舌の色はピンク
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2022年04月30日(土) 草むしり、芸術論

お休み。晴れ。
8時半、休日トーストを平らげて、
明日は雨らしいから今日のうちに布団を洗って干した。
朝から入浴。それから家事。

庭で草むしり。
ねじり鎌でばさばさ刈っていく。
同時に軍手をつけた左手で抜いていく。
なんて楽しいのだろう。
これはレジャーなんだな。
ボーリングより楽しい、と直感的に思った。
ボーリングは好きだ。
でもボーリングより楽しい。


11時過ぎに家を出る準備を整えていたが、
妻が腹痛をうったえ、数十分様子を見た。
12時前に出発してブルーベルへ。
今日はオムライスとウインナーの盛り合わせにした。
やはり美味い。
しかし盛り合わせにするとセットの値段は300円跳ね上がる。
なのに小さいウインナー3本というのはちょっと厳しいと思った。
満腹感のなか晴れ模様に気分良くなりつつ、西荻窪へ。
三菱UFJで金をおろす。
うちの家賃は妻の口座から引き落とされているから
僕は4ヶ月に一度妻に家賃の折半分を現金で手渡している。
家賃総額の半額を向こう4ヶ月分で29万円。
さらに三井住友へ出向いて預金を…というところで、
今度は僕に腹痛が走った。
妻と別行動して、僕はTSUTAYAで自分用に
寅さん5作目を借りた。
その足で八百屋、肉屋での買い物を済ませ、
妻とは花屋で合流した。

帰宅後は妻をソファに寝かせ、
僕は図書館とOKストアでの買い物に出た。
図書館ではたまごクラブとひよこクラブを借りたが、
両雑誌は今号をもって購入を打ち切るということだった。
無念。
まぁおそらく、別の育児雑誌が入荷されるようになるのだろう。
アラブ民話の本は貸出を延長し、
さらに小説の取り寄せを一冊お願いした。


帰宅後、僕も少々昼寝をした。
とても…とても気持ちがいい。
和室…いい。


夕方、明日のためにタルト生地を焼く。

パート・シュクレ
18cm型1台分

・無塩バター 60g
・塩 ひとつまみ
・純粉糖 30g
・薄力粉 90g
・全卵 12g

1.ボールにバター、塩を入れて混ぜる
 ゴムベラで空気が入らないよう、練るように混ぜる。
2.純粉糖を加えて混ぜる
 1と同様、ゴムベラで空気が入らないように練るように混ぜる。
3.薄力粉を加えてゴムベラで切るように混ぜる
 バターと薄力粉が混ざりあい、ボソボソした状態にする。
4.全卵を加えて混ぜる
 最初は切るように混ぜる
 粉気がなくなったらボールの側面におしつける
5.生地をまとめる
 なめらかになるまでしっかりと混ぜる。
6.混ぜ終わり
 ラップにくるんで2時間以上ねかせる。


続きは食後となる。
その前に寅さんを見始めた。
前半45分だけで切り上げて、18時過ぎから夕飯の用意。

夕飯は鶏肉のトマト煮込み。
玉葱と人参とパプリカとしめじと鶏肉を
一緒に炒めて煮込んで塩こしょうスパイス。
塩はちょっと控えめにした。
その分野菜の旨味が感じられてよかった。


タルトの続き。
フィリング。
アーモンドクリーム。
18cm型1台分
・無塩バター 40g
・純粉糖 40g
・全卵 40g
・ラム酒 5g
・アーモンド粉 40g
・薄力粉 5g

1.ボールにバターと粉糖を入れて混ぜる
 ゴムベラでなめらかになるまで混ぜる

2.全卵の半量を加える
 全卵は少しずつ加え、その都度バターと乳化させる

3.ふるった粉類(アーモンド粉と薄力粉)の半量を加える
 粉類の半量を加えたら、残りの全卵を2回に分けて加える

4.残りの粉類とラム酒を加えて混ぜる


このフィリングをタルト台に流し入れて焼くのだが、
考えてみれば今回はカスタードクリームも盛りたいのだった。
なので、フィリングは半分量で作った。
180度で41分焼成。
あとは明日。
カスタードクリームはすぐできるし、
そこに苺カットしてのっけちゃえば
あとはナパージュ塗ってミント飾るだけで仕上がるからな。


惣菜も用意。アチャール。
人参とナスをマスタードとともに油でいっためて、
いろいろスパイスかけて、
半熟卵を漬けておく。
この半熟卵に、前回以上に苦戦した。
おれは本当に大嫌いだよ…


妻にねだられ、衛府の七忍を読み始めた。
ぶっ飛んでる。すごい。
めちゃめちゃ景気良く残虐してるところに
ちまっとした笑いを差し込んでくる。
山口作品のセルフオマージュが多く
これにはなにか意味があるんかな。
シグルイからの開放を感じる。


アネット見て考えついた芸術論について、
もうすこし思索を深めてみた。
漫画家や小説家がよくいう「ネタ」というのは、
順序が逆なのではないかと思われたのだ。
絵画や作曲におけるアイデアでもあるだろうけれども、
これは面白いとか美しいとか新奇だとかいった思いつきは、
それをそうと判定している自意識がある。
その判定の根拠が、彼自身の正体だ。
というと、
ネタ-思いつきがあって「自意識がそれを判定する」ようだけれども、
ここがきっと逆なのだ。
あたかも大気圏で燃え尽きかけた岩石が小粒として残るように、
ネタというのは本来なら外界で形をとどめておけないはずの
“正体”のいち部分が、
どうにか欠片だけ生きながらえた微弱な残滓なのだ。
そういうわけで、このネタというのは”正体”をさぐるためのヒントにもなる。
内界と外界を越境してきたそれを確保したら、
あるいは言語化を、あるいは画相化を、あるいは譜面化をして、
外界に通用するものにしてやる。
これが芸術だ。
そうして内面世界を表現し、正体、核心、本質に接近できる。
ところが、”それ”は外界にとっては珍しい希少なものだから、
その副次効果として人々を楽しませることもある。
エンタメではここが転倒している。
非言語無秩序の内側ではなく、有言語正秩序の外側に向かう。
言語も秩序もある世界の中で方式化されうる。
非芸術分野の物足りなさとはこれで、
「わかる」からつまらない。

梵我一如だとか、ユングの集合無意識だとか、
プラトンのイデア論だとか、
そーゆーんとはまたちょっと違うのよな。
でもまだまだ思索が足りない。全然論になってない。
この時点で人に伝わることってあんのかな。
そもそも人間の正体とか言ってる時点で
やべぇやつ扱いされてもおかしくないしな。


寅さん5作目見終えた。
ウーン……もういいかな?
毎度おなじみのお約束を楽しむ安心感はあっても
やっぱマンネリはマンネリであるし…
一番のマンネリはマドンナとなる女像に幅がないことなんだよな。
個別の人物像はいずれもシッカリしてるのに、
寅さんが惚れる女がいつも似たような人格。
そこへきて今回は、
ちょっとした冗談で場が和む
一同の ウフフフフアハハハハ のシーンが
1秒とか2秒だけど持て余されていたような感があって白けた。
続き観るくらいなら1作目か2作目を見返したいなと思う。


民話を読み聞かせて寝た。


2022年04月29日(金) 午後出勤、ばかばかしい仕事、パソコン談義

曇りのち雨。
祝日。
出勤。
だが今日は職場のビルメンテナンスの都合上、
午後出勤となる。
GWに突入してもいるのだし仕事もほとんどないのだから
もう少し融通きかせたらいいのにな。
祝日だから残業はなしっていう通り一遍のルールだけ適用して、
で全員出社。あほらしい。
もちろん、それでも全員出社を促す経営意図はいくらでも考えられる。
しかし、あほらしい、と従業員が呆れてしまう直情には
目が向けられておらず、
結果的に会社に背を向ける心を育ててしまって、不合理だなと思う。


まぁでも午前休というのは気分がゆったりとする。
洗濯物干してから寝室へ。
妻に民話を1話読み聞かせ。
アルジェリア。
羊とロバと犬と鶏が兄弟の契りを交わして
砂漠で暮らしてたのだけど
鶏が独り占めしていた穀物を
ロバが食べるように鳴ってからロバがラリっていって
そのうちライオンに見つかっちゃって命乞いをする。
「僕が殺されるのはしかたないかもしれない。
でも僕には兄弟の契りを交わした仲間がいる。
生死をともにするという仲なんだ。
僕だけが殺されるのはかなわない」
マジかコイツ……。
でロバはライオンを仲間のもとに引き連れていく。
それを遠目に眺めた3匹は謀略をはりめぐらし、
協力してライオンを打ち倒す。
というか殺す。
ていうか食べちゃう。
しかも皮は剥いでなめしてとっておいて…。
日常がもどってくる。
がロバは相変わらず狂ってるから
また別のライオンを引き連れてきてしまう。
今度はみんなで代わる代わる、
以前来たライオンの皮をなめした絨毯を、
新たに来たライオンにあてがう。
「高貴なお客さんにはふさわしい絨毯を…」
「いやいや、こんなこ汚い、ぼろくその皮の絨毯を
この御方に出すわけにはいかんでしょう」
みたいなやりとりを四頭でしあう。
陰湿。
サイコだし。
結局このライオンは精神をやられてすごすご去っていって、
その後二度と彼らのもとにライオンが寄ってくることはなかった、
めでたしめでたし…って、そんなめでたしか…?

そっから1時間くらい寝た。
気分スッキリ。
OKストアに行って買い物して、
妻にアラビアータ、自分にうどんをつくって
のんびりNHK見た。
100カメで、京大カレー部。
ひとり本気の人がいて
1ヶ月インドにカレー留学してたり
休日は間借りテンポでカレー屋してたりで面白かった。

12時に家を出て出勤。
弱い雨が降っている。
仕事はほとんどなし。
隣の部署の人間が
漫画家のモノクロ原稿に着色する仕事をしている。
営業が拾ってきた仕事にどうにか取り組んでいる風情だが、
明らかに素人なのでじれったい。
社内からスキルある人間を見つけ出そうとしたらいいのにな。
というかこちらから名乗り出ればいいだけのことなのだけど、
そうした自発的な動きを抑制してしまっているのが
今のバカな体制だから救えない。
一つの秩序って無数の都合と不都合でなりたってるよなあと実感する。
そのバランス調整をするのが上の役割なのだが
経験浅い人が独善的な秩序を敷いてしまっている。
何度も失敗して経験深めていってください。


砂時計読んだ。芦原妃名子の。
面白かった。
なんてシナリオの上手い人だろう。ドラマも絡ませるし。
引き出しの多さが半端じゃない。キャラクター像も。
ちょっとした知識やエピソードを人物の行動原理に結びつける手並みが
あんまり鮮やかですごい気持ちいい。


18時終業。
今日は西荻から帰って、
ツタヤに寄ってインド映画に目を付けた。
GW中に観るつもりだ。まだ借りない。


帰り道、雨でつらいけど
買い物せず帰れるのはいいな。

夕飯は魚。
サバの照り煮。すでに味がついている。
焼いて、味噌汁とともにいただく。美味い。

テレビはブリティッシュベイクオフ。
ようやく番組名覚えた。
全然イングリッシュベイカーではなかったな…
今回はマカロンとメレンゲ菓子とシュークリームを3時間で。
きびしー。
けど全員やりきっていた。
いずれにも一工夫加えてる方々がほとんどだったし
今までのなかじゃ見応えあった。


妻がパソコンを買いたいと言い、探している。
用途と目的といった諸事情を踏まえてみると、
僕には間に合わせのノートパソコンを買うのが
もっとも無駄のない綺麗な買い物だと断定できるのだが、
妻はデスクトップを欲している。
見積もり時点で26万円ほどかかる。
その値段に見合うほどの働きはしないことが見えているから、
理屈をとうとうと説いて僕は別案を提示した。
妻も再検討に至った。


民話読み聞かせ。
この本…いよいよ買わねばならん。
定価だと3800円くらいするけど
古本なら半額くらいで買えっかな…


2022年04月28日(木) 快感のためだけのランチ、道玄坂徘徊、アネット鑑賞


曇り。肌寒いと涼しいの間くらい。
弁当はないが、妻の昼のためにサラダの用意は整えた。
あとは麻婆豆腐とご飯を温めて食べてもらえばいいわけだ。
夕飯はそれぞれ外食となる。


僕はお昼をインドカレーにした。
バターチキンにサグマトン、ナン、サフランライス、ラッシーで1000円のセット。
美味しいけど、もう何度も食べた味で、新鮮さも発見もなく、
ただ美味しさの快感を得るためだけに金と時間を費やしたことになる。
別に何も悪いことではないのだけど…
自分は常に何か新しい発見をしていきたいのだなあと再認識した。


日記の文字数について。
トキノのテキストファイルが69KBで、約3万3000字くらいだったはず。
日記の方は毎月だいたい130-150KBくらいだから、
おおよそ倍として、6万6000字くらいか。
まーまー書いてんな。
1日平均2200字。手書きじゃきっついね。


退勤後、神保町から半蔵門線で渋谷へ。
九段下から行けばよかったが気づかなかった。
渋谷駅から文化村に向かう最中の景色、
なんだか町並みはそう変わってないのに
自分のよく知っている頃とは人の感じが違って面白かった。
もう若者たちってのは完全に向こう側だよなあ。
あとイベントハウスやクラブの前に並んでる人たちを見て
そういえばこんなふうに街と親しんでいた季節もあったと
えらい懐かしさに見舞われた。

ユーロスペースはラブホ街にある。
こんなにラブホばっかだったっけ…とびっくり。
受付でチケットを取る。
席はガラガラ。
最前列から四番目左右センターの一番いい席が空席で、
その前後と左が埋まっていた。
なんでそんなもったいない!
いっそその空席取ったろかいと悩んだけど
全員が全員と隣り合いたくないだろうし
結局一番いい席の右席にした。
たぶん、三番目左右センターの席が一番初めにとられたのだろうな。
それならこういう結果になるのもうなずける。

上映まで1時間待ちとなったので辺りをフラフラ歩いた。
なるほどこうしてみると、スラムっぽさもまだ駆逐されきれておらず、
なかなか悪場所めいてもいる。
まぁそれもたかが知れてるけど。
どっかの雑居ビル入ったらもうちょっとは忍べてるのかな。

ゆっくりできるほどの時間はないので松屋に入った。
数年前にカルビ丼が美味いという話を聞いていたものの
ずっと食べる機会がなかったのだ。
券売機はキャッシュレスオンリー。
前に並んでいたお姉さんがもたついていた。
あなたは全然悪くないよ。
飯は可もなく不可もなく順当。
でもまあ自分で作ったほうがうまいな。

すこし早めに劇場戻って用を足す。
1Fのトイレをつかってみたら狭くて暗くて怖かった。
地下一階で霊的ポリシェビキを上映していたようで、
アレ自体は別に怖いもんでもなかった記憶あるけど
このトイレと合わさると恐怖感倍加どころじゃないな。
トイレって狭いだけで怖いよな。

上映開始10分前、神妙に席についた。
19時半上映開始。
アネット。
上映時間140分。
だけど一瞬で終わった。
ほんともう一呼吸の間にというか…。
体裁はミュージカル映画であるし
台詞の殆どが歌われる形式だったから
曲数はえらい多かったんだけど
全部ひっくるめて1曲みたいな壮大さがあった。

個人的な感想として、
開始2分で泣いてしまった。
ああ、歓喜の百鬼夜行だ…と身に迫るものがあって。
で、話が展開していくにつれて、今度は別の感動が押し寄せてきた。

……僕が思うに、人間の正体というのはまだまだ全然、解き明かされていない。
絵画や文学などの芸術はかなり正体に肉薄しうる。
がまだまだ全然なのだ。
けれど一方で、人間の正体というのは、
誰か一人の正体が明らかにさえなれば、
人間全体の正体が明らかになる……と僕は信じている。
じゃあ一人の人間をとことん解剖してみよう、
としても、これはべらぼうに難しい。
内面は外の世界に触れた途端、変質してしまう。
たとえば感情ひとつとっても、
それに最も適する言葉を選び取った時点で、
もうズレが発生してしまう。
内面にあるグジュグジュの感情を、
「悲しい」と呼んでしまった時点で、
そう置き換えてしまった時点で、
もう正体からは離れてしまう。
”それ”を言葉で表すには、「悲しい」という言葉を使わずに、
比喩や物語を運用して、擬似的に再現するほうが迫れる。
絵画にしてみても、自分の中にある
“至高の青”を外の世界で表現するためには、
緑とか赤とかあるいはそれが塗られる媒体とか、
別の物が用立てられる。

この映画は、その”内面”を露出させてきてる。
で、直接的、簡易的な置き換えに頼らないから、
場面場面でわけのわからないような描写に巻き込まれる。
そりゃあ、そうなのだ。
“内面のそれ”は、外の世界に露出した途端、
ボロボロに崩れ落ちてしまう。
だからコーティングして擬似的に再現する。
その再現は、いわば青のための緑だ。青のための赤だ。
点描画を間近に見つめるようなものだ。
直接的な文法で解読できるコードにはなっていない。

ところが鑑賞者の方でも内面を開いてみると、
このチャンネルが合うことがある。
すると一人の人間の内面が、まるごと迫ってくる。
それはモノスゴイ情報量で、到底処理しきれない。

硬球を顔面に投げられて目を閉じずにはいられない。
ところがこれは硬球どころではない。いうなれば隕石だ。
だから、察知した瞬間にチャンネルを閉じてしまう。
でも一瞬でも通じた瞬間に、
莫大な”正体の片鱗”がこちらになだれ込む。
ここに感動がある。
僕は感動した。
みんな感動しないの?


映画館出て、余韻にひたったまんま外歩き。
道行く人みんな恋しくなるような感じ。
でもスクランブル交差点で急激な現実感に塗りつぶされた。
男、女、男、女、男、女、男、女、…。
なんかこう、人間の内面ばかり考えていたところに、
外側の空気にさらされきった人間を大量に浴びせられて、
認識が不明瞭になった。


山手線で新宿へ、中央線で荻窪へ。
23時前に帰宅。
妻はソファの上に読書灯を取り付けていた。
おしゃれではあるのだが電源のための配線に難がある。
そのために他の配線を犠牲にしなければならず、
小さい実用を求めて大きな実用を逃してる転倒ぶりがうかがえ、
それについては難詰した。
しかし実用を抜いた、洒落っ気の面で秀でているから
トータルで見ればヨシとした。


入浴後、アネットの感想を検索してみた。
まともな感想をあげているものが全然いない。
そりゃあそうだ、一言二言では表せられない。
では長文ではどうかといえば、映画評論家や
評論家気取りの記事になるのだが、
いずれにせよカラックスの他作品と比較した上で
映画評論の文法に乗せて
どうにか体裁を保っている程度のことで、
お前の感動はどこにあるんだよと問い詰めたくなる。

まるで三島論みたいだな。
作品そのものを正面から見つめない。へきえきする。
いやわかりますよ、
他作品と比較し差異を照射することによって
本質を浮かび上がらせ立体化する、
むしろそれによってしか批評は深化しない、
ごもっともですよ。
だがお前の感動が見えないのは退屈だ。
その言葉数で作品そのものを語り、
お前の感動を教えて欲しいのに。


読み聞かせ民話。パレスティナ。
えらい面白かった。
女が名前売りの修道者にそそのかされて
有り金全部ささげて名前をもらう。
「今日からあんたの名はライスプディングだ」
この時点でかなりくるってるけど
そっから夫が帰ってきて、事情を知って妻に呆れ返る。
夫はどうにか金を奪い返してくるという。
「お前と同じくらいバカな奴に会うまでは帰ってこんからな」
というなんだか素敵な捨て台詞を残して、
修道者を追って砂漠へ向かう。
この砂漠でいろいろあって、この男は結局、
まったく別の夫婦をだまくらかして金をせしめる。
で家に帰る。金はなんとか元通りになったぞと。
えーーーーーーー。
結局修道者出てこなかったし。復讐とかじゃないんだな。
相手が誰だろうと失った金さえ戻ってくればいいのか。
そういえば「お前と同じくらいバカな奴に会うまでは」って
言い草にも見合うしな。
ワー面白い。
いい気分で寝た。


2022年04月27日(水) 肌荒れ、ユーロスペース、アダムとツバメの内通

曇り。なまあたたかい。
今朝も妻は先に起きていた。
僕は7時半に起床して、のろのろと弁当を用意。
牛丼。
トーストはいつもより5分早く、7時55分に妻を呼んで食べた。
NHKで天気予報をしている。
いつもより5分早いだけで
こんなに天気教えてくれるんだなあ、
と妻はしみじみしていた。


駅に着く直前、前を歩いていた女性の肌が目立って荒れているのが目についた。
皮膚の炎症というのか、細かい赤と黒が肘を中心に散布している。
見目麗しいとはいえない。
僕の方では、妻もアトピー持ちであるし
とりたてて嫌悪感めいた思いは湧かない。
ただ、社会通念とかの一切を抜きにしたフラットな印象として、
見目麗しくないなとは思う。
こういう自然感情を圧殺したくはない。
人間の美醜にはいろいろな基準があるが
死を連想させる病、病を連想させる不具、
不具を連想させる不調…といった状態が忌避されるのは、
それはもう当たり前のことなんだと一度受け入れて、
そっから話を始めるべきだと思う。


割拠、再開したいから書き進めてみた。
大方のルートはできた。
やはり祭りを描くこととなる。
難しいな。
書き上げる事自体は難しくない。
ここまできたらそれなりに成立もさせられる。
でも面白がってもらえるかは別だ。
主題を描ききって、最終的にちょっといい気持ちになってもらえる、
そういう作品に仕立てる努力を突き通す。
タイムリミットはあと2ヶ月。


21時50分帰宅。
今夜は妻が夕食を作ってくれている。
麻婆豆腐。
ついこの前にも作ってくれたはずなのに
全然記憶にないという。
覚束ない手つきで頑張っていた。

ネギを刻んで豆腐を切ってひき肉とともに
クックドゥーのソースで火を通すだけだから
ほとんど失敗しようのない料理ではあるが
手順をなじませる意味で十分に調理の意義はある。
しっかり美味しかったし。

妻は妊娠高血圧を気にして蒟蒻畑を買っていた。
塩分と糖質をいよいよ控えなければと、
ようやく自分でも律する気持ちになってきたらしい。
私知らなかったんだけど炭水化物って糖質に換算されるんだね、
とのん気なことを言う。
知識や理論から攻めてみたほうがいいのかもしれない。


明日アネット見に行くことに決めた。
数年ぶりの映画館。
カラックスの新作映画……。
思えば十数年前にホーリー・モーターズを観て、
全身の蒙が啓かされたみたいな革命感を得て、
それ以降映画の趣味も見方も変わって、
いろいろいろいろと観てきて、
そうして今カラックスがホーリー・モーターズぶりに撮った新作映画を
奇しくもあのときと同じ渋谷ユーロスペースで観る、というのは、
自分のここ十数年の映画体験の総決算というか、
これまで培ってきた鑑賞能力が試されるような感じがする。
と勝手に身構えている。

あとは2時間半の上映に尿意が耐えられるかどうか…。


読み聞かせ民話は…どこだったっけ。忘れた。
蛇がなぜ嫌われ者かについて。
よく知られた楽園追放になぞらえつつ、
アダムがツバメと内通して蛇を騙す話となっている。
いや内通はそう記述されてるわけではないけど…。
蛇が悪魔に遣わされて
この地上で最も美味い肉はアダムの肉だとそそのかされて
でもアダムは
イヤイヤ、蚊に世界を旅させてすべての生きものの血を吸ってもらおう、
そしてどの血が一番うまかったかを評してもらおう、
とそれらしいことをいって
蚊を放って世界中を旅してもらって
さて報告だと帰路についたところでツバメをやって
一番美味しいのは蛙の肉だよと蛇に報告させる…。
かくして蛇の好物は蛙となったのさ。
って…。
蛙かわいそうだし。
ツバメ二枚舌だし。
アダムとツバメの関係性が不透明な分、
なんかアダムの
 ぼくは知りませんけどね― ツバメさんが勝手にやったことですよねー
という記者会見での言い逃れ回答が目に浮かぶようで
なんか地味に鬼畜な話で
面白かった。


2022年04月26日(火) レンジラック設置、百鬼夜行、物語の精読

曇り。すずしめ。
目を覚ましてみると隣に妻がいなかった。
珍しく早めに起きていたらしいが
間もなく戻ってきて布団にくるまると、
暖かい、絶対に出て行かないでとねだる。
でもお腹すいたとも請う。
妻の手足をひっぺがして起床したが
かなりの恨みを買った。

弁当は鶏ももの…と思ったら
またしてもやっちまった、これは豚コマだ!
でももう知るかってつもりでそのままキャベツと炒めて
ポン酢と胡椒で味付け。
まあ…べつに美味いだろ…

実際美味かった。


なんか仕事がヒマヒマでいろいろ読んだ。

伊藤潤二、ブラックパラドックス。
はじめの一話目が面白かった。
あと二話目冒頭。
全体としては、ネタや描写は抜群なのだけれど
お話にはなってない印象で、批判するというよりは、
ウワーこれわかるって思った。

安部窪教授の理不尽な講義。
これもそうだな…ネタもキャラもある、
資料もよくできてる…でも話としては魅力なくて、
ちょっと経ったら多分すっかり忘れてしまう。

恋は女の命の花よ。
ナナナンキリコ臭がきつかった。
漫画家が悪霊対策にブスな女の絵を描いて
オリジナルの御札とするっていうのは面白かった。

じゃあまたね。
清原なつのというベテラン少女漫画作家の自伝漫画。
幼少期の1967年から始まり、大学卒業までを懐古する。
幼い頃から本好きの絵本好き、漫画好きでお話し好き、
ちょっと長じてくると映画趣味が加わって、
さらにスポーツも大いにこなす。
大学受験に失敗した浪人時点でりぼんの新人賞佳作、
デビューに至ったがプロとして活動する覚悟が決まらず
そのまま進学して薬学部のハードスケジュールをこなしながら
漫画を描き実験や論文を書き映画を見て本読んで漫画読んで人付き合いして…
と超人的な学生生活にしか見えないのだが
漫画内の当人はのほほんとしている。
面白かった。



夕飯は揚げればいいだけの冷凍春巻き。二本ずつ。
それに冷奴。
これは先日の天ぷら屋で美味しかったのを真似たもの。
きゅうりを細かく刻んで、
水溶き片栗粉に火を通して砂糖と醤油をちょっとずつ混ぜたものに合わせ、
豆腐に乗っけて醤油を垂らす。
うんウマイウマイ。
でも豆腐がやっぱ違うんだな…全然あんな味にはならない。
春巻きは美味しすぎた。


イングリッシュベイカーだっけ、録画してあるのを観た。
お題がビスケット。
クッキーとの違いがよくわからない…タマゴを入れるか入れないか?
そもそもビスケット好きじゃない。
でもイギリスだとモノスゴイ量食べられてるらしい。
紅茶のお茶うけってわけね。ハイハイ。
できあがったものはやはりあまり美味しそうではなかった。
次回はスコーン。
あいつらスコーンだきゃあ本気だからな。ちょっと楽しみ。


食後、レンジラックの配置をした。
古い方をどけて、オーブントースター、
オーブンレンジ、炊飯器はそれぞれ妻に拭いてもらった。
空いたスペースは掃除機がけしてキレイに。
大物家具だけど中身が空なら移動は一人でもできた。
設置はすんなり。うん、うまくはまった。
なかなか機能性も良い気がする。
これまで玉ねぎやニンニクなどの常温保存野菜を木箱に入れたままにしていたが
今回からは引き出しケースに入った。
最低限の通気性だけ確保されてて、これなら虫もこないんじゃないか。


来週に向けて
麻雀マットを外に干しておいたのだが
今日の昼に急に降った雨にやられてしまった。
妻に取り込んでもらったもののその時点でかなり吸水していたらしい。
これが全然乾かない。
マットに深く染みている。
幸か不幸かシワはのばせたけど。全然乾かない。すごい。


電気消してホーリー・モーターズを鑑賞。
もう何度も観てるけど本当なら数ヶ月にイッペンは観たい。
今夜のところまではインターミッションまでにした。
アコーディオンの隊列奏曲。
これ僕の中にある””イメージ”のひとつなんだよな。
百鬼夜行、と呼び習わしてる。なんていっていいかわからないから。
薄暗い中を何人ともしれない人間たちが、
名前も顔も認知されないまま、ぞろぞろと突き進んでいく画。
すごく好きだ。

レオス・カラックスの新作を見に行こうか悩んでる。
コロナ禍以来、映画館は一度も行っていない。
そろそろ…この一本くらいはいいのでは…。
渋谷なら明後日木曜日、19時半からの上映がある。
140分の上映だから映画館を出るのか22時、
帰宅は22時半を過ぎる。
ウーン…。
いやでも行きたいなあ…いやでも…
明日いっぱい悩んでみよう。


トキノは結局3名が反応してくれて、
そのうち感想をくれたのは1名だけだった。
で、次の創作について考えている。
割拠を終わらせてからか、また中断して…となるが、
今回はもっとずっとシンプルに、
ただ自分の書きたいものを形にしてみたい。
読者のことを考えず。説明無しで。
書きたいのは百鬼夜行だ。

読み手にどこまで伝わんのかなー問題といえば
のだめカンタービレの一場面を思い出す。
のだめは普段、楽譜通りにピアノを弾こうとしない。
独自解釈で好き勝手に弾く。
そんなのだめが、先生の指導のもと作曲に乗り出す。
ところどころで先生と意見が割れる。
この曲はこういう意図で作っているのだから、
こう弾いてほしいのだと。
そこで先生は諭す。
お前が普段好き勝手に弾いている曲の作成者だって、
お前みたいに弾き手に言いたいことたくさんあるんだと。

そうなんすよねえ。
僕はトキノの一文一文に物語意味を込めていったから、
ちょっとでも読みはぐれられちゃうと、
もう全体の意味が成り立たなくなる…と思ってる。
しかし普段自分は小説をそんなに誠実に読んでるかっていうと、まぁ読めてない。
というか一文一文をしっかり追って
それぞれの文を接続していって読みながら物語の意味世界を再構築できる人間が
どれだけいるのだろう。
能力はあってもするかしないかでいったら毎回はしないだろうし。


風が強くて楽しい。
お外がドゥルドゥル鳴っている。
風向きの問題で、窓を開けてもあまり入ってこないが
ちょっと手を伸ばしたりすると強風を感じられる。


読み聞かせ民話はサウジアラビア。
やっぱ王様はカンタンに
これを解決した者に娘をやるとかいい出す。
女は贈与の対象なんだなあというのと
身分の問題とかないんかいというのと
いろいろ馴染みのない考えが面白い。


2022年04月25日(月) トキノ感想もろた、読書停滞、民話ランプの精

晴れ。あったかい。ていうか日差しは暑い。


くるったようなハンドルネームの人からトキノの感想が届いた。
言葉が綺麗で…とかやさしく…とか
とても好意的な感想で
く…うれしい。
おそらくは女子大生と思われる方なので
世代差を越えて年若い人に届いたっていうのもうれしい。

いっぽうで、成熟した大人に対しても
ちゃんと読み応えあるものになってるかどうかについてはギモンだ。
僕が読んできたものって圧倒的に、
十代から二十代をターゲットにしてきてる。
映画だけだな。映画については成熟しきった層相手のものしか好んで見ない。


夕飯はマグロ。
昨晩ヅケておいたものを
ご飯にのせて海苔とわさびと醤油でたいらげる。
味噌汁とともに。
美味ーい。
でもわさびを雑にのっけたせいで、
妻が咀嚼中にむせかえってしまった。
よく噛んで食べずに呑み込んでしまったのも一因と考えられるが
わさびは目立つ縁に付着させておくべきだった…反省した。

テレビはグレーテルのかまど。
ツーガーキルシュトルテ。
スポンジにキルシュ酒のシロップをこれでもかと染み込ませ、
赤色素少量混ぜたクリームシャンティイーを塗りたくり、
上下をメレンゲ生地で挟む。
クリームシャンティイーでナッペ。小粒のアーモンドを散らす。
色素は本来ちゃんとチェリーでやるべきところを
番組では横着していた。
でもまあ…美味しそうではある、見た目も可愛らしい。
近いうちにやってみようかしらん。


今日は妻が掃除機をかけてくれたり
洗濯をしてくれたりと助かった。
まぁアタリマエのことなんだけれど
それでも身重の体でよくやってくれた。
と褒めちぎった。


あんまり読書がはかどらない。
息抜きのつもりで読み直してる京極シリーズ5作目、
ずっと昔の春に一気読みして楽しんだ覚えがあるんだけど
今はこれがもう退屈で退屈で…。
フーコー入門も思弁的に過ぎて味気ないし、
内田樹先生にもちょっと飽きてきちゃったしな。
今は民話が一番楽しい。

今日の読み聞かせはイラク。
魔法のランプのお話…だったのだけど
少女がランプから出した精霊(イフリート)は
開口一番「おまえを私の妻にしてやろう」とか言いだして
強姦、妊娠、出産……。
まじかよと思った。
で産まれてきた娘は美しく育って、いろいろあって王子にめとられる。
しかし娘は、父であるイフリートから、
あの王子がお前に対し、
イフリートに命をかけてうんぬん…といった
誓いの言葉を吐かない限り、
お前は彼と口を利いてはいけない、と厳命される。
そんな事情をまるで知らない王子は、
せっかくめとった妻が会話もしてくれないから辟易してしまい、
次の妻を探してみた。
イフリートの娘は嫉妬して、新しく来た花嫁の前で、
高所から軽やかに飛び降りてみせた。
「あなたにもできて?」
挑発に乗った花嫁は自らも同じところから飛び降りてみせた。
地面に激突して花嫁は死んだ。
王子は次の妻を探した。
また新たにやってきた花嫁の前で、
イフリートの娘は祝宴を前にして、
調理台にぐつぐつ煮立つ油に手を入れて
肉や魚を揚げてみせた。
「あなたにもできて?」
真似した花嫁は死んだ。
三番目の花嫁は、いろいろ偶然に助けられて、
王子に例の誓いの呪文を知らせることができ、
晴れて王子とイフリートの娘は口利きがかない、
その後はいつまでも仲良く幸せに暮らしましたとさ。
ハッピーエンドにいたるまでに無為な死を置くなよ。

…それでもモロッコに比べるとかなり穏便なんだよな。


2022年04月24日(日) 両親学級パートナー、陽キャの人間関係、反ポリコレ

曇り。午後からは雨が降るらしい。
布団の洗濯は断念した。
衣類は洗濯。まだ降ってはいなかったが部屋干しにした。

8時に休日トースト、
雑多な家事を済ませていって、
両親学級のため9時15分に家を出た。

丸ノ内線の荻窪駅へ。
車両内には車椅子およびベビーカーを置くスペースがある。
そういえば車椅子って昔ほど見なくなったなあとぼんやり思った。
見るは見るけど、十数年前はもっと見かけたような。
自分の行動範囲とか時間帯の問題なんかな。

南阿佐ヶ谷駅から杉並区役所はほぼ直結。
コンビニで水だけ買って、区役所の裏側にまわりこんで入所。
休日受付というわけだ。
会場は6Fの会議室。
僕らはやや早めに着いたようで、
最前列の席をあてがわれた。
壁に掲示された子育て情報を眺めつつ、
間もなく講習が始まった。
参加している夫婦の数は10組ちょっと?
わりとどの夫婦も仲良さそうで雰囲気良かった。
妻が言うには、前回の母親学級で当然みなさん一人で来ているから静かで、
比べると今回はずいぶん賑やか、和やからしかった。

まず面白かったのが、妊婦さんという呼びかけのある一方で、
夫側がパートナーの方と呼び習わされていたことだ。
パートナーとは、どちらか一方に固定される呼び名でなく、
互いが互いのパートナーであるはずなのだが、
この場においてはパートナーは夫とイコールで、
すなわちあくまで妊婦が主格であって、
夫はその添えものといった扱いがこの呼びかけで表現されていた。
で、なるほどと。
ちょっと女性らの気持ちがわかった気がした。
女性は日常的に、これを体験させられているのだ。
男が主格で、女はその副次物、添えもの、追従者という。
AとB,という同格ではなく、AがあってA’がある。そういう扱い。
今回A’という扱いを受けてみてよくわかった。
いやべつになんも不快感とかはなくて、
ただたんに、これが毎回のようにあらゆる場面で
当たり前みたいに起こってたらそりゃあやるせなくなるよな、
と痛感した。

講習は面白かった。
沐浴やオムツ替えは全然うまくできなかった。
しかし要は
「あたう限り細心の注意を払って、優しく扱え」
ということだった。
まぁ、うまくできなかったって実感を得ただけでも収穫だな。
手順なんてどうせ忘れてしまうし。2,3ヶ月後のことだものな。
なにより感動できたのは助産師の方。
あまりにも、望まれる助産師像の理想の体現者で驚いた。
恰幅が良い。愛想が朗らか。声がはきはきして聞き取りやすい。
どっしり構えた風格。
おそらく50代。安心感が半端じゃない。
「みんなのお母ちゃん」というかんじ。
なにもかも預けてしまいたくなる。
イヤハヤ惚れ惚れしてしまった。

12時前に講習終了。
アンケートにはいかに助産師さんが素晴らしかったかを書いた。
区役所を出て昼飯どころを探す。
途中、前に僕が目をつけたベビー用品店に入った。
新生児のためのものはなかったし、
なによりその頃はマールマールを知らなかったから見る目も甘かったけど、
マールマールを知った今となっては見劣りするデザインと思えてしまう…。

米ものが食べたいという妻の要望にかなう店がなく、
阿佐ヶ谷を見限って荻窪に移動した。
商店街を歩いてもまだちょうどいい店が見つからない。
ランチ難民となって、いよいよ引き返すか…という最後の曲がり角で、
天ぷら屋に目をつけた。
入ってみるとカウンターのみならず奥にテーブル席がある。
そちらに案内されて、あぁ助かったと人心地ついた。
とくに身重の妻には望ましかったようだ。
冷たい緑茶を飲み、ほんのり甘い口当たりにほっとした。
妻は桜えびのかき揚げ丼を、僕は野菜中心の定食を頼んだ。
どちらにも冷奴と漬物のお通しがつく。
この冷奴が絶品だった。
細かく刻んだキュウリがのっかってて、ちょっぴり餡がけになってて、
鰹節と醤油は最低限で…豆腐自体もいい豆腐なのか、
こんなに美味しく冷奴を食べた記憶はない。
漬物も、生姜をほんのり甘めに漬け込んだものが実に美味しかった。
この時点で大当たりだ。天ぷらへの期待も高まる。
実際、天ぷら自体も美味しかった。
まず色がいい。濃い目のきつね色。カラッと揚がっている。
噛んでみれば、サクッとした食感と同時に、ジュワッとした柔らかさを感じる。
全然油っこくない。美味しい…。
海老、さわら、小アジ、レンコン、茄子、カボチャと、
具も充実している。
これを塩でいただく。ご飯をかきこむ。味噌汁をすする。
タクアンをポリッとかじってお茶を一のみ。
次の天ぷらへ…としているうち、
おおこれは全然ご飯が足りないぞと悩ましい心境に陥った。
ごはんのおかわりは自由といっていたが…
糖質とか炭水化物とかな…
ある程度控えなくちゃいけないのにけっこうなモン食ってるし、
このうえおかわりというのは…
と泣く泣く自制した。

店を出ると雨。
傘を差してやり、のんびり家へと歩いた。
帰宅後、ちょっと横になった。
妻は寝室で、僕は居間で。
居間で寝転がれる季節になってうれしい。
ものすごい気持ちいい。
雨音を聞きながら昼寝を二時間ほどした。
ずいぶん久しぶりのことだ。

16時半になってからようやくレンジラックの組み立てに取り掛かった。
BGMにはプリチャンのミックスリストをかけておいた。
永遠に応援してもらえる感じ。
ミュークルドリーミーはちあふるタイムでやる気を立ててくる。
プリチャンはとにかくなんでもやりがたりのポジティブモンスター桃山が
やってみようやってみようとけしかけてくる。

レンジラックはなかなかの大もので、
スムーズにいっても2時間、
今回は片割れが妊婦だから3時間かかる見込みで作業に入ってみた。
手順は多いが難しくはない。
せっせせっせと続けて、2時間続けたところで終わりが見えてきた。
このまま終わらせてしまおうと、今日はダーウィンの生視聴を諦めることにした。

僕と妻とは脳の得意な部分が違う。
だから協同作業においては認識理解度の差や、
効率的と思える手順が互いに食い違ったりもするが、
分業がうまくハマるととても相性がよい。
今回は気持ちよく作業が進んだ。

レンジラックは明日またネジを締め直す必要があるから、
今日のところは設置まではしなかった。
明日締め直して、明後日古いラックを撤去しつつ
ものを整理し直して配置して完了となる。

雨がやんだので図書館で本を返すだけ返して、
OKストアに寄って野菜を買った。
夕飯はお茶漬け。
アチャールの残りと、妻用にいぶりがっこを出してやった。
録画したダーウィンを再生。今日はミツバチ。
ちょう面白かった。こいつらカシコすぎる。
なんでも巣を移すにあたっては、遠出したミツバチが
候補地を他のミツバチに、動きで知らせるらしい。
仲間の上でくるくると回る。ちょっと止まって体を震わせる。
この運動の仕方と速度によって、
候補地の方角と、そこまでの距離を知らせるのだという。
すごすぎる。
これ、仲間に知らせるといっても、
 敵が来るぞ!
といった「現在」のことではなくて、
今しがた見てきた場所の座標を記憶してその「過去」を、
次の候補という「未来」に向けて知らしめているのだ。すごすぎる。
昆虫にこんなことができるのか。
わけわからん。
感動しちまった。


夫婦間でガンダムのくだらない替え歌が流行ってる。
 燃え上がれー 万物。
 まだ怒りにー燃ーえるー 万物。
 正義のー怒りをーぶつけろー 万物。
地獄ですら万物は怒ってないだろうにと笑ってる。


夜、10年くらい前に描いた制服漫画13Pを
Twitter上で公開してみた。
「自分にとって大事なヨスガになりかけているAがいて、
でもAは自分よりBの方が特別な存在で、
でもBにとってはAなんか大した存在じゃない…」
という構造の。この3行目がキモなんだよな。
作中では、主人公が友人である弓との電話中に、
ユンくんの名前を挙げる。
弓ちゃんはユンくんを認識していない。
でも終盤で、ユンくんは弓と縁があることがわかる。
弓には他に友達連中がいて、世界を広くもっている…。

陽キャって、
友達とか人付き合いの縁を大事にしていると見せかけて、
縁が多いぶん一つ一つが薄らいでると思うんですよね。
というか陰キャにとっての縁がコすぎるのか。
そこんとこのギャップってあると思う。
子どもは子どもで世界が狭いからそうなるし。
でも中学生にもなって子どもと同程度かっていう…そういうとこ。

この漫画、絵は本当にへたくそで、
それ以上にコマ割りとか構図とかの漫画力がへったくそなんだけど、
一点、表現したいことに関してだけはちゃんと落とし込めたと満足してる。
ただちゃんと伝わってんのかな。
あんま具体的な感想もらってきてないしようわからん。

アップしてみたら、いいねはポコポコ入っていった。
小説のほうが読んでもらいたいんだけどな…
あとべつに誰も感想くれるわけじゃないし…
とちょっと複雑な気持ちにはなった。


入浴後、キッチン掃除を済ませ、0時に寝室へ。
アラブの民話、ほんといいな。
ポリコレ真反対。
差別意識とかナチュラルにガンガン出てくるし。
ナチュラルなのがいい。
こういうの読んでると、アメリカ主導のポリコレが、
それが常識(語義的にも“政治的に正しい”だもんな)であると
根付かせることによって、
中東のような「アメリカ的価値観からかけ離れた見方」でやってきた
国々を、その歴史とか伝統とか宗教観とか無視して、
「なんて遅れた見方なんだろう」と印象づけてしまう、
そういう策略的なものまで感じ取れてしまうよな。
ポリコレが力を強めるほど中東が「世界の敵」扱いされやすくなるという。
ばかげてる。


2022年04月23日(土) アカデミックな集まり、夜自転車漫遊、NTR百男合

7時半起床。
晴れ。
起きたときには曇りがちだったが
みるみる晴れ間がさしてきてきもちのいい天気。

8時に休日トースト。
洗濯機まわして9時にOKストアへ。
洗濯物を干す。
ベビーカーを買いに行く妻を見送って、
僕はまず風呂に入った。
のんびりと本を読み、風呂掃除して、
あがってからもややのんびりとした。

そっからはノンストップ。
ミヤタクラジオを聞きながら作業に入った。
まずはシュー生地作り。
計量して熱して混ぜ込んで…
というさなかに妻から連絡が入る。
お義母とともにベビーカーの幌の色に悩んでいるというから、
みんな素敵だよという旨の返事で済ませて、作業の手は止めない。
シュー生地を焼成しながらカスタードを用意、
さらに掃除機をかけたり細々とした掃除をした。
茄子と人参、半熟卵のアチャール。
シンガポールライスの準備。
チヂミの用意。タレを用意。チヂミを焼く。
妻は遅れるらしい。13時を過ぎるとの連絡が入った。
ミヤタクラジオは中断。
ミヤの話の、チェーンの蕎麦屋で
有線でTWO-MIXがかかっている悲壮感というのがものすごい面白かった。
悲壮感という単語じゃ全然いいきれない味わい深さ。

客のやってくる予定の12時半になって、最低限の準備は済ませた…
というところで妻からさらに連絡。みなさん遅れるそうだ。
となると都合がいい。
最低限でなく、あれこれと整えていった。
13時前になってまずお二人やってきた。男性二名。
一人は人口論の研究者で、もうひと方は介護職に就きながら
福祉社会科学かなにかに通じているとの触れ込みだ。
部屋に案内し、くつろいでもらう。
やはりというか、部屋についてはもりだくさんの讃辞を頂戴した。
とくに庭がお気に入りの様子だ。
手土産をもらった。スイーツと紅茶。後で出すことにした。

13時過ぎ、妻帰宅。ベビーカーは問題なく買えたとの由。
腹が減ったと喚く。
まだ一人来ていないが、食べ物を並べていくことにした。
まずはアチャール。
インド料理でスパイスの漬物ですと伝える。
一緒にチヂミも。
今日は多国籍につまみを振る舞うのだ。
つまんでもらっているうちに最後のお客が来訪。
小さい出版社の社長格にあって、
ライター業と編集業を兼ねつつ学術研究もしている…
僕の知る限り最大の知の巨人。
存在は10年前から知っていたが会うのは初めてだった。
手土産にはピスタチオのケークを頂戴した。
とりあえず部屋に通して、僕は引き続き料理を出していった。
鴨肉のスモークはいつもどおり。
りんごをくたくたにしたものにバルサミコソース足して煮つめて
わさび少量を溶かしてかける。
シンガポールライスはパクチーたっぷりめ。
途中途中でジンジャーエールや差し水の手配、
洗いものなども片付けながら、
とどめはホワイトアスパラガスのリゾット。
食べきるにはかなりの量を出してるけど
今回は4人相手だしあまったら僕が食べるし、
というつもりで強気に出してみた。
いずれの飯も好評いただけた。
一通り食べ終わった頃を見計らって、
妻にコーヒーを淹れてもらいつつ、
僕はシュークリームを仕上げ、
さらにもらったケークとスイーツを並べた。
コーヒーは3人分までしか淹れられないから、
僕と妻はいただいた紅茶を飲んだ。
フレーバーティーもたまにはいい。

ノンストップで動き続けて3時間半。
14時半過ぎ、ようやく一息ついた。
みなさんは居間で卓を囲み、
僕は廊下に陣取って、茶を飲んだ。
こっちきて一緒に…ともちかけられたものの、
身の上話、世間話に興じているうちは話に加わる隙間がなかった。
が少女漫画について話をふられ、
イヨイヨ逃れられんとなってチョイと語ってみた。
あまり上手には語れなかった。

今日はおおよそ話を聞く側に回っていた。
ライターの方はたくさんの本のゴーストライターを勤めている。
もろもろ裏話を聞けて楽しかった。
人口論についての話は、
おおよそ本で読み知っている通りで取りててて新鮮さはなかったが、
自分の危機意識が補強されたような気はした。

夕方になってようやく学術的な話が始まった。
彼らは毎年一回文学フリマで文芸誌を発刊している
文芸サークルで、今回はテーマをアジールとしている。
これについては僕も語れるから、そこそこ突っ込んだりもした。
マルキスト、構造主義だとかいった言葉は
本でもネットでも文章ならありふれてて何にも特別じゃないけれど、
こうして話し合いながら自然に口に出されるのは新鮮だ。
彼らにとっては当たり前でも、僕にはほとんど初めての経験となる。
様々な問題が内部化、外部化という言葉でまとめられるのは辟易したし、
問題提起ばかりでその先をなかなか語ってしまえない撞着にものれなかったが、
それでも有意義な時間だった。
東南アジアのモン族という山賊の部族の話が興味深かった。
自給自足な生活手段で国からの統治を免れてたけど
結局目をつけられて国家への帰属を求められる、
しかし結局彼らはそれに背いてその地を離れ、
フランス領ギアナだとかで新たに村を生成している…
これは行為のアジールなのではないか、というアプローチだった。
あとこぼれ話として出た、ラオスのある部族の例。
先進国家からすれば、あきらかに不効率な生産手段をとっている彼らに、
企業家がこれこれこうこうこうしなさいと理路整然としたアドバイスをしたそうだ。
それを聞いた彼らは、反論するでもなく、うなずくでもなく、
 …ッヘヘ
と小粒の笑いで受け流したという……。
なんだかすごい面白い話だと思った。

あとはなんだっけ…。
資本主義社会のどん詰まりについて、
希望と絶望についてはどうでもいいけど…という流れで、
では理想についてはどうか、と訊いてみたかったけど機会を逸してしまった。


18時過ぎに解散。
最低限の片付けだけ済ませて寝室でちょっと休んだ。
参加者の一人から
今日出してもらった料理の名前を教えて欲しいと
妻へメッセージが来ていたのが嬉しかった。
そういえば先週もてなした妻の同僚男性からも、
あのときかけていたBGMを教えてくれとのメッセージがあったそうで、
しみじみうれしい。

最近は客が来たらもっぱらBGMにLo-fiかけてる。
Youtube動画で3時間くらいかけっぱなしにできるし
曲には盛り上がりどころがなく耳馴染みよくって
さらにはミニマルなアニメーションがなんとなくおしゃれだから。


19時過ぎ、シンガポールライスとアチャールの余りを妻に出して、
僕は自転車旅に出た。
2、3時間のつもりでとろとろと行き先も決めずに漕いでいく。
春の夜気がちょうちょうきもちよかった。
久我山駅付近に八百屋があり
20時を過ぎて開店してる八百屋はめずらしいなと近寄ってみると
マイブラがかかってた。異様。
女店主はマスクもしてないし。
なんか買ってひと声かけてみようか悩んだけど
買いたいものがなかったからやめた。
しかし外で聞くマイブラは格別に良かった。
家に帰ればいくらでも聞けるのになんだろうなこれ、
偶発性が生っぽい歓喜を呼んで…ああこれ題材にできるな。

久我山から烏山方面へ。
最短距離ではなく住宅街をぐるぐるまわる。
烏山でブックオフにだけ入った。
本二冊と湯神くんを10巻まで買った。
方角もわからないまま三鷹台を目指して、
再び住宅街をぐるぐる。
自由な連想がはかどっていく。
今日の会話を思い返したりしつつ、
住宅のつまらない景色に感じ入ったりもした。
狭い路地を車が通り抜ける。
その車からの視界を想像する。
いい景色だ。
暗くて、前面だけがヘッドライトに照らされて、
寂しいし、虚無的で、疲弊感を誘う視界。
なにしろ車は屋内だ。前へ前へ動く部屋。
徒歩や自転車では味わえない体感がある…
その視界のギャップに浸った。
いくつもの団地も見かけた。
それに古いアパート。
これらも格別にいい。
どうして今あのアパートの階段をトントン上がって
ドアを開けてしまえないのか。
中に入って飯を食べられないのか。
そっからわらわらと人を集めてしまえないのか。
何も考えず住み着けないのか。

実際にそのアパートに住みたいといえば違う。
達成したい目的ではなく浸りたい欲望。
今日からこの家に住む、と現地感で決めること。
誰がいようが関係ない。
名前を失いのけること。
誰が誰でもよくなること。

三鷹台に着いた。
ラーメン食べたかったけど諦めた。
駅前に一件だけあったラーメン屋に入ってみればよかっただろうけど
麦麹がどうの、という謳い文句に冷めてしまった。
なんか900円だしたくないと思った。

家帰ってからサッポロ一番塩ラーメンに卵とネギ入れて食べた。
うっま…

トキノ読みたい人をTwitter上でも募集してみた。
ビックリするような名前の人からDMがきた。
いつもツイート拝見させております…という文面だけれど
もうずっとまともなツイートなんかしてないし…
といろいろ不気味で
なんか裏のあるアカウントかー?
と思われたからツイート追ってみたら
どうやら早稲田生でデリダがどうとかいってる。
うろたえながらDM返してみた。
読んでくれるんだろうか。
プロフィールにNTR百男合好きみたいな表現があって
はじめはハテナだったけど
これ多分百合の女女の間に男が入ることによる寝取られってことだよな…
面白い表現だと思った。


民話読み聞かせて寝た。


2022年04月22日(金) 金曜日の習慣、金の価値、トキノ限定公開

晴れ。
でも昨晩は雨が降っていたから外に出しておいたダンボールはズブ濡れ。
ゴミ捨て場に運ぶのが重いし、破けそうになる…。
ペットボトルが一緒じゃなければ別に苦でもないのに、
どうしてお前らは同じ日に…そしてねらったように雨が降る…

弁当は筑前煮あっためて詰めただけ。
冷えても美味いんだなこれが。


ブルーピリオド読んでみた。おっもろ。
お母さんを絵で説得するシーンと
天才が主人公の絵の意図を読み取ってくれたところで泣きそうになった。
日々日常の視線目線のレベルが変わるって大事だよなあ。
ちょっと意識的に心がけよう。
なにげない散歩でも観察するとこ山ほどある。


そういえば仕事上で心がけていること。
いや無数にあるのだけど、
金曜日はとりわけ優しくするというのがある。
どんなに部下が…先輩後輩上司問わず、
同僚がありえないようなミスをしても、
サボり気味でも、不徹底でも、厳しい指摘はしない。
指摘自体はする。
普段なら敢えて厳しい言い方を採ることもあるけれど、
金曜日の午後には、極力オダヤカーーー…にしておく。
あがっていく彼ら彼女らへの「お疲れ様です」の一声も、
ほんのりと和やかに、親しげに、機嫌のいい感じにする。
絶対に仕事のことなんかで落ち込んだ週末過ごさせたくないので。
これは自分のためにもなる。
相手がちゃんと週末リフレッシュしてくれたほうが職場環境整うし、
必要だとはいえ誰かを責めるような調子は自分も気分悪くなるし。
土日は聖域なのだ。


お金について。
世間一般と比べて、僕はかなり、お金というものに価値を置いてないほうだと思う。
金…というか貨幣というのは代替と補いに特化している。
僕はたまたまそれなりに健康体で、
さらにモノに頼らずとも満足感を得やすい質で、
そして金を使わなければ自身の欠如を埋めるのが達成しにくいという人性を送っていない。
健康でない、障害がある、心が弱い、勉強できない、
自信がない、異常性癖がある、愛への飢えがある、
見栄を張りたい、人よりよく思われたい、モテたい、
安心感を得たい、気晴らしばかりしていたい、
いい暮らしがしたい、労を割きたい、所有したいものが多い、……
いずれも「欠如を埋める」ための金遣いであって、
こうした性質をもっているほどその人にとって金の価値は高まる。
そうした欠如がなければ金は必要とされない。
だから、ものすごい性格の悪い言い方をすれば、
金の価値を高く置いている人を見下している。
その人が世間並みより資産保有していようがいなかろうが、
あぁ欠如のある人なんだね、と思う。
いやそれ自体は全く構わない、その人自身の価値…というか存在する意味には
まったく影響しないのだが、
そうやって金の価値を信仰しておいて、
「金の価値をわかってないやつは困る」という思想をもっている人間は、
いい悪い以前に道理が破綻していると思う。

で単純な話、今僕が大病に冒されたなら、
途方もない金が入用になったりするわけです。
あるいは悪人から騙されたり、近しい人から裏切られたり、
近しい人を助けたい、
あるいはどうしても宇宙にいきたいといった境遇に置かれたとき、
金の価値がグンと高まるわけです。
それは
「それだけの生命力がなかった」
「生活習慣を整える能力、努力が欠けていた」
「騙される程度の人間力しかなかった」
「人を助けるための権力や体力や能力が足りなかった」
「体内にロケットエンジンを生成、稼働させるだけの機能を持ち合わせなかった」
というだけの話で、
やはりそれも欠如によるもの。
やっぱり金は大事だった、とはなりません。
自分が、金を要する立場に成り下がったというだけ。

一見するとドライというかニヒルなようだけれども
かなり前向きなものの見方だと思う…といっても
そうそう人には伝わらないだろうな。
途中を省いて結論だけいうと、みんな金なんかに振り回されるなよって話です。


トキノは限定公開とした。星空文庫で。
Twitter上と読書メーターで呼びかけて、
読みたいとリクエストしてくれた人にだけURLをさらす。
でも1週間くらいだけにしておこう。
とりあえず即座に一人からだけ反応が来た。
Twitter上で「傷つけられた記憶」という企画で文を募集した人で、
僕はヘテロトピアを書き上げたのだがそんとき無反応だったんだよな。
金原ひとみを信奉している、
身体感覚と性意識みたいなところを基点としたその人には
ぜってーわかんねーだろーと思われるのだけど
それでも読もうとしてくれるのはうれしい。


今夜中に明日の準備ちょっとはしておくべきだったのだけれど
なんか疲れちゃって
民話読み聞かせだけして寝た。


2022年04月21日(木) ワイドショーの文字隠し、もったいない天ぷら屋、トキノ振り返り

まあまあ晴れ。
朝のワイドショーでオヤーと思ったこと。
ニッポンのワイドショーでありがちな、
でかでかとしたフリップにあらましの図示と
人物の発言などがまとめられてあって
部分部分に貼られているシールを
司会者が剥がしていく、というアレ、
今はそれをフリップじゃなくて
大きめのモニターで映し出しているのに、
擬似的にシールのようなマスキングで文字列を隠しておいて
司会者の進行に従ってパッとそれが消えて文字列が見えるようにする、という…。
多分しばらく前からやってるんだろうけど。
なんかびっくりしてしまった。
アホくさっ1

弁当は昨日の残りをあっためて
サラダと鶏むね肉詰めておしまい。

僕は昼を、会社近所の天ぷら屋で食べた。
客はひしめきあっているが会話はない。
男ばかりが集まっている。
店内はカウンター席のみ8席ほど。
カウンター内でせわしく動き回るのは三人。
店主と思しき壮年男性と中年女性二名。
店主が天ぷらをあげ、ご飯をよそい、もりつけ、
配膳までしている。
女性がたは皿洗いと皿出し、会計、注文聞き取りなどをしていた。
僕は700円の天丼を注文。
ここでは天ぷら丼のことで、エビ天丼は1000円の別ものとなる。
果たして天丼は…ちょっと天ぷらが物足りなかった。
小ぶりの海老、小ぶりのキス、小ぶりのイカ、
あとはカボチャと海苔一枚の天ぷら。
この立地で700円なのだから、時勢柄まったく、
これでけちくさいとは言えない。味もいい。
でも海苔一枚の部分にスゴくがっかりしてしまった。
これが750円で、海苔一枚が薄めでもさつまいもやししとう、
いやなんらかの野菜であったなら…と
なんだか失望というよりはもったいないような感じがした。
経営上のコストは原材料だけじゃない。
海苔一枚が野菜になれば、
仕入れに付随する諸事情から別のコストがもろもろ上乗せされるし、
なにより下処理にかかる労力的なコストが加わる。
そこに職人の精神が表れると信じたいからこそ、もったいないと思った。


西荻から帰り、八百屋と肉屋に寄ったが
タケノコの水煮を買い損ねた。
帰り道の途中にある慣れない八百屋に入ってみると
ありのままのタケノコが売っている。
今は旬だ。
だがタケノコをそのものから調理したことはない。
その旨を伝えて店主に調理法を尋ねてみた。
両端を切り落として、皮を剥いて茹でればいいという。
なるほどそれはカンタンだ。
なにもびびることはなかったのだ。
旬だと美味しいですものねえとかるい会話を交わして店を出た。

夕飯は筑前煮。
どんこ椎茸をレンチンして戻し、
鶏肉を炒めて…としているのと並行して、
店主に言われたとおりタケノコを調理しようとしたところで、
剥けども剥けども皮が続く。
はてな、これでは可食部がほとんどないではないか…。
改めてネット上から検索かけてみると、
なるほどなかなかタケノコの下処理は面倒だ。
皮は剥かずに、赤唐辛子を入れたお湯で
1時間以上は煮込んで、それからさらに水に浸して
8時間は置かないと、なかなかえぐみが取れないという。
店主、全然教えてくれてないじゃん!
でも今更なのでハンパに皮むかれた状態で煮込んだ。
今夜の筑前煮にはタケノコ無し。
いやヒトカケだけ最後に入れてみた。
なるほどまだ味こそ染みてないが食感は抜群にいい。
筑前煮自体も美味しくできていた。
どんこ椎茸が汁気を吸ってくれて美味しいこと。


食後、妻からトキノの感想を頂戴した。
まず、面白かったの一言を得て安心した。
テンポもよく、なかだるみせず、
またこれまでと比べて読者のことを考えてくれていると、
読みやすさに感心してくれたようだ。
一方で、やはりところどころわかりにくいと。
安和野家の実像がイマイチつかめない。イメージがわかない。
また新興住宅地のイメージが、自分の経験と乖離している。
伊東は安和野とどんな関係にあるのか。
時系列。
スカートの山の意味が浮いている。
あとは、安和野が男たちみんなを標的にしているのに対して、
主人公は「誰がトキノを救うのか」としている。
そこんとこのつながりが弱いんじゃないか、とも。

おおよそ、悩んで悩んで削っていった部分がほとんどだけれど、
その最低限で伝わらなかったならばこちらの力量不足なのだろう。
今更へたに書き足したくもないしな…。
でもちゃんと読み込んでくれてて嬉しかった。

書き足すとしたら大幅に、この本編の15年前にあたる過去編と、
13年後にあたる後日談を形にしてみたくはある。
前者はアジールの楽しかった頃とそれに伴う問題、
あと安和野父の事件の真相。
後者は、トキノがどれだけ男たちから愛され、また大変な目に会いながら育ったか。
この町をどう見ているのか…の話になる。
けど、書かないかな。もうそんな時間がない。

ネット上に投稿して終わりはもったいないから
どっかの賞に応募してみたら、と妻はそそのかす。
僕がそれをためらうのは、この作品は小説としての強度が低いと自覚しているからだ。
小説としての体裁を整えるとなると、
もっと人物の変化はあるべきだし、
場面が変わって話をしているだけではストーリーがないし、
描写だって少ない。
いろいろ不都合がある。
賞は「小説」という枠組みから加点減点するから、そぐわない。
そんなようなことを言ってみたが、口にしてみると瑣末だなとも思う。
ちょっと悩ましい。
とりあえず公開は控えることにした。


入浴前、冷やされたタケノコを単品で口にしてみた。
うん、食感は抜群だ…が…
これが、えぐみか!
辛いとも苦いともちがう、
口の中にへばりつく不快感…
頬張ってそのまま風呂に入ったから入浴中ずっと味が残っていた。
なるほどこれは侮っちゃならんな。えぐみ恐るべし。


時間あったら求肥のリベンジしようと思ってたけどできなかった。
週末やるか…?
民話読み聞かせて寝た。


れどれ |MAIL