<日刊 岡村>
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2003年03月17日(月) 今日も一日疲れました

 朝から憂鬱な雨。それでも元気にJR橋本駅ミウイ側にて駅頭演説。さすがにひさしがないので雨でずぶ濡れになること30分間。ふと見ると皆さんの手が傘でふさがれているため明らかに「週刊岡村」の配付数が伸びていない。仕方なく雨に濡れない1階の駅ビル入り口部分でやろうと思い場所を移動し、準備を始めたところ後からまたもや某革新政党の県議候補(この政党とは初バッティング)が現れる。

 いつもと同じパターンで10分交代でやらないかとの申し出。でも良く考えてみるとなるほど告示があってからは特定の駅に候補者が殺到しそういう事もあろうが、現状どこの駅でも交代でやっているのを見た事がない。交代でやるならすぐ近くで他の候補者が控えているはずだろうにそういった風景はこれまで見た事がない。つまりは新人だから知らないと思って舐めてかかっているんだろう。突っぱねてやろうかとも思うが、グズグズしていては時間がもったいない。

 それにこの候補自体は何も含むところがないし、むしろ表面上は実直な感じさえ受ける。されどこの政党は私が最も嫌う政党です。その旗を見ていたら気分も悪くなってきたので場所をあっさり明け渡し、再びずぶ濡れになりながら元の位置に戻って演説再開。まぁ、自分は良いとしてマイクは機械なので水で故障しないか少し心配です。

 1階の方からはお決まりの「アメリカのイラク攻撃反対」との声が聞こえてくる。なるほど現状私などから見てもイラクを現在攻撃しなければならない緊急性はどこにも見当たらず反対ではありますが、地方政治を目指すなら他に優先順位があるのではないかと思う。そう言ったものを放っておいて左翼系政党の候補者はほぼ例外なく主義主張の冒頭にその話を持ってくる。党中央から「そう言え」と強制されているのであろうか。

 第一北朝鮮による日本人拉致事件では積極的にその隠蔽工作等に加担するなど同胞である日本人の苦境には「ほっかむり」するくせに他国のイラク人の苦境にはシンパシーを寄せ、「イラクを救え」と主張する。同胞の日本人の苦境は何も感じないのだろうか?私なんぞにはこう言った人達の主張は、はっきり言って「偽善」のように聞こえておよそ耳を傾ける気にもなりません。「なにくそ」の一念で雨の中、演説を続けました。

 夕方には雨は小降りになり車でJR橋本駅まで来たものの、昨晩は「週刊岡村」の編集・印刷などで殆ど寝ていない事や朝に雨に打たれ過ぎたことなどの疲れで睡魔がピークに達し、およそ人前で演説など出来る状態ではなく断念。車中で少々仮眠を取った後に家路につく。今日も一日疲れました。


2003年03月16日(日) 有害チラシ

 今日は秋山君を初め皆さんお疲れモードでしたので1人で朝からポスティング。さすがに前週4人でやったところを1人でやるのはなかなかしんどい。でも「ちょっと前までは何でも1人でやっていたんだよな」と思うと少し感慨深いものがあります。

 鵜野森にある新原町田グリーンハイツでは丁度郵便受けに郵便物を取りに来られたおばあちゃんに「週刊岡村」を手渡す。なぜなら郵便受けに「有害チラシお断り」のシールが貼ってあったから。かつて他の政治家の政治活動をお手伝いした時に「有害チラシお断り」のお宅に配布して「取りに来い!」と言われたのを目撃していたから基本的に私の政治活動においてはボランティアの人達にもそれは徹底してあります。

 おばあちゃんは「これは有害チラシじゃないよ、有害チラシとはピンクチラシのことだよ」とありがたいことを言って頂きましたがまぁ、自分では有害と思わなくてもやはり中には週刊岡村を「有害だ」と思う方もいるでしょうから敢えてそこでお配りはしません。(ただしポスティング業者の方にも配布を依頼しておりますのでそこではどのように配付しているかは判りませんのでそこで配られていたら済みません)

 夕方からは雨が降り出し、そこで本日のポスティングは終了。さぁ、これから「週刊岡村」第7号の編集・印刷・紙折り作業及びホームページの政策課題の更新です。結構これって大変なんですよね。特に「週刊岡村」は週刊なだけに毎週内容を変える必要があり、「編集者に締め切りで追われる作家みたいな気分」です。今日は果たして寝る事が出来るんでしょうか・・・。


2003年03月15日(土) 事務所開設

 遂に事務所を構える事にしました。資金が心細い(最終的に別途供託金が30万円必要なため)ので事務所なしでやろうと思っておりましたが、書類や資料が激増し人の出入りも頻繁になってくると家が手狭になり書類の整理・作業の面でいよいよもって不便になり限界を感じ、事務所を契約する事にしました。

 場所は自宅のすぐ隣のマンション1階の店舗部分(不動産の大建ホームの隣・鹿沼台1-3-17)。以前は婦人用ブティックだったのですが昨年末に店じまいをしてそれ以来空いていたので「ここだと家から近いし駅前の通りに面しており、事務所に出来れば良いな」と思っておりました。

 そこの大家さんには以前からバイクの駐輪場でお世話になっていましたが試しに聞いてみたところ「岡村さんは知っているから」と破格の条件で貸して頂く事になりました。

 まだ机や椅子もなくて事務所の中はがらんとしていますが、いよいよ形だけは整いつつあります。残り1ヵ月半がんばります。


2003年03月14日(金) うれしい瞬間

 本来毎週金曜日はJR古淵駅に立つと決めているのですが昨日相模大野駅で某保守系政党の方とバッティング(先方が先着)し、朝の駅立ちで古淵駅と振替をしたためJR橋本駅に向かう(相模大野駅では毎週金曜日は某革新系政党の方がふんばっているためパス)。

 でも橋本駅では昨年6月横浜市議会で大立ち回り(主義主張の違いはあってもこんなことは言語道断)を演じた政党の方達が先にやっている。う〜む、どうしようか、即断即決JR矢部駅に向かう。

 JR矢部駅に降り立つと今度は昨日バッティングした某保守系政党の方ののぼりがはためいている。ここでもかい・・・。俺達は「放浪の民」か?余計な事を考えている時間がもったいない。「よし、橋本駅に行こう!」

 そそくさと相原高校の側で準備。準備が完了した時にはもう午前7時。「ああ、貴重な時間がもう30分もロスしている!!」午前8時を過ぎミウイ側に秋山君を斥候(せっこう)に放つ。「誰もいません!」「よし!向こう側に移ろう!!」30分をロスしたので若干延長して演説をやっていると前の会社の知人が「寄ってくる」。

 退職してわずか1ヶ月半程度なのにとても懐かしくもあり、うれしい瞬間です。前の会社の知人でも「あからさまに無視」していく人もいてこんな時、その人の人間性みたいなものを感じます。逆に会釈したり、挨拶されると「ほっ」とする瞬間です。


2003年03月13日(木) 事前説明会

 本日は14:00から「ウェルネスさがみはら」にて統一地方選挙・相模原市議会議員選挙(4月27日執行)立候補予定者への事前説明会があり参加。説明を聞きながら身の引き締まる思いがする。しかし見回すと候補者本人が来ている陣営はごく僅か。何回も当選している人などは内容は判っているから陣営の人達だけで十分と言う事だろうか。何れにしても大量の書類をもらい一旦家路に着く。

 家で休む間もなく相模大野駅にて演説・ビラまき。大学のサークルの後輩S君も駆けつける。ありがたいことです。


2003年03月12日(水) うれしいこと

 本日はJR相模原駅にて演説&ビラの配布。秋山君達のでこぼこコンビも予想外の頑張りを見せ、気分良く配布できました。夜は駅立ちの後に「さがみはら異業種交流会」に参加。途中から県・市議候補予定者が数人入場。

 何か「おかしいな」と思っていると後半部分で突如司会側から「県・市議候補予定者の方達に抱負・考え方などを語って頂きましょう」とのお話が・・・。ダチョウ倶楽部じゃないけど内心「聞いてないよ(笑)」。結局、何も飾らず全て「素」で答えてしまいました。

 家に帰ると留守番電話に記録(かみさんと子供は丁度その時、風呂に入っていた模様)があり、「週刊岡村」の間違いの指摘をする男性の声。週刊岡村第6号の都市人口ランキングでの11番目のさいたま市は政令指定都市と書いてあるが政令指定都市になるのは4月1日からとのこと。

 ごもっとも。恐らくこういう質問が来るかなと書いた時に感じておりました。判ってはいたんですが「週刊岡村」のレイアウト上、その1文を入れると行数で1段下がり下部余白が少なくなり見た目に良くなかったので敢えて割愛しました。余白部分に気を遣わないで書ける私のホームページ内のデータ一覧・全国人口ランキングにはその旨、表記はしてはあるんですけどね。何れにしてもそこまで読んでくれる読者層が出来つつあるのはうれしい事です。


岡村まさお