。怖い夢も苦しい夢も、そして哀しい夢もいやなんだよ。わけがわからない夢も出来たら見たくない。目が覚めた時、思わずほほがゆるむような、そんな夢が見たい。
そこで、私はこのところ毎晩かなり真剣にこの願いを思いつつ眠るのだけど、夢はなかなか思い通りに見る事はできず、夢は見たけど「見たという記憶」しか残っていなかったりするのだ。
願うだけでは足りないのかな。では祈ってみるのはどうかしら?…と思って、気付く。私は祈る神を持たない。神も仏も信じてない…というのは不便なことだとこんな時しみじみ思ったりするのだ。
イワシのアタマがあればいいのか。
白桃のシーズン。昔、あの世に行った義姉さまがとっても上等な桃を食べさせてくれて、でもそのあととても気分が悪くなってそれからずっと桃は食べてない。だけど、私のなかで桃と義姉さまのことは関連付いていて、そのせいなんだろうな、夢をみたよ。
黄昏れてもう夜になってしまうというような、そういう暗さの中、『なんでこんな眠くなるような暗さの中、歩いているんだろう』と私は思いながら、泳ぐように歩いていて、『義姉さまの病気は大丈夫だろうか』と心配していた。
どこかにたどり着くと義姉さまは寝ていて、そして姪っ子に私はいうのだった。「食べないと元気がでないよ」と。そうやってしばらくすると義姉さまは起き上がって「よかった、よかった」って感じになるのだけど、それなのに私はずいぶんな寂しさを感じていて、『あぁ、そうだ・・・』と思いながら目を閉じたのだった。
目覚めた時、寂しくて泣いていたかも。
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