舌の色はピンク
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2025年01月16日(木) ミルク中映画鑑賞、ベビーカー散歩、義父話し合い打ち合わせ

3時に一度起床。
泣く赤子におしゃぶりを与えて落ち着かせて、その間にミルク準備。
今夜は本を切らしていたから20分のショートフィルムをスマホで見た。
音に配慮してイヤホンしていたのだが、赤子の声などが聴こえなくなるから今度が止めといたほうがいいか。
映画はトルコの20分もので、タイトルはモーリ。
まあ…どうということもなかった、寒そうな絵面はよかったけれども。
赤子はちょうどその20分ほどで飲み切ってくれて、おむつ替えを含めても3時半過ぎには寝なおせた。
改めて6時半起床。晴れ。
娘を抱っこして居間へ。
納豆ご飯にチーズとトマトを混ぜ込ませ、味噌汁とともに提供。
そんなにウケは悪くなかった。
朝支度を進めている間に赤子が泣き出したから回収してちょっとあやした。
娘も相手しつつ洗濯物干して洗い物して…と大車輪だが、それでも8時半には全部済んだから、
赤子を寝室に戻して登園へ。
娘が元気に戻ったことを保育士さんがとても嬉しそうに反応してくれたから気持ちよかった。
園を出てからOKで買い物して、悩んだが図書館へ向かって本を借りに行った、が、ちょうど今日は休館日。
くう…悔しかった。

9時過ぎ帰宅。赤子は泣いていた。
またこちらへ回収してあやした。
なるべく妻を休ませたいからとがんばって、9時半に一度授乳してもらい、トーストを食べさせて、
また寝室に戻ってもらった。
洗濯物第二ラウンドなどの家事雑事を済ませ、10時すぎに義母が来宅。
草団子を届けに来てくれた。西荻の有名店らしい。
さらに、娘の人形ミミちゃんの服もまた繕ってきてくれたとのことで頂戴する。
妻は寝ていたからそのままにして僕が応対したが、5分もせずおいとま。
僕は10時半すぎに昼食準備。
妻を起こして、カツオのたたきを味噌汁とともに食べた。抜群に美味い。
食後はお茶を入れて、いただいた草団子を食べた。
みたらし団子のほうが好みではあった。ダイフクは夜にとっておいた。

なにしろ娘が無事に保育園に行っているからすべてがはかどる。
妻は一度ハイローチェアを試してみたとのことで、
電動の揺れとメロディーの効果で、赤子はいちころで寝入ったらしい。
そういう武器もあったから今日は穏やかに過ごせた。
ソーイングビーも見れたし、雑談もして、部屋の掃除を進めもできた。
12時半からは赤子の散歩にも繰り出してみた。
妻と一緒にベビーカーで。
一ヵ月検診で病院への往復はあったものの、用件ナシの散歩は初めて。
冬だし、初回扱いでまずは慎重に5分程度。
家の周りを一周して、さらに大宮前体育館を一周した。
14時前に僕はおかずクレープを用意してみた。
鳥肉を照り焼きにして、キャベツとともにクレープに挟み、マヨネーズをかける。
僕の方にはサルサソースをかけてもみた。ちょう美味い。
サルサソース、マヨネーズとの相性がものすごくいい。美味い…。幸せだ。

面倒ごとを済ませ、14時半あたりに赤子を寝付かせたら、僕も隣で仮眠をとることに。
30分くらいは眠れた。
この昼寝が気持ちいいのだ。
15時半過ぎから洗濯物取り込んだりなどして、その後娘をお迎えに。
やたら鍵の開け閉め、ドアの開け閉めしたがるのには参るものの、元気でいてくれて嬉しい。
だが帰宅して玄関に入ろうと促すも、入りたがらない。
仕方ないなと待っていたが、それでかるく転んで手をついて痛めて泣き出した。
もう!
と思いつつ抱っこして家へ上がる。泣きっぱなし。
痛みで泣いているわけでもなく、不如意が嫌だということは伝わってくる。
それでも無理やり目に手は洗わせて、それからあやして笑わせて通常モードへ。
ちょっと遊ばせたら風呂に入れて、その後は妻が風呂に入り、僕は子どもたちの面倒を見ていた。
横たわる赤子に娘と一緒にちょっかいを出す、という遊びを楽しんだ。
赤子、やはりちょっとは反応がある。やってったほうがいいなこれは。

18時過ぎから妻に娘たちの面倒を任せて僕は夕飯調理。
焼きそば。
4玉分を一気につくったがそこまで味は落ちなかった。
最高の味では全然ないが…まあ美味い。

食後はまた赤子を娘と一緒にあやしたり、妻と娘が遊ぶのを見守ったり、絵本を読んでやったりした。
20時に歯磨きしてねんねモードへ。
すんなり寝室にはついてきてくれた。
20時半前に二人とも寝入って、僕は22時まで寝た。

居間に戻ってみると、妻は赤子をハイローチェアで寝かせていたのだと、いつもよりは余裕のある表情をのぞかせた。
だがほどなくして娘の泣き声。
 おとうちゃあああん
と泣き叫ぶ。
あぁまたメンヘラが、と妻と苦笑しつつ僕は寝室に向かって、10分ほどかけて落ち着かせる。
それからお茶を入れて大福を食べ、妻とお金の話をした。
妻の父とどう話し合いをするか、という話で、妻の立てた論点を僕が整理して、
話し合いの台本を仕立てていった。
表題は、お金と家族の話となる。
用件は大きく三つで、住宅購入のために資金援助を願いたいこと、
不倫相手との再婚は承服しかねること、
遺産について公正証書などの手続きを願いたいこと、
これらについて妻からの明確な意思表示がそれぞれにあり、
あとは相手の返答を聞いて、それ次第となる。
話し合いには僕も立ち会うが、妻が不用意な、感情的な言葉をぶつけないかが問題だ。
それ以上に向こうのお父さんが不用意な言葉を発すると妻が激する可能性が高く、
僕がどう場を仕切れるかは重要なところだ。

23時半ごろに娘がまた泣き出したから打ち合わせは一区切りとした。
それからゆるゆると明日の準備を進め、寝支度して、0時半に授乳。
寝室行きは1時。民話読み聞かせて1時過ぎ就寝。


2025年01月15日(水) 娘回復、昼寝しない、ハイローチェア導入

5時過ぎからちょっとずつ起床。晴れ。
6時に西荻子どもクリニックに予約を入れて、それと同時に動き始めてみた。
娘はよく寝ていた。
眠りたいだけ寝させておこうと、7時近くまでは寝てもらった。
朝ごはんは本人待望のカレーにしてやった。
具を多めに盛って、サツマイモのスープもつけた。完食。機嫌もいい。
加えてアンパンマンのパンも食べた。
家事雑事進めながらしばらくすると赤子が泣き出したから寝室から引き取って、
ちょっとあやしてからミルクを作ってやった。
8時から15分くらいかけてもほとんど飲まず。眠いようだったからちょっと放っておいて、
自分の朝飯のトーストを食べている間にぐずり始めたので、食べ終えてからまたミルクを飲ませた。
すると飲み始めて、8時50分には完了。
洗濯物を干して、赤子のおむつを替えて寝室へ。
娘の出支度を整えて9時20分に家を出た。

娘は家でも37度止まりだったし、見た目元気で、寝て回復したという感じだ。
道中もテンション高かった。いつも通りだ。
病院へ着き、待合室で診察を待っている間も元気いっぱいで、
いざ先生が来ても元気すぎて引いているくらいだった。
熱も下がってるし諸症状が今はないからと、とくに言えることはなく様子見ということに。
薬もなし。
念のためインフルエンザの検査はしてもらったが陰性。
このまま熱が上がらなければ明日の保育園も行っていいとのことだった。

10時半に帰宅。
さっそく昼飯の調理にとりかかった。
マッシュルームのリゾット。
娘は一人で遊んでくれてもいたが、途中で妻を起こして居間に来てもらった。
休めたようではあったものの、眠いらしく、全然覚醒してなかった。
リゾットは美味しくできた。
粉チーズを多めに振りかけてやったが、ない方が美味しいなこれ。
娘はわりと残してしまった。

11時半まで娘の面倒見たり家事雑事して過ごして、それから赤子を沐浴。
妻に授乳を任せて、僕は12時半前くらいから娘を昼寝させるべく寝かしつけ。
だが横になって乗り物図鑑を読んでやっているところで寝室の妻から呼び出し。
赤子が吐き戻したからげっぷ出しとオムツ替えをして欲しいという。
仕方ないが、自分でも始末できるレベルだろうから呼び出さないで欲しいと思った…が態度には出さなかった。
その後、案の定娘は寝時を逃してしまった様子で、一人遊びに興じてしまい寝ようとしない。
何度か布団にもぐりはしたものの、その都度遊びに向かってしまう。
何よりやっかいなのが声の出るはじめて図鑑で、
布団に入ってしばらくしたところで、ペンでタッチしてね、という音声がタッチペンから発せられてしまい、
その度に娘はそちらへ向かってしまう…。
僕は横になりながら他にできることもないしなあと、東京都同情塔を読みきった。
悔しいくらいちゃんと文学してた、読み応えある小説だった。
娘は13時半になっても寝ず、14時になってもなお遊び続け、
14時半になって僕がトイレで用を足していると探しにやってきて、
電気がついてないといって泣いてキレ始めた。
電気のスイッチは娘が触れる位置にない。
用を足しながら泣いてキレる娘を見守るほかなかった。
用を終えてから娘を抱きかかえて電気をつけさせてやった。
で振り返りもせずそっと電気を消して居間へ。
泣いて抱っこ、という流れでこれなら寝るかなと布団にもぐりこんだところ、
ほどなくしてようやく寝てくれた。
長かった…本当に長かった。
こちらも寝不足だから眠気はあったものの、なんだか眠れず。
で娘は40分ほどで目を覚まし、泣いて抱っこを要求。
抱っこしてソファに座り、だらだらと原神やった。
16時半近くまで寝てくれたが、いいかげんおやつを食べさせたいし、とゆるやかに起こして、
みかんのゼリーとアンパンマンパンを食わせてやった。
で妻を風呂に向かわせた。久しぶりの湯舟となる。
交代でこちらも入浴。
昨日は風呂に入れさせてやれなかったから、念入りに洗った。
17時半過ぎに出て、ちょっと遊んでやってから夕飯調理。
味の素の焼き餃子。
娘には味噌汁などもつけた。
豆腐たくさんの味噌汁は娘の好物だが、それで満足してしまったのか、餃子とご飯はかなり残されてしまった。
食後はまた機嫌よく遊んでいた。
やたらと布団で遊びたがる。
イマセンヨーといってもぐって、ココダヨーといって姿を現す。可愛い。
その間に洗い物など済ませ、泣く赤子を抱っこしてあやし、
19時半にはかなり眠気が襲ってきてつらかったが娘の遊びにも付き合って、
さらに絵本を読み聞かせて歯磨きさせて、20時過ぎに寝室へ。
しばらく僕の顔をつついたりしていたが昼間ほど苦労せず、20時半には二人とも寝入った。
が21時半を前に居間からけっこうな泣き声が。
妻が面倒見てくれているはずなのに、10分ほど強めに赤子は泣き続け、
それに反応してか娘は目を覚まして、居間に向かってしまった。
僕も追ってみたが、絵本を一冊持って寝室に引き返してはくれた。
で読んでやると寝てくれた。
僕も22時過ぎまでまた寝た。

居間へ戻ると妻は憔悴していた。
赤子は泣きっぱなしだったようだ。
朝から夕方まで休みっぱなしだったわけだからこのくらいは…とも思うが、
精神的にすり減るところもあるだろうし、まあ仕方ない。
僕がしばらく赤子を抱っこしていると泣き止んで、寝入ってくれた。
しゅくしゅくと家事雑事を進めつつ、今日届いたハイローチェアを梱包から出して設置準備。
レンタルなので返さなければならないから面倒さがある。
使わない部品は書斎へ、でっかいダンボールは玄関に置いておくこととした。
今日から3ヶ月で返す見通しではある。
スペースだけ作ったら、組み立ては妻がだいたいやってくれた。
それなりに強力そうだ。
娘が興味持って触ってしまうが何よりの懸念。
明日の反応次第で対処を決めようということにした。

明日の準備など進めて0時半くらいには面倒ごとが片付いた。
相変わらず自分の時間はとれない。
もうちょっと落ち着いたら小説書きに手を出したいのだけれど。
1時半前にミルクをやって、民話読み聞かせて2時すぎ就寝。


2025年01月14日(火) 娘発熱、娘の世話にかかりきり、2年前を思い出す

5時起床。晴れ。
泣く赤子の世話を妻のギブアップで交代し、あやしていたところ娘が泣き。
おとうちゃん抱っこおおおがさく裂して、とりなすのに苦労した。
6時には落ち着いてきて、そのまま7時くらいまでは休んだ。
で娘とともに居間へ。
うどん食わせて朝支度を進めていき、検温してみると37度後半。
お?
一応計測の誤差である期待を賭けて、間を空けてまた検温。
37度台前半に持ち直したから登園はさせてしまうことにした。
でもいつ呼び戻されるとも限らないなと想定しながら。
登園の時点ではとても機嫌よかった。
その後はOK寄って9時過ぎ帰宅。
今日は一ヵ月検診ということで、妻と赤子が家を出る支度を手つだい。
早めの昼飯は、モランボンのユッケジャンスープがあると思ったらなかったから、
妻には無印の担々ゴマ味噌スープごはん、僕の方はわかめスープごはんにした。
11時前に二人を見送る直前、妻の方に保育園から連絡が。
娘発熱。38.2度。咳と鼻水もあるらしい。
僕は西荻へ買い出しへ出る予定を取りやめて、洗濯物第二ラウンドだけ干したらすぐ家を出た。
着いてみると娘は別室に隔離されていて、看護師さんに付き添ってもらいながら布団に横たわっていた。
わあわあ泣いている。
僕を待っていたらしい。
熱はこれから上がるかも、というのと、乾燥に気を付けて、という助言をいただいた。
娘は反応がかんばしくなく、自転車に乗せる段になってもぼうっとしていたが、
いざ走り出してみるといつも通りトラックやタクシーにテンション高く反応していた。
ただその声は掠れ気味で、ちょいちょいせき込んでもいた。

帰宅後、手を洗わせるだけ洗わせて、まずは水分補給。
牛乳はいっぱい飲んでくれた。
サツマイモのスープ、焼きおにぎりも摂取してくれたし、飲み食いはできていた。
検温は38.3度。高い。
気分、調子はそこまで悪そうには見えないがこれから悪くなっていくかもしれない。
居間に加湿器をたいて、この部屋だけで全部完結させる体制を整えた。
娘にはテレビを見せた。
いつもは時間制限をなるべくかけるが、今日はもう見放題のつもりでどうぞした。
その間に着々と整理を進める。
熱は39.2度まで上がった。
妻と赤子は12時半前に帰ってきた。
とりあえず沐浴をさせた。
13時前には一通り済んで、妻と赤子は寝室へ。
僕は娘を昼寝に誘って寝かしつけ。
そのまま1時間くらいは寝てくれた。
目を覚ましてからは、一人でうろうろとしばらく遊ぼうとしていたものの、20分ほどするとまた横たわってくれた。
が、寝ず。
15時半ごろから、オナカイタイといってぐずりだした。
立ち抱っこしながらお腹をさすり続けていたがどうにも止まない。
飲食物も拒否。
これはちょっと怖いなと思うも、両手がふさがって調べ物もできない。
寝室で休む妻を呼んで、スマホで調べてもらう。
目下、怖いのは虫垂炎。
だが腹痛の度合いが、そこまで激烈というわけでもなさそうだった。
胃腸炎だとかにしては大便がなく、どうにも決め手に欠ける。
このまましばらく様子を見て落ち着きを取り戻せるかどうかに賭けてみることにした。
僕は布団をテレビ前に移動して、娘を背後からずっと抱きかかえられる体勢をとった。
そのままテレビを見させてやっていると娘も落ち着いてきて、16時半ごろには調子を取り戻してきた。
ビスケットやリンゴのジュースも飲み始めて、妻が現れたら笑顔でコミュニケーションもとっていた。
大分安心できた。熱もちょっとずつ下がっているようだった。

18時過ぎから妻はドラッグストアへ。
僕はなおも娘を見つつ、泣き出した赤子の面倒も見ていた。
娘は調子よさそうだったからきしめんを作って一緒に食べた。
ほぼいつも通りくらいの量を食べてくれた。
さらにバナナも食べた。
飲食ができて、機嫌も悪くない。
かなり安心ができた。

19時過ぎ、さっとシャワーを浴びて、娘を寝かせる支度を整えていった。
布団をもとの位置に戻し、洗い物を片付けて、一緒に横になった。
…が、なかなか寝ようとしなかった。
僕の顔にやたらとちょっかいを出そうとする。
まあ楽しそうにはしていたから放っておこうと様子を見ているうちに、30分ほどして寝入ってはくれた。
僕も21時から22時近くまでは寝た。
寝室では赤子が泣いていた。
妻がほとんどギブアップしていたが、僕も居間を離れがたく、できることはあんまりない。
だが娘の寝姿は穏やかだったから、23時くらいからちょいちょい抱っこしに行った。
0時過ぎにはミルクをあげた。
140mlを飲み干すとようやく落ち着いて寝てくれた。
妻もこれで寝れるということで、0時半ごろにおやすみをかわした。
僕は日記を書くなどして、1時半ごろ活動終了。
だが部屋が寒く、娘が布団の中で冷えるほどではないにせよ、手足がなかなか温まらない。
それで寝つきが悪かったし、たびたび娘が声をあげるから心配であまり眠れなかった。
とはいえ2年前似たような状況で、今より暖房が効かず冷えきった部屋の中で、
娘が布団から手を出したまま怖いほど冷やしてしまった記憶がよみがえる。
それに比べれば泣きたくなるほどだ。良く成長してくれた。
5時くらいまで寝たり起きたりを繰り返していた。


2025年01月13日(月) 環八最悪、じっくり料理

6時半起床。晴れ。
昨晩は4時に起きてミルクをやり、順当にやり終えて4時半に寝れた。
したがってトータル4時間近く寝れたかもしれない。
おかげで割合すっきりめに目を覚まして朝支度。
娘も自分で歩いて居間に向かえるぐらいだったし具合良かった。
8時に妻を起こして朝食。
また寝室に戻ってもらい、僕は娘を見つつ洗濯物をやっつけて、9時に娘と家を出た。
高井戸に行くがてら警察署の前を通ってやり、パトカーを見せると喜んでいた。
さらに、環八にはゴミ収集車が何度もよぎって、娘は大喜びだった。
環八はあいかわらずアホ過ぎてストレスフルでもう二度と高井戸には来たくないと
何度も何度も憎悪の炎を燃え上がらせては尽きない環八への呪詛を口の中で繰り返すが
今日はジモティの取引できたのでしかたない。
高井戸東小学校を目指して、単純な道で遠くない距離を
環八のカス構造のせいでえらい時間かけさせられてようやく到着。
取引はぱぱっと済んだ。ボーネルンドの玩具とお食い初め用の漆器を受け取り、即座に離脱。
帰りも環八のおばかな仕組みに心の底から呆れつつ、大幅に時間かけさせられて道を進んだ。
OK寄って10時帰宅。
赤子はおとなしかったらしい。妻も休めたようだ。
娘を見てもらって僕は昼飯調理。ペペロンチーノ。
ちょっと乳化が雑だったがまあ味は美味しくできた。
その後は僕は片付けを進め、妻は娘と粘土遊び。
11時半には赤子を沐浴させて、12時15分ごろからお昼寝モードへ。
娘は12時半すぎには寝てくれた。
僕もそのまま2時間近く寝入ってしまった。
気付いたら14時半近かった。すごい。

娘におにぎりを食わせて15時。
今日はもうお出かけすまいと、洗濯ものだけやっつけたらかるく娘を構って、
16時過ぎに妻に風呂へ入ってもらい、僕らも17時前に入浴して、
保湿着替えなど済ませたところで予定通り義母来宅。
義母はボーネルンドの玩具にとても関心をもったようだった。
で娘と遊んでもらっている間、妻は書斎で趣味の作業。
僕は料理にかかりきりになれた。
ナムルと焼き肉とトックとチヂミをじっくり作れてとても気分良かった。
18時半過ぎに夕飯。
義母は韓国料理の扱いにちょっと戸惑ってもいたようだがしっかり食べてくれていた。
料理はうまくできた。
牛肉が高かっただけあってめちゃうまだった。
トックの味の具合も申し分ない。ダシダのおかげか。
食後も妻と義母が娘の面倒を見てくれるので大量の洗い物がこわくない。
ひとしきり遊んで20時近く。
義母の弟さん…妻の叔父からいただいた出産祝いをありがたく頂戴して、
義母は寒空の下帰っていった。
娘はそれから割とすぐおねんねモードに入ってくれて、20時過ぎに歯磨き、で寝室へ。
僕は20時半ごろまで寝れなかったが、それから22時まで寝た。
今日…寝れたなあ。

赤子はなおも大人しかったようで、よく寝ている。夜が怖い。
妻は書斎へ、僕は居間にいたがなおも寝ていた。
日記をあらかた書き終えた後、妻に誘われてだらだらとした時間を過ごした。
病院ラジオを見ながらマッサージをしてやったが、その間もだいたい赤子は寝ていた。

0時半過ぎ寝支度、1時寝室。
ミルク飲ませて民話読み聞かせて2時就寝。


2025年01月12日(日) ミルクやりと抱っこ、育児あるある話

4時半起床。晴れ。
赤子の泣き声で目を覚まし、しゅくしゅくとミルクを用意する。
最中にブリブリブリと不穏な爆発音が二度あった。
これはと警戒しつつオムツを開けると盛大に漏らしている。
着替えさせた上で、汚れた衣服は洗剤に浸けた。
これだけで15分近くとられてしまう。
それからミルクをやったが、赤子はもりもり排便してすっきりしたのか、
ほとんど寝落ちしてしまってあまり飲みが進まない。
それでも少しずつ減ってきたなあ、あと10分くらいかなあ、
ちょうど白鳥とコウモリ読み終えられるなあ…という見通しを立てていたころに、
娘の おとうちゃああああああああん という絶叫。
だっこ、おとうちゃん、だっこ、と繰り返す叫びが聞こえて、放っておくわけにもいかない。
赤子にミルクをやりながら寝室に向かったが、娘は抱っこしないともうどうにも承知してくれない。
赤子ごと抱っこする姿勢も試してみたがだめ。
観念して、ミルクと赤子を一度妻に渡して娘を抱っこ。
数分で落ち着くかなと思われたがだめ。
汚れた衣服の始末もできないし、ミルクやりも再開できない。
10分ほどそのまま考え込んで、もういいやと全部あきらめて寝ることにした。
本来なら哺乳瓶も洗いたい、最低でも残ったミルクを捨てて水洗いしたいところ、もう枕元に置きっぱ。
娘を抱きかかえた姿勢のまま横になって寝た。
改めて目を覚ますと7時半を過ぎていた。大寝坊。
なおも眠く、すでに起きていた娘を待たせて8時前に居間へ。
もう面倒だと、自分らと同じ休日トーストを焼いて娘に出してみた。
卵部分を避けて食べていた。こいつめ…。

遅い朝となったが、妻に飯を食わせ、洗濯物を干して9時をまわったころには大体取り返せていた。
妻は寝室で休ませることにして、僕は娘を見守りつつ白鳥とコウモリの残りをぱっと読んだ。
期待ほどの作品ではなかった。時間をむだにしたとも思わないが…
9時15分ごろ、娘を連れ出して図書館へ。
がっつり返して借りた。
予約中の本は今準備中という表示で、まだ貸し出す手配はできていない、
という状況を、研修中バッチをつけた女性がぼそぼそと、よくわからない口調で言った。
続いてスーパーへ行き、買うもん買って10時帰宅。
娘はところどころでぐずっていて大変だった。
なんとかかんとかして昼飯を用意。
昨日の肉じゃがとカジキマグロのバジルソテー。
娘は大盛りの肉じゃがを食べて満足してしまったようで、ご飯とカジキはろくに食わず。
僕の方はサルサソースをかけて食べた。美味かった。
食後、チャッチャとお片づけを進めていって、二子の生後一ヵ月祝の写真撮影。
娘をあやしつつ泣く赤子を落ち着かせ、セッティングを進める。
撮影自体は妻がやるので、撮影が始まってからは僕は娘の相手をするのがメイン。
だが途中からは娘も赤子の方へ向かうのを許してやった。
赤子はさいわい大体寝てくれていたし、娘も楽しそうで、おおよそ上首尾に撮影は済んだ。
洗い物して赤子の沐浴をして一通りの片付けして部屋をもと通りにして12時半。
妻と赤子は寝室へ。
僕は娘を昼寝させようとしたが、なかなか寝ようとせず一人遊びに興じていた。
それでも13時前には眠りについてくれた。僕も30分ほど寝た。
娘は14時前に目を覚まして、やはり抱っこ抱っこの連呼。涙も流している。
いつも通り抱っこしてソファに座り、そのまままどろんだ。
20分ほどすると覚醒してきたから、クレープ作ろうと呼びかけてみた。
反応悪かったので一人で作り始めてみた。
支度し終えた段階でボウルを見せるとようやく興味を示し、泡立て器を手渡して任せた。
生地作りから焼くところまで一緒にやった。
だが…食べず。
ジャムやリンゴで甘めにしたのだが食べない。
とことん卵が嫌らしい。
これでは余ってしまうなあと、急きょベーコンとチーズを挟んで大人用おかずクレープに。
妻も呼んで食べた。エライ美味かった。
次回はリーフレタスを挟んで食べたい。

15時半にまた娘と外出。
図書館に出向いて、今度こそ予約してあった本を借りた。
だが二冊のうち一冊は、貸し出し上限に達してしまっていたから諦め。
東京都同情塔だけ借りた。
その足で大宮前体育館へ。
キッズスペースで、娘はのこったのこったをやたらしたがった。
付き合ってるうちに娘は飛び道具を使うようになった。
痛いの痛いの飛んでいけを挟むのだ。
それを僕に武器として飛ばしてくるものだから、まあ賢い。
しばらく二人きりで遊んでいると、1歳児ほどの男児とお母さんがやってきて、隅で遊んでいた。
歩くの上手だねー、と男の子に話しかけたりしていたら妙になついてきて、
抱っこ、と僕に寄ってきたから驚いた。
抱っこしてもいいですかとお母さんに訊いたら恐縮そうに肯じたのでかるめに抱っこした。
男の子は嬉しそうにしてくれたし、その後もなんどか抱っこのリクエストがあった。
お母さんとはちょっと話をした。
結局、育児あるあると家事あるあるをいくらでも提出できるから、すんなり会話がはずんでしまう。
そうそう、本当そうなんですよね、を何度も引き出せた。
16時半を過ぎたあたりから娘に帰宅を促したが、まだ遊ぶというから結局17時近くまでいた。
帰宅してからはちゃっちゃか風呂支度をして入浴。
17時半過ぎに出て妻と交代、僕は夕飯料理に入り、麻婆豆腐と中華風スープを作った。
18時半過ぎに夕飯。
どちらも美味かった。
娘は大盛りの麻婆豆腐をあっというまにたいらげ、スープには全然手をつけなかった。

食後、やんわりと子どもたちの相手をしつつ片付けを進め、19時半からのダーウィンを見る妻をよそに、
僕は横たわる赤子を構ってみた。
これまで全然遊びをさせてみてなかったから、ほとんど初めてか。
顔の前に指を置いて、本人が触るのを待ち、指と指が触れたら 当たったー とリアクションする。
それを娘が面白がって、一緒にキャッキャしてたら途中から妻もまじってきた。
あといないいないばあもしてみた。
今の時点ではろくに認識できてないかもしれないが、意味なくもないだろう。

20時から寝かしつけ。
歯磨きさせて、15分ほどで寝室へ。
1時間くらいは僕も寝た。
21時半くらいに妻に起こされて居間へ。
赤子、泣きっぱなしだったらしい。
妻は書斎に逃がしてやって、僕は泣く赤子を抱っこしていた。
東京都同情塔、まだ読み始めだが、文体が気に食わない。
赤子は抱っこし続けていても泣いた。
かなり手ごわかった。
最終的にはイエモンのJAMを聴かせたらスウと大人しくなって寝てくれた。
僕はYOUTUBEでZAZENのライブ映像を観るなどしていた。
日比谷公会堂の無人ライブ、COLDBEATちょうかっこよかった。

23時半過ぎに妻は今日撮った写真のレタッチを終えて居間に戻ってきて授乳。
僕は寝支度に入った。
あっちゅーまに1時。
民話読み聞かせて1時半すぎ就寝。


2025年01月11日(土) 男親同士、家探し

6時半起床。晴れ。
昨晩は3時半に起きてミルクをやったらすんなり寝てくれて、
僕も4時過ぎには寝なおせた。
それでも朝は眠く、娘にせっつかれる格好で起き上がり朝食準備。
納豆ご飯をそれなりに食べてくれた。
今朝は妻に朝食食うか聞いてみると食うというから、一緒に休日トーストを食べた。
洗濯物などやることやって、ジモティーの取引相手からの返事をそわそわと待つ。
今日午前中の取引なのに待ち合わせ時間を今日の朝のうちに連絡するという。
その連絡が9時を前になってもこない。
ヘンな人ではなさそうだったし不快感もなかったが、単純に困りはした。
悩みつつ9時過ぎに娘とスーパーへ。
行って帰って9時半。メールを見るとメッセージが届いていた。
アプリの方では通知されていない。
WEB版でも、専用ページまで行かないと教えてくれないという。
ジモティ、このへんのUIほんとカスなんだよな。
娘を妻に見てもらって、僕は荷物抱えて大宮前体育館へ。
だが10分近く待っても来ない。
どうやら徒歩で来ているものらしい。
それなりに重量もあるのにご苦労なことだ。そしてそれだけ到着が遅れ、こちらも待たされる。
今は時間のある身だからいいものの、子どもたちを待たせることになるのは痛い。
ようやく現われた相手は予想より年配で、50代だったろうか。
印象は悪くない。1000円頂戴して別れ、小走りで帰宅。
でさっそく昼飯調理。
焼きうどん。
全員もりもり食べた。

12時近くまで、娘と遊んだり遊びを見守ったり家事雑事したり赤子を泣き止ませたりして、
12時過ぎから娘とお昼寝モードへ。
そんなに苦労なく、12時半には寝入ってくれて、僕も一緒に30分くらいはまどろんだ。
娘は一時間の睡眠で目を覚まして、やはり抱っこを要求。
抱っこしながらソファに座り、ここでも僕はしばらくまどろんでいた。
14時を前に覚醒して、みかんのセリーたべたいと繰り返す。
ちょっとだけ食べさせてやってからハッシュポテトを用意した。
妻も呼んで三人で食べた。美味い。ケチャップ普段使わないが使うと美味い。
妻にはさらにOKで買った牛丼弁当を食わせてやった。
娘の方にはおにぎり。
で15時過ぎから娘に外出を促したが、なかなか出ようとしない。
15時半を前にようやく大宮前体育館へ繰り出せた。
一歩外へ出ると楽しそうに、テンションたかく振る舞い始めるものだから可愛い。
キッズスペースには先客がおらず、20分くらいは全力で娘を相手に遊んだ。
すると男児と年配の男性が来た。
男児は元気いっぱいで、走り回るし柱にも登ろうとする。運動能力が高い。
走るの上手だねー、などと話しかけてみると嬉しそうに反応する。
孫とおじいちゃん、かと思われきや、パパと呼んでいたから親子らしい。
お父さんの方も好意的な反応だった。
その後さらに二組来たが、総じて4組が揃って全員お父さんという珍しい空間となった。
だが男親同士というのは距離感が独特で、皆それなりに常識人らしいのだが、交流には慎重だ。
それもあって独特な時空間だった。
ただ子どもたちは子どもたちで遊ぼうとする。
直接的に一緒に遊ぼうとしなくても、動きを真似ようとしたりなんだりと、それなりに刺激があるらしい。
娘もまあまあ楽しそうにしてくれていた。
こういうのがこの施設の良いところだ。
16時半になって、そろそろ小っちゃいスーパー行こうか、というと、行くという。
マルエツプチまで手をつないで歩いて行き、白滝だけ買って17時前帰宅。
さっそく風呂に連れ出して入浴。
娘は湯舟でなにかおもちゃをもって、誰にあげようかなみたいな独り言を言っていて、
祖母を含む家族全員の名を挙げていったからびっくりした。
家族、という枠組みを自分なりに理解しているようだ。
ちょっと泣きそうにもなった。

入浴後、保湿着替えさせてから夕飯調理。肉じゃが。
赤子の面倒も見つつやった。
これにあさりの佃煮を加えて夕飯とした。
肉じゃがは好物だが、今日のは特別にうまくいった。タイヘン美味い。
娘もおかわりしていてとても気に入っていた。嬉しい。
妻だけは肉じゃがが別に好きというわけでもないのだが、あさりの佃煮は気に入っていた。
飯を食べ終わっても19時前。
妻と代わる代わる娘と遊ぶ。
僕は布団をかぶって、その中に娘を招いたり閉じ込めたりした。
20時に寝室へ。
一緒に22時まで寝た。

居間に戻ってからは、ゆうちょ銀行の口座開設について調べたり、物件情報を調べたりした。
僕は家のグレードを落としても、今の地域に住めたらいいなという気になってきた。
娘がこの地域に馴染んでいるし、住み心地も良く、サービスも充実している。
まあ道路環境はかなり悪いのだが…それを差し引いてもメリットは大きい。
ただ妻は、地域よりは家そのものを充実させたい考えだ。
とりあえず向こう1ヶ月弱くらいは好きに探させてもらうことにした。

雑事に追われてあっという間に0時。
泣く赤子を抱っこしたりする時間にも遮られ、何もできない。
せめてというつもりで妻とドリトスを食べた。
サルサソースの瓶が開かず、ゴム手袋をはめて蓋を温めてようやく開けたが、
辛すぎてそんなには合わなかった。
でも今度これでタコスでも作ってみたいものだ。

1時前寝支度。
授乳などを待ち、民話読み聞かせて2時前就寝。


2025年01月10日(金) てごわい赤子、スター扱い、舌ったらずのおしゃべり

3時半起床。晴れ。
赤子の泣き声で目を覚まし、ミルクをやって落ち着かせて4時。
ベッドに寝かせてさあ自分も寝るぞと横になったらまた泣き。
抱っこして落ち着かせて、また横になって…を5時くらいまで続けた。
6時前には妻が授乳をしてくれて、それでようやく眠れた。
7時に改めて目を覚まし、ぐずる娘と一緒に居間へ。
寝坊したものの、予定通り玉子サンドを作った。
だが娘は玉子を上手に避けて食べてた。
そのうちタマゴ気に入ってくれるといいのだけど。
朝支度は少々ばたついたものの、赤子の泣き声がしなかったから立て直して行けた。
娘の体温も36.5度と平熱。
8時半に登園して、その足でOKへ。
買うもん買って9時過ぎ帰宅。
妻の授乳を家事しながら待って、それから赤子を引き取った。
掃除やら洗い物やら洗濯物やら片づけて、泣く赤子をひたすら抱っこ。
1時間ずっとぐずぐずしていた。
立ち抱っこが一番きくのだが体力を消耗してしまうから最低限にとどめた。
10時半におしゃぶりさせて沐浴の準備。
沐浴を始めると赤子は落ち着いて、いつもは上がった後は泣くのだが、
今日はすっかりすっきりした様子だった。
11時に妻を起こして昼飯。
僕は卵かけご飯。妻には無印のガパオライスに目玉焼きを乗せてやった。
クレイジージャー二―を見て、12時すぎに妻は外出。
僕はサツマイモのスープのストックを用意して、雑事片づけた後読書して寝落ち…
としたかったが、赤子が泣く。
かなりてごわくて、13時過ぎまでかかりきり。
それから40分くらいは昼寝できたか。
妻が戻ってきて授乳して、以降はかなり寝てくれていた。
15時からのそのそ動き出してまた家事雑事やっつけていって、
15時45分に家を出て保育園お迎えに。
いつもよりちょっとだけ早かったからか、
園庭に着いた時点で娘のクラスのひばり組の子たちが僕に反応して、
…ちゃんのおとうちゃーん!
と次々に子どもたちが叫ぶ。
鳴り止まない喝采。
まるでスター気分だった…すごかった。
教室に辿り着いても子どもたちはたくさん僕に呼び掛けてくれて楽しかった。
娘は機嫌よく、順当に園を出て、病院行きもわがままなく承知してくれた。
16時15分の予約に対して早すぎたくらいだったからのろのろ向かった。
実際、受け付けてから30分近く待たされてしまった。
診察はどうということもなかったが、膝裏だけ荒れているということで、
やや強めであるメサを2.0となった。

17時前に帰宅。
大宮前体育館で遊びたがった娘の訴えを断ち切って帰宅したわけだが、
そんなに執着せず泣きもせずまあ納得してくれた。
風呂には先に妻に入ってもらい、その後僕らも入って、保湿着替えした後は夕飯調理。
余しておいた炊き込みご飯と味噌汁、
それにカブとトマトをオリーブオイルで炒めたもの。
炊き込みご飯は足りなかったから僕はゆかりご飯にした。
いずれも美味かったが、娘は蕪は食べず。
かわりに炊き込みご飯はおかわりまでして、大人なみに食べた。

食べ終わって19時。
今夜も娘としっかり遊べるということで、妻と代わる代わる遊んだ。
娘、舌ったらずな話し方が今は可愛くて仕方ない。
最近よく言っていた、へええーそうなんだあー、という口癖が、
へええー、そうなんだっぴ、になぜか変わっていて面白い。
20時近くなって絵本読み聞かせ。
歯磨きさせて、20時過ぎに僕と寝室へ。
僕も22時近くまで一緒に寝た。

妻とちょっと住宅購入の話をした。
義父からどのくらいお金を都合できるのかが大きいのだが、
それにあたっては妻が直接「父と会う」というイベントをこなす必要があり、
渋面を隠そうともせず悩んでいた。

夜半、あれこれ進めたいことはあったものの赤子が泣く。
抱っこしているとほとんど何もできない。
かろうじて明日の準備やら片付け、日記は済ませた。
1時に妻の授乳があり、民話読み聞かせて1時半過ぎ就寝。


2025年01月09日(木) 焼肉ランチへ、娘発熱、書類見直し

6時起床。晴れ。
夜中、3時すぎに赤子が泣いたからミルクを飲ませ、4時に寝なおしたから、つごう3時間強程度の睡眠。
まあいいやと起き出して朝支度を始めだすとまもなく娘の泣き声。
抱っこ抱っこと大泣きしているから抱っこして回収。
そんまま居間で落ち着かせた。
15分弱で覚醒したから朝ごはんへ。
炊き込みご飯を出すと、この前お母ちゃんと食べた、と繰り返していた。
だが皆一緒で食べるほどには進みがよくない。
やっぱ一緒にご飯食べるのがいいんだな。
赤子の泣き声がしたからこちらに回収し、二人の面倒を見ながら家事。
娘の着替えはアンパンマン見せながら。
8時に赤子を寝室に戻して、娘の登園は8時半に済んだ。
今日はOKへ後で行くから直帰。
すると玄関先からもう赤子の泣き声がしている。
妻からHELPのLINEも来ていた。単に泣き止まないようだ。
手だけ洗って赤子を回収。
抱っこしながら洗濯物などの家事を進めていき、それから1時間半、ほとんど抱っこし続けていた。
合間合間で降ろして必要な家事はした。
10時半に沐浴。
終えてから妻にトーストを用意して、寝室に行ってみるとすでに起きていた。
食わせた後授乳を任し、僕は11時半に待望の焼き肉一人ランチへ。
近所のスエヒロ。
広々とした店内に客はぽつぽつ。平日昼間だしな。
ロボット店員が動き回っていたのが特徴的だった。
ランチはいろいろあったが、上カルビとか黒毛和牛カルビだとかいう200gの定食にした。
キムチとわかめスープがつく。ご飯大盛りは100円増し。
そう時間もかからずきて、さっそく焼いて食う。
うん…まあああいい………
快感がすっごい。
ご飯が進む進む。
まさに恍惚にひたれる食事で、来た甲斐あった。
わかめスープが少ないしすぐ冷めてしまうことを除けば申し分ない。
あとはご飯か…。中盛りを追加注文したが300円。
大盛りだと400円だったから諦めたが、大盛りの方がよかったか。
肉は200gがちょうどよかった。脂身が強く、これ以上だとさすがに重たい。
気持ち悪くなる一歩手前で、それなりの満腹感を得られて充実した。
また来たい。会計はしめて2500円だった。

OK寄って13時帰宅。
妻は赤子を抱っこしていたが、泣き出したのはついさっきとのことだった。
手を洗い抱っこを変わったが、ほどなくして寝てくれたから僕は洗濯物の始末などをした。
13時半ごろ一通り済んで、横になった。
ここ数日親指の先っぽが痛んでいる。妻の指示で保湿をした。
あと妻のススメで萩尾望都のアメリカンパイを読んだ。
良い作品だけれど、さくらもゆを思い出してしまった。

赤子を見守りながら、14時過ぎから15時くらいまで昼寝した。
一番眠りの深くなったあたりで妻に起こされ、聞けば娘が発熱したと保育園から連絡が入ったという。
37.5度で、症状はとくにないらしい。
誤差の範囲じゃないかしらんと妻は嘆いていたが仕方がない。
ちゃっちゃと支度して迎えに行った。
ちょうどおやつの時間だったようだ。
クラス内の園児の頭数が少ない印象はなく、風邪が流行っているわけでもないと思えた。
娘は最上機嫌で僕に駆け寄ってきた。
保育士さんがいうには、症状こそないものの、午前中は呼びかけに応じにくかったり、
ちょっとボーッとしていて普段とは違う調子に見えていたらしい。
安静にさせますといって引き取った。
娘は帰り道も機嫌がよかった。
帰宅後は強制的に手洗いへ直行。
最近はちょっと甘めにしていたが今日は許してやれない。
オカアチャーンと叫んで妻に抱き着こうとしたところを止めたら衝撃で泣いてしまったが仕方ない。
手洗い後はまた楽しそうに遊び始めた。
検温しても37.0度止まり。
風呂もいつも通り入らせた。
ただいつもより甘めに接し、テレビ視聴時間も長め。
僕と妻が代わる代わる遊びにも付き合った。

夕飯は八宝菜を中華丼にした。
あと昨日の豚汁。それにトマト。
中華丼、がっつり美味しかったけど娘はあんまり食べず。
その代わりバナナを食べさせてエネルギーとした。
まあ豚汁はおかわりまでしたしな…よしとする。

がっつり遊ばせて、20時に寝室へ。
僕は1時間半ほど眠った。
その後起こしてもらって居間へ。
するとすぐ娘がおとうちゃーんと泣き出したからまた寝室へ。
15分ほどで居間に戻ってきた。
妻とカレンダー記入して、それから月末に迫った昭和医大でのアレルギー治療について、
一緒に書類を見直すなどした。

23時半ごろにそれらを終えてから家事雑事。
ジモティで空気清浄機の引き取り手が見つかってよかった。
明日の支度なども進め、1時前には寝室に。
読書して妻を待ち、2時就寝。


2025年01月08日(水) プロの写真撮影、無法な休み、居間で横に

6時起床。晴れ。
それなりによく寝れた。
そっと居間に抜け出して朝支度。
7時近くなっても娘が寝ていたから起こして、寝ぼけ眼で食ってもらった。
コンソメスープをよく飲んでくれた。

今日はカメラマンが来宅しての家族写真を撮影する日につき、
昨日のうちに部屋の片づけを済ませていたとはいえ、もろもろと用意がある。
妻が自分の身支度にかかりきりだから子供の面倒は僕が見る必要があり、
一方で妻が寝室で寝ないからここぞとばかりにベッドシーツを洗濯、
最終的な部屋の整理だとか掃除機だけだとかをやっつけて、
子どもたちにおめかし服を着てもらい、娘の機嫌はビスケットで釣って、
今のうちから昼飯の準備もちょっとだけしておいて、
9時に約束だった広島へのテレビ電話を数分。
とくに問題なく年始の挨拶を終えて、妻に娘の髪を結ってもらい、
予定通り9時半にカメラマンを家に迎えた。
30代の女性で、感じのいい人だった。
ニューボーンフォト、という名目ながら、今日は家族写真を撮ってもらうため、
赤子に限らずばしばし撮ってもらった。
とくに娘が中心的存在に近かった。
娘にはあれこれ注文する格好になり、少々負荷をかけてはしまったが、
可愛いめの写真もそれなりに撮ってもらえたと思える。
赤子も泣いてる時間が短くてたすかった。
全体的に和やかで、順調に撮影は進められた。
天気もいいし部屋への日差しの入り方も申し分なかった。
ところどころでカメラマンから指定される構図には、
ああいつものカメラマン構図だ…と鼻白むところはあったけれども。
あと、4人がカーペットにねそべって、それをカメラマンが妻自作の椅子に立ち乗って、
上から撮影する…という場面では、万一の事故が起こりやしないかひやひやした。
いざとなったら落ちて来たこの人を突き上げてでも子供たちを守らなければ…
とかなんとか考えもした。

11時までという予定を引き延ばしてまで、カメラマンさんはたくさん写真を撮ってくれた。
その終了を待たずに僕は昼飯調理を始めてしまった。
娘も最後の方はもう辛抱たまらんという感じでもあったし、まあしかたない。
11時10分くらいにおいとまされ、僕はそれと入れ替わりで昼飯を配膳。
具沢山味噌ラーメン。
しっかり美味かったし、娘は大盛りを時間かけてほとんど食ってくれた。
僕はやることが多い。
暖房風で寝室ベッドシーツを優先して乾かすよう手配して、その後セット。
洗い物をやっつけ、娘の着替えをさせ、部屋の勝手を通常通りに戻し、
それぞれが昼寝に入れるよう準備を進める。
12時にはだいたい済んで、妻と赤子はひとあし先に寝室へ。
僕は娘をほんのちょっと構ったが、ほどなくして一緒に布団に横になれた。
娘は12時半前に、僕は13時くらいに寝入れた。
僕は30分くらいは眠れて、そっからまた家事雑事ちょろっとして、
14時を前に目を覚まして泣き出した娘を抱っこ。
立って抱っこしないとわあわあ泣くから大変で、
今日はとうとう、キチッと言い聞かせてみた。
するとぐずりながらも納得したのか、抱っこは継続とはいえ、
ソファに着席することを承知はしてくれた。
そのまま30分くらい続けていると娘は覚醒して動き出した。
僕は外出に誘ってみたがまずは遊んでいたいらしい。
寝室の妻のもとへ駆けよったりしつつ、15時くらいには外出モードへ。
自転車に乗せて西荻に繰り出した。
ちっちゃい公園を見て娘が反応したので寄ることにした。
帰宅時間をいつもの保育園帰りくらいにはしたいなと思い、15分ほど遊ばせた。
途中、0歳児と1歳児くらいの二児をかかえたお母さんがいて、
0歳児がまだ首すわってないのに対面で抱っこひもで赤ちゃん首だらりんと反っていて怖かった。
声かけるか悩んだが結局何も言わず。
まあ…気づいてないわけはないし、多分大丈夫なんだろう。

マクドナルドで妻用のポテトを買い、娘にも何本かあげた。
とても気に入っているのだが、わめくほど執着はしてこないからたすかる。
一度家に寄ってポテトを玄関に置いていき、妻には回収してくれとLINEして、
僕と娘はそのままスーパーへ。
買うもん買って16時20分ごろ帰宅。
すぐにでもおやつのおにぎりを食べさせたかったが、
玄関に入りたがらなかったり手を洗いたがらなかったりする娘に苦戦して、
結局あげるのは16時半を過ぎてしまった。

のそのそ起き出してきた妻が娘を構ってくれて、入浴は17時。
保湿着替えして17時半すぎ。
家事雑事して夕飯調理。
豚汁は豚肉がなかったから、合いびき肉で作った。
あと茄子のかば焼き丼。きゅうりの白和え。
18時半に夕飯。
かば焼き丼はいつも妻がうるせーから特濃にしてやった。
濃かった…でも妻は気に入っていた。
娘は豚汁をあっちゅーまに平らげて、他はあまり食べず。
赤子は泣いてしまって、僕は抱っこにかかりきりで飯を冷めさせてしまった。

食後、娘は僕の膝上でなら飯を食うのでゆるゆると食べさせた。
また、ソファに二人座って、娘が僕を蹴落とす、という無法な遊びに大うけしていたから、
十周ほど付き合った。
加湿器二台分の用意など20時前に面倒ごとを済ませきって、娘を寝室にうながすと素直についてきた。
20時過ぎから2時間ほど仮眠。
起きて、居間に行ってみると赤子はすやすや寝ていた。
昨日や一昨日とはまるで違って、今日は平穏に過ごしている。
僕はまだ眠気があり、体が疲れてもいて、しばらく居間で横になっていた。
だが妻は、今で横になられるという挙動そのものが、実家にいたころの実父を想起させるらしく大きらいらしい。
そこそこで起きてまた面倒ごとを片していった。

1時あたりに全部片付いて寝室へ。
ちょっぴり読書しつつ妻を待った。
民話読み聞かせて2時前就寝。


2025年01月07日(火) すぐ滑り落ちるiPhone、障子戸リベンジ、二子の名前を呼ぶこと

6時起床。晴れるはずが朝の時点では雨。
妻が授乳を請け負ってくれたが僕はオムツ替えの処理とともに起床。
娘を抱っこして居間へ。
麻婆豆腐丼を平らげてもらい、雨にめげつつも洗濯。
着替え交渉はアンパンマン視聴と引き換えで、まあうまくいった。
赤子の泣きもそれほどでなく、妻に任せられたので今朝はあまり苦戦せず。
8時半前に家を出て登園。
雨はほんのわずかに降ってるような具合だったが強行。
園を出た後OKに寄り、その道すがらではちょっと降られた。

帰宅後洗濯物第二ラウンドやら妻に飯を食わすやら赤子の面倒を見るやらして、10時を前に今度は西荻へ。
肉屋のあとはダイソーにも寄った。
スマホのケースが欲しかったがSE用がなく、保護フィルムだけ買った。
iPhone、いつでもどこからでも必ず滑り落ちる。
摩擦係数も形状もサイズも絶妙に滑り落ちる仕様になっている。
フィット感やら触覚的な快感と実用度を研究し尽くした末のデザインだとでもいいたいのか知らんが、
全部ひっくるめてカスみたいな仕様なので毎日いらいらしている。

10時半帰宅。
昼飯は肉屋で買った高めの牛肉で焼肉丼。
僕はカクテキの汁を足した。めちゃめちゃうまい。
木曜日に一人ランチの許可を得たので焼肉屋に行くつもりだが、
これを超えてくれるものかはあやしいものだ。

赤子はずっと泣いている。
抱っこと授乳とお包みと、それなりにできることは尽くしているものの、なかなか大変だ。
妻は休みたいのに休めないという状況。
とりあえず障子戸に着手しなければと、二人を寝室送りにして、
僕は一人で障子戸二枚分の紙剥がしから取り組み始めた。
必殺の糊剥がしは、しかし一枚には効果が薄かった。
前回自分らで貼りなおした方で、へたくそだったからかなんなのか、剥がれも悪い。
えらい苦戦してしまって時間がかかった。
その分だけ赤子の沐浴が遅れた。
なんとか障子戸を水拭きして乾かすところまでいって、12時過ぎにようやく沐浴させ、
泣き続ける赤子をそれからしばらく抱っこした。
それでも泣き続けるが、どうにか落ち着きはじめたころを見計らって横にさせた。
30分ほど休もう…としたのだが結局泣いてしまう。
ここはもう妻に休んでもらおうと決意して赤子をもらい、ミルクをやった。
だが飲まない。
障子紙の貼り替えは一人で決行することにした。
準備していると赤子がまた起きて泣き出したのでミルクをまたやると今度は飲んでくれた。
これで大人しくなるだろうと、紙の張替えに着手。
だがほどなくしてまた泣き声。
イエモンを聞かせるとちょっと大人しくなった。
SPARK、JAMがよく利く。
それでも後半戦は泣きとおしになってしまった。
障子戸はどうにか15時近くに形になった。
よかった…。達成感ある。
そろそろ起き出してきた妻に七草がゆをやった。
一口僕も食べたが、これぞ滋味という風味で美味い。
それから30分だけ、今度こそ休ませてもらった。
だが20分ほど寝たところで妻から呼び出し。
赤子のぶりぶりと、さらに雨が降ってきたという。
今日の雨には参った。人を馬鹿にしている雨だ。
急いで洗濯物を取り込む。
それでシーツをセットして洗い物して、もう保育園お迎えの時間。
16時に娘を迎え、小雨が止みかけてきた帰り道を自転車で急いだ。

16時20分帰宅。
娘に手を洗わせて、妻と赤子に寄ることを許してやると嬉しそうだった。
娘、とても親し気に赤子の名前を呼ぶ。
その呼び方が愛らしく、この名前にしてよかったと思わせてくれる。
娘は妻と遊びたがって、僕はなおも泣き続ける赤子を抱っこしながら家事雑事。
17時手前、いくらなんでも泣き続けすぎるなと思い赤子の熱を測ると37.5度。
ぎりぎりだ。
悩ましかったが、妻と相談の上、まあ誤差の範疇でもあるし、
症状らしい症状もないからいったん様子を見ようということにした。

娘を風呂に入れて、保湿着替えの後は遊ばせつつ夕飯調理。
炊き込みご飯と韓国風スープ。
炊き込みご飯が鶏肉とごぼう、どんこ椎茸をマシマシ。
18時半に食らったが、これが実に美味かった。
全員おかわりした。
娘はいくらでも食べたいという風だった。

赤子はなおも泣いている。
立ち抱っこで背中をとんとんし続けていれば落ち着いてくれるのだが、おろせない。
僕はかなり眠く、どうにか20時までは娘を構いもしたが、20時で限界来て寝室行き。
娘はずっと居間を気にかけていて、お母ちゃんは、弟はと繰り返していた。
一人で行きたがるのを制御し続けていたものの、30分ほどして結局行ってしまった。
で絵本を一冊持って戻ってきた。
かるく読んでやると寝てくれた。

ひと眠りして、22時に居間へ。
ようやく落ち着き始めて来た赤子を寝させておいて、妻と二人で部屋の整理。
明日に向けての片付けだが、やはり子供の面倒がないと着々進む。
休憩挟みつつ、0時には相当きれいになった。きもちがいい。
寝支度を進めていって1時に授乳、それから民話読み聞かせて1時半過ぎ就寝。


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