舌の色はピンク
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2007年04月05日(木) 「……盛り上がりすぎようぜ」

浅井健一ソロツアーDVD買った 見た 聴いた
かっけえええええぇぇぇぇぇ
っけぇぇぇぇぇぇぇ けぇぇぇぇ ぇぇぇーー……(残響音)
この人はいつまでもかっこいいなぁ。
映像見ながらのたうちまわりそうになった いやさ のたうちまわった
なんかのインタビューで
「昔の曲やりゃいいじゃん。ライブでも弾くよ。
ブランキー時代の曲だって今でも自分でかっこいいと思うしさ」
と言ってた通り
ブランキーも演ってくれている。惚れる。

それから
「危険すぎる」のサビにバックグラウンドで挿入されるエロボイスを
椎名林檎嬢(CD版)の代わりに
サポートメンバーの女性ベーシストがコーラスしていて
その姿といえば気だるさ100%。惚れた。
林タバサさんというそうな。自身でバンド活動もしてるらしい。
アルバム買おかな。

/


冗長な話をします。


世の中にはアマノジャクと称される人間が、いる。
あまり好きじゃない。
やたらマイノリティを求めたり
流行りに逆らったり
「オレは流れにのらないぜ」と自己主張してるような方々が。

実際アマノジャクは流れに全然逆らえてない。
すでにある流れ、を見定めてから
その逆を行くことで「自分」を保とうとするなんて
まったくかっこう悪いと思う。
まず先に「カッコたる自分」があれば、
世間の流れがどうあれ関係ないわけだもの。
もともとの自分の主張がたまたま世間の流れと逆だった、
とあらば認められるものを、
世にひしめくアマノジャクはちょっと勘違いしてるように見えて
はっきり言って不愉快だ。
似た理由で「変人」「狂人」に対して
逆説的な憧れを抱いている人もいただけない。

アマノジャクについて一括りにしてしまいつつ
例外については述べぬままにします。
こういった論述では
一般と百般の差異なぞ言わずもがなでしょう。

/

とはいえ僕は小学校2年生までアマノジャクだった。
学級会かなにかで
「みんなは、好きな予定と嫌な予定があったらどっちを先にする?」
みたいな論題が挙がって、
「嫌なほうを先にかたづけて、
お楽しみは後にとっておくほうが良いです。
給食でも、嫌いなものを先に食べて
最後に好きなものを食べたほうがすっきりします」
といった意見を誰かがのたまうやいなや
クラスメイトのほとんどが
フムたしかにそうだ
と付和雷同し始めたことに
僕はひとりムカムカしてきて
何も考えず「僕は好きなことを先にします」と手を挙げた。
「どうして?」
「うーん……」
「なんで?」
「えーと……。たとえば、嫌なことを先にしたとき、
好きなことをする前に何が起こるかわからないからです。
いきなり大地震で死ぬかもしれないし。
そしたらソンだと思います」
「(えぇー……)」

クラスメイトの視線はともかく、小2にしては
あながち即座一蹴することもかなわぬ意見であったとは
いまだに自負しているものの、
このとき
(多数派を敵にまわして自分の立場をつくってから
意見をノべたってこんなん茶番じゃないか)
と自己嫌悪した。

以来、徹底して流れに対する自分を意識している。
僕だって流行りは好きじゃないけれど、
徹底と飾る以上は流れを察知することも肝要と思う。

/

ナンとかカンとか小偉そうに述懐してみたところで、
3年ほど前QUEENのアルバムが買いたかったのに
当時プライド(ドラマ)の主題歌の影響で
QUEENの国内人気が高まっていたために
「ここで買ったら俺ミーハーみたいだ」
なんて踏みとどまったこともあったりと、まだまだ……。
精進が足りない。がんばります。


2007年04月04日(水) ろくなもんじゃない

いま誰と一番連絡を取り合ってるって、
12歳の女の子、だ。
ロリペドじゃないですよ マジで いやマジで。
いとこなのです。
恵比寿や白金に憧れている
ずいぶんマセたオシャレッ子で、
とめどなく
オトナ的話題トーキョー的問答をメールしてくるため
応対してやっている次第。
『質問ばっかりしてごめんね……』
かわいらしいじゃないの。

しかし僕はオサレに一直線な子供は大嫌いだ。

/

芸術とは感性を発揮して無価値を価値に転化させることだ、
と僕のなかで定義していて、
絵画でも音楽でも文学でも勿論だし、
詩やデザイン(ファッション含む)も、
笑いもこの定義にあてはまると思う。

松本人志が幼少期、
貧乏の家に育っただけに
満足できるだけの玩具を与えられずに
「この環境でいかに遊ぶか」
を自分で考え独自の遊戯を追及していったことが
後の笑いの骨格を養うに繋がっていたとは
有名なエピソードだけれど、まさに。

子供が既成価値に物欲を抱くのはしかたないにせよ、
それが容易く成就してしまうとは悲しいばかり。
服に代表されるファッションなんて
子供にとっては
あらかじめ値打ちの見出し方が画一されている
悪質な思考停止システムだ。
感性の育みには邪魔なだけじゃねぇのかあぁ熱くなってきた。
服は夜脱ぐために着るのだとは村上龍の弁。
こんなんも子供は絶対理解しえないし。せめて二次性徴を待て。
仮に言葉の上で呑み込めたとしても正確に解釈できるわけない。
子供に化粧をさせる親は
彼らの顕示欲を満たす以上に
子供の可能性を略奪している危険をわきまえてるの?
誰かの所為にしたいか知らないが
ちゃんと教育して叱ってくれ。


2007年04月02日(月) 初めてのひき逃げ

そういえばこの前車にひかれた。
そういえば、で済む問題でもないんだけど
まぁ無事だったんで。

ひかれたってーよりは踏まれたのだ。
狭い路地で無防備に片足を伸ばしていたら
強引に曲がり角を攻略してきた時速2kmくらいの車に
小指のあたりをギュムゥー……っと。踏まれた。
時速2kmくらいの車に。かっこわるい。

にしても車だ。
一般的には重いとされている、あの。車。
その痛みたるや
絶叫、悶絶、卒倒……を免れえない……
くらいのレベルに達していたらよかった、いっそ。
実際は
「あ、車にひかれてる今。今現在。今朝。
痛いし。重いし。ひかれてるし。
これって交通事故になんのかなぁ」
などと無表情で感想する程度の
中途半端なぬるい鈍痛にすぎなくて
ある種の喪失感があった。

いや、大事に至らなくてよかった。
20分で治まる苦痛で
貴重な体験ができたと思う。


2007年03月31日(土) 月刊シュールジャーニー アキバ編

昔のバイト仲間で編成された
「月刊シュールジャーニー」という組織があって、
別に何も発刊しないし
旅に出るわけでもないけれど、
ただ単に語呂のよさから勢いで立ち上がったお遊び集団に過ぎなく
ラーメンツアーとか
アメリカ特撮映画鑑賞会とか
まぁ若者らしいコトをしている。

今回のテーマは「アキバ通になろう!」だった。

発端は大塚で猫耳女と絡んだこと(日記3/4)。
実は以前も似たような顔ぶれでアキバに行っていて、
でもそのときは情報不足からあんまり楽しめず、
今回は前に参加できなかったメンバーも加えてリベンジを企てたのだった。
反省を知らぬ僕たちは今回もまったく懲りずに
ノープランの行き当たりばったり作戦を決行。
超面白かった。

/

メイド喫茶はガチだろ。
っつーコンセンサスから、テキトーにぶらついて発見した店に入って驚愕。
「ファミコン席もただいま空いてますが、いかがなさいますかぁ?」
ファファファファミコン席だとォーッ
テンションが上がりまくる成人男子4人。
案内されてみると、広めの店内の中心に設置された巨大なモニター、
そしてファミコン、20程度のカセットソフト……
あ 熱い 熱すぎるぜ!
他の客に注目されながら
マリオや魔界村やスパルタンXなどのレトロゲーに盛り上がりまくり、
完全にメイドそっちのけだった。
むしろメイド邪魔だよみたいな。
ファミコンしてる感覚も、友達の家のニュアンスに近いものがあり、
こっちがゲームしてんのに
ときどき声をかけてくるメイドが
「友達ん家のお母さんみてぇだな!」
ってことになって僕らはお母さん喫茶と名づけてゲラゲラ笑った。

メイドさんは「これだから男の子って……!」といった反応を見せてくれて
そこだけもえた。
いやそれは勝手のいい妄想か。
完全に童心に帰った僕らは
「お前んちいっぱいファミコンソフトあんな!」
「お前んちのお母さん美人だな! コーヒーうめぇし!」
とか仲間内で言い合ってゲラッゲラ笑ってたんで
正直迷惑な客だったかもしれない。
なんと言ってもメイドさんそっちのけだし。

「食器お下げいたしまーす」
(何だよ母さん早く部屋でてけよ……! 今盛り上がってんとこなのに…!)

/

あと道端でアイドルグループみたいな連中がコスプレしてて、
「「「「わたしたちー」」」」
「「「「四人揃ってー」」」」
「「「「フジケイコでーす☆」」」」
とか叫んでいた。
いったい誰がフジケイコなんだ。
ボンジョビかお前ら。

/

その後飲み屋を探して、
ヨドバシの最上階にある飲食フロアーに行って
これまたテキトーに入った無国籍料理店が
安くて美味くて量も盛りだくさんの大当たり。
大満足だった。
アキバ極めたと思った。

どの店でも「月刊シュールジャーニー」で領収書をきってもらっている。
体裁だけは取材気取り。そんな企業ありやしないのに。


2007年03月30日(金) ガーン

紅茶飲もっ☆
と思って湯を沸かそうとしたら
ガスがつかない。

……。

郵便受けを確認すると
はたして東ガスから
「金を支払わぬ不埒な不届き者に供給するガスはない。
無法の無頼漢に対する我々からの制裁である。かしこ」
という旨の犯行声明を記した届けがたしかにある。

ていうか待待待待待てよって、
請求書来たか!?
12月分未払いって、えー、
1月2月分は払ってあるからなあ、
間違って他の郵便物と一緒に捨てちゃったか!?
なんにせよ止められたことに違いはないし、
しかも土日を挟む巧妙な手口にはしてやられた。

ウッワーひどい、アホか!
アホか! 俺は!
わー わー 銭湯行こう銭湯!

/

手っ取り早く引き落としにしていれば
生ずることもなきアクシデントではあったけど
目に見えないところで自分の金が動くよりは
毎回 数千円とはいえ確実な支出を逐一実感したいために
現金払いを続けているので。
しかしウームまさかガス止められるとはなぁ。
なんかベタな一人暮らしの問題例って感じだ。

ガス止められたってことは
風呂が沸かせないから銭湯行かなきゃいけない、
お湯が沸かせないから紅茶飲みたきゃ店行かないといけない、
料理もできない……
……いやあんま困んないな?
普通に数日は過ごせそうだ。


2007年03月29日(木) バンソーコーでいいじゃん

蚊、貝、イルカ、会計、印象、運動会、インセンティブ、
ブエノスアイレス、スーパーマーケット、トップマネージメント、
東京理科大学、クラミジア感染症、宇宙論的証明

↑文字数を一文字づつ増やすしりとり。
一人でも遊べる。電車待ちのあいまがお薦め。
二人でやってみたらえらく冗長でチョー盛り下がった。

/

自分のボキャブラリーの貧困を嘆くことは多々あり
例を挙げるなら「バンドエイド」なる単語が思い出せず
今までに幾度も窮地を迎えてきた。
どうしても「絆創膏」がちらつきその地点で堂々巡りしてしまう。
バン までは辿り着くのに
この思考法においては バン より先の前途が
暗闇の密室に閉ざされ何も先に見えなくなる。

現に今日の昼
「そうだバンドエイドのことを日記に書こう。
さすがに日記の話題に挙げれば海馬に焼きつくぞ」と
現実的かつ建設的な立案にほくそ笑みながら
実行を怠らぬよう脳内表明したにも関わらず
つい今しがたキーボードを打とうとしても
もう忘れているのだった。
バン……バンなんとか……バン…
バン…ババンババンバンバンいや違う……これはドリフだ……
10分かかった。

/

幼いころにバンドエイドによる危害を被り
おぞましいトラウマとなって深層に住む自我がその存在を拒否している……
とは考えにくいし、
はたまた前世でバンドエイドを犯人とする
陰惨な事故に見舞われ生涯を終えた……
なんて考えたくもないし、
さっぱり原因がわからない。

心の傷、を原因にあげる段階で
なにかひとつウマイこと言えそうな気配も感じたけれど
寒いに過ぎる事態に陥りそうな予断にひざまずき
いちかばちかの挑戦も放棄した惰気が
いくじなしの実を結ぼうとも
それを忸怩、慙愧。とすらも解さずに
英断と呼んで愛する僕は今日も元気です。
自分の話に耳を傾けてくれた人様を煙に巻いて
目線を主題から遠ざけさせてしまうことが特技です。


2007年03月22日(木) 踊る官僚

内閣府が編集している経済財政白書を
昨日今日と読んでたのだけれど
内閣なかなかやってくれるというか
気が触れてますな。

各年代の労働力、生産年齢人口の増減について述べている項で
当然ながらも国内における人口減少問題が挙げられていて、
このままでは日本の人口減りすぎちゃうよ大変だよ…
っていう旨の常套句が並んだ最後に
「今後、出世率と死亡率が2000年の水準で一定に推移した場合、
3300年には日本の人口は2人になるとの試算がある」
と記されている。

へそで茶を沸かすなんて簡単なことだと実感した。

いや、そりゃ算術的に漸減さしていけばそうなるだろうさ、
一向に試算だってしてくれても構わんですよな、
でもわざわざ記載するってギャグ……か?
中学生の自由研究レポートのテンションじゃねーか!
少なくとも僕は電車内で吹いちまった、
人口2人は果てしなくツボなのだった。
良識ある一般乗客を装うことに全身全霊を尽くしたけども
けっこうこらえきれなくて
ゲフンガフン咳をしている変な男に成り下がってしまった。

人口2人の日本て ほんとどんな社会ですかって

やっぱ「需要と供給が重要だ。」とか言ってるんだろか 、
「治安は維持したい」「失業率が50%に達した」 「まずいぞ円が暴落している!」とか。
人口2人なのに…。
あぁでも楽しそうだ。
こんな楽しい想像を膨らまさせてくれた
天才的官僚に感謝する。

なんか内閣連中(財政政策周り)のイメージが一変。
随分と楽しそうなところのようなしてきた。
「ちょ、これ記載しときゃウケんじゃね?」
「ヤバくね? シャレんなんなくね?」
「バレなきゃいいんじゃね? 小さく載せるわ」
「マジで!? お前マジウケんだけど!」
的な。


2007年03月19日(月) 大病

僕は6歳のころに
「アレルギー性紫斑症」という
当時の医者いわく「よくわかんない病気」を患い、
少なくとも7年はベッドの上だろうと宣告され
入院していたことがある。
なにせ「よくわかんない」ものだから
病院も対処に困っていたらしい。
母親はそんな病院に不信感を抱いて反発的だった。

入院して10日も経ったころ、
幼き僕は味気ない栄養食に飽きてしまい
スイカが食べたいと母にねだった
「ダメよ、我慢なさい」
「スイカがたべたい」
「我慢できないの?」
「たべたい」
「……じゃあ、一応お医者さんに掛け合ってみるからね」

粘りに粘った交渉の末
一口だけなら問題ないでしょうと渋々承諾する医者の言質を得て、
翌日母はスイカを買い病室で一口食べさせてくれた。
「おいしい?」
「おいしい。もっとたべたい」
「一口だけって言われてるからね」
「たべたいよ」
「……」
母はどちらかというと厳格な方だったけど、
なぜかこの時は僕のワガママを聞いてくれたのだった。
調子に乗った僕はこの夜スイカを一個丸ごとたいらげた。

翌日
信じられない量の鼻血が
真っ黒い膿をともなって、出た。
狂的なまでに慌てふためく医者に対し
昨夜のスイカの件を母は堂々と白状して、
病室は怒号と血に支配されていた。

そして更に翌日、
入院から12日を経て、鼻血騒動も一段落ついたころ、
「よくわかんない病気」は
「よくわかんない」ままに治ってしまった。
その後数日間様子を見て、僕は無事に退院した。

/

「よくわかんない病気」なのに
医者がどうして7年入院という数値を叩きだせたのかとか
スイカと鼻血と疾患全治の相関性の根拠がないとか
ヤブ医者おつとか
ツッコミどころは多くあるけども、
今でもあれはスイカのおかげだったと信じているし、
あの日あの時あの場所でスイカに会えなかったら
人生は悲惨なものになってたはずだ。

/

そんなわけで、スイカ様のおかげで
僕はこんにち無事に生きながらえているのです。
このお話は「スイカじゃなければ……!」って思う。
なんだかひどくマヌケだ。
鼻血もあまりいただけない。
ストーリー上のアイテムとして、
もしもスイカが苺で、鼻血が吐血だったなら
そこそこ「いい話」「奇跡的な体験談」としても語れるのかもしれない。
スイカはだめだ。命の恩スイカを蔑みたくはないけれど、だめだ。
スイカ割りなんて遊戯がまさしくスイカの地位を象徴している。
半裸姿の霊長類に雑菌だらけの棒で
汚らしく叩き割られるスイカ。しかも余興。
いじめられっ子だ。


2007年03月18日(日) 星降る夜に

「今夜は星が綺麗だね」
「あ、意外とけっこうロマンチックなんだね〜」
「"星の影響"を意味するイタリア語って知ってるかい?」
「えー。わかんないよー」
「"インフルエンザ"さ!」
「きゃあ知的! 抱いて!」

この口説き文句を誰か盗んでくれないものだろうか。


2007年03月17日(土) 発想

ジャスくんが
「"パクる"って言葉はしっくりこない。
"盗む"の意味に対して語感が対応していない。
ほかに何か言い方はないものか?」
と面白げなお題を出していたので
後日タケシンくんに相談してみたところ

「そうだなぁ……"引っ越す"」

コイツ…!
つねづねアホだと思ってたけど
甘かった、
そこらのアホをはるかに凌駕する勢いのアホ。アホオブザセンチュリー。

略奪により物品の所有権を移らせることで"引っ越す"て……。
絶対にアホ。
すごいなぁ、僕がいくらアホに近づく努力をしても
辿り着けない境地を感じて虚しくなった。
10歳の頃にはどんな大人よりも上手い絵が描けたピカソも
子供の絵を描くのに一生かかったというのに
この男はいとも容易く幼い目線を保ってるとでもいうのか、
単に痴愚とも罵れない
天から授かってる才覚におののくばかりだった。


れどれ |MAIL