はぐれ雲日記
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2006年06月15日(木) 街の灯

昨夜は受け持ちの「シェーグレン症候群」の患者さまが急変して
帰りが遅くなり終電もあわやという時間になり
間一髪で半蔵門線で帰ることができました。

ヒロシマのご出身でもしや被爆されたのではないかとお尋ねしたところ
(病気の誘因はそのあたりにあるんではないかと推察)
「そのころは幼くて尾道にいました。ええ、林芙美子さんで有名なところですよ。こんなきれいに晴れた空なのになんでこんなに急に真っ暗になるんだろう。
と思ったら大きなきのこ雲が出て。そらに広がって・・・・。」としっかりしたお声で話されておりました。それが三日前。

バルーンカテーテルを挿入したのですがもうほどんど尿が出ない状態です。
でも、話しかけに応答もされるしバイタルも落ち着いたので帰ってきました。
何度も体験していることなのに、患者さんの容態が悪くなるとわたしは耳まで赤くなり
全身汗びっしょりになります。手と体は機械的に動くのですが。
恥ずかしいです。本当に肝が据わらない。というか学生時代から同じ反応をしてしまうのです。

病院でシャワーを浴び、同僚と夜の街を歩いて駅へと向かいます。
まだ街は眠らない。終電からゆらゆら隅田川を眺めるとやっと落ち着きます。



2006年06月14日(水) ジーコ オブ ライジングサン

そ。特に日本は問題なかったと思う。単に下手だっただけ。

オージービーフのほうがどうやら和牛よりうまいらしい。
オーストラリアは好きですよ・・・・。
ぼくたちわたしたちのオーストラリアは


ティーンエジャーの娘が「最後の10分はオーストラリアに遊ばれていたわ。」
とムネンそうにのたもうていた。どうやらロスタイム直前まではライジングサンの勝利を
信じて疑わなかったらしい。あた串はとくになぁんも期待していなかったので。
へらへら・・・。逆転場面でもへらへら・・・ジーコが泣いてもへらへらへら。
日本選手はけっこう自我が強すぎなんだよね。
だどもダランコダランコ動いて。デレンコデレンコ仕事して。

てかあの時間になったらあの一点を死守すべき。
博打に出て爆死するとはこれまたメデタイ。
日本はもうのびのびと楽しんでやればいいさぁ。平安の蹴鞠みたいにユウガにさ。

あて串はロナウジーニョがリアルタイムで見れると思うとゾクワクしまふ。
高貴なエジプトの王族みたいですし〜ピューマみたいですし〜
あのシトと比べてヘンテコに見えない男ってこの世にいないんじゃーないかな〜


2006年06月13日(火) お洋服が大好きなおじいさん

患者さんなの。90歳。
夏でもジャンバーとかネルのシャツを着たがるの。
どうしてかというとねえ。
第二次大戦のとき船が撃沈されて台湾沖で三日三晩漂流したんだって。
おそろしくて。暗くて。寒くて。寒くて。
精神が侵されてしまったそうです。
うちの病棟には重度の糖尿で入院してらしたけど
真夏でも毛布や厚手のセーターを抱えて離してくれませんでした。
無理に取り上げようとするとそれはそれは怒られました。
パジャマより、お洋服が大好きでそれも精神的な苦痛からだとわかって
わたしもしゅんとなってしまいました。

思えば、徴兵された方の中には恐怖から毎年三万人は気が狂った人が出たとか。
戦死や負傷者数の統計は出るけど不思議とそれは取り上げられないということを
聞きました。精神病院は戦時中は常に収容しきれないほど満杯だったそうです。


それにしてもムシ暑いよね。


鈍角 |MAIL

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