不用品 買取 家庭教師 celeste blue

celeste blue



先のこと

2010年10月17日(日)

私の出産したクリニックは、母児同室を実施していて、母親が希望すればつねに赤ちゃんは母親の部屋に連れてきてくれます。
もちろん、夜もいっしょに寝かせてくれます。

出産前は、夜もずっと母子とのコミュニケーションを図ろう!など思っていましたが、実際はそんなことはまったくできません。
赤ちゃんが側にいるだけでドキドキ・ソワソワして、体どころか気持ちも休まりません。
結局、夜は夜勤の助産師さんに預かってもらうことにしました。
退院すれば、否応なくずっといっしょなのです。
この入院生活で、お産の疲れを十分にとっておかないと。

この土日は、友人たちが生まれたての赤ちゃんの顔を見にやってきてくれました。
けっして近い場所ではないのに、わざわざ来てくれてありがとう。
来てくれた友人たちに夫は決まっていいます。

「かわいいやろ?」

例の今までに見たことのない笑顔で、生まれたときのことを説明します。
さてこの笑顔、いつまで続くのでしょうか。
夜泣きの始まるころには、この笑顔、なくなるのでしょうか。

ま、先のことはこれから考えるとして。

とりあえず体を休めましょう。
おやすみ。


光景

2010年10月16日(土)

まだ全身が興奮状態だったからでしょうか。
ゆうべはあまり眠れませんでした。
目がさめてからも体のあちこちが痛み、自分の体だと認識するのに数秒かかりました。

お昼をうんとまわってから夫がやってきました。
赤ちゃんのいるコットの中を覗き込み、赤ちゃんが小さく力強く動く姿を見て、いつもと違う笑いかたをしました。

 こんな笑いかたもするんだ……。

私の小さな発見をつゆしらず、夫はこわごわと自分の子どもを抱き、その重さをかみしめているかのように腕を少し揺らしています。

「なんか、うにゃうにゃしているね」

まさに目を細めてわが子を見る姿に、ようやく「生まれたんだな」という実感がわいてきて、自然と笑顔がこぼれます。

親子3人の慣れない光景に、どことなくこそばゆい感覚だったけど、これを「シアワセ」と呼ばずになんというのでしょう。

こんなシアワセをくれたふたりに、今日もまた「ありがとう」。


はじめまして。

2010年10月15日(金)

半永久的に続くかと思われた陣痛。
いきむたびに聞こえなくなる胎児心音。
夫が私の手を握りながら励ましの言葉をおくる声。
助産師さんの「いきみ」を促す合図。
それらを何度繰り返したことでしょう。
何度も「もうダメです。限界です」と泣き言をいい、いつ陣痛がきているのかもうまったくわからなくなってきたころ。
大きな、それはそれは大きな産声が聞こえました。
時計の針は朝の5時ちょっと前。

夫が私の手をさらに強く握り、助産師さんが笑顔で私に何か話しかけていますが、今はまったく覚えていません。
ただ、この世に生を受けたばかりの小さな小さな、でもとても力強い「命」が私の胸にのせられました。

はっきり言って想像していたような「感動」はあまりなく、それよりも「長くてしんどかった妊娠生活がやっと終わった」という安堵感と「無事に生まれてきてくれた」という喜びの気持ちが大きかったように思います。
そして、私の分娩中のわがまま放題の言動にいやな顔ひとつせず、ずっと側についていてくれた夫に無限大の感謝の気持ちがふつふつとこみ上げてきて。
目を合わせると泣いてしまいそうで、夫の顔をまともに見ることができませんでした。

私の産後の処置が行われている間に、大泣きしている赤ちゃんの写真を携帯カメラで一生懸命撮っている夫の背に向かってつぶやきました。

「はじめまして『お父さん』。私を『お母さん』にしてくれて、ありがとう」

今日から私たちは、夫婦という一直線のつながりではなく、生まれてきた命を通して三角形を築き上げていくのです。
もちろん不安もたくさんあるけれど、今日は、今だけは、喜びだけをかみしめて。

ありがとう。




切望

2010年10月14日(木)

朝8時。
夫に病院まで夫に送ってもらいました。
陣痛であろうものが6〜7分おきになり、もう少し家で待機しようと思っていましたが、ひとりになって何が起こるかわかりません。
出勤前の夫に頼み、車で病院まで連れていってもらいました。

陣痛室と分娩室が一体化した部屋に通され、そこでしばらく定期的にやってくる陣痛が強くなるのを待ちます。
ときどき助産師さんがやってきて、陣痛の強さを測ります。
陣痛はじょじょに強くはなってきているけれど、私の体の準備がなかなか進みません。
臨月に入り、どんどん歩けと言われていながらほとんど歩かなかった結果なのでしょう。
今さらもがいてもどうしようもありません。

昼過ぎ、夫が半休をとって帰ってきてくれました。
これで立ち会い出産ができます。
お産をさっさとすませたい気持ちはあるけれど、せっかくだから夫婦で一緒に喜びを分かち合いたい。
初産の平均出産時間は15時間。
予定だと21時には生まれるはずです。

15時過ぎ。
幼稚園の頃からの友人で、今は助産師をしている友人もお産の立ち会いにやってきてくれました。
友人の指導のもとで夫が私の腰をさすってくれたり、お茶をのませてくれたりと、世話を焼いてくれます。
私もまだこのときは痛みに耐えながらもまだ余裕があり、冷静に夫や友と会話ができていたように思います。
そう、このときは……。

18時過ぎ。
友が帰りました。「いい陣痛がきているよ。いいお産になるよ」と言い残し、その後のことを夫に託して。
いい陣痛はきているけれど、私の体はまだまだ準備を始めてくれません。
私が予定していた21時は、陣痛の波を何度もかわしているあいだに、あっという間に過ぎました。
夫は、私の代わりに陣痛の時間を測ったり、ひたすら腰をさすったりしてくれています。
なかなかお産が進まず、人工的に破水をさせたのは何時ころだったのでしょう。
私の体がようやく出産に向けて動き出したのは、いつだったのでしょう。
私のそばで私が楽になるようにあの手この手を尽くしてくれた夫に、とうとう「助けて。ねぇ。助けて」と懇願したのは、もう日付が変わったときだったのでしょうか。

左手につけている父の形見の腕時計で、0時が過ぎたのを確認してからが、私のお産の始まりだったようにも思えます……。
夫と、そして何より私の体力がなくならないうちに、生まれてきておくれ……!


いわゆる

2010年10月13日(水)

「お産」というものが喜びばかりをもたらすものではないことを、私は知っています。
いわゆる「十月十日(とつきとおか)」を過ごせば、赤ちゃんがすんなりと生まれてきてくれるわけではありません。
いろんなリスクを乗り越えて、やっとこの世に生を受けることができます。
「お産」のいろんな症例を見てきたからでしょうか。
おそらく私は、ほかの「妊婦さん」よりかなり慎重でかなり臆病なっているような気がします。

「ここまできたんだから、あとは無事に生まれてくれよ」

最近になって、夫はよく私のおなかをなでながらつぶやきます。
妊娠、出産についていろいろと調べてきた夫。
夫もそれなりに、お産の危険性について理解してきていて、今まで以上にかなりいたわってくれます。
そんな夫の期待にこたえるためにも、お産を乗り切らないと。
怖がってばかりではいけません。

日付が今日に変わったころ、「産徴」がありました。
俗に言う「おしるし」です。
ぶるると武者震い。
そして、やはり大きな期待。
隣で寝ている夫を起こそうか迷いましたがやめました。これから来る長い長い「お産」のために寝ておいてもらわないと。

ふとんに横になり、おなかの子に語り掛けました。

 さぁ、いつでも出ておいで。怖くないから。
 大丈夫。守ってあげるから。

さて、陣痛が始まるのはいつでしょう。
長い妊婦生活の終わりはいつ訪れるのでしょうか。

おやすみ。


そっか

2010年10月12日(火)

まだまだ。

おやすみ。


3連休の最後

2010年10月11日(月)

3連休最後の日は汗ばむほどの快晴でした。
今年から暑さに弱くなった私。
太陽の下に出るのは怖かったのですが、体を動かさないといけません。
それが、今の私には大事な仕事なのですから。

それでも遠出する元気はなく、夫といっしょに家から5分ほどのバラ園まで行きました。
秋に咲くバラがちらちらと美しい姿を見せてくれて、気持ちも華やかになりましたが、なんせ今日は暑い!
少し歩いただけでバテバテでした。
芝生の上の木陰を見つけてレジャーシートを敷き、ゴロンと昼寝。
2時間ほど経過したあと、バラ園の近所の珈琲のおいしい喫茶店でかなり遅い昼食をとりました。

散歩に出かけたけれど、昼寝の時間のほうが長かったかな。
ま、気にしない気にしない。

何もしなかったけれど、いい3連休だったな。

おやすみ。


ふと、疑問

2010年10月10日(日)

今日は「東京オリンピック開会の日」。
これにちなんで、かつては10月10日が「体育の日」として祝日になっていました。
今は、ハッピーマンデーだかなんだかで10月の第二月曜日が「体育の日」となっています。
土日が休みのサラリーマンにとっては3連休になり、おおいに休もう、遊ぼうという感じなのでしょう。

ふと思いました。
札幌オリンピックとか長野オリンピックとかの開会の日はなぜ祝日になっていないのでしょう……。

ま、休みであろうがなかろうが、私の仕事には関係ないのですが。

おやすみ。



2010年10月09日(土)

1日超過。

あせらないよ。

おやすみ。


か、き

2010年10月08日(金)

「退院したら、何か食べたいものはありますか?」

退院が決まった患者さんに必ずといっていいほどたずねます。
食べることは生きていくうえで必要不可欠なこと、味わうことは人生の楽しみの一つであることを、私は今の仕事をするようになってからあらためて知りました。
私自身も何度か入院したことがあり、病院の食事がいかにおいしく作られていても、毎日食べていると飽きてくること、それがストレスにつながるということを身をもって体験しています。

今度、知人が入院・手術をします。
しばらく、好きなものは食べられなくなります。
その知人が手術前にこれだけは食べておきたいと言った物が、今日、北の国から届きました。
カキです。
知人は、とある老舗の洋食屋さんで揚げたカキフライが食べたいとのことでした。

先週からずっと釧路の市場に問い合わせをしていたのですが、今年は水揚げが遅れていて、いいカキがなかなか手に入らないとのこと。
かといって、そのへんのスーパーで買った物は食べてほしくありません。
なんといっても、人生の楽しみをしばらく我慢しなければいけないのです。
妥協は許されません。

それでも、釧路のカキはやはり間に合わないようで、デパートでカキを購入するように洋食屋さんにお願いしました。
仕方がない……。

と思っていた矢先。

「間に合いました。カキ、送りました。8日に届きます」

こんなメールが届きました。

さて、明日。
洋食屋さんのマスターがジューシーに揚げたカキフライを、知人はどんな顔をして食べるのでしょう。

楽しみです。

おやすみ。

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celeste [MAIL] [アルバム「紺と碧」]

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