世田谷日記 〜 「ハトマメ。」改称☆不定期更新
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| 2013年08月25日(日) |
エアコン問題の終わり |
とてもやっていられないような暑さ続きの今夏だが、部屋に付いているエアコンは、昨年春に越してきたときからすでにちょっとおかしかったのだった。冷房はあまり冷えないし、暖房はあまり暖かくならない。 それでも、修理を頼むのが面倒くさくて一年以上無精たらしくやり過ごしてきてしまった。
それが7月半ば、梅雨が明けると同時にいきなりの猛暑にガツンとやられて、身構える間もなくフラフラになった。梅雨明け宣言から二日目にしてすでにだめだこりゃ的状態に。 ところがその後、今年は百数十年ぶりの記録的な暑さになるという話が喧伝されていた折も折、ほぼ一週間ほど朝晩は涼風がたってエアコン不用という、まるで昭和四十年代の夏休みみたいな日が続いた。
で、結果的にはこれがたちの悪いフェイントになって油断してしまったのだ。エアコンの修理依頼は遅れ、戻ってきた馬鹿酷暑のなか、就寝時にはタオルを巻いた保冷剤でおでこだの二の腕だのを冷やしながら休む日々。 8月上旬、不動産会社に頼んでやっと調べに来てくれた業者さんは、小さくて痩せていて、四十年前の野口五郎みたいな髪型のすごーくおとなしい男の子で「調べた限りではどこも悪いところはありません」と蚊の鳴くような声で言うのだった…。
四、五日後、今度はベテラン中のベテランという風情のおじさんが見に来てくれたのだけれど、室外機のガスのプレッシャーも、室内の吹き出し口の冷風温度も正常だと言う。 そもそも建物の築年数がまだ3〜4年で、エアコンは建てたときに付けたものだから普通に考えたらこんな不具合あるわけないのだ。 おじさんは、もしかしたら機種と部屋の広さが合っていないのかも。考えられるのはそのくらい、と言って帰って行った。
それで、調べてみたら、それだった。 取扱説明書によると、付いていたエアコンの対応面積は9平方メートル。てことは六畳弱ってことだね。うちは十畳弱の部屋に三畳ほどの台所が仕切りなしでつながっている。対応面積の倍くらいあるってことだ。 そりゃアナタ、去年から冷えないわけさ!
しかし、この時点で不動産屋さんは一週間のお盆休みに入っていた。それで、休みあけを待って連絡をとり、ああしてこうしてこうなって、やっと今日、新しいエアコンに付け替えてもらうことになったというわけだ。もちろんすべての費用は家主さん持ちである。
今日は曇りで日射しがなく、皮肉か?!ってくらいに涼しい日だったけれど、工事の人も付け替えを待つ私も、大汗をかかずにすんで助かった。 業者さん(ベテランと新人さんのコンビのうちベテランのおじさん)は、これで大丈夫。でももう夏も終わっちゃうね、と言って笑いながら、ぬるめに淹れた日本茶を飲み干して帰って行った。 エアコン問題の終わりは、ほとんど夏の終わりでもあったのだった。
その一
少しまえに、録画してあった「ブロンテ姉妹」(1977年、アンドレ・テシネ監督)という映画を観ていたら、最後の最後でロラン・バルトが出てきた。 最初は、この人知ってる、誰だっけ?と必死に思い出そうとしていたんだけど、一瞬「ガンッ」という衝撃が走って、同時にバルトだと気がついた。
バルトはサッカレー役で、鬘をつけていた。長い長い、謎のようなセリフを不思議な間合いでしゃべるのだ。プロの映画俳優ではあのセリフ回しは逆に出来ないんじゃないかと思わせるものがあった。
われながら酷いと思いながら書くと、化粧のせいもあるだろうけれど、ゲイリー・オールドマン演じるドラキュラに少し似ていると思った。バルトが自分の容貌に強いコンプレックスを抱いていたことを思い出した。
なにしろ、生きて動いているバルトをみたのは初めてだったし、予期せぬことだったので驚いてしまった。 (そうだ、それがきっかけでエルヴェ・ギベールを読み直したのだった。エミリー・ブロンテ役はイザベル・アジャーニ)
その二
読み終えたユリイカ('78年 特集 植草甚一氏の奇妙な情熱)の中に「99の質問」というアンケートがあって、その66番目、「孤島へ行くとしたら本は何を持っていきますか」という問いに、JJ氏は「吉田健一全集、三十冊が出つくしていたら、それ」とこたえていた。
それから篠田一士との対談ではニューヨークのヴィレッジについて話している中で、吉田健一の名前が出てくる。 「時間」のなかのひとつにニューヨークの夏が出てくる、あの暑さを書いたものは、ほかにはないなと思って、まだ印象に残っています、とJJ氏。
別に驚愕したとか、うれしくて胸が躍ったとかいうのではなくて、要するに、植草さんがまだ生きていた頃、好奇心だけは旺盛だった二十歳以前の自分というのは未だ子供にすらなってはいない、アカンボウのようなようなものだったのだなぁ、という感慨が積乱雲のように湧いて出て、そいつに打ちのめされてしまったのだった。
少しまえに妹と電話で話していて「どこの墓に入るか」と聞かれ、驚いたことがあった。
福島に住んでいた妹の義父(ダンナのお父さん)が去年亡くなって、そのお墓を思い切って横浜に建てようかという話になっているのだそうだ。
それで、横浜の、私たちの両親の墓のある霊園内に墓所を買おうかという相談をしているらしい。義弟は長男だが今後福島へ帰るつもりはなく、また実家もお父さんが亡くなって空家になっているそうだ。
それで妹は、別件で電話をかけてきた私に「お姉ちゃん、お墓はどうするの。あたしたちのところに一緒に入ることにする?」と訊ねたのだった。独り身の姉の行く末を気遣っての言葉である。
いやはや。亡母の墓をどうするかでまだ存命だった父と妹と私と、あちこち霊園を見て回ったのが十一年前のこと。いくらなんでも、こんなに早く「自分の墓」のことを具体的に考えることになろうとは思ってもみなかった。ケアする側からされる側に、供養する側からされる側への移動距離は以外に短いのだな。
で、そのときは「パパとママの所へ入るつもりでいたんだけど。あそこ、つめればもうひとつは収まるはずよ」と答えたのだった。けれども勿論、こういうことをこの歳で、こういう状態で、はっきりと決定するのは難しい。死んだあとのことより、生きているいまの問題の方が先だもの。
後日この話を年若い友人にしたら、「電車の座席みたいでおかしい」と言って、大笑いされてしまった。「詰めれば入る、って。それ電車で座るときでしょう」。悪気もなく明るくそう言うので、私まで笑ってしまった。
立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」以外の、今年7月上旬くらいまでに読み終えた本のタイトルをメモ。
「ブドウ畑で長靴をはいて」新井順子(集英社インターナショナル)
「猫の一年」金井美恵子(文藝春秋)
「ユリイカ1978年11月号 特集*植草甚一氏の奇妙な情熱」(青土社)
「オオカミの護符」小倉美惠子(新潮社)
「思い出すままに」吉田健一(講談社文芸文庫)
「ロゼッタストーン解読」L・アドキンス/R・アドキンス(新潮文庫)
「ぼくの命を救ってくれなかった友へ」エルヴェ・ギベール(集英社文庫)
「セーヌの川辺」池澤夏樹(集英社文庫)
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ギベールの「ぼくの命を〜」は、まだきちんと読んだことがなかったので。 「オオカミの護符」はやっと、本当にやっと、読み終わった。
読みかけて途中でストップしているのが、岡本太郎「美の呪力」。美の、というより太郎さんの呪力に負けそうで…。ちょっと休むつもりが、長いお休みになっております。
ベランダで栽培していたコリアンダー(パクチ−)のその後をご報告。

五月上旬、連休中に間引いて移植。お行儀よく整列しました。

それから三週間後くらい? やや徒長気味だけど元気です。

この頃は、柔らかい葉を摘んで、たまに料理に使っていました。

これはフォーに入れたところ。ミントなどのハーブやレモンと一緒に。 この食べ方はパリの中華街のヴェトナム料理店風。 あと、魚醤を入れたりしても美味しいのです。

と、ここまでは概ね順調だったのですが、ある日予想外の事態が。 苗で買ったコリアンダーに花が咲いてしまったのです。 一年草は花が咲いたらお終いなのです。咲いて実がなって、枯れる。あららー
そして、同時期に種から育てていた鉢にも、アブラムシの発生+徒長して倒れるという不幸が…。 毎朝、水遣りの際に指でアブラムシを潰して退治していたのですが、ついに力尽きました。
六月の半ば過ぎ、梅雨入りの頃に作戦終了を宣言することにしたのでした。 え? 作戦失敗じゃないのかって? 違いまーす、あくまでも終了でーす。 はー、われながら善戦したー!! 以上です!
| 2013年07月14日(日) |
断片的なメモ、の続き |
メモをみて、思い出したことを書いておきます。
立花隆「ぼくはこんな本を読んできた」は古書店で百円で買ったハードカバー。出版された当時、評判になってけっこう売れた本だという記憶がある。三月中に読み終えた本。
この中に読書日記のまえがき代わりとして「私の『書評』論」という文章が載っていて、それによると、立花隆が週刊誌や新聞の読書欄に求めるのは、いま店頭にある新刊書で面白いのは何か、読む価値があるのは何かという情報。それ以上のものは必要ない、とのこと。 立派な長文の本格書評や、読書にかこつけた身辺雑記は嫌い、イライラすると書いてあった。
ゆえに立花隆本人の書く書評(週刊文春に連載された「私の読書日記」)も短めで情報がギュッと詰まっている。 また、一般的に良書とは言えないような本(文章劣悪、内容あやしげ)でもその本に含まれている情報の故に読む価値があるという本はいくらでもあるとのことで、このあたりに独特の選書眼を感じる。 さすがにハードな内容を扱ってきたジャーナリストは言うことが違う。
で、その選書眼のもとに集められた本の紹介を、短いのを良いことに次から次へと読んでいたら、おつまみの「イカソーメン」を食べ過ぎたときのような胃の膨満感を覚えて、しまった!食べ過ぎた!ってなった、ということなのです。
なにしろ、「幼児売買」とか「あの死刑囚の最後の瞬間」とか「色道禁秘抄」なんてタイトルの本の書評が、そのほかの本と同じく、キモの部分だけをきっちりコンパクトにまとめられて(ソーメン型成形されて)、次から次へと出てくるんだから。
で、それらの本が特別つまらないとも思わない代わりに、「トム・ウェイツ/酔いどれ天使の唄」の書評を読んでも特別面白いとも思わなかった。立花隆はこのミュージシャン(トム)に惚れ込んだと書いているし、ジム・ジャームッシュの名前なんぞも出てくるのだけれど。
身辺雑記にもいろいろあるけれど、どちらかといえばそちら系の方が好き(胃にもやさしく、よく効く)みたいですね。私は。
占星術用のソフトを入れて使っている小さくて軽いPCがあって、その中のメモパッドに断片的なメモ書きがみつかった。 恐らく一か月くらい以前に、気まぐれに打って忘れていたもの。 なんとなく面白いから、コピペしておこう。 -- カトリーヌ・ドヌーヴ主演の「インドシナ」という映画を観て、 クリストフ・バタイユの「安南」という本のことを思い出した。 ☆
立花隆「僕はこんな本を読んできた」は、やめられないとまらない ハードなイカソーメンなのである。
考えてみたら立花隆の「宇宙からの帰還」を読んだことが、私の第一期 スピリチュアルブームの原動力になったのだった。 特に傾倒したのがグルジェフ、クリシュナムルティ、カスタネダで、シュタイナーやラジニーシ、スエデンボルグ等にはなぜか行かなかった。 なので、現在、タロットパスワークの本などを読んでいてグルジェフの名前が出てくれば、おおおーと嬉しくなるし、OSHOという名が出てくれば、それがバグワン・シュリ・ラジニーシのことだというくらいは分かるのである。 ☆ バロン(ホラ吹き男爵の冒険)という映画の時代背景は、いま読んでいる「ロゼッタストーン解読」というヒエログリフの解読競争(それは欧州における熱狂的なエジプトブームを伴った)のはなしと一致しているのである。 -- 以上、コピペ終わり。
「インドシナ」と言うのは二時間半くらいある長い映画で、仏領インドシナ(ヴェトナム)が舞台。ドヌーヴの容貌と衣装を観ているだけでも十分に楽しめるけれど、そのドヌーヴの養女役の少女が共産主義者となって母と農園を捨て、ゴリゴリの活動家になっていくというシリアスな内容。
その中に「安南娘」という言葉(字幕)が出てきて、この言葉、以前どこかでみたことがあるぞと思ったら、本棚にクリストフ・バタイユ「安南・愛の王国」という本があることを思い出した。
比較的薄い本だけれど、十年以上本棚に置きっぱなしで読んでいなかった。 引越しや何かで何度も売る機会があったのによく残っていたものだと思ったら、訳者が辻邦生なのだった。 良い機会だから読んでみるか、、、と思いつつ未だ頁を開いていない。
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