不用品 買取 家庭教師 celeste blue

celeste blue



理由

2009年09月05日(土)

山の上から送った絵はがきが、ちょこちょこと届き始めたようです。
なんでわかるかっていうと、お返事がメールで来るから。

旅先から絵はがきを送るのは、私の趣味のひとつです。
かつては、誰かにきれいな絵はがきを送りたいから旅に出ていました。
お気に入りの絵はがきを見つけ、絵はがきを送りたい人をアドレス帳から探し、その人に向けて絵はがきを完成させる。

もちろん、返事なんて求めません。
だって、旅情を伝えたい絵はがき。
急いで返事はいりません。
たとえ、郵便事情の都合で届いていなくたっていいのです。
それはそれで、そういうことだったのですから。

でも、ありがたいことに、最近は絵はがきが届いたよというメールをくれる人が増えました。
でも、私はそのメールに対して返事はしません。
だって、私が送った絵はがきに対する返事のメール。
いいんじゃない?

ね、いいんじゃない?

おやすみ。


今日は

2009年09月03日(木)

おやすみ。


効率

2009年09月02日(水)

モーレツに忙しい1日でした。
朝7時半から21時までが定時の今日。
もちろんそれ以降に残業なんかしたくありません。
それでも、22時半まで残業。

フリーの編集者をしていたころは、もちろん定時なんかありません。
24時間仕事モードでした。

そんな経験が生きているのでしょう。
時間が遅くなるのは、さほど苦ではありません。

ただ「定時」と呼ばれる時間帯以外に仕事をすることが、こんなにもイヤなものなんだということを、久々に実感しています。
仕事がイヤなのではなく、効率の悪さを指摘されているような感覚。

ま、効率が悪いのは事実なのですが。

さ、寝よ。

おやすみ。


本領

2009年09月01日(火)

今の仕事について間もなくのころ、先輩から言われました。

「6〜7月ころに、吐きそうなくらい仕事がイヤになる」

何度も転職を繰り返し、何度も同じ経験をしてきた私。
そんなの覚悟のうえです。

それでもやっぱり吐きそうなくらい職場に行くのがいやで、つねに何か失敗をしでかすんじゃないかってびくびくしていて、叱られたらかなりしょげ、同じ気持ちを分かつ同期だけに愚痴をたっぷりこぼし、そうして8月に入ったころ。
吐きそうなくらいイヤだったことがなくなりました。

もちろん、今も失敗はたくさんします。
それでも、スタンスが変わりました。

「失敗をおそれるのではなくて、失敗しないためには、どうすればいいのか」を考えるようになりました。

そう。
今までも、そうでした。
新しい職場に行くたびに、職場の「いろは」について知ることにうんざりしながら、ただひたすら慣れるのを待っていました。
そして、今回も、そう。

慣れることこそ、学びの一歩。

さて、9月が始まりました。
これからは、本領発揮といきたいところですね。

おやすみ。


すべておわり

2009年08月31日(月)

夏も終わるけれど、私の夏休みも終わり。

せつない。
ビッグサザエさんシンドローム。

おやす………ミ。



2009年08月30日(日)

セミの声がツクツクボウシに変わって数日。
いよいよ夏が終わります。
地上に出て1週間の命といわれるセミ。
それでも、土の中では数年、数十年と過ごしている種類もいるそうです。

地上での命は短いけれど、ホントは虫の中でも長寿にあたるほど長生きしている蝉。
地上で鳴く1週間は「土の中に帰りたいよう」と言って鳴いているのかもしれません。

今年は、そんな蝉の鳴き声を「うるさい」と思うことなく終わりそうです。
けっして冷夏ではなかったけれど、季節の風物詩が、少しずつ変わってきたように思います。

そのうち、蝉の鳴き声が聞こえなくなる夏が来るのでしょうか。
それとも、その逆……?

とにかく、夏はもう終わりです。

おやすみ。


訪問

2009年08月29日(土)

なんともフシギな空間でした。
長年つきあってきた友人夫妻。
その家に、なぜか生まれて一カ月も経たない赤ちゃんがいました。

赤ちゃんがいる以外には、なんら変わりもない友の家。
ソファーがあり、テレビがあり、夫がごはんを作り、妻がサラダを担当する。
何も変わりないのに、そこに、赤ちゃんがいる。

これまでも、赤ちゃんの誕生した家庭を何度も訪問しているけれど、今日のような感覚は初めて。
おそらく、今後もないでしょう。
それだけ、特別な感覚でした。

「老後は、タイに住むからいっしょに住もう」

相変わらず、このふたりは、私を将来まで連れていってくれます。
旅にも誘ってくれます。
夫婦+αに入れてくれます。

楽しくて懐かしい時間が過ぎて行きました。

また、遊びに行くよ。

おやすみ。


痛い

2009年08月28日(金)

激しく痛む両足の大腿。
そう、下りに弱い私は、いつもいつも大腿部の筋肉痛に悩まされます。
エレベータのない5階建ての5階に住む私。
今日はもちろん、外出禁止です。

それでも、トイレに行ったりごはんを食べたりベッドから降りたり、などと体は否応なしに動かさなければいけません。

おそらく、私の記憶している限り、生まれて初めて、筋肉痛に向けて湿布を貼りました。

効くという評判がありましたが、私には、それほど効きません。
でも、なんとなく気休めにはなりました。

糸はぷっつり切れたけど、また、次の山を考えようとしている自分にほっとしています。
そう、山登りは趣味なんですから。
私には、やりたいこと、やるべきことがあるのですから。

おやすみ。


筋肉痛

2009年08月27日(木)

朝5時の朝食に合わせて起床。
今日はとうとう下山の日です。
そして、もちろん、私の両足は筋肉痛に見舞われていました。

下りにめっぽう弱い私は、筋肉痛も手伝って、次第に歩みが遅くなります。
ゆっくりゆっくり降りて、ようやく上高地。
途中、かもんじ小屋で昼食をとり、上高地でお土産を買い、臨時バスに掛け乗りながら、平湯温泉で山の疲れを落としました。

帰りは、わがままを通してもらい、私の住む山まで送ってもらいました。
筋肉痛のため、電車で帰るのがとてもとても億劫だったからです。

家に帰っても、すぐには眠れませんでした。
切れてしまった糸は、ふたたび、つながるのでしょうか。
私は、これから、どんな気持ちで、山に登るのでしょうか。

おやすみ。


凧と糸

2009年08月26日(水)

眠れぬ夜を過ごしました。
20時前に布団に入り、21時過ぎには目が覚めてしまいました。
そしてそのまま午前3時過ぎまで、いろんなことに思いをめぐらせながら、起きていました。
やっと眠りにつけたと思ったら、もう朝5時。
朝食の時間です。

今日は、山頂を目指す組と、上高地に下山する組とで分かれます。
もちろん私は、山頂を目指す組。
手っ取り早く準備をして、あっさりと下山組と別れのあいさつをし、山頂へ向けて歩き始めました。

小さな雪渓をいくつか越えて、遠くからは直線に見えていたゆるやかな傾斜の登山道を登ります。
ザイテングラードと呼ばれる鉄ハシゴあり鎖ありのちょっと危険な岩尾根をいくつも越えていきます。
おそれていた場所だったけれど、リーダーの適切なアドバイスのおかげで、それほど恐怖を感じることなく歩くことができました。

最初の目標だった「穂高小屋」到着。
涸沢ヒュッテでもらったお弁当を半分だけ食べて、さて、頂上を目指します。
そして私の試練はノーマークだったこの先の岩場だったのでした。

最初の取っ付きから急な岩場をどんどん登ります。
高山病にかかってしまった仲間を気遣おうにも、自分のことで必死です。
リーダーは、私たち2人の世話を積極的にみてくれています。
さっきまで遠くにいた雲が、周囲に白いガスとなってたちこめてきています。
偽のピークをいくつか越えて、何度もうしろを振り返り、歩いてきた距離を確かめます。
確実に頂上に向かっているはず……、そう言い聞かせるように。

歩きながら息を整えながら、一歩、一歩、山頂へ向けて歩を進めます。
もうここまで来たら「引き返そう」なんていえません。
何があっても、山頂で3人で喜びを分かち合わなければいけません。

ふと、振り返るとさっきまでガスがかかっていた景色がどんどん、どんどん晴れていきます。
あ、空が見える……。
奇跡にも似た思いを感じながら、山頂へ着きました。

人はたくさんいたけれど、静かな山頂でした。
視界の端から端まで広がる山。
かつて登った燕(つばくろ)。そしていつか登りたい円錐形の常念、その隣の蝶ヶ岳。
槍の穂先に思いを馳せて、眼下に広がる谷とそして梓川の下流「徳沢」。

ここが、頂上、か……。
なんとなく、凧の糸がぷっつり切れたような気持ちになりました。
目標を見失ったような、そんな感覚。

………。
……………。

登りよりも下りのほうが大変でした。
コースタイムの倍ほどの時間をかけて下りました。
途中で食べたソフトクリームはおいしかったけれど、山小屋での生ビールは残してしまいました。

そして、今夜も私は眠れぬ夜を過ごすことになりました。
ぷっつり切れた凧の糸。
どっちが凧で、どっちが手元に残された糸なのか。

つれづれない今日一日の日記。
いろんなことがありすぎました。

おやすみ。


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celeste [MAIL] [アルバム「紺と碧」]

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