静花のふつうの日記
毎日の出来事や思ったことをつらつらと・・・。気が向いたら、小難しいことも書きますが、基本はのん気な日記です。

2005年08月18日(木) 患者会に問合せてみた

 病気のこと、ネットでいっぱいいっぱい調べているけど、やっぱり一番ほしいのは患者本人の体験談。患者会があると知ったから、ちょっと問い合わせをしてみた。そしたら、すぐにレスが返ってきたよ。すごいねぇ。どっかの障害者団体のなんちゃんて役員とはえらい違いだわ(^^;)。
 なんか情報収集をしすぎて、頭の整理が追いつかなくなっている。不安ばかり募るなぁ・・・。色んな人とメールで遊んでもらっているから、それで気持ちが紛れてはいるけどさ。



2005年08月17日(水) いっぱいメール来た!

 退院して1日、まだまだ身体に病院タイムテーブルが染み付いてしまっているよ。しっかり6時に目覚めたもの。
 今日は、メール三昧。会社の上司とお見舞いに来てくれた人たちには昨日連絡したけど、それ以外の人たちには今日連絡をしたよ。
 会社のランチ仲間には、わたしから直接は連絡できていなかったし・・・(たぶん、課長とかから聞いていたでしょうけど)。
 そしたら、さっそく返信がきて、暖かい言葉にまた泣きそうになっていた。本当に、こんなことでもなきゃ人の優しさって気がつけないものなんだね。
 他にも退院おめでとうのメールもいっぱいもらっちゃったよ。今は、本当幸せだなぁ。
 あ、そうだ。前の会社のエセ税理士が退職するっていうメールも来てたなぁ。これは面白すぎるっ!冷やかしに行っちゃおうかしら〜・・・って、会いたくないけどさ(^^;)。
 まだまだ休みが続くよ。



2005年08月16日(火) 退院!!

  入院27日目。かろうじて1ヶ月を免れた感じで、ようやく退院できたよ。
 
 いざ退院日を迎えると、なんだか不思議な感じがした。だって、病室にいるのに私服着てるの。しかも、この服は、7/21のときのもの。バリバリ地元用の服(電車に乗るお出かけでは着ないようなもの)なのよ。これ選んだときは、すぐに家に帰ってくるつもりでいたのよね・・・。それが、まさかこんな長いこと帰れなくなるとは(≧σ≦)
 朝、同室の人にテレビジョンとか箱ティッシュとかをあげたら、そのままちょっとお喋りが始まった。「あなた本当に明るいわね〜。友だちいっぱいいるでしょ?」と言われた。そ、そうかなぁ?と笑顔でお返事。わたしより、この人のほうがずっとずっと明るいと思う。ご夫婦で何10年も飲食店を経営しているそうで、すっごい快活な雰囲気なの。今は、あんまり動けない状態みたいだけど、それでも病人とは思えないオーラが漂ってる。こういう人とお話していると、ついつい笑顔になってしまう。だって、楽しいし嬉しいんだもんっ!わたしがなってしまった病気のこと、この先を考えると不安は尽きないけど、なんだかこの人に励まされた感じになった。
 わたしのほうの先生登場で、お喋りは終了。ここからは、先生とお話。昨日のうちに質問攻めしていたから今日は特に訊きたい事ないはず、と思ってたけど意外と長くなった。あ、そっかぁ、退院したあとも病院に通わなきゃいけないから予約日とか決めなきゃだし、治ったわけじゃないから酷くなったときの対処とかも話す必要があったのね。まだ信じられない、治らない病気だなんて。っていうか信じたくないよ!
 今回、初めてまともに先生の顔を見られた。別にこの人のせいで病気になったんじゃないんだけど、わたしにとって辛いことしか言わないから(当たり前だって^^;)、最悪な存在だと思えたの。だけど、苦しかった症状が消えて退院できるようになったのは誰のおかげかなぁ・・・とちゃんと考えて、この人に治してもらえたんだと気がついた。相手は仕事とはいえ、わたしにとっては恩人とも言えるんだよね。だから、ちゃんと感謝しなきゃと思えるようになってきた。
 旦那が来て、看護師さんたちに挨拶して、窓口で精算してからタクシーで帰ってきた。久々に外出たら、めちゃくちゃ暑いよ!そっか、今は真夏だったっけ。そういう意味では、入院生活快適だったかも。
 家に帰ってきて、快気祝い(?)としてお寿司を出前してもらった。でもでも、あんまり食べられず・・・(ノ_・。)まだ“食べる”ことが怖いんだもの。
 それから、パソコン起動して、まずはお見舞いに来てくれた人たちに退院報告メール。そのあとは、ひたすらネットサーフィン。“潰瘍性大腸炎”で検索したら、ものすごい数ヒットしてびっくり。“アルビノ”なんて大して出てこないのになぁ。
 それで、色んなサイトを読みまくった。患者さんの書いたものを読んでると「そうそう!そうだった!!」と共感できることがいっぱい。え、そんなことにもなっちゃうの?!という驚きと不安もたくさん出てきた。あと、入院中の病院でいじめにあった話とか読んだときは悲しい反面、安心もしちゃった。わたしは、人には恵まれてたなぁって。
 久々の家で、やりたいこといっぱいだったけど、なんだか疲れちゃった。まだ21時だけど、もう寝ちゃおうかなぁ。



2005年08月15日(月) 社会復帰したくない

 入院26日目。
 明日退院だって!やっと、やっとぉ、やっとだよぉぉぉっ!!先生に言われたときうれし泣きしそうになったけど、その場は耐えた(一応オトナだしさ)。
 今日は、色んな質問をしようとノートにたくさんメモをしておいた。
�‖牘,靴燭△箸寮験茲呂匹Δ覆襪�
�△い弔�ら仕事に戻れるか
��この病気は治るのか
 大きくはこの3つだったけど、緊張しちゃってうまく言葉にできなくて大変だった(答えるほうは、もっと大変だっただろうなぁ)。
 「一生お付き合いする病気」「社会復帰できている人も大勢いる」
 色々言われたけど、一番重たかったのはこの二つ。お見舞いにきた人たちから「難病指定されてるらしい」と聞いていたから、治らないんだろうなぁ・・・と感づいてはいたけど、正式に言われると辛い。それに、社会復帰・・・本当はしたくない。怖いよ、会社戻るの。元々辛いこと多い仕事だったうえで、こんな1ヶ月以上の大穴空けてしまって同じ環境に戻れるかなんてさ。
 なんて訴えてもどうにもならず、なんだか重苦しい空気だけが漂ってしまった。

 退院は嬉しいけど、元の生活(とくに仕事)に戻るのが怖いよ。この感情から立ち直ることってできるのかなぁ。



2005年08月14日(日) 接客疲れ

 入院25日目。日曜日だからか、病院もなんとなくまったりな雰囲気だった。
 昨日の夜遅く、救急車で運ばれてきたらしき人が同室になった。朝早くとかからお見舞いの人が来ていたりして、病室はずっと賑やかだった。
 もうひとりの同室の人にも家族の面会があった。だけど、面倒くさそうな息子さんと、ただ黙って横に居るお嫁さんのふたり。このおばあさんは退院して家に帰りたそうだけど、息子さんが他の病院に行くことを薦めていたのが丸聞こえだったの。あんまり聞き耳立てちゃ悪いけど聞こえちゃって、耐えかねてわたしが病室から出て行ったよ。そして、結果はわからないまま。別にわたしのことじゃないけど、なんだか泣きたくなっちゃった。
 午後、弱視団体のメンバー3人がお見舞いに来てくれた。それは嬉しいんだけど、同室の人の視線が気になって、めちゃ焦ったよ。廊下でみんなの声が聞こえた瞬間、慌てて病室を飛び出し食堂へ引きずって行った・・・(〃´o`)=3 フゥ
 お喋りの内容は、普段の居酒屋さんでの会話と大して変わらず。下手に身体を気遣ってもらうよりも全然嬉しいけどね。ただ、わたしがパジャマ姿というのが不思議な感じするけど(^ー^;
 昨日もらったペットボトル飲料の中で、ひとつ「微炭酸」と書かれていたのがあったから、わたしが飲んじゃ危険!と思い、彼らに飲ませてみたら・・・。
 「げっ、なにこれ?!」「すげぇ、まずいっ!」「何飲ませるんだよっ!!」と一斉にブーイングを浴びてしまったよ。どうやら、無味炭酸だったらしいのだ。・・・えへへ、わたしが飲まなくてよかったぁ♪でも、夏場で喉か沸いているのか、全部飲みきってくれたりして。
 彼らを見送り、病室に戻ってからちょっとぐったり。昨日から合計すると、いったい何人と喋っていたかなぁ、わたし。みんなが来てくれるのはとってもありがたいし嬉しいけど、こんなに「自分のことを説明」し続けるのは大変だったよ。それに、入院生活で体力(気力まで)衰えてしまったらしく、1時間とか起き上がってても疲れちゃうのよねぇ。困ったなぁ。
 夜、看護師さんたちから「お客さん多かったね」「対応疲れしちゃった?」と声かけられた。やっぱ、そういうことも見られてるんだね(・・;)こういう身の振り方も患者の記録として、どこかに書かれちゃってたりするのかなぁ。



2005年08月13日(土) うそ?!階段下りれないよ(ToT)

 入院24日目。昨日一昨日の連チャン検査からも立ち直り、けっこうすっきりとお目覚めした。
 昨日の夕方の「日常生活に戻る」という先生からの一言がかなり応えて、朝から病院の中を歩き回った。大げさじゃなくて、本当に朝からね。だって、6時台から動いていたもの。
 階段を下りようとして、自分の足が全然動かなくてものすごいショックを受けた。膝が曲がらないよぉ(ToT)なんでど〜して?!
 よく考えてみた。いつもだったら毎朝1時間の電車通勤をして、会社でもちょくちょく動き回っていて、お昼食べにも出かけたし、夜だって電車で帰ってきてるし、お風呂1時間以上入ってるし・・・・。根本的に生活が違うんだものね。基本がベッド上での生活を1ヶ月弱続けていたんだから、体力落ちても当然か。はぁ、それにしても悲しいよ。体が動かないだなんて!!
 午前ひとりと、午後ふたり、友だちがお見舞いに来てくれた。お見舞い客が来るたびに、食堂へ移動していた。もう元気だし、同室の人のクレームが嫌だからさ。
 今日は、お見舞いとしてペットボトルの水をたくさんもらった。これは、本当ありがたい!お花とかも嬉しいけど、退院の時に荷物になっちゃうから、こういう入院中に消耗できるもの(それでいて絶対必要な物)がいいのよね。自分の入院体験で、お見舞いで贈る物への価値観がずいぶん変わったよ。
 今日は、特に病気の話とかはほとんどせず、最近のドラマの話とか、共通の友だちの話ばかり。会話もだんだん健全になってきて嬉しいな♪でもでも、ひとつだけ気になった話題が・・・・。わたしがこの前から飲んでいる薬を友だちのお母さんも使っていたというの。でも、このお母さん、ご病気で亡くなったのよね・・・・。わたしとは全然状況違うんだろうけど、ちょっとドキドキしてきたりして。
 夜も、面会の人がいるわけじゃないけど、無駄に食堂に行ったり、景色が眺められるコーナーに行ったりして過ごした。もうホントに同室の人が気になっちゃって。
 なんだかね、この同室の人を意識しちゃうの。昨日のクレームが傷ついたこともあるけど、それよりも悲しいこと。この人のご家族にお会いしたことないの。今まで同室になった人って4人いたけど、皆さん毎日ご家族が来ていたのよ。わたしも、旦那や親がほぼ毎日来ているし。なんだろうね、他人事だけどさ。ちょっと心配もしちゃった。まだ、同室になって2日だけどさ。
 さて、明日は何をして過ごそうかなぁ。



2005年08月12日(金) hospital blue

 入院23日目。
 ついに迎えてしまった大腸の検査日。朝先生と会ったときに「やっぱり嫌です!」と言いたかったよ。・・・って、言葉にしなかっただけで、顔には出ていたかもしれないけど(--;)。
 朝10時過ぎに、看護師さんが大きなボトルみたいなのを持ってきた。下剤だって。うわぁ、こんなにあるのぉ!?と思わず振ってみた(?)。シャカシャカじゃなくて、ドッポンという音だよ。この前同室の人が飲んでたのを見ていたけど、自分の目の前に置かれるとびびっちゃうね。
 ボトルにメモリが書かれていて、真ん中のメモリを指して「ここまでを1時間で飲んで」と言われた。え、そんな時間まで決まってるのぉ?
 そして、言われたとおりにゆっくり飲み始めた。警戒していたほどはまずくないけど、おいしくもない。ポカリスエットとステビアを足して割ったような味(そして、それがぬるくなってる)。
 11時過ぎ、わたしのいる病室に他の患者さんがお引越し(?)してきた。お盆が明けてから入院する人が増えるから部屋割りを整理してるんだって。こんな下剤バトル中に来られるのって、ちょっと落ち着かないんだけどなぁ・・・・(T-T)。
 12時過ぎ、同室の人はランチタイム。わたしは、変わらず下剤バトル中〜。下血していた頃よりは楽だけど、急激にくる腹痛ってやっぱり辛い。10分くらいの間に2度トイレに駆け込むなんてことがあった。
 同室の人の食事を下げに来た看護師さんに対して、その患者さんがクレームを言っていた。(その人の)食事中なのにトイレに駆け込むわたしに対して、どうにかしてって。・・・・え?と固まったよ、わたし。だって、仕方ないじゃない。それとも12時までには全てを完了していろってことなの?唖然としているわたしに気付かないのか、看護師さんは軽く「そうですね〜」とかわし部屋から出て行った。この気まずい空気、どうしたらいいの?
 それからは、できるだけ病室の外のトイレに行くようにした。病室にいるときには、自分のまわりのカーテンを閉め切って、余計なことが聞こえないようにMDを聴きまくった。悔しくて泣きたい!というテンションなのに、MDで最初に流れてきた曲が嘉門達夫の“鼻から牛乳”だなんてね(^^;)。このMDは、友だちが有線から録ってくれた1990年代JPOPだったよ。なんか力が抜けて、とりあえずプチ復活。
 検査は15時の予定だったけど、時間が来ても呼ばれずにいて、この待機時間が本当に辛い。そして、少し遅れてさっきのクレームを聞いた看護師さんが迎えに来てくれた。あ、今日は一緒に行ってくれるんだと思うと、少し嬉しくなった。
 エレベーターを二人で待っているとき、看護師さんに「さっきごめんね。あの人の言うことはあんまり気にしなくていいから」と言われたよ。なんだ、わたしの視線に気がついていたのかぁ。あの患者さん、入院期間が長引いてるためかどんどんわがままになってて、看護師さんたちも少し困っているらしいと聞いた。そうなんですね〜と相槌を打ちつつ、少し考えさせられちゃった。いくらわがままでも、その人を否定するようなことは言えないのねって。だって、あの場では「そんなこと言っちゃだめ」なんて言わずに適当に流していたもの。改めて、病院で働く人の大変さを感じてしまった。短気なわたしには勤まらないだろうなぁ。
 いざ検査室に行ったら、「外来の人が入っちゃったからまだ呼べないの。もうちょっと待ってて」と言われてしまった。ということで、置いてあった雑誌を眺めて待っていた。でもさ〜、この雑誌1ヶ月くらい前のものだよ(^^;)。暇な入院生活で雑誌はさんざん読んでいたから、半分くらいはすでに目を通していたものだったなぁ。それと、ラジカセが置いてあって、女子十二楽坊のCDが流れていた。これはどういう意味?リラクゼーション?
 やっと呼ばれたのは、たぶん16時半くらい。食事なしだから時間が長く感じているうえ、下剤&クレームでもう疲れまくっているのに、この後に検査かぁ・・・と憂鬱モード。しかも、やっぱりこの検査前の空気が怖い。昨日も思ったけど、狭い部屋で機械の音がして、自分が寝かされて人に囲まれて「これから何かされる!?」という不安を最高潮にしてくれるんだもの。そんでもって、痛い(かも)という恐怖があるんだから!
 で、今回も軽く抵抗してしまった。そしたら、先生から逃げないでと怒られた(--;)。今まで誰も逃げたことないのかなぁ?これ、嫌がるのってわしだけなの?
 検査自体は、最初のときより長かったけど、なんとか終わってくれた。めちゃくちゃ痛い!ということはなかったけど、もうとにかく怖くて・・・・。ああ、二度と!二度と!!やりたくないよぉぉぉっ!!!!!
 なんか理由はよく判らなかったけど、ひとりじゃ病室戻れないだろうということで車椅子のお迎えが来てしまった(^^;)。うわぁ、わたしって病人みたい(病人だろっ!と突っ込まれそう)。
 病室に戻ってからは、ずっと起き上がれなくなった。お腹痛いし、1日の色んなことへ気疲れしてるのもあるし、この後の自分の運命(?)も心配になってきたし・・・・。いつ退院できるんだろうとか、あのいぢわるばあさんと同じ部屋で寝たくないとか、あんな検査をまた体験しなきゃいけないのかなぁ?とか、怖い薬飲んでることが不安とか、もう先生には会いたくないとか、家帰って色んなことやるのは嫌だとか、家族や友だちに心配されている自分が惨めだとか、あんな仕事には絶対戻りたくないとか、会社の人誰も会いたくないとか、一生このまま面倒看て欲しいとか、もう生きていたくないよとか、とかとかとか・・・・。この時間は、かなりヤバイ精神状態に陥っていた。途中で先生がやってきて「どこが痛い?」と訊かれたけど、まともに答えられていなかった。それどころか、色んな説明をされたっぽいけどまったく耳に入らず「わからない!」とひと蹴りしてしまったの。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
 今まで生きてきた中で、こんなに理性がなくなったのは初めてでした(子どもの頃はあったかもだけど)。どうしてこんな状態になったのか、直接の原因は判りません。実は、この日記も少し日を置いてから書いています。あの日のわたしには、日記を書くどころか、自分の気持ちを確認すること自体できなかったもの。心をも壊してしまう“病気”って存在は、本当に怖いと身をもって体験した瞬間でした。そして、“病院”という所は、そんな思いを増殖させる空気があるとも感じました。身体の病でここにいるのに、気がついたら心が病んでいて・・・・。いつか、また長い期間の入院を体験したとき、同じ状態に自分が陥るのかもしれないなぁと思いました。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 ちゃんと聞けていなかったけど、先生から言われた言葉の中で「日常生活に戻る」「明日から体動かしておいて」というのだけは覚えていた。体力なくなっているし、元の生活に戻るためには体力も戻さなきゃいけないってことだよね。でも、その言葉が重過ぎて、余計気持ちが沈んでいった。日常生活に戻りたくないって。戻れるわけないじゃない、今までと違う身体になってしまたんだもの!と心で毒吐きつつ、なかなか眠れない夜を過ごしたのだった。



2005年08月11日(木) 胃カメラ初体験

 入院22日目。
 初めて胃カメラを体験した。感想としては、「もう二度となりやくない!」の一言。

 朝、先生から「すぐ呼ぶ」と言われていたのだけど、本当にすぐ呼ばれてびっくりしたよ。たぶん、9時になったかならないかぐらいだったもの。
 看護師さんが病室に呼びにきてくれて、「もう行っていいですよ」と言われたの。え、連れてってくれないの?と焦っちゃったよ。だって、検査室って入院初日に一度行ったきりで、場所がよくわからないんだもの(しかも、往復車椅子だったから、自分で歩いていないし)。結局、場所が判らないと主張して連れて行ってもらったけど、少し怪訝そうな反応されてしまったよ。普通は、一人で勝手に行くものなのかなぁ?
 検査室に着くなり、「あれ、でんさん!」と看護師さんのひとりに名前を呼ばれた。「入院してたんですか?」と訊かれて、はい、先月からと返事したものの・・・・。誰だっけ、この人?と考え込んだ。わたしは、入院する前にこの病院に3回来ているけど、そのうちの2回は先生以外とお話した記憶がない。ってことは、1回目に会っているのかなぁ。病院のスタッフってみんな似たような格好しているから、人を覚えるの難しいよね。
 透明な液体を少し飲まされ、その後違う薬を口の中に入れっぱなしにさせられて・・・。その間に、横で看護師さんから注射すると言われた。ええっ、嫌だなぁ・・・と思った瞬間に左肩に激痛が走った。なにこれっ?!すごく痛いよぉ(ToT)。危うく口の中のもの吐き出すところだったよ。注射ってこんなに痛いものだっけ?
 検査は、ものすごく苦しくて気が狂いそうだった。痛くはないんだけど、通されている管を握って引っこ抜きたい衝動に何度もかられた。うまく息できないし、目の前は霞んでくるし・・・・。看護師さんが色々言ってくれているけど、まともに聞き取れない。そして、先生からの「○○しないと検査が長引くだけだよ」という言葉が聞こえた(○○はよく聞けなかったけど、たぶんわたしの我慢が足りなかったんだろうと思う)。目の前にいる先生に向かって「鬼!悪魔!!」と罵声を投げかけたかったけど、それも出来ず(この状態では喋れないもの)。
 壮絶(わたしにとっては!)な検査が終わって、ようやく喋れる状態になったけど、苦しすぎて言葉が出てこない。そんなわたしに向かって、先生ひとこと「異常ないよ。明日は大腸だね」。・・・・なんかちょっとテンションが高い口調に聞こえた。わたしはこんなに苦しいのにっ!!やっぱり鬼だ・・・・。
 病室にはひとりで戻った。最初に飲まされた透明な液体を検査中に吐き出してしまっていて、パジャマがぬれちゃってた。仕方なく着替えて、そのまま寝込んだ。だって、疲れたし喉痛いしで。なんか口の中にゴムの味(いえ、食べたことないけどさ)が広がっていて嫌な感じだった。朝食が運ばれてきたけど、手を付けられなかったよ。
 とりあえず、ひとつ終わった♪と少しだけ気分を盛り上げ、夕方からはテレビを観てゆったり過ごした。大部屋独り占めだから、テレビの音が少しくらい大きくても迷惑にならないし、なんとか心が解放されてきた。
 20時ごろ、看護師さんから「明日の検査の準備で、寝る前に下剤を1本飲んで」と言われた。え、いっぽんっっ?わたしの頭には、500mlのペットボトルが浮かんでいた。そんなに飲むのっ?!と思ったけど、実際は手のひらにちょこんと乗るかわいい入れ物に入っていた。これが下剤じゃなければ、わたしはけっこう好きな小物なんだけどねぇ。
 22時ごろ、部屋の電気が消されてからこの下剤を握り締めて泣けてきた。やっと腹痛から解放されたのに、なんでこんなもの飲まなきゃいけないのって!!下剤での腹痛を想像して不安になり、さらに明日の検査への憂鬱が募っていったのだ。



2005年08月10日(水) 大部屋独り占め

 入院21日目。
 昨日、同室のふたりが退院したから、ここにはわたしひとりになった。ひとりしかいないと、看護師さんが来る回数も減るから、なんか寂しい感じもする(気楽だっていうのもあるけどね)。
 朝、先生が来たときに胃カメラってどんな風に何をされるのかを訊いてみた。初めてなんです!と強調して。喉に麻酔して、力抜いてればあっさり終わると説明された。あっさり?本当?苦しくない?という不安をぶつけたら、「みんなやっているから大丈夫」という答えだった。・・・・だからっ、わたしは初めてなの!!先生にとっては大勢のうちのひとりだけど、わたしにとっては人生で初めてのこと。このギャップって難しいよね。にしても、お医者さんの言葉って傷つくことが多いなぁなんて思ってしまった。一度だって優しい言葉もらったことないしさ。病気だけ診て、人は見ないという言葉をどこかで聞いたことあるけど、それってこういうことなのかなぁ。
 夕方、弱視団体の奥様チーム(とは言っても、わたしと同世代)ふたりがお見舞いに来てくれた。病室がわたしひとり占め状態だから、その場でお喋り。入院したときの状態を説明して、それから仕事のこと話したりしたけど、あとはそのまま主婦談義。今日の夕飯どうしようとか、旦那さんの帰りの時間とかね。あと、ひとりが胃カメラ体験者で「どんなだった?!」とわたしが喰いつき、その話を色々聞かせてもらった。ホースみたいなのを突っ込まれたと聞いて、かなりブルーになった。ほ、ほ〜す?・・・わたし、明日どんな目に遭っちゃうの?
 ここ最近は、やることない入院生活だったけど、明日から2日間は検査が入ってる。暇じゃないのは嬉しいけど、苦しい思いをするのが予想できるだけに気分は盛り上がってこないなぁ。



2005年08月09日(火) ひとりになっちゃった

 入院20日目。
 今日、同室のふたりが退院した。どちらも雰囲気が穏やかだし、ご家族も優しい方で楽しかったなぁ(同室のわたしにも「顔色良くなったね」とか声かけてくれたし)。寂しいなぁ。一緒に花火大会見たこと、インターネットやったこと、散歩したこと・・・・。苦しい入院生活の小さなイベント、すごく楽しかったです。本当ありがとうございます。

 さて、ひとりになってしまっても別に大きく生活は変わらない。今日の退屈しのぎは、ノートパソコンでの作業。親から借りた「カロリー控えめレシピ」の本から、家で作れそうなものをピックアップして、それをデータ化していった。退院したら自分で料理しなきゃだしね。
 このノートパソコンのおかげで、だいぶ時間が潰せるようになった。もしも、入院がもっと長くなるなら、DVDも持ち込もうかしら。
 夕方、友だちがふたりお見舞いに来てくれた(別々に)。ふたりとも車で来ているのだけど、そのうちのひとりが道を間違えて大変だったらしい。この病院、1年前に移転してるんだけど、カーナビが古い場所を示したんだって。で、でもさ、そのナビって1年以内に買ってなかったっけ?
 ふたりとも福祉施設勤務だったりするから、病院の中とか色々物色していたり、病院食の内容とかに興味深々みたいだった。ふたりは学生時代からの友だちだけど、そういえばわたしって社会福祉専攻だったなぁと思い出した。いったいどこで道を踏み外したんだかね。今じゃ、光ファイバーがどうとか、違約金がどうとか言ってるよく判らん仕事に就いてるよ。
 夜、なんだか少し寂しくなった。だって、部屋に誰もいないんだもの。ドア閉めようとした看護師さんがいたから「やめて!寂しいから!!」と訴えたら笑われちゃった。別に、ひとりで寝ることはできるんだけどさ、なんとなくね(^^;)。


 < 過去  INDEX  未来 >


白咲静花 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加