<日刊 岡村>
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2007年10月05日(金) 久々の外山さん

毎日MSN:外山恒一被告に求刑の8倍判決

 久々の外山さん、政見放送で言っていたように国家転覆を狙っての「内乱罪」「破壊活動防止法」に触れるような犯罪を犯したかと思ったら道交法違反。

 やっていることが「せこい」。あそこまでぶち上げたらもう少しビッグなことをやって頂かないと多くの隠れファンに申し訳ないでしょうに。

 内乱罪の最高刑は「死刑」です。死刑廃止論議にも一石を投じることが出来るし、国家のあり方を国民に再度問い直す契機になる?かも知れません。おっと、これ以上書くと彼を煽ったとして「内乱」の「幇助罪」に問われるかも知れませんのでこの辺で。


2007年10月04日(木) 失われた日々

毎日MSN:全員無罪、元被告らに補償金

 無罪となっても「あの失われた日々」は戻って来ないんですよね。ならばせめてお金でってところで。何とも切ない事件です。それにしても確か取調べした刑事さんは名前を書いた紙を踏ませる「踏み字」を強要したんでしたっけ・・・。いや何とも、冤罪はあな恐ろし。


2007年10月03日(水) ちょっと心配

時事通信社:拉致問題 南北会談に首相期待

 ありえない話ではありますが私が福田首相の立場であったとしてもこう答えざるを得ないし、私がマスコミの政治部記者だったとしてもやはり茶番だと知りつつもこのような記事を書かざるを得ないでしょう。

 一番おバカなのはこの記事を見てまともにそれを受け「拉致問題解決」に向けて進展すると信じ込む人ですがさすがにそこまでお人よしの人はいない・・・ですよね。

 任期切れ前に歴史に名前を残したいオメデタイ「容共」大統領と破綻している経済を前に自分の側からは前提条件なしで少しでも援助をひねり出させたい将軍様との会談で日本に関しては一致団結して「非難」することはあっても拉致問題を含めて将軍様の機嫌を損ねて会談を台無しにするような課題は話題にするはずもない。

 当たり前と言えば当たり前ですが福田首相や政治部の記者さんも本当に分かって言っているんでしょうね。ちょっと心配です(笑)


2007年10月02日(火) 詐欺の道も奥が深い

読売ONLINE:「円天」のL&G、NPO設立で「安心」偽装し会員集め

 なるほど日本人は「接待」「権威」にメチャメチャ弱いんですね。これは日本人じゃなくても万国共通か・・・。それにしても1,000億円もの資金をかき集めたと言うこと自体はスゴイです。

 1,000億円と言う金額自体あまりピンと来ませんが概ね人口30万人程度の自治体の通常「予算」と言われる一般会計の金額に相当します。神奈川県で言えば大和市座間市の人口を併せた自治体の年間の予算に相当する金額と言うことですので相当に大きいです。

 詐欺師の「キモ」「お客様に誠心誠意尽くすこと」と記事を読んだことがあります。この道もやはりそこなんですな、やっぱり。商売の道も奥が深いですわ。


2007年10月01日(月) しごきと厳しさの境界線

日刊スポーツ:元力士が告発、時津風親方金銭に執着

 この記事を見る限り「恐ろしい世界があった」ものですが「厳しい修行」「単なるうっぷん晴らしのようないじめ」とは紙一重のようなところがあります。解説者などに言わせればそれは「愛情の有無」で区分できると言いますがそんなもの外部の者、いや暴行を受けている者にすら分かるものではありません。

 実際、私がかつていた経営コンサルタント会社は「鉄拳制裁あり」の会社で合宿研修と称して泊り込みで山奥の施設に連れて行き「教育」と言う名の洗脳じみたことをやっていました。そこでは「お客さん」はおろか「スタッフ」であっても投げ飛ばしたり、殴ったりはたいたりしていました。

 私自身、「俺の言うことが聞けないのか?」と支社長に毎日ほおを張られていましたし・・・。なぜ辞めたかと言えばはたいたりはたかれたりすることに段々抵抗がなくなってきた自分に愕然としたからです。このままではいけない、変な人間になってしまうと逃亡したわけです(笑)

 人間とは恐ろしいものでどんな環境にでも長くいるとそれなりに順応してしまうものなんです。でも「修行」「いじめ」と線引きは難しいところですがふと自分の体験とダブってふと考えてしまいました。


2007年09月29日(土) 長井さん銃撃事件で残念なこと

読売ONLINE:長井さん銃撃事件、ミャンマー政府に真相究明要求へ

 問題はこの後で当のミャンマー政府は調査を約して実態として何もせず調査の結果、「事故であり遺憾の意」を表して終わりでしょう。

 勿論、そこで終わっては「外交」ではないから「人道援助」も含めた援助の停止や輸出入制限などの可能性もちらつかせるなどして「圧力」の構えも必要だが相手も福田政権の足元を見て真剣な対応はしないだろう。

 戦後永らく日本とミャンマーは良好な関係を築いて来ました。それは戦前日本が後にミャンマー独立運動の中心となった人達(軟禁中のアウン・サン・スー・チー女史の父アウン・サンやラミアン等30人のミャンマー人)を日本に連れてきて教育を施し反英闘争に投入。

 日本の敗戦直前には日本軍に反旗を翻したもののその功績を評価し今でもミャンマーの軍歌は今やパチンコ屋さんでも聞かれなくなった「軍艦行進曲」です。軍のパレードではあのメロディーに沿ってミャンマーの軍人が行進するのです。しかしそこまで結びつきの深い親日国家であるからこそ「言う時にはきちんと言ってあげないと侮りを産みます」。

 結局、日本人が求めた「安定感」とは何もやらないことの裏返しであり国際的には「モンロー主義」を貫くと言うことですから今後福田政権である限り国際的な問題につき日本の対応はますます遅く、はっきりしないものとなるでしょう。この事件自体は起きるのは避け得なかったとしても安倍政権時代の内におきていれば大きく対応が違ったと思います。それが残念です。


岡村まさお