今日は仕事を休んで、小田原の 『星月』さんへドライブがてら お蕎麦を食べに行くつもりでしたが、ひどいお天気になってしま ったのでとりやめました。じゃあってんで仕事をするのも後生が 悪いので、道楽に没頭して過ごすことにしました。
そこで、杉浦日向子さんの本の紹介ページを 作って過ごしました。自分の道楽にのめりこむ 時間は何とも気持ちの良いものです。まだ八割 がたしかできていませんが、体裁は決まりまし たし、必要な画像もあらまし貼りましたので、 あとはこつこつと文章を書き込んで、中身を充 実させていくだけです。HTMLで作りましたので、 いずれ折を見て公開します。
今日は、紀子妃殿下に元気な男のお子様がご誕生なさいました。 誠にめでたいことです。これで政府も皇室典範改正をいたずらに 急ぐことは無いでしょう。何より、皇室の皆々様の男系皇位断裂 への憂いが霧散したことに静かな喜びを感じます。
紀子様には、ゆっくりとご静養いただき、御快復後は 元気に育児と公務にお励みいただきたいと思います。
きょーはまた、暑い日でした。ぶり返した暑さに いささか閉口しながらも湿気の無さに救われて どうにか一日をやり過ごしました。そんな陽気 の中、いよいよ青物屋には 『にじっせいき』 が 並び始めました。暦の上ではあと4日もすれば 重陽です。 あ〜、サンマが喰いてえなぁ・・・
青梨を手にとる頃や鳳仙花
二百十日も過ぎて、空が高くなってきました。 夕方ともなれば涼風も立ち、夕暮れの青空 にはいろいろな形の雲が見られます。 木々の葉はそろそろ色づく支度を始めてい ることでしょう。そんな木の枝の所々に ジョロウグモが巣をかけていて綺麗です。
女郎蜘蛛掛けも掛けたり定置網
常滑焼の山田絵夢さんから作品展の案内状を頂きました。 いよいよ 『四代山田常山』 を襲名するようです。山田家は代々 急須の名工を輩出し、中でも先代の三代常山は人間国宝に認定 されて尚、謙虚に精進の道を進んだ名人です。昨年の秋の訃報 には悔やまれてなりませんでした。
ご子息の絵夢さんはその先代に師事して腕を 磨いたこれまた手練です。我が家にも『真焼け』の 土瓶と『朱泥』の酒器がありますが、惚れ惚れする ような出来で、自分の急須作りにもたいそう参考に させていただいております。先代のきっちりした仕事 を襲った作風に、飄逸な柔らか味のある絵夢さんの 味わいが加わって、四代常山は間違いなく現代伝統工芸の旗手となる ことでしょう。因みに、今展に出品される画像の朱泥急須は50,000円 です。安いと思います。お茶を志す人、特に煎茶をきちんと煎れたい 方は一つは常山の急須を持っておきたいものです。手取り、口の切れ、 お茶の味、どれをとっても細やかに造られた急須は、まさに至宝と 呼ぶべき逸品です。
下世話なことを言うようですが、四代常山さんもいずれ必ずや人間国宝 に推されて、認定されることでしょう。期待もありますが、一度お会い した印象から、人品ともに高潔な素晴らしい方であると確信します。 ここのところあまり活気の無い陶芸界ですが、久しぶりに胸のすく ような襲名ばなしで嬉しいかぎりです。
初めて、回転寿司というものを食べました。 案外、面白かったです。店の中ではまさしくコンベアの上を皿に 乗った寿司が回っており、寿司だけでなく湯呑と小皿も一段下を ぐるぐる回っておりました。味のほうはまあ、こんなものかと いったところでしたが、それなりに楽しんでいただきました。
噂には聞いていましたが、お皿の色で値段が 分けられており、5・6種類の野暮ったい柄の プラスチックのお皿が握る親爺の後ろにうず 高く積みあがっていました。その昔、大阪の 淀川で皿数で清算する川舟の惣菜屋があって 「飯をくらわんかー」と川岸の人に声をかけ ながら商売をしたことから、この皿鉢を 『くらわんか皿』 とか、 『くらわんか手』 と言います。回転寿司も発祥は上方であると聞き ますが、まさに現代版 『くらわんか』と言えるでしょうな。 食べ終えて会計をするときには、なるほど店員がお皿を勘定し伝票を 切っていました。
しかし・・・食後には何か言いようの無いさびしさを感じました・・・ 機能的で、斬新な店舗設計だと思いますが、『食事』 としてつらつら 惟みるにこの形態はいささか低俗です。まるで、家畜の餌のようだなあ と感じました。お茶を作るお湯のノズルなどは、豚小屋にある鼻で押す と水の出るノズルにそっくりですし、ボックス席などは囲まれているの で、まさに畜舎の一区画のようでした。今日はお店が空いていたので まだ救われていましたが、あれで満員のお客さんがワイワイ言いながら 食べていたら、きっとあの場で食事をする気にはならなかったでしょう。
良い経験をしたとはおもいますが、 もう一度行きたくなるお店ではありませんなぁ・・・
『やきそばパン』 が好きです。『やきそばご飯』 も好きですが、 やきそばとパンのマッチングは絶妙で、類ない美味さがあると思います。
今日は、美味そうな完熟トマトがあったので やきそばトマトサンドにして食べてみました。 うまい!!ソース味とトマトの相性に不安が ありましたが、全く心配いりませんでした。 パンが古くてパサついていたので軽く焼き、 伊豆のお土産で頂いた『ワサビマヨネーズ』 があったので軽くトッピングしてみました。これも当たりました。
惜しむらくは紅生姜を切らしていたので、あの、紅生姜のほどよい酸味 とからむソース焼きそばの旨みがありませんでしたが、次回は忘れずに 紅生姜を入れてみましょう。やきそばとトマトは絵的には合いませんが 味はとても相性が良かったです。これにチーズなどを加えて、クラブハ ウス風のサンドイッチにしたらとても乙なメニューになるでしょうねぇ。 応用としては、広島風お好み焼きにトマトをのせるのもアリでしょうねぇ。
またまた、トマトのお献立バリエーションが広がりそうです。
昨日は色々なことが重なって実に多忙でした。 朝5時前に起きてそばを打ち、朝食をとってすぐに新吉田の教室へ 素焼きの窯詰めに馳せ参じ、詰めて点火して自宅へと取って返し、 『芋乃市場』 の接客に笑顔を振りまき、午後客足のすいたところで はたまた新吉田へ飛んで行き窯を焚き上げるという回転で、いささか くたびれました・・・しかし、そんな忙中にも、ぽっかりと空いた時間が できるもので、窯の温度が上がるまでの小一時間に、古本屋を冷や かして、面白い本を見つけました。
タイトルは、『そば打ちの哲学』 ちくま新書です。 著者は石川文康氏、カントを中心にした近世 ヨーロッパ哲学が専門の哲学博士です。まず、 タイトルに喰いついて手に取った本ですが、 何気なくあとがきの数行を読んで迷わず買い ました。 <以下抜粋>
あい異なるものの間に和を実現するのが、 ハーモニーとしてのそばの真骨頂であった。また、 ヘーゲルに典型を見るように、一切の対立を絶やし、その意味で絶対を 求める人間的営みが哲学である。ともに結局は一なるものを実現しよう とする人間的営みである・・・
哲学的で一見難解な印象の文ですが、要はそば打ちは哲学と同義では ないか?と言っているのです。まだ、読み始めたところですが万事が こういった筆致でそばを哲学で掘り下げるとても面白い読み物です。 理屈っぽいのが大好きな私にはこの本はたまりません。ましてちょうど 毎日そばを打っている最中ですから、いかさまタイムリーです。 そばを打ちながら石川氏の哲学を咀嚼し、そばとは何か?そして人は なぜそばを打つのかを考えてみようとおもいます。
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