舌の色はピンク
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2022年04月06日(水) キーケース見つからず、換気扇修復、「殺せ」

晴れ。あったかめ。
弁当は生姜おかかの振りかけに
冷凍の春巻き、サラダだけ。
早くまともに料理したい。


約束のネバーランド、読みはじめ。
脱獄モノに外れなしとは聞くが、まぁ面白い。
ただ比較的最近、辺獄のシュヴェスタ、ヘンタイ・プリズンという
濃い目の牢獄-脱獄を楽しんでしまっていたし、
子どもたちのためにデザインされた箱庭はアメイジング・グレイス、
全体的なネタ出しが7SEEDSを彷彿させるところもあって、
いまいち乗り切れない。

帰り道、最寄りの警察署に電話してみたが
それらしいキーケースは届いていないという。
マジか…。
まだ妻に言えないでいる。
ひょっこりでてきたりしないものか。


換気扇が修復された。
日中に無事業者がやってきて
新品と交換してくれたものらしい。
大きな違いとしては、フィルターが紙で、
これは4ヶ月に一度くらいのスパンで変える必要があるそうなのだが、
スーパーなどで買えるのか
それともメーカー直販でしか買えない品なのかがわからない。
後者だったら汚い商売だなと思うけど
今日来た作業員はそのへん詳しくないらしく
調べてみないとわからないとのことだった。
今度西友で見てみよ。

さて料理しようとしたところで
床に置きっぱなしとなっていたゴム手袋を発見した。
不気味。
作業員さんが忘れていったものらしいが
コロナ禍でもあるし処分したい。
念のため一報差し上げるか悩みもしたものの
時間も経ってるし見るからに使い捨てだし
黙って捨てることにした。


夕飯は妻の希望に沿って、ぶっかけにした。
妻がプレイしているトライアングルストラテジーは
今や最終局面だそうで
飯食べながら続けさせてやった。
食後にはフィナンシェを温め直して食べ、
それから昨日届いていたギフトカタログの製品を開けた。
赤子向けの積み木、シロフォンセット。
実際に使うのは1年以上先になるだろうけれども、
義祖母への香典返しにいただく品としては、
ひ孫への贈り物になる品がいいだろうという企図だ。
ちょっとずつ赤子用の物品が増えていく。

妻のゲームはその後も長引いて、一向に入浴できない。
23時半を前に最終戦を切り上げてもらった。


団地と移民、という本を呼んでいるが、
2009年あたりに、外国人への排斥運動が熱を帯びて、
一部の団体がおこなったデモをが紹介されていた。
在日コリアン、中国人が多く住む団地に向けて、
「出て行け」「死ね」「殺せ」といった声をあげていたそうだ。
言論の是非は置いといて、
「出て行け」と「死ね」まではわかるとして(ダメだけど)、
「殺せ」というのはむちゃだろ…。笑ってしまった。
誰が殺すんだよって話だし
「殺すぞー!」ならわかるけど(ダメだけど)
その辺の人が殺してまわるのを望んでるのだとしたら
究極的に治安最悪だし
あるいはナチス的な大量殺戮をけしかけているのか。
でもその場の叫びとしては成立するんだよな。
「出て行けー!」「死ねー!」「殺せー!」
って
音楽的にはきっと自然な成り行きなのだ。
それでも一部の参加者は思っちゃんじゃないかな。
(殺せ…? え、誰が??)
という戸惑い。


妻は寝室のカーテンが買えないと嘆いている。
電話問い合わせで悶着あったらしい。
工場の生産ラインが停滞しているそうだ。
ちょっと見通しが立たないとのこと。
それについて質問を重ねていくなかで、
どうにも要領を得ない対応をされてしまったようだ。
予算は4万くらいにしてみているらしい。オー…。


月曜日のたわわが話題になっている。
日経だかなんだかの新聞に一面広告が打たれたんだとか。
相変わらずTwitter上では両陣営の議論が噛み合っていない。
どっちの意見が正しいだの間違ってるだのじゃなく、
噛み合っていない。
バカバカしいったらありゃしない。


民話読み聞かせは今夜もモロッコ。
二人の樵が山に来て
ライオンの足跡を発見して
それにびびった一人は山を登り
もう一人はそのままその辺で木を切った。
そしたらライオンがあらわれて、彼を食べようとする。
しかし待てと。
俺には脳みそがない、食べても美味くなんかないぞと。
ライオンはライオンで、
いや嘘をつくなと。
脳みそのない人間なんかいるものかと。
するとこの男は、
いやいや嘘はつかんと。
もし俺に脳みそがあったら
ライオンの足跡を発見して
なおその場にとどまるなんてするわけないと。
そして脳みそのある人間は山の頂上に向かったと。
……これを聞いたライオンは、山を登っていった。
モロッコ民話面白い。
よくできてる。そして倫理観が危うい。


2022年04月05日(火) 嫌いな歌、1秒の愚か、モロッコ民話

晴れ。
朝は肌寒いけど春の陽気は感じられる。
しかし弁当を鶏の照り焼きにしてしまったので、
煙がモワモワ出る。
窓を開ける。寒い。
改めて換気扇の威力を知る。
大変働いていたのだなあ。


昨日の夜立て続けに地震があった。
震度2や3程度だったが、震源地が関東とのことで、
一部では首都直下型地震の初期微動だとか騒がれていた。

江戸時代の流れを見ると
徳川幕府の歴代将軍はあの手この手で安定を計っているのに
結局は度重なる天災にぶち壊されてしまっている。
大地震は起こりうるものだと思っといたほうがいいんだろうな。


NHKの朝ドラ、代々主題歌が気に食わないのだけど
今期はとくに僕の大嫌いな歌声がばってきされていて滅入る。
ほんのわずかでも耳に入るとずっと残るんだよな。
夕方脳内でリピートされちまって不快。
これも有名人への中傷にあたるのかな……。
反吐が出るほど厭わしく具合悪くなるのだけど……。
本人が知ったらショックだよなあ。
でも歌声に加えて歌詞も表現しようとしているものも
何もかも疎ましく煩わしく鬱陶しいんだよなあ。
あんなの売り出すなよっていうのが一番か。
「嫌い」はまごうことなき純粋な自己本来の心だから
これはこれで大事にしたいのだ。
誰にとっても開かれている、
しかし誰が読むわけでもないこの日記で嘆くくらいは許してほしい。


夕飯はマグロ丼。
2割引きになっていた本マグロを
醤油とみりんの漬け汁に漬けておく。
米が炊けるまで。
その間にフィナンシェの生地を用意した。
なにしろ卵白も無塩バターも余っているので。
今回は久しぶりにプレーンのものを
ガシガシとこしらえて一旦は冷蔵庫で休ませた。
あまりの時間でほかの家事などをする。
キーケース、見つからない。
ちょっとやばいかもしれない。

今日のマグロ丼には完熟のアボカドを足した。
前回はウールガイの味が強くてよくわからんかったのよな。
今回はすさまじい美味しさだった。
まず本マグロのトロの味が強烈。
その旨味を口の中にめいっぱい広げるアボカド。
そこへ海苔とわさびのアクセントが効いて、
味噌汁をすするともう…タマラナイ。
本マグロが割り引かれて500円、
アボカドが200円だから
外食に比べれば圧倒的に安いとはいえ
普段の食卓と比べるとやや割高。
でも月イチくらいでやりたい。

食後すぐフィナンシェを焼いた。
210度で5分半、190度で8分。
しかし色づかない。
様子を見ながらもう3分程焼いた。
色は薄いが焼けている。
だいぶ柔らかいが型から取り出せはする。
メチャウマ。
プレーンは久々だったけど…びっくりするなコレは。

さらに残った生地を追加で焼く。
今度は上手く焼けていた。


入浴後、警視庁の遺失物登録リストのページで
キーケースを検索してみた。
便利な世の中だなあ。
なかったけど…。

こんなことになるならキーケースに
名前と住所を書いたメモを入れておけばよかったと
思った一秒後にその愚かさに失笑した。
今のところは失くしただけで、
誰かに拾われたところで
悪用されようがないのが救いだな。

1秒の愚かといえば
妻とベビーカーについて話していて
でも僕はベビーカー使ってた記憶ないんだけどなあ
と思ったのだった。
まったくもって当たり前だ。


妻がわがままし放題であるので
今後はきみを無視して
お腹の子だけ可愛がってやろうかなとうそぶいてみた。
「どうやって?」
「お腹の方にだけ語りかける」
「いやだなあ」
「君のことは母体と呼ぶ」
「産む機械だなあ。それほんとヒドイなあ」
二人で笑っているのだが
よそには聞かせられない冗談だ。 


民話。モロッコ。くるってた。
商人が神に請うてようやく授かった少年。
でも放蕩で金を使い尽くしてしまう。
生活が困窮して、母親は
「この子を魔術使いにでもしなければ」
と画策する(働かせろよ)。
母親は貢物を用意して少年を魔術使いのもとへ弟子入りさせる。
だが魔術使いは何も教えない。部屋に閉じ込めておくだけ。
少年は暇を持て余し、部屋の書物を片っ端から読んでいく。
それで魔法使いの魔法をすべて覚えてしまう(カンタンだな!)。
だが魔法をこっそり覚えたことが
魔法使いに知れたなら大変な目に合うわよと女中が教えてくれる。
そして少年は魔術使いのもとから逃げ出す(自分から弟子入りしておいて)。
母親のもとに帰り、金銭を稼ぐため騾馬を売る提案をする。
向こうの方へ歩いていけば騾馬が拾えるからそれを市場で売って、と。
母親は言われた通りに騾馬を売りようやくまとまった金を手にした。
実のところその騾馬は、魔法で化けた少年なのである(詐欺罪)。
ところがその騾馬が、追ってきた魔法使いに捕まってしまった。
少年は様々な動物に化けて逃げる。
魔法使いも同様に化けて追う。
最終的には王宮で、少年は魔法使いをみごとに殺害(ひどい)。
少年の叡智と勇気をたたえて、王は美しい王女を差し出し、
二人は結婚しましたとさ。なめとんのか。おっと失礼。


2022年04月04日(月) 朝からいらいら、ベビーカー話し合い、自由と責任と運命


寒い。雨。部屋の中がくらい。
Eテレの朝は今日から新編成となるのか、
見慣れない企画をしていた。絵を描いていた。

弁当は電子レンジのシュウマイと、
醤油みりんめんつゆをひと煮立ちさせて野菜あげを浸したもの。
早く換気扇復活してほしい。
月曜なのにゴミ箱がすかすか。
通常なら週末にわんさか溜まるはずの生ゴミが出ていないから。
まぁ楽だけども。

炊飯器の電源が昨晩からつけっぱなしになっていた。
というのも、この炊飯器は洒落ぶって、
操作ボタンがすべてタッチパネルになっている。
でこのタッチパネル、度々反応しない。
指に付着した水気や静電気などの問題ではなく、
何をどうしてもダメなときはダメ。
調べても同じ悩みを持つ購入者は少なくないようだ。
メーカーも仕様だとして開き直っている。
タッチパネルをやめろよ…。
物理ボタンならオンオフすら効かないってことはまずない。
タッチパネル式はちょっとした不具合が致命的にダメで、
商品として売り出せる品質に達していない。
とてもとても苛立たしい。
それこそ物理的に電源ケーブルを引っこ抜けば動作は当然止まる。
だがもう一度差すと、あろうことか保温モードになるよう記憶している。
それを解除できない。
ただ何時間か待てばこのアホパネルも反応することはわかっている。
だから昨日は苛立ちながらいったん放っておいたのだが、
そのまんま朝を迎えてしまったわけだ。
うーん間抜けだねえ、で済むかアホボケカス。
なんでこっちが反省しなきゃならんのだ。
と思ってひたすらむかむかした。

むかむかといえばこの前買ったバターケース。
こいつは密閉することだけが役割なのに
それが果たされていない。
蓋がすぐに開く。なんだこいつ。
じゃあタッパー…ジップロックでいいだろ…て話だ。
こいつ…こいつは本当になんなんだろう。
ケース、っていうならまだわかる。
ケースではある。
それでも蓋は閉まっていてほしいが、
密閉度が高くなくともケースはケースだ。
でもお前はバターケースなので…。
憤懣やるかたない。

そうして家を出てみても外は冷たい雨だし
イヤホンは断線。
朝から苛立ちがやまない。
九段下に着いてからコンビニに寄りゃあレジが混んでいる。
モップがけをしていた店員が随分遅れてレジカウンターに加わろうとする。
しかし客の列に阻まれて進めない。なんだこの店。
いやに時間を食って店を出ると9時27分。
大通り一本挟んで会社は目の前とはいえ遅刻しかねない。
しかも信号が変わらない。長い。
そういえばこの通りはストレスフルなんだった。長い。
ようやく信号が切り替わりビルへと駆け込む。
雨で足元が濡れる。
遅刻はしなかったが気分が悪い。
ものすごく悪い。

あとキーケースが見つからない。
家にないのだから
ウッカリ会社に置き去りにしてきてしまったものかと思われきや
まったく見つからない。
しかし家のどこかにある可能性が高まったともいえる。
コレに関しては自分のせいだししっかり省みよう。
焦らない焦らない。


夕飯はレトルトカレー。
煙が出ないから。
早く並の料理がしたい…。


妻はトライアングルストラテジーが最終局面とのことで
随分と込み入ったラストバトルに苦戦していた。
さきほどお義母さんと電話したらしく、
何を買ってもらおうか、
とりあえず来々週末に一緒に百貨店に繰り出す予定を立てたとのこと。

その流れもあって、ベビーカーについての話し合いをした。
使いやすさを重視する妻に対して、僕は安全面の追求を論じた。
ベビーカーを使う時点でリスクがある。
この世に自動車というものがなければいいが、あるので、
ガードレールのない歩道にはキケンがつきまとう。
あらゆる道具は身体を延長させる。
スポーツをしている、してきた人間にとって、
身体感覚の延長は馴染みがある。
しかし僕ら夫婦のような人間には、この認識は難しい。
ましてや妻は体力の無さに加えて機転がきかず、
そういう手合が赤ん坊を乗せた大型のベビーカーを
車の走るすぐ横でどれだけ安全に操れるものか、疑わしいのだ。
こちらに自責が問われずとも大小の事故は起こりうる。
これが、赤子が1歳や1歳半ともなれば
段々と日常的な危険性も減ってくるものだが、
半年やそこらでベビーカーに乗せて
外へ引っ張り出す機会は、僕は避けたい。
日常的な散歩なら抱っこひもで十分なのだ、
用途をシミュレーションしてみれば
産まれた当初からベビーカーがなくともいいだろう、
と長々論じた。
安全性重視については呑み込んでくれたようだが、
じゃあ取り回しし易いベビーカーにするね、
と話をまとめているあたり、論旨の勘所はつかめていないようだった。

アルベール・カミュは随分な自動車嫌いだったそうで、
他の手段があるなら自動車に乗ってこなかったし、
自身が運転する際には決して急がずとろとろ走らせていたようだ。
自動車事故で死ぬほど馬鹿げた話はない、という言葉を残してさえいる。
である日、友人だかなんだかの車に乗って移動せざるを得なくなって、
で
事故にあって死んだ。

これは大変強烈なエピソードなわけだけど
僕もあんまり 車が車が と言ってるの、
それこそが怖いんだよな。


ああ、「運命」の話もした。
社会の発展…正確には欧米の目指す民主主義的な近代社会の実現によって
民衆に自由が獲得されていくごとに、
選択が迫られ、責任が発生し、後悔の種が蒔かれる。
この無限の選択肢は現代の人々を日々疲弊させきっている。
絶えず責任逃れに窮して後悔に怯え、大きく息を吸い込めないでいる。
インドのカースト制は近代的な視点から見れば問題だらけで、
諸外国を知る若者たちは職業選択の自由を叫んでもいるが、
この文化に親しむ現地人や宗教者、研究者からすれば
素晴らしくよくできた社会制度でもあるという。

僕は
「自分への言い訳」
こそを、当世の地獄の本分であると見定めている。
すると天国には
「自分への言い訳」
がない。
完全に調和のとれた世界では、
あらゆる言い逃れの余地が無いのだ。
自由にはどうしたって責任がつきまとい、
責任の裏には言い逃れという影が常に落とされる。
不自由には責任が求められない。
奴隷は仕方なく奴隷をしているのであって、
どんなに日々を嘆き世を呪おうとも、それは彼のせいではない。
だが奴隷制が解放された状況で尚もその境遇から脱しようと努めないのなら、
彼は自己責任を追求されてしまう。

仕方ないと受け入れる、
自身の境遇を受認するにあたっては、
選択の余地がない不自由のほうが都合いいことがある。
おかげで吐ける毒もある。

無限の選択肢は、オモテ面では民主主義の綺麗事に飾り立てられるが、
ウラ面では大量消費社会が支配する耕地となる。
大量消費社会と「不安」の心理は相性がいい。
「不安」あってこその大量消費社会とすらいえる。
ここには論理の転倒が仕掛けられている。
「満たされるとは素晴らしいことだ(幸福モデルの設定)」
「あなたは満たされていない(渇望の惹起)」
が円環的に結び付けられて
必要でないものを必要と思い込む。
絶えず刺激される”不安感”からより良い安寧を求めるようになる。
新製品には”差異”がいる。
というより”差異”さえあればモノは新製品となる。

人々が選択の余地なく
先祖代々から受け継がれた道具だけを使い続けては、
消費社会は困ってしまうわけだ。
その場合においては、様々な不合理な現実もある。
古い、ぼろい、ださい、手入れが手間である、……
しかしトータルで見ればよっぽど健全だと思う。
なにしろ自己責任の余地がなく、後悔が発生しない。
究極に合理的だ、とすら思う。
目先の合理性を追求して人々の精神が圧迫され
いずれは自殺に導くような現行の社会を、
僕は合理的だとは決して認めない。

アメリカでは
精神科医にかかるメンタルケアが社会に普及しているのに
日本では未だに精神科医の効果的に使われておらず嘆かわしい、
というような記事を読んだ。
まぁアメリカさんはそれでいいかもしれない。
自由と自己責任、目先の合理性の高速回転、
高度なソリューションの社会でやってってください。
しかし日本には全くそぐわない。
折口信夫の風土による文化的価値観解析、
いろいろと批判されてもいるようだけれども
大筋において僕は支持する。
日本人には受容、受忍が合っている。
選択肢は無ければ無いほどいい…とはいいすぎだが、
あればあるほどいいわけじゃない、と僕は強く主張する、
不自由の価値を見直しておくれ。
「運命の出会い」は地に足の着いた自由とかけ離れた天空にある。


今夜の民話読み聞かせはパキスタン。
世界のどこの国もすーぐ美少女を登場させて結婚させたがるな。


2022年04月03日(日) 修復職人、実家バウンサー、まぐろラーメン

9時に休日トースト。
それから早く家を出たいのにEテレの番組に見入ってしまった。
修復職人。
修復といえばギャラリーフェイクの藤田が想起されるが、
主には骨董品を手がけているらしい。
先代から受け継いだ技術を当代は継承し、
さらに息子も同職に携わっている。

仕事場はマンションの一室で、
貸主に許可は得ているのか疑問に思った。
多くの賃貸では、居住以外の用途を制限しているはずだ。
接客業ではないにしても、薬品の取り扱いなど多くあるだろう。
でもまあいいんかな。黙認か。

陶器を熱してから液状の樹脂を流し込む。
すると樹脂がヒビ割れに垂れ込んで溝を埋める。
不思議だ。
どこでどう培われた技術なのやら知れない。

職人の業界に通じる用語はかっちょいいのが多い。
今日心に残ったのは「呼び接ぎ」。
ある磁器から欠けてなくなった部位を、
他の磁器や物品の欠片によって補う。
つまりは欠片がお呼ばれするわけだ。
素敵な表現。好き。

自分が新作を…ゼロから作ってみたくはならないのだろうか。
おそらくは長年を通じて、作品への畏敬、
先人への恐れ多さを積んできたのだろうけれども、
それだけに、やてみたくはならないのだろうか。

できあがった修復品は文句の付け所がない見事なできで、
ツギハギのあとなど微塵も見られなかった。

図書館ではたまごクラブと、
取り寄せをお願いしていた本を二冊借りた。
OKストアで買い物して帰宅。
妻は雑誌を喜んでいた。
「雑誌が借りられるって、いいよね。
返すから邪魔にならないし」
「そうそう、2週間という期限もちょうどいい」
「うん。最近ね、ちょっと何もしたくないなあってときに、
なんとなく手に取れるから、雑誌に大分助けられてるんだよ」
「何もしたくないけど何かしなければって心境にもぴったりだね。
たまごクラブなら。読んでるだけで、やることやってる気になれる」
実際、図書館でもっといろいろの雑誌を借りてきてもいいくらいだ。
まぁ借りてしまった分だけ他の利用者から機会を奪うことになるから
結局は最低限しか借りないわけだけど。

改めてドライブ・マイ・カーがろくでもねーという話をした。
単品で、ただこちらが個人的に気に食わない、
というまでなら話はシンプルだけれども、
なまじっかアカデミー賞なんかで評価されやがって、
するとあの作品で描出された主題が
世間に肯定的に認められるということになる。
男の女々しさ、情けなさが認められることになる。
強がらなくていいんだよというしょうもない甘言。
おっさんが若い女の胸に抱かれて弱音を吐く…なんだこいつ…。
聖闘士星矢を読め。

いやそうして当たり前化されてきた男性的規範からの
脱皮を遂げたんでしょうよ、ものすごい低い次元において。
全然聖闘士星矢的な美徳を越えられてないと思う。
都合がいいだけで。
あんなのは優しさとか許容とか良心じゃなくて
目先の甘やかしに過ぎない。
全然世のためにならない。
とふいに激した。


洗濯物を干してから風呂へ。気持ちいい。
しばらく読み返していた三島由紀夫の純白の夜が
もうじき終わる。
この作品、比喩表現で戯れている。
子供が引き合いにだされる表現が多い。
あんまり高価な土産物に引け目を感じる子供のように、とか。
みごとだよなあ。

昼飯は炊き込みご飯。
火も油も使わないで済む。
でも炒り卵は用意した。
それから味噌汁で暖まる。
いつもは休日の昼飯にはサラダを用意しないが
昨日に続き今日も夕飯を外でとるつもりでいるから
今日の昼は多めのトマトとサラダ菜を共した。


しばしダラダラと過ごした後、掃除。
あちらこちらと片付けていって
掃除機をかける。
本来ならば冬物をしまい込んでいくつもりが
昨日今日の思わぬ寒さで断念せざるを得なくなってしまった。


一通りの準備を終えて、14時半過ぎに妻と家を出た。
西荻の三井住友で預金。
それぞれ335万円。
二人合わせて現金総資産は1200万円ほどとなった。
もう家買えんじゃねーの、と妻が言う。
たしかに買うだけならできそうだな。

高円寺からバス乗って25分、16時に実家着。
とりあえず麦茶を出してもらい温まる。
こちらからも、昨日仕入れた和ハーブティーをやった。
おしゃべり好きの母親は問わず語りに
次から次へと話題を紡ぐ。
ほとんどしゃべりっぱなしで、
僕は半分聞き流しながらたまに相槌を打つ程度だから楽だが
妻はかえって大変かもしれない。
こちらからは娘の名前候補を提示した。
いずれでも良いようだった。
その流れで、名付けに関する話を聞いた。
僕の名前にある吉の字は三兄弟に共通している。
長兄は当初、父親の意向で万吉と名付けられるはずだったが
母親がそれだけはやめてくれと懇願して別の名になった、
という話は知っていたが、今日聞いたことには、
万吉の名は一度は役所に提出してしまったらしい。
出生直後に。父が。勝手に。
で翌日大騒ぎの末、なんとか届け出の訂正を聞き入れてもらったとのことだ。
めちゃくちゃだな。
また、吉の字は父が世話になっていた兄貴分…
本筋のヤクザモンで、この人が
お前はこっちの道に入るなと強く諭してくれたから
父は極道にならずに済んだ、だから恩人なのだという…
その人から拝借したのだとも聞き知っていたが、
その名は今回始めて聞いた。
吉三郎といったらしい。
ずいぶんとこれはまた…。

母親はコーヒー党で
普段は茶を気に入ってないらしかったが、
今回やった和ハーブティーは好みのようだった。
やはりアマチャの甘みが面白い。
ティーパック10袋で2000円弱と割高ではあるが
ちょっとした珍しさが面白いし追加購入を決意した。

18時においとましてまぐろラーメンへ。
数年ぶり。
しかし客がいない。一人も。
いつも行列をなしていたものだけれど…
やはり営業形態が夜向きなのだろう。
今はコロナ禍で20時までの営業としているようだが、
長い間、20時くらいから深夜の3時近くまでオープンしていたのだ。
ただ単純に、空いている分には助かりもする。
僕はラーメンの大盛りを、妻はラーメン丼を注文した。
ああ美味しすぎる。
唯一無二の味。
こんなに美味しいラーメンはない。
とびっきり濃い目のラーメン丼も…
見た目は残飯のようなのに旨味の塊。
ラーメン丼を食べると
ラーメン丼を注文しておくべきだったと後悔してしまう。
あっという間に食べ終わり席を立つ。
気づけば店内は満員になっていた。
なんだ今もやっぱり人気店じゃないか…。
このタイミングでマスターと奥さんが挨拶をしてくれた。
何年ぶりに来ても、必ず声をかけてくれる。
中学生の頃から通い始めて、とうとう結婚したし、
今度子供が産まれるんです、と報告できて嬉しかった。

店を出てバス停へ向かう。
まぐろラーメンを食べている時間は夢見心地で、
ほんの一瞬で終わってしまった。
体感的には一口だ。
恍惚として雨の中を歩く。

帰りのバスでは妻が寄ってしまった。
高円寺駅で休憩。
上島珈琲に入り、これからの話などをした。
購入品の中でベビーカーは重くのしかかる。
数万円する買い物…という費用もさることながら、
今からどの製品がいいものか調べなおして、
比較検討して、下見して…というタスクが、端的にいって面倒だ。
もらうのならば選択の余地がないから楽だった。

上島の会計は1000円。
昨日今日でそれなりに散財してしまった。
なにしろ久しぶりだからいいけど。
いいけど…やっぱ使いすぎたな。
荻窪着いてからさらにバス。
昨日と同じく歩くのを諦めて。
妻の不調に加えて雨だしバウンサーも持ちっぱなしだし。

帰宅は20時。
なんだかすごく疲れた。
洗濯物は乾いていない。
乾きそうなところへモノを入れ替えていった。
しばしくたばった。
スーパーマリオコレクション。
おおお懐かしいぜ。
ちょっとした効果音や音楽に感じ入る。
マリオブラザーズ3をプレイしてみた。
一面ごとがやけに短く感じた。
ボリューミーなゲームに知らぬ間に慣れしまってんだなあ。
続けてツインビーもプレイしてみた。
ベルを撃つと色が変わる仕掛けが懐かしくってたまらない。
懐かしさだけでプレイしているから5分で満足。

妻と交代して、僕は借りてきた本を読むことにした。
韓国の小説。四隣人の食卓。
共同体とか隣近所とか特異な生活とか、
いま僕が興味のある領分で満たされた作品と思われるのだけど、
2ページだけ読んでみてなんとなく気分がのらない。
そもそもあっちの登場人物名全然覚えられないし序盤はかったるい。
で、小説は諦めてもう一冊の本を読んだ。
団地に関する本。
面白い。
今でこそ古臭い昭和の象徴で、活気がなく、
孤独な高齢者の生ける墓場のような場所となっているが、
かつては全く逆で、団地中がまるごと家族のような結びつきがあり、
いつも喧騒にまみれていた……。
著者の経験に根ざしてもいる記述には団地の息遣いが感じられる。

21時過ぎ。動けない。
動けないが風呂には入りたい。
入りたいが動けない。
「ミュークルドリーミーがないから動けない。
ちあふるタイムがないからやる気になれない」
と呻くと妻がちあふるタイムの真似事をした。
その声とともに動いた。
「これで動かないと、
ちあふるタイムを否定してしまうことになるからな…」
「便利だなこれ」


入浴後、バナナジュース。
生のバナナ1本と
冷凍してあったバナナ1本をブレンダーにかける。
いつもは冷凍バナナは事前にやや解凍するのだが
今回は試しにそのまんまガリガリとやってみた。
ちゃんと砕かれジュースになる…が、
刃が傷つきそうだから今度からはやめておこう。
でも冷え冷えのめちゃうまバナナジュースに仕上がりはした。


23時からしばし一人の時間をもらった。
1時間ほどかけてトキノの推敲を進めていく。
推敲は文を書き進めるわけじゃないから
かける時間の割に停滞感に見舞われる。
でもこれで、2章までは完成した。
全体量の3割くらいか。


寝る前に風光るをちょっとだけ、
第一巻だけ読みきった。
これ面白くなるの、と妻。
幕末の時代の動きを追っかける面白さがあるよと答えた。
僕の感想を正直に言えば、
この漫画の基軸である主人公と沖田総司の
鬱陶しい掛け合いさえなければ面白い作品だ、と思う。
というか皆いいキャラしてるのに
主人公セイと関わるやいなやナヨナヨしい種無し野郎になるのが惜しすぎる。
最後までデレない土方が良心。


新たに借りてきた民話集を読み聞かせた。
スラブ民話集。
イスラム文化圏の国々の民話がぎょうさん載っている。
今日読んだのはちょっと凄惨だった。
神に祝福された美少女が
口を開く度にジャスミンと百合の花びらがこぼれる
というのは途方もなく素敵だったけれど
これに嫉妬した叔母は彼女を砂漠へと連れ出して
水と引き換えに彼女の右目をえぐりだす。
さらに同様に、左目もえぐり出す。
でまぁ最終的にはこの叔母の娘の両目もえぐり出されて
その目玉が祝福された美少女の方につけられて
王子様と結婚してハッピーエンド☆みたいな終わり方してるんだけど
叔母とその娘がどうなったかを思うと…。


2022年04月02日(土) 代官山ベビー用品、ダセえ渋谷、神保町パエリア

9時過ぎまで惰眠を貪ってやるぜという
昨晩の意気込みむなしく6時半に目が覚めてしまった。
肌寒いが晴れていて気持ちがいい。
だらだらと原神をやった。
今はもう螺旋をクリアするだけ。
しかるのち洗濯。
9時前に休日トースト。
OKストア行って帰宅、洗濯物干して10時。
風呂入って読書。
11時過ぎから飯作って11時半に飯。
焼きうどん。
毎度のことながら美味い。

12時に家を出て荻窪に向かう。
妻はあちこちの花を指差してはしゃいでいる。
「そうか、きみは春がうれしいんだ。
花が咲き始めたから」
「うんうれしい。春好き」
「こういう妻を持つと、夫は幸せかもしれない」
という僕の褒め言葉も耳に入れず、
妻はあの花はこの花はと矢継ぎ早に解説をたたみかける。
しかし僕は僕で解説の一切を耳に入れてなかった。


荻窪からは中央線で新宿へ。
山の手線で渋谷へ。
東横線で代官山へ。
久しぶりの代官山は、降り立った瞬間にもう
フレッシュな陽の気にあてられた。
知った街を知らない風に、うすのろに歩いて行く。

気まぐれに立ち寄ったunicoではカーテンと照明を見た。
売り場は変わらず魅力的だけれども
今では家に必要なものがなかなか揃っているので
以前ほどには惹かれずに済む。
店を出たところで不動産業者から電話。
換気扇の修理は次の水曜日となるようだ。
それならまだいいか。水曜日に決着がつくのなら。

洒落た道を通り抜けて歩道橋を渡り、
今日の目当てであるベビー用品店に入った。
マールマール。
店内の全品がとてつもなく可愛い。
デザインがいいし、
モデルに商品を着用させた写真も上手い。
くまを模したおめかし服が妻のねらいだったようで、
これはたしかにモノスゴク可愛かった。
とはいえ、新生児サイズにつき
着させるのはせいぜい2,3回だという。
それで値段は1万以上する。
この店は駅前であるし、
また後で来ようということで、いったんは出た。

続けてデンマークのキッズ服専門店に入った。
しかし僕は腹の調子を壊してしまい、
やむなくアドレス代官山でしばし休んだ。
遅れて妻もやってきて、
それから施設内の店にいくつか入ってから、
喫茶店に行こうと八幡通りに出た。
昔何度も利用した珈琲店があったはずだが見当たらない。
5分ほど探したものの、どうやら閉店してしまったようだと諦め、
まぁ代官山ならいくらでも店はあるからと路地に入り、
古い教会を抜けて狭い階段を降りたところで、
和ハーブティーというのを売ってる店を見つけた。
「入る?」
「入る」
店内は狭かったが、どうやら奥ではマッサージを施しているらしい。
どうやらマッサージが本業で、
肉体を総合的に健康にしていくにあたり
茶にも目をつけたということのようだ。
試飲ができるというから4つ試させてもらった。
はじめのブレンドが僕には衝撃だった。
漢方のような香りに反して飲みやすく、
口の中で噛むように飲むと豊かな甘さが広がる。
砂糖を入れているわけでもないらしい。
ブレンドに含まれているアマチャの茶葉が、
砂糖よりもずっと甘いのだそうだ。
そして身体が芯から温まる。
疲労が快復していくような心地にもなった。
続く二杯目はミントの風味が強く、好みではなかった。
三杯目はヨモギ。
茶なのにヨモギ団子の味がして面白かったが
ただただヨモギ団子が食べたくなる。
四杯目は一杯目と似通っていたが、甘さがない。
僕は断然一杯目推しだった。
だがちょっとだけ高い。
妻は次の週末に遊びに行く友達の家への手土産品として、
あまり高くない四杯目のティーパックを三袋買い、
さらに明日僕の実家へ行く手土産として、
一杯目のティーパックを十袋分買った。
「ネット通販はしてないんですか?」
「してない…んですが、リピーターのお客様には、
電話での注文を受け付けてはいます」
なるほど、それならばあるいはまた買ってしまうかもしれない。
そのくらい気に入った。


それからSNSカフェという世にも恥ずかしい店を通り過ぎ、
アドレスに面した交差点へ戻ってきて、
妻はタイル専門店に寄りたがった。
僕は外で待っていたが、妻は15分ほど吟味して、
店の人と語らってもいた。

どこのカフェに入るかは決まっていなかった。
昔と違い今は喫煙席を探さなくてもいい。
ある意味ではどの喫茶店でもカフェでもいいわけだ。
「もう、今日は、いいぜ。パンケーキ屋に入っても…」
僕の誘いに妻は乗った。
まったくいつ代官山に来てもパンケーキ屋には
若い客が大勢立ち並んでいたが
今日はうっかり入れそうだった。
果たしてノータイムで着席。
妻はキャラメルバナナにバニラアイスをトッピングして、
僕は黒蜜抹茶にした。
店員は一人で切り盛りしている。
はっきりいってこ汚いおっさんが…
一人でパンケーキを焼いて注文を聞いて配膳して会計している。
店内には多くのジャニーズグッズがあった。
こんな店だとは思いもしなかった。
しかしなんであれ、パンケーキさえ美味しければ問題ない。
実際美味かった。
しっとりふわふわする。
妻は幸せだ、幸せだと繰り返していた。
ずっと仕事が辛く、家にいるばかりの生活にも飽き飽きで、
それがこのバカ甘いパンケーキを食べたときに
数直線の真反対の多幸感に見舞われたのだろう。
今日は天気もよく、二階の席から見渡す代官山の町並みは
いかにもデートの風情で
くさくさした気分を吹き飛ばしてくれる。

向かいの店にはベランダのように外にせり出した
半テラス席とでもいえるスペースを備えたカフェが見え、
あの外に向かって席を設置した空間は
ぜひとも未来の我が家にほしいと思った。

結局マールマールで1万する新生児用の服を買った。
本棚にとっておけるという箱も可愛らしい。
いよいよ7月が楽しみになってくる。
店員さんから刺繍はいかがするかと問われたが
まだ名前が決まっていないからとその点は辞した。
どこもメルカリで売り買いされないように
いろいろ対策考えてるみたいだね、と妻は憶測していた。
「もちろん、ここの刺繍がそのためとは限らないけどね」
僕は直感的に、これはアリだ!と思った。
メルカリ云々を抜きにしても、
商売として正しいやり方をしていると直感的に思った。
マールマール、応援していきたい。

妻が体力に余裕ありそうだったので
やや足を伸ばしてこどもBeamsとやらに寄ったり、
Familiaというベビー用品店に寄ったりした。
見聞は深まる。
そして見れば見るほどマールマールの見事さが際立っていく。

今日は二十代前半にさんざん来ていたはずの代官山の、
これまで縁のなかった一面を満喫できた。
あと店が点在して生きているの、スバラシイ。
地の力のある街という感じだ。やっぱ好きだな。


東横線で一駅、渋谷に着いて、
こちらは一転ツマラナイ街に堕している。
それでも今日は割り切って、
スクエアという商業施設に踏み入ってみた。
繁盛している。
エレベーターはかなりの混雑。
10Fがライフスタイル雑貨だからと昇ってみると、
なんてことはない、フロア一面が東急ハンズだった。
今どきありがちなつまらねえ施設だなと心底軽蔑した。11Fは半分がTSUTAYAブックショップとスタバ。
もう半分が、なんて名前だったか、
たまに見かける和のデザインショップ。
こちらは洒落た雑貨がいくつもあった。
2万円ほどする提灯にはかなり惹かれた。
妻は赤黒い漆の豆皿に目をつけたが、
これから洒落た食卓は激減するからと諦めてもらった。

続けてヒカリエにも寄った。
ヒカリエはオープン当初に来て以来
ずっと不人気のイメージがあり
判官贔屓の心境で応援しているのだった。
ビル内を歩いているとすべてに
「何かのカンチガイで」とつけたくなる。
入っている店の一つ一つにはそれなりに愛着あったりする。
コンロンショップが潰れたのは残念だったけれども
相変わらずオッと思われされる品が
延々歩いていれば見つかりはする。
今回はたまたま見かけた三つ足のマグカップが可愛らしく、
…まるでナメック星の宇宙船のようだったけれども
とにかく可愛らしく、
妻は友人に買ってやるかずいぶん悩んでいた。
「1コ買ってあげようかな…どうしようかな」
「マグカップでセットにしないのか…」
「やっぱまずいかな」
「あげる名目による」
「持ち家祝い?」
「向こうは夫婦で家買ってるわけだから…」
「やなんだもん、私は離婚しろって思ってるくらいなんだから」
結局買ってはいなかった。


渋谷駅は長い工事を段階的に終えつつあり
従来の鉄鋼くささを廃した近未来的な姿を表している。
ものすごいダサい。
近未来風って一番ダセえからな。
光の放射とか敢えての黒とか
計算しつくされた幾何学模様とか
空間の使い方がことごとくダセえ。
ダセえ、ダセえと夫婦で毒づきながら渋谷を去った。


半蔵門線で神保町へ。
出口からものの1分で目当ての店に到着。
オーレオーレ。
妻はここのパエリアをとてもひいきにしている。
しかし来るのは10年ぶり近くなるか。
この店にはいわゆる「クセが強い」従業員がいる。
だが妻はその覚えはないという。
今日のそのオジサンが接客してくれた。
テキパキとオーダーをうかがいながら、ボケてくる。
僕は今も昔も相手にしない。
不快なわけではなく、
無理に付き合わないことでこちらなりの礼を示しているのだ。
ドリンクは僕はウーロン茶を、妻は店員に相談の上、
ノンアルコールのスパークリングワイン…
白ぶどうジュースにガスを入れたもの?を注文した。
フードは4品注文。
3品にとどめるつもりだったけれども、
店員の強い勧めに従ってアラカルトを足した。
まずはタパスの盛り合わせ。
タルタルソースでいただく海老、
クミンなどスパイスの効いたトリッパ、オムレツ、
マカロニサラダ、冷製ラタトゥイユなどいずれも美味しい。
レバーパテにはマスタードがよく合った。
家庭で食べない、店だからこそ食せる味というのがうれしい。
二皿目が店員おすすめの、マッシュルームのアヒージョ。
アヒージョといえばむやみに油まみれで
一口目より後はウェップとなるのが常だったが
今回は後味もよく過去最高のアヒージョだった。
何より、かるく焼かれたバゲットに
このアヒージョのガーリックオイルを浸すと実にたまらない。
たまらないからバゲットはおかわりをした。
追加の方は焼かれていなかったがそれでも十分美味しい。
ぺろりと平らげてしまう。
三皿目、子羊のロースト。
これも店のものが食べたくて仕方なかった。
分厚く柔らかいローストに、甘めのバルサミコソースと、
付け合せのグリル野菜が合うこと。
そして4皿目がパエリア。
店員さんが取り分けてくれた。
米は一部におこげをまとわせながらも、水分を多分に含んでいる。
トマトと魚介の旨味がたっぷり染み込んでいる。
美味しい。感服。
コロナを警戒して長居はしなかったが
総じて大満足だった。

会計は7000円弱。けっこういったな…。
でもいいのだ、たまにだから。

満腹感に心地良く夜風を浴びながら
神保町から九段下までを歩く。
日常的に目にする町並みとは打って変わって
今夜の神保町は美しかった。
ほんと日常嫌いなんだな。
でも日常あっての非日常だから、
とても日常を大事にしている方だとも自負している。

帰りの電車で、セトウツミを最後まで読み切った。
荻窪駅に着くまさにその瞬間に最後のページを読みきった格好。
それからバスで帰路。
環八をよぎるだけで数分待たされる。
歩いた方がマシだが妊婦連れでは仕方ない…。仕方ないのだよ…。

20時過ぎに帰宅。
くたくたのテイで、何はさておきシーツを取り込み
ベッドに横たわれるよう用意をした。
僕もしばし休んだ。
カービィボウルを完全クリアした。
いずれの面も、20年前の記憶で
どう攻略すべきか覚えているのは我ながら驚がくだった。
また一方で、当時どれだけ考えても
それ以上の最適解が得られなかった攻略法に、
今回アッサリ新ルートを開拓できたりして感動した。
まぁ単にやり直しできるから大胆な真似が試せるってわけですが。


入浴前に兄からメッセージが届いた。
今日実家に置いてきたというベビーカーが、
なんとそのタイミングで壊れてしまったらしい。
どうやら久しぶりに物置から引っ張り出したそれを、
こうして使うのだとレクチャーする動画を撮っている最中に倒してしまい、
それであえなく壊れたと。
であるならばいずれにしても頂戴して少し経った頃には壊れたろうし、
あっさり諦めはついた。
バウンサーはもらえるようだし十分だ。


およそ3週間楽しませてくれた読みくらべ民話集、今夜がラスト。
あとがきの後に収録されていた富山の民話を読んだ。
これだけ特別扱いされているのに中身は忘れた。


2022年04月01日(金) エイプリルフール、肌色、発想による問題提起

エイプリルフールを楽しんだ日って別にないな。
「この日ぐらいはやりすぎちゃってもいい」
という特別な日が、
「やりすぎのラインを見極める共同認識の確認日」
みたいになってる。
踏切線のあんまり手前だとつまらないし
踏切線越えたら顰蹙買うし、
ギリギリ中のギリギリだけが面白いけど
そこんとこ狙ってきたのねって作為が冷める。
もはや顰蹙買っても「やりすぎ」をした方がいいとすら思う。
 アップデートされた現代的価値観
とかいう安い幻想におもねらずにな。

でとりあえず耳に入ってきたのは
ネクストンの30周年記念企画。
先週あたりに樋上いたる起用でちょっと話題になってて
ONEリメイクをにおわせていたのが
今日になってMoon.リメイクの情報を披露してきた。
ありえそうでなさそうで…いいトコはついてきてる。
でもNintendoSwitchでとあったし、それは無茶だろうと思われた。
だいいちMoon.リメイクが売れるとは到底見込めない。
個人的にはまた鬱ゲーの時代が到来したら面白いと期待したいものだけど。

あと、サクラノ刻の発売日のお知らせ。
11月だそうだ。
ちょうど育休も終わって、てんやわんやの時期となる。
なにがなんでもプレイしたい作品ではあるが
タイミングは難しい。


肌色について。
肌色という色を日本人は名付けて当たり前みたいに使ってるけど
あくまで黄色人種ベースの、
もっといえば日本人にしか通用しない勝手な表現だよね、
という批判の仕方がある。
まぁ実際にそういう声を聞いたことがあるわけじゃないけど
少なくとも僕は高校ぐらいのときに思い至った。
で。
今日ふと感づいたことには、
哺乳類も毛を抜いていけばその多くは、
我々が親しむところの「肌色」をしていないだろうか。
桃色に近くはあるだろうが、白人や黒人の肌と比べれば、
ずっとあの「肌色」に近い気がする。

とそんな話を妻にしてみたところ、
本当にそうだろうかと、反証可能性をさぐってきた。
しかし僕にとってはこの場合、極端な言い方をすれば、
“事実がどうであれ、それは瑣末なこと”だ。
「日本人にしか通用しない勝手な表現」という批判への
さらなるカウンターとして
考えなしを諌める劇物になればいいのであって、
その役目は問題提起の時点でまっとうしている。

たぶん松本人志が、この憂き目によく見舞われていた。
彼のたぐいまれな認識能力によって
ある常識とされている物事から問題ごとが導出される、
その問題提起自体に意味があり、また面白いのに、
一部の人間から実際の事実関係を指摘する「マジレス」が届いてしまう。
それは「無粋」などという
逆説的にある美徳を確保してしまえそうな表現で済まされる性質ではなく、
ただただ、この手合は発言者の論法を読み取れていないのだ。
発言者は問題提起そのものの命題化をねらっているのに、
真っ正直に問題だけを見据えてかかるのはお角ちがい…なのだが、
この批判精神をただすのは難しい。
“理屈ぶった感情論”の持ち主だから
どの角度から攻めても彼の世界は閉じられている。
こういうやつ、ものすごいたくさん見てきた。


ぼくらはみんな河合荘。読んだ。
はじめはドタバタしてるだけで
全然ノレんくて
キャラクターにも白けてたけど
林さんあたりを契機に掛け合いがグイグイよくなってって
後半はメチャ面白かった。
黒川さんは格好いいし愛美さんも絶妙なバランスしてる。
8〜11巻は素晴らしかった。
あと湿りそうで湿りきらない。
安直な恋愛偶像劇にしてやるもんか…という意地を感じる。


妻は炊き込みご飯、
僕は卵かけご飯にした。
ほんのちょびっとごま油垂らしたフライパンに
卵入れてほんのちょびっとだけ熱を通してご飯へ。
味付けは醤油のみ。
美味かった…けどkろえなら生卵でもよかったか。
味噌汁がよく合った。
余っていたきゅうりの浅漬けも嬉しい。


風呂入って早々寝室へ。
民話を読み聞かせて寝た。


2022年03月31日(木) 誘い、値上がり、詐欺メール

晴れ。あったかあい。
年度末だけど僕自身には全然関係ない。
いつもどおりの構えでいる。

弁当はもう炊き込みご飯だけにした。
油使いたくないし。
サラダだけは入れたけど。


会社に正式に、育休申請書を提出した。
出産予定日である7月10日から三ヶ月、10月7日まで。
10月8日9日が土日なのよな。
それに実際は出産日が前後するのだろうし、とりあえずはこれでいい。


コロナ以来会っていない友人らに連絡を入れてみた。
4月10日に妻が友人の家へ遊びに行く予定が立っている。
その日なら我が家で遊べるから来てみないかという誘い。

ワクチン3度目も打って、冬も終わって、
本格的に我が家を開放していってるわけだが、
呼びたい友達となると難しい。
うちに来てくれたところで別に楽しくないんじゃないの?
という気負いもある。
食べて話すくらいだし、
話すっつっても僕はもう会話能力を捨てちゃってるし。
だから面白い相手、頭の働く相手、感度の高い相手ほど呼びにくい。
後は何か別の目当てがあればいいのだけど。
麻雀くらいか。


今週末は、土曜日に代官山に行ってみることにした。
20やそこらの頃には面白がって服や雑貨を買いに行っていたが、
日本有数のマママウントの土俵でもある。
ベビー用品、キッズ用品にはものすごく強いはずなのだ。
自由が丘も店舗数は多かったけれど
代官山のほうが洒落た高級品が揃っていると思われる。
ここで感度を高めておきたい。


ようやっとセトウツミ買えた。
書泉グランデに売っていた。ほっ。
2冊で1000円越え。少年漫画も高くなったな。
最終巻でページ増とはいえ。

明日からまたいろいろ値上がりするらしい。
買いだめはしてない。
自転車くらいは買っておこうかと思い
そういえば西友の5%オフ日だったりしないかしらんと検索してみたら
5%オフ日一覧、のページがだたのトップページで
なんら目当ての情報が出てこない。
あれこれと調べ直してみるに、ウォルマート提携のサービスは3月いっぱいで終了らしい。
まあいいけど…。
ただ3月31日までと銘打っているくせに最終日である今日の時点で
すでに情報が削除されているのはけしからん。
当分は西友つかわないでおいてやろ。
ネットスーパーだけは3ヶ月に2回使うペースで。


退勤後、妻から連絡が入った。
珈琲豆を買うために西荻へ繰り出してみたものの
店は空いていなかったし
さらには腹が突っ張ってしまいちょっと休憩したい、
それいゆで茶を一杯だけ注文して待ってるから後で合流できないか…
という誘いに乗って、今日は西荻から帰った。
ついでに自転車屋に立ち寄ってみる。
安くても税込み19000円する。
1万円でママチャリを買ってきた記憶が根強く、
機能的にも意匠的にもなんら強みない自転車が
2万円弱というのはためらってしまう。

それいゆに寄り妻と合流。メロンソーダを飲んでいた。
八百屋に寄ってからマイロードへ。
肉屋では冷凍するための鶏もも肉だけ買った。
妻は友人からDIYの相談を受けたらしく、
しかし今回はその手細工を諦めてもらった方がいいと助言するつもりのようだ。
「自分のDIYについても、そのくらい冷静に諦めてくれたらいいのに」
「あのね私もやっぱり棚作ろうと思って」
「ア?」
「ガラスの引き戸にしてね、栗の木でね…」
「…原稿の方は?」
「描いてるから。ちゃんと全部やるから」
これは、結局は承諾してしまう流れだ。

帰り道の途中、小さい公園にそびえる立派な桜の木にみとれた。
満開。ひかえめながらもライトアップされていた。
2分だけベンチに座って眺めた。
目の前では女子中学生が写真に収め、
奥ではサラリーマンが缶ビールを開けていた。

帰宅後はすぐに夕飯を用意した。
玉ねぎとニンニク、牛肉、ピーマンを順々に炒め、
かるく茹でた人参も加えて、
少量のケチャップとオイスターソースと甘酢を絡ませ、
砂糖と醤油と水で溶いた片栗粉であんかけにする。
抜群に美味しい。
甘酢とあんの使い方にもこなれてきた。


食後、ネットスーパー注文。
失敗した。
水を買い忘れた…。ダンボールで買っておくつもりが。
一度注文を受け付けてもらったが最後、もう変更はきかない。
というか注文確定確認のメールもこないのか。
間違って迷惑メール扱いされてたりして…と
数カ月ぶりにYahooメールの迷惑メールフォルダを覗いてみると
Amazonからアカウントへの不正ログインの疑いメールと
その数日後にはアカウントを停止したとの連絡が入っている。
実際には、Amazonにログインしてみたところそんな措置はとられておらず、
まごうことなき迷惑メールだったのだが、
ドメインがamazon.co.jpであったり
数日かけて不正ログインの疑いをもたせていたりと巧妙だ。
まぁそもそもAmazonのアカウントなんか要らないのだけど…。
憎悪する企業の一つ。


昨日から延期になった苺ジュースを作った。
前回はブレンダーで手軽にやったが、
どうしたって手もみの方が美味しい。
ポリエチレン手袋を二重にしてひたすら潰していく。
冷たい。
音を上げそうになりながら5分ほどかけて揉み潰し、
砂糖と牛乳を混ぜていく。
美味い。美味すぎる。
良い苺をぜいたくに使ってやった甲斐ある。


妻がゲームに興じている隙に1時間だけ自分の時間をもらった。
トキノをちょっと書き進めた。
1時間じゃもう全然進まない。
終わりは見えてるんだけど。
僕の小説の書き方は、僕が絵を描くときとよく似ている。
書きたいところ書きやすいところから断片的に手をつけて、
それらを整合性取れるように、辻褄合わせのように結び成形させていく。
おかげで素人くさいというか、構成、デッサンは崩れているのだけど、
一点特化の妙味は出ている…と思う。
問題は書きたいだけの作業前半がノリノリで、
全体のバランスを整える作業後半が気乗りしないってとこだ。
終着点を含む全体像をすでに頭に描けているだけましなのだけど。


今夜も民話読み聞かせ。
朝鮮のヒキガエル息子をはじめ、
日本、イギリス、インドと読んでいったが、
いずれも婚姻にまつわる悪徳譚で笑った。
あいつらすぐに美女を騙して結婚したがりやがる。
解説には、素性の知れない男がどんなに甘言をろうしようと
身を委ねて結婚などしてしまわないようにという教訓が込められているとあった。


2022年03月30日(水) 認識の制御、自治体への問題の相談先、家事のスタートダッシュ

晴れ。やや肌寒い。

朝から唐揚げをつくる。
昨晩から下味をつけておいた鶏もも肉に
片栗粉をまとわせて米油で揚げ焼き。
米油初めて使ってみた。
調理中には違いがわからないな。
揚げ終わってから、胡椒を振っていないことに気がついた。
いつもだったら下味時点で加えているのに。
やむなく、弁当に詰める直前に振りかけた。

換気扇の死亡はかなり手痛く、
キッチン横の窓を開けてはいるのだが
それでも臭い、空気がこもる。
キッチンと居間を襖で遮る必要もあり、
するとキッチンにしかついていないエアコンから
居間に暖気も送れなくなる。
今日くらいならまだいいけど
明日以降また冷え込みそうだから困ってしまう。
今週は料理自体をちょっと控えるかも。


節約について。
よくいう話、
安い商品を求めて店をハシゴしたり
行列に並んだりするのは
時間あたりで勘定すれば対価が見合わない、
節約するつもりでかえって損してる……
と
鬼の首を取ったように知的ぶる手合いがいる。
かういう僕もそう思っていた。
小学生の頃まではな。

中学生になったあたりで、母親相手に、
スープの味付けについて意見を交わし合った。
健康のため塩分の過剰摂取は控えないといけない、
という立場を母親はとっており、
だからお湯で味を薄めているのだと説明してきたが、
結局は全部飲み干すのだから
どちらにしたって塩分摂取量は変わらない、
と僕は主張した。
母親は、それはもっともだと納得した。
……が僕は自分自身の言い分に綻びを感じていた。
濃い味に慣れてしまうよりは
薄い味に慣らしていたほうが、
今後も見据えたときには塩分摂取量を控えられるはずだ。
目先の変数じゃなく、
もっと先の、広く大きな視野で目的を捉えてみたときに、
この認識の調整は強い意味を持つ。

この考え方はかなりいろいろな問題に適用できる。
「節約のために店をハシゴする努力」は
いかにも
「目先の損得しか見えていない」
と批判し易そうだけれども、
実はその批判こそが目先の、
与えられた問題そのものしか考えていない、
ペーパーテスト的な枠組みで思考しているのだ。
節約的行動の実践による金銭感覚の制御のほうが、
よほど知的な営みのはずだ。

ものすごいカンタンな話なんですけどね。
中学生の僕でも辿り着けた論法。
意識の水準とか常識のレベル、風潮の大勢とかを決定づける認識を、
自ら制御していく。
極めて知的な営みだと思います。
ちょっと無茶に思えるようなフェミニズムの叫びだって、
この論法なら理解できるようになる。
「広告物に女性の肌が露出しすぎている! 規制しろ!」
という注文は近年数多く取り上げられる。
それに対して多くの”論理的っぽい”批判が殺到する。
この注文のキモにあるのは、
「これが許される世の中、まかり通る風潮を見直そう」
であって、
目先の変化はあくまで目的のための手段でしかない。
そこを見誤った連中が、
見当違いの”論理的っぽい” ”知的ぶった”批判を浴びせにかかる。
まったく合理的でも知的でもない。
人の営為には目的がある。
表面上あらわれている行為からだけでなく
その根底にある目的を見据えて初めて真っ当な批判がかなうのだが
この探検の努力を怠る大人たちの多いことには呆れる。

「そこまで考えて生きたくない」とする人もいるだろう。
そういう人たちには、そういう人たちにふさわしい人生がある。
しかし
そういう人たちは、自らのふさわしいとされたそういう人生を、
こんなの私にとってふさわしくないとキレ散らかすだろう。


3月が終わる。
くるりのマーチなんか聴いてみちゃったりして。
図鑑、2000年発売か。
20年前か。
20年。
20年前かああああああ。
こんな気分は春一番に乗って消えてゆけばいいのに。


夕飯はうどん。妻はぶっかけ。
僕の方は豚肉切り落としとキムチとネギと卵で具材マシマシ。
そして夕飯後には洗い物して濃厚イチゴジュースを作って…と思ったのだが
妻からちょっと一緒に休もうと促され
その流れで九段下マクドナルドの問題などを話してみたら
一部にはうなずいていたものの
総括的な感想として
若者からうざがられる爺さんになりそうだね
という言葉を頂戴した。
なんて浅はかなのだろう!と思ったが
これには反証のしようがない。
現時点でなんらの、根拠ある反論はしえない。
しばらくの間なんのやる気もなくなって
考えごとだけを深めていたが
妻には
この先を楽しみにしているがいい
という言葉を投げてこの場は決着した。


千代田区への相談先について調べてみた。
今回の相談内容は、
店舗前にいつも客が立ち並んで歩道の通行が阻まれている格好になっている、
店側としては客の列を誘導するべきだと思われるが何らかの指導はお願いできないものか。
とまとめられる。
当初は道路整備課でよいものかと思われたが、
国道や都道やらで部署が区分けされている時点で、
どうやら車道に限っている。
では商工課か。
商売している店舗への指導だから正しそうにも思える。
でもどちらかというと、消費者ではなく経営者側が相談する窓口のような…
ならばまちづくり振興課か。
いやおれはいま振興とは逆のお願いをしようとしている…?
などなど考え込んでしまった。
どこでもいいから連絡してみて、
じゃあどこへ相談したらいいんですかで済みそうな話だけども。
スタートダッシュでつまずきたくない。心理的に。

スタートダッシュといえば
今夜の皿洗いは一度遮られてしまったから
もう一度奮起するのに気力が要った。
家事は、やろうと一歩目を踏み出した時点で
7割は終わっている。労力としてはほんとそう。
それだけに、この時点で100ある気力のうち70は使っている。
だからそのタイミングでキャンセルとなると困っちまうのだ。


トキノ、ちょっと書き進めた。
中盤がつらいな…。序盤と終盤は面白いのにな。
“ダイブ”しないと書けないのに、
冒頭から読み直さないと潜り込めず、
書く度にそのための…助走のための時間がかかる。
それもあってなかなか進まない。


今夜も民話の語り聞かせ。日本。天女の羽衣。
貧乏な男が天女を手に入れたいばっかりに
衣を盗んで天界に帰れないようにするという導入にドン引き。
で子供が産まれた後に天女は天井裏から羽衣を発見、
子供を連れて天界へ帰る。
男はそれを追っかけて、天界でさんざんこき使われる。
で途中経過が端折られて、最終的には七夕伝説に行き着いた。
解説によるとこの筋立ての類型は世界中にあるらしい。
女の自由意志を尊重せず男の身勝手な欲望から
嘘と罪を重ね強引に婚姻関係を結ぶという畜生譚。
解説者は御年90に届こうかという爺さまだけれど
このテの男をボロクソにけなしていて面白かった。


2022年03月29日(火) ウィル・スミス、本棚は花畑、通報決心

曇り。なんか寒い。

朝のワイドショーでは、昨日のアカデミー賞授賞式での
ウィル・スミス平手打ち事件がトップニュース。
ドライブ・マイ・カー受賞について
僕は苦々しく思ってる側だけど
映画の受賞そのものじゃなくて
こういう事件のほうが話題になるんだな…という皮肉よ。

ウィル・スミスは映画女優である妻の病気を
司会にイジられたことに憤慨して平手打ちを見舞ったとのことで、
僕はその振る舞いを個人的に支持したくはあるけれども、
それとアカデミー賞の運営や司会者を非難することとは別だと思う。
なにしろ、わからないから。
メディアが圧縮した情報を伝えているだけで、
司会者がどれだけのイジりかたをしたのかもわからないし、
英語によるちょっとしたニュアンスもわからない。
だいたいが異文化だ。
こっちの見方では「受賞式典」という場と見なしたくなるが
どちらかといえば「受賞パーティー」に近いのだろう。
その「パーティー」の感覚は、本来的に日本人にはない。
で、パーティーにおいては
司会者がジョークの一つや二つ飛ばすものだという文化があるだろうし、
じゃあその程度具合はどんな水準で…となると、これがまたわからない。
ひょっとしたら、病気の人を敢えて取り上げて明るく笑い飛ばすことで
善性が発揮される、そういう文化だって十分ありうるだろう。
また、今回のウィル・スミスの振る舞いを支持することは、
ポリコレがやろうとしてきている価値観変革へNOを叩きつけることにもなりする。
「自分には大事な人がいる」と人間の扱いを線引きした上で、
「妻が侮辱された」から「暴力を行使する」というのは、
いかにも旧来のヒーロー像だ。
僕は断然アリだと思うけれど、
これを認めると論理的破綻に陥ってしまう者共も少なくないだろう。

それに、公にウィル・スミスの抗議を非難しなかったとなると、
これは前例となる。
つまり、今後アカデミー賞あるいはそれに類する催しでは、
ブラックジョーク寄りの軽口が制限されかねない。
それが各々の裁量による自粛ならまだしも、
規約レベルで明文化されたなら、
いかにもエンターテインメント精神に反して、
端的に言ってつまらないだろう。

あとはなんだ…
「暴力ふるった時点でダメ」ともいえる。
これは一番強いかも。
まぁだからこその平手打ちなんだろうが…
でもアメリカ人なんかには
拳よりも平手打ちこそが最大の侮辱表現になると聞くよな。

あれこれ考えるには面白い。
かなり多角的に、また深く潜っていける問題ではある。
それを単純化して、どっちが良いの悪いのと叫んでる連中を
僕は心から蔑むのです。


朝イチが復活。
1週間休んでスタジオセットが新しくなった。
これ大事なんか?
いち視聴者としてはどうでもいいと思ってるけど…
少なからぬ視聴者を相手に必要な飽きられないための工夫なのだろう。


弁当は冷凍のソースカツと、先日もらった生姜おかかふりかけ。
ラクチン。
火曜はごみ捨てもないし余裕で家を出た。


ワイヤレスイヤホン相変わらず断線する。なんだこいつ。
そうそうそういえば、
こいつは最小音量にも制限があるのだった。
有線と比べて圧倒的に、最小の音量が「大きい」。
だから電車内の座席では、もしかすっと音漏れしれるかもと、
仕様がためらわれる。
なんでも技術的に難しいらしい。
だからワイヤレスイヤホンで小さい音量を達成できるのは、
どうしてもある程度の価格帯の製品になってくる…
 いやいやいやいやいやいやいや
じゃあやっぱりiPhoneには有線用のジャックが必要だろ…
時期尚早
つくづく汚い商売していやがる。

今日も九段下のマックの前には客が立ち並び
歩道の通行を阻害している。
つくづく汚い商売していやがる。
自治体に通報してやろうかな。
という言い方は好きではない。
するならする、しないならしない。
ということで決心した、ちゃんと通報しよう。


昼休みに神保町古書店街に繰り出して
網野善彦のなんとか苦界なんとか買った。
ようやく買えた…。
中世日本におけるアジールの本。
定価が1200円、一軒目が800円で二軒目が750円。
神保町なら見つかるもんなのだなあと感服しつつ
三軒目で600円だったから買った。
古本に関しては吝嗇。
ちょっとでも安く買いたい。
折り目だの染みだのの状態とか全然問わないし。
本は読めればいい。
読書が行為的に好きなのであって、
別に本が物質的に好きなわけじゃない。
でも図書館でも本屋でも古本屋でも
入った瞬間ドワーッって
縱�圓�ら本に囲まれる感じ、好き。
すごい好き。
情報の百花繚乱というか。
本当にこう、花が咲き乱れてるような美景。花畑。
小汚い本でもなんでもいい。
「まだ見ぬこの世界の真相」が綴じられている、
その可能性の豊かさに感動する。


仕事中に紙で手のひらを切った。痛い。
血は出なかった。
その分油断していて痛みを忘れた数時間後
たまたま使ったアルコール消毒液に悶えた。
大人だからノーリアクションでこらえたけど…
心中はジタバタもだえた。


退勤後、中野のまんだらけに寄った。
セトウツミの7巻8巻が買いたかったが買えず。
隣の本屋にも寄ったが買えない。
オッドタクシーの劇場版公開も迫ってるし、
重版していてもいいのに…。


夕飯は炊き込みごはん。
炊き込みご飯のもとだけだと味が薄く具も少ないから、
めんつゆとみりんを加え、人参を刻んだのと、
干し椎茸をレンジでもどして、もどし汁ごと炊く。
美味い。
ゴマ油で焼いて塩を振っただけの目玉焼きも美味い。

録画してあったレイチェルクーの料理番組を見た。
今回はなかなかトークも料理も冴えていて、
パイ生地みたいなので野菜をロールしてカタツムリ状の巻き型にして焼いて
ヨーグルトベースのソースをかけた一品料理が美しく美味しそうだった。
あれはやってみたい。


内田樹先生の本で、
英語が世界共通語となるにつれ
母語話者による文化的奥深さは失われ、
極めて機能性に特化したコミュニケーションツールに堕していく、
という指摘が面白かった。
どの言語にもその言語独自の、
文化に根ざしたニュアンスが潜んでいるはずであるのに、
その独自性を確保したままでは世界言語たり得ない。
ごもっともだ。


80も収録されている民話集も
毎晩毎晩数話読んできただけあって残りが尽きかけてきた。
今週いっぱいだな。


2022年03月28日(月) 金払い、花粉症悪化、4月予定

晴れ。あたたかめ。
もう朝でも暖房いらないくらい。

朝方妻に起こされた。
6時あたりだったか。
うまく眠れないらしかった。
うがいをして水を飲んでくるよう仕向けると
素直に従ってトコトコとキッチンに向かっていった。
僕は眠気がたまらず間もなくまた寝た。
7時半に目を覚ましてみると今度は妻が熟睡していた。
8時にトースト。妻の方には昨日つくったカスタードクリームを塗ってやった。
朝方は二時間くらい眠れず起きれずだったらしい。
朝イチは甲子園の放送でつぶれていた。
なんか番組大変なんかな。


弁当は豚肉切り落としをナスと一緒にオリーブオイルで炒めて
バルサミコ酢と醤油、ブラックペッパーで味付けしたもの。
鉄板に美味しいやつ。
でもちょいと薄味になってしもうた。


出勤前、ATMに立ち寄って現金をおろした。
残高は220万くらい…。
もーイッコの口座が320万くらい?
奨学金返済しつつ親にお金を入れつつ生活水準も妥協せず
まーまーマシな方なんじゃないだろか。
収入に対しての金の使いかたが上手い方なんだろう。
まずソシャゲや賭け事や酒や風俗やらの
男の悪徳みたいな遊びに手出してないしな。
で身だしなみも最低限、外遊びもほぼせず、外食もたまにとなれば、
むしろもっとお金溜まっててもいいのかもしれないくらいだ。
でも本とか食材への支出はあるし、贈り物も好きな方だし、
無駄遣いがないだけでそこまで倹約家でもない。
だから金の使いかたが上手い方、くらいの評価が望ましい。
誰か褒めてくれ。


へうげもの読みきった。
前半から中盤にかけて魅力的だった人物が退場して
後半は新規キャラの台頭が目立つ…のは、
なにしろ歴史ものだから仕方ない、
史実に沿う限りは当然仕様なのだと、
わかってはいても後半主軸となるキャラクターたちに入り込めず、
残念でならなかった。
それに利休没までのエピソードと流れが漫画的に濃すぎて
そりゃああんな濃度のまま長期連載は続けられんよなあという。

後半においては茶々様の豊臣びいき、ひいては秀吉びいきにジーンとする。
さんざんサルだのなんだのと小馬鹿にして
野心の踏み台にしか見なしてなかった若い頃から一転、
徳川の世になってからは”太閤殿下”へのたしかな敬意が見え隠れして感慨深い。
あとはとくに…
「回想から殴ってくる利休」はスバラシかったけどそれくらいか?
どうしても前半とくらべてしまうゆえのう。
中盤以降で一番は石田三成の末期の数寄。あれは泣きそうになる。


夕方、換気扇修理の業者が来たもよう。
聞くところによれば、ガッツリ壊れている。
修理するにしても部品が取り寄せになる。
早くても来週になるだろう…という話だった。
仕方ない。
幸い冬も過ぎたし、窓を開けて対応していくことにする。


夕飯は妻たっての願いでオムライス。
簡略版でいいからと。
作るの自体は手間ではないが後始末が面倒なのがオムライスだ。
月曜夜には避けたかったがかなり強めに所望されたので受け入れた。
サラダ油で刻んだ玉ねぎ炒めて鶏もも肉炒めてニンニク炒めて
ケチャップどぱっと入れて水分飛ばしつつ
顆粒コンソメ溶かし入れてご飯入れて木べらで混ぜて塩コショウ。
一回皿にとって、今度はマヨネーズと牛乳を混ぜた卵液を
バターで焼いて薄いオムレツに。
チキンライスに乗せて追いのケチャップかけてできあがり。
サラダの用意含めて15分くらい。
ンまかった。

グレーテルのかまどでイギリスのケーキつくってた。
イースターに合わせてつくるんだとか。
それにあわせて現地のお祭りでパンケーキを焼いてそれを皿に持って
町を全力で走るという催しを紹介していてどうかと思った。
ゴールの歓喜とともにパンケーキ落としてたし。
当のケーキは表面にマジパン細工をたっぷりのせていた。
今でもマジパンがよくわかっていない。
砂糖菓子?
使ったことないし、僕の作りたいケーキからはかけ離れるのよな。


花粉症がヒドイ。
寝室でやや休んでから入浴。
4月のスケジュールについて思案した。
土日はなかなか立て込んでいる。
友達を呼んだり、買い物したり、実家に帰ったり、
それに両親学級、保育園見学などが入る予定だ。
さしあたり今週末は、また妻の別の友人を呼ぶか、
または代官山に買い物へ繰り出すか。


そういえば昨日やけどした。
キャラメルで。
キャラメルって殺人的な高温なので
ほんのわずか一瞬触れただけでもう無事じゃ済まないのよな。
これまで何度もやけどしてきてる。
今回は右手中指の第一関節が水ぶくれになった。
痛い。
でも3日もすればほぼ治るかな。

しばらく前に
どっかの夫婦の妻が夫の寝ている隙に
顔面めがけて煮立てたキャラメルをぶちまける、
という事件があった。のを読んで戦慄した。
亡くなったんだっけ、どうだっけ…どちらにしても恐ろしい。
「それがどんな結果をもたらすかという恐ろしさを知らなかったから仕出かした」
って犯行は世に多くあるけど、この事件に限っては、
妻がキャラメルの恐ろしさを知った上でやった気がしている。
なんとなくそう思う。
それだけに怖い。


今夜も民話を読み聞かせて寝た。


れどれ |MAIL