<日刊 岡村>
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| 2004年12月16日(木) |
変わる自治体、変われない自治体 |
横浜市がまとめた将来推計人口によれば2020年に人口ピークを迎え、生産年齢人口のピークは来年であるとのこと。相模原市も人口のピークは2021年と見られていますので似たような人口動態です。生産年齢人口が減少するということは税収の減少に直結すると共に高齢者世代を支えるための負担増大を意味します。益々税金の使い道を厳しくチェックする必要があります。
横浜市はこの問題に正面から立ち向かい着実に変わりつつあります。相模原市はどうなのでしょうか。合併にかこつけて問題をウヤムヤのままに当分放置され、気付いた時には手遅れと言う事態になるのではないかと危惧しています。
本日は民主党の神奈川県議会議員である滝田孝徳氏の事務所開きにお邪魔してきました。計屋圭宏衆議院議員の選挙の際に同じ若い世代と言う事もあり気さくに意見交換したり随分お世話になりました。それにしてもあれからはや1年経ったんだなと月日の経つ早さに驚かされます。
1年経過して滝田議員は議員として風格や自信が付いてきた雰囲気が感じられました。翻って1年前より自分はどれだけ成長したのだろうか、そして1年後どれだけ成長しているだろうか。帰りの道すがらずっと考え込まされました。
| 2004年12月04日(土) |
単独町政の選択の重み |
相模湖町は「住民投票で単独町政の継続」を選択しました。しかしながら相模湖町は津久井4町の中で最も財政基盤が苦しい地域。やはり今後の住民の高齢化や情報化投資・ゴミ処理など高騰化する行政コストを考えればそこが単独でやって行けるのかと考えればかなり難しいと言えます。
それだけの覚悟があるなら先般の相模湖町長選挙の時にこそ発揮して岡本候補を当選に導いて欲しかった。終わったことを行っても仕方ありませんが。住民投票は法的拘束力を持たないのでその投票結果に従う義務はありませんが一応の単独町政のシュミレーションも行わなくてはなりません。 かつて極度の経営不振で倒産しかけた日産。「ゴーンマジック」と言われますがゴーン改革直前の1995年3月決算の売上高は3兆4千億円、経常赤字は610億円。そして2003年3月決算の売上高も3兆4千億円。しかしながら経常利益は2,930億円。
その復活の秘訣は高い収益率にあります。売上高に占める売上総利益即ち粗利の割合を売上総利益率と言いますが1995年のそれが12.2%に対し2003年には21.5%と利益率が2倍近く改善しています。つまり売上高は増加しなくても原価管理をきちんと行い余計な経費や外注費・材料費・労務費などを削減することにより高収益体質に転換し、復活を遂げたのです。
この手法は自治体経営にも応用できます。税収が伸び悩む中で経費の削減や事業の精査による取捨選択などにより自治体の機構を縮小することにより効率化と財政改革を一挙に行うことが出来ます。お手並み拝見というところです。
今日は津久井町長選挙で天野町長に対する有力候補である栗原 大候補の事務所に伺い色々な話を聞いてきました。投票日直前だから本人はいないと思ったのですが事務所にいらっしゃりビックリ。候補者じきじきに入れてくれたお茶を頂く。候補者や支援者の話を聞いている内に気付いたのは天野町長は既にこの津久井という地域を単独運営は無理として自助努力の試みを一切やっていないということです。
ある方が言いました。「会社の倒産の前に精神の倒産がある」と。まさに津久井町にも同じ構図があります。
夜7時から南市民ホールで行われた合併シンポジウムに参加いたしました。もっと多くの方が参加していると思いましたが、会場の3分の一程度の埋まり具合。時間設定で夜間7時からの開始ではなく2時とか3時からの方が良かったのではないかと思いました。
内容は行政からの相模原市が生き残るには合併しかないとの一方的な話に終始しました。それに対しての質問に関しての時間は殆ど取られず、津久井町長の長口上により時間が圧していた事もあり途中で司会者が打ち切り、それに怒った市民とで一悶着があるなど荒れたシンポジウムになりました。
それにしても市民は大なり小なり合併に関し不安を持っております。それに対して意見の賛否は仕方ないとしてもそれに対して意を尽くして自らの考えを披瀝し、不安を解消しようとする市議会議員が殆どいないのか残念でたまりません。議員は公僕であって貴族ではないのですが・・・。
本日は子供の運動会に行って来ました。本来9日の予定だったのですが雨で延期。今日は曇りのち晴れとの予報でしたが朝から小雨が降っており又、延期かと思っていましたが決行とのこと。グラウンドが雨でぬかるんでおり、大丈夫かと思われたが意外に水はけが良いのか大した支障はなく行われました。
しかし、子供の幼稚園での運動会は今年が最後。小さい、小さいと思っていましたがいつの間にやら大きくなって来年には小学生。この子が大きくなった時に誇れる相模原市にしたいものですが現状はその逆方向に進んでいます。
岡村まさお

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