こちらでは、ユースケ氏の出演作品の中から、後世に残したいとまで気に入った作品&ここまでこのドラマを食い入るように観てるのって私だけだろうと思ったドラマを、筆者が勝手に必要以上に評価させて頂いています。ネタバレ有です。
お詫びです。まだサダキヨに逢えない - 2009年09月01日(火) 先の、20世紀少年の第2章、テレビ放送の予告しましたが、 ごめんなさい。ユースケ氏の出てるシーンが全く見つかりませんでした。!? テレビサイトの予告を信じてご紹介したのですが。 あれでは、新たなシーン追加、じゃなくて、別なものになってます。 いやぁ〜 子どもの新学期が始まったから、さて録画を観ましょ、 って観たら。サダキヨのサの字も出てないってどういった訳か。 慌てて近所のTSUTAYAに借りに行ってみたら全て貸出中。はあ。 - 鈍獣という優しい仕掛け人に振り回された、本当に鈍い彼ら(と、私) - 2009年05月21日(木) 「鈍獣」2009年5月16日〜公開 何だこれ?どゆこと?これは映画としては賛否両論だろうか。 これを普通に映画として面白がれるためには、まず、ちょっと私にはもっと技が要ったんだと思う。 二回観た。最初は妹と、次は母と。 それが正解だった。お陰で腑に落ちた。 真面目に考えすぎて表層的に一度だけ観ると、ラストで怒りにも似た落胆を覚えかけたけど、 いやちょっと待って、まずはその怒りを棚上げし、少し離れた所からもう一度よく考えてみると、ああ、楽しみ方は沢山ある。 してやられたのかもしれない。 でも何せ私は普段から、映画は真面目に真面目に考えて観る人間だ。 登場人物は実在の人物だと思って、彼らの人生とか心の動きとかにしっかり向き合って観たいほうだ。 なので、こんな映画には意味も無い分析を、つい、やってしまう。 だから、笑って見過ごしてあげられない部分が登場人物の内面に含まれていると、そこに食当たりしてしまい、 消化不良を起こしてしばらく苦しむはめになる。 厚く皮をむいて種をとってエキスを搾って栄養にするという手間をかけなきゃならないのか。 手間をかけると実は意外と、栄養摂れた。 (以下、かーなーり、ネタばれ。まだ観ていない人は読まないでください。) 一回目に観たときの、終盤、ハテナマークが駆け巡って茫漠としてた私の脳内で最初に思い浮かんだのは、以下の仮説。 「実は、あの、子どもの頃に列車に向かって行ったほうの西の凸川=浅野のデコヤンで、彼は本当はずっと生きていて、で、小説を書いてはいなくて、 でも最後に、岡本に問い詰められたときには、小説を書いている振りをしてみた。 その目的は、デコヤンになり済ましてでも江田と岡本に近づき関心を持ってもらいたかったから。 で、本当に小説を書いていたのは、あのとき逃げたほうのデコヤンで、それは浅野のデコヤンではなく別の場所にいて、本当に江田と岡本を憎んでいた。」 とかね。 でも↑ 私のこの仮説は全く見当違い。大間違いだった。すぐ却下。 西の凸川と浅野のデコヤンはやはり別人だということは、 一、鉄橋の上で岡本が浅野デコヤンの乳首を確認したことを思い出してすぐ判明し、 二、あのとき実印を取りにきたデコヤンの行動を思い出すと、やっぱりおかしい。 と分かった。 んーー、と悩んでいたら、 一緒に観た妹の、とてもしっかりした解説で一旦納得した。 そっか、やっぱりあの、子どもの頃の西の凸川に私は生きていて欲しかったんだ。そんな願望のせいで私はすっきりしなかったんだ。 そこを振っ切って二回目は母と一緒に観た。 そしたら更に妹の解説に納得した。 予想外にも、母は、感涙していた。お伽話のようだったと感動していた。 そんな母の様子に再び私も気づかされたことが多々ある。 それにしても・・・。 デコヤンが鈍獣だなんて、とんでもない。鈍いのは、カラダだけだったのかー。 カラダだけが、鈍く頑強に変貌を遂げただけなのか。あの日の情けない自分に勝ちたくて。そして友達に認められたくて。 デコヤン、ホントは最初からわかってやってたんでしょ? 殺されかけてることも、わかってたんでしょ?だったら 実は誰よりも切れ者だ。知恵者だ。仕掛け人だ。 知っていながらしらばっくれてて、ウソツキで喰わせ者だ。俳優だ。そして大人だ。深い愛だ。ひねくれた贖罪だ。 可愛いけど、意地悪で知能犯だ。 だってあの速さでルービックキューブパズルの六面揃え完成だよ? さんざん彼らの悪口書いておきながら、そこで得た金を友に贈ろうとしてた、なんてことも一例。 そこらへんが、カラダはともかくアタマが鈍いあの二人(と、私)には、一見、分かりづらい。 なんでこんなにひねくれた愛し方なんだろか? デコヤンには勿論のこと、江田にも岡本にも順子ママにも、 素直に感情移入することが 私のような平凡な善人(笑)には到底できない相談だけれど、 一人一人、観ている分には相当面白いのは保証する。 デコヤン以上に、特に私は、江田に舌を巻く思いだった。小気味良いほど、あーっ、すごい存在感。 それに南野陽子にここまで笑わされるとは思ってなかった。 さて、ユースケ氏の岡本は、 ある程度、期待通り、喋りの間合いも表情も漫画だった。 場に醸し出された気まずい空気を浴びたときの反応が巧いー。 八の字眉の下の細目の、下衆な小心者の雰囲気。ポリシーも知性もかけらもない感じで視界に入ってくる。 どっか一歩、腰が引けてて、 そんな、ひょうきん且つ臆病者のスピリット。が、 最後の方(デコヤンを撃つところ)で、今までの様子とは違って、妙に冴えた冷たい、でも必死な顔も見せるんで、 そこが「ほおーっ・・・」って思った。 岡本がデコヤンの正体に先に気づき始めていた。江田よりも先に、岡本が・・・ねえ。 西の凸川の死因に一番深く関わる岡本ならではのジレンマ。 江田っちのことを誰よりも大切に思う心と、本当にデコヤン本人だったデコヤンを愛したい気持ちと、デコヤンを忘れて罪の意識から逃げてしまいたい心と。 発砲シーンでそれら全てが錯綜してた気がする。 (このシーンを観たときの漠然とした驚きを、私の中では流しそうになっていたが、 一緒に観た妹がその意外性を具体的に指摘してくれたので、よりはっきり記憶に残った) 鉄橋の上でデコヤンがまず、頑張って過去に勝って来たんだね。 ダンボール被って流血デコヤンの必死の「お仕舞い!?」の叫びに向き合って、いよいよデコヤンの真意を理解し受け入れた江田と岡本。 そして互いに許し合い認め合うのだった。 罪を共有した仲間であって、それと向き合い、その罪を乗り越えた仲間として。 その越えねばならぬハードルを、 自らと友達に対して、上手に設定したのはデコヤン。 いやー、遠回り過ぎ!でも、どんだけ大きな心だったんだろう。 いいねー。こうなったら、私も許す。 そんな大きな許容に至るまでの、それまでの、江田や岡本の、あんまりな程の心の鈍さを(鈍さゆえの非情さをも) 私は嗤うことはできない。私も同じだった。 私も鈍かったし、だから彼らのことをどこか冷たい目で見てたし(二回観た今は、ようやく分かったけどさ)。 それはある意味での憎まれ役を被った主人公の、 隠していた切ない愛と執着が、 もう尋常じゃなく非常に分かりにくかったせいだよ! と責任転嫁して終わることにさせて欲しい。ああ、さすがに疲れた。そしてあとからぽろぽろ、笑えた・・・。 - 先日放送分の「ぷっすま」に関しての雑談 - 2009年05月01日(金) このところ夜中に起きている体力がないせいか、ぷっすま録画をチェックすることもできずにいたら、 クサナギくんがあのようなニュース状況になってしまい 当分、ナギスケチームをきちんと観ることあたわず。 イメージは大切よ、アイドルだから。家宅捜査だなんて、有名税を過剰にとられた気もするけれど。 寂しい。ホント寂しい。ホンっト寂しい。絵心クイズのあの理解不能な才能をまた見せてくれるのはいつなのか。 ユースケ氏の絵のヘタレな感じは小学生っぽく幼稚でいいのだけれど、 それを上回る魔のような衝撃が、クサナギくんの得体のしれない絵にはあった。 あのひとは確かに飲酒量コントロールが苦手だったのかもしれない。 下戸のユースケ氏の横で、相当飲んでたものね、ぷっすま本番収録中でも。 あれはあれで面白かったけれど、もしもあのまま放っておいたら、命にもかかわっただろうから、 ある意味、今回のことは良い薬だったとも言えるんじゃ? お酒は何かと危ないよーという良い見本になってくれてしまった。 で、どうなるのかな、と心配になりつつ 4月28日の放送を録画し、チェックしたのだった。 クサナギくん逮捕についてのコメントはまだ今回はなくて 急遽差し替えられたらしい、 モデルハウスでの宝探しトレジャーから編集した名シーン集。 そうなると、番組の至る所に見られたユースケ氏の「エロおやじキャラ」に、いつもより余計にしっかりと向き合わざるを得ない私。 まぎれもなくあれはユースケ・サンタマリア氏の「俳優」としての作品なんじゃないかと思う。 そんなに嫌な感じが(私には)しないのは、 例えば風船を挟んで水着美女と嬉しそうに抱き合っていても、 目線がどこかあっちのほうに逸らされているだとか。 例えば浴衣美女の脚の間に宝箱があってそれを取るシーンでも、 目線がどこかあっちのほうに逸らされているだとか。 ごめんなさいね失礼します、の、わきまえた感じが残っているから辛うじて。 あとはそうねえ、 人間の男なら誰でも持ってるじゃないのという、セクシイへの興味という要素を、 微笑ましく表現してみせる上品めのセンスというものを どこかに感じる。 ご本人が望んだ結果なのかは分からないけれど。 というか、あのエロキャラは、 クサナギくんという、いい加減でありつつ清潔めのキャラが傍にいてこそのバランスだったのに。 やっぱり早く戻ってほしい。クサナギくんには。ユースケ氏のエロキャラに更に磨きをかけてあげるためにも。 ※追伸(後日記す) 5月5日放送分での、クサナギくんに向けてのユースケ氏の呼びかけが、爽やかで良かった。 - 「黒部の太陽」敢えて、木塚一利 - 2009年03月24日(火) 「黒部の太陽」2009年3月21日、22日 2夜連続 フジテレビ 絶対に断われない仕事。 絶対に後に引くわけにいかない仕事。 損得勘定を超えた使命感。命賭け。 恐怖心にも打ち克ち、世の中が強く求めているものに応える。命懸けで。 自然の力に打ち克ちながらそれを味方してもらいながら、 人の心の力に人が応える。命を捧げても。そんな「仕事」。 それを、 そうか、そんな彼らを、家族も、とんでもなく大きな覚悟で支え送り出さなければならなかったのね。 家族が。命短い、十代の娘さえも。 父が息子を信じて。 恋人を信じて。 もう逢えないかもしれないと思ってても。 殉職。 個人の幸せを超えた全体の使命、 いやそんな難しいこと分からない、ただ、意地かも。 そんな彼らの彼女らの強い深い決意がなかったら 今のこの世の生活は成ってなかった。 ワークライフバランスとかの言葉が脳裏に浮かんでは消える今日この頃に、これを観て ホントに無理する価値のある仕事って何だろうかと 私がこの人々の家族だったらどうだろうかと 考えさせられた。 ・・・というわけで 木塚という一人だけに注目して観たりしたら申し訳ない大きなドラマだけど。 敢えて木塚の魅力は何なのか考えてみたが 木塚だけが特別に光ったりしないさせないところ、そここそが魅力なのか。 サポーター、ということ。 木塚が滝山の家を訪ねていたところに、倉松もやってくるシーン。 この木塚の緊張感、分別もあり品もあり抑えた感じ、一方、空気を読まない倉松の自由な明るさ、あきれる木塚、 ここらへん、私は何か懐かしく、ふと思い出したのは、真下正義だった。 何か真下っぽい彼がところどころに見られる。 青島をセンパイと呼ぶときの真下っぽい彼が。 甚太(好青年!可哀そうだったー)の事故を悔やむ木塚と倉松の会話の最後に、発した台詞「ああ。」の音、 なぜあんなにキーが高いのか、でもそこが良い。 いつも落ち着いているようで中では必死な感じがこんな形をとって覗くと、それを私は無視できない。 父親のように懐の広い倉松のことを木塚は実は尊敬している。 ついに、可愛いとまで思ってる。 婚約祝いに頭から酒をかけられた後のなんとも言えない表情に、この木塚の心が滲んで見える。 幸江にとって彼は本当は二番目だったと思う。 やっぱり彼女が一番好きだったのは倉松でしょう?引き留めて欲しかったでしょう。 倉松も幸江を好きだったでしょう?引き留めないところが、 倉松は「男はつらいよ」の寅さんなの?どう考えてもカッコいい。 だけど、自分は二番目だという自覚が木塚にはもしかしたらあったような気もする。 あったかも、と思わせる。きっと分かってる。と思わせる。 そこが魅力っちゃ魅力。 自分は技術屋だけど現場の最先端を掘り進む倉松にはどこか敵わないな。済まないが。 でも倉松をはじめとする皆んなの熱さは、実は自分にもあるよ。と。理解してると。 あの雪乃さんにとって真下は青島ほどはカッコ良くない。 この幸江にとって木塚は倉松ほどはカッコ良くない。でも 多分、二年三年たてばこの幸せが地味なりに分かるよ、幸江さん。 ※そういえば室井の柳葉さんが、根岸の役で関西弁を使っていたのは。珍しいものを見た。 - 時田のオデコ。in「少年メリケンサック」 - 2009年02月19日(木) 「少年メリケンサック」2009年2月 監督・脚本は宮藤官九郎。 いやー、映画が嗅覚をもカバーするかもしれない未来にはこの作品は観たくない(嗅ぎたくない)。 某所のレビューではそんなに好評でもなかったみたいだけど 筋の整合性はともかく置いといて、 とにかく、変なキャラ(誰かのパロディを更に濃く煮詰めたようなの)がいっぱい出てきて 想像もつかなかった役者さんの意外な姿が 無尽蔵にフラッシュのように来る。 それはもう笑って傍観するしかないんだけれど、 その中でも ユースケ氏の演じる時田への憧れ(?いや憧れじゃないだろう)を語っていくコーナーです。 公開中なので、ネタをあまりばらさないように気をつけながら。 ※時系列で行けば本当は「20世紀少年 第二章」から観て感想を書くべきかと思ったんだけど でも第一章を観てないし、原作もまだ読んでないし、 この状態で第二章を観に行ってはいけないという気がして。 身辺が落ち着いたら原作の基礎からキチンと積み上げて満を持してからビデオ等で鑑賞したほうがいいのかなと。 サダキヨの陰鬱そうな目つきがすごく気になるけど。 それでジレンマに苦しみかけたけど。 あちらはオデコでも怖そうな元少年だしー。 オデコが出るとお笑いに拍車がかかるという特徴がある。 氏は。やはり眉毛の威力もあるだろう。 それは「今、何待ち?」 (注・かつて宮藤官九郎が手がけた深夜のショートドラマ+トーク番組。ユースケ氏が西荻トシキとして主人公を演じつつ毎回豪華キャストと絡んだ) の時も感じていたが。 びっちりと、作り込んだようなファッション。 それから、目がヤラシイ。のに、栗田かんな(宮崎あおい)に対してとっても爽やかな(且つ、熱い)戦友なのだ。 彼女に対して、女を全然意識してない。 声の抑揚の緩急が、かんなのテンションに乗って小気味よく押したり引いたりして揺さぶられ、 キモかわいく 視聴者から呆れたような笑いを誘い出す。 そうやって、かんなを追い詰め持ち上げ叩きつけ押し出し、 仲良し上司と部下なのが微笑ましい。 突っ走っているようでいて3割がたは冷静。 冷静なようでいて心の底でも突っ走っちゃってる。 手のかかるヤツ、世話の焼けるやつ、は放っておけない。 放っておけないコドモオトナが、ざっと約4名は登場し そのお母さんに、否応なく不本意ながら、かんなが成れば そのまたさらに彼女のお父さんでありながら自分のコドモのころを良く覚えてる時田。 観ていくうちに少なからず驚いたのは。 時田というキャラの裏歴史設定が、前半の内にポロっと判明するけれども ええっそうなの?と一瞬訝っても「ああ、なるほどな。だからこの味なのか」と自然に思わされるところ。 (具体的に言いたいけど言えないや。公開中だから) メリケンサックの動画を映したディスプレイを閉じたり開いたりしてるときの 目を見開いたりつぶったりしてる様子なんか最高。 もっと時田のお喋りを聴いていたかったな。 喋らせたら上映時間は2倍3倍に膨らんで、おそらくタイトルも変わっていただろうか。「幻の“近親憎悪”〜俺達の時代〜」だとかに。 いかにも嘘くさく芝居がかった言い回しも随所に見られるのが楽しい。 例えばカミシモ着てても背中側に回ると裸だったりするような インチキっぽさもあって。 やっぱりユースケ氏の 肩を聳やかせつつバーンとでっかく何かを宣言しまくるような口調と ふっと自分の靴下の穴を覗いたような情けなく決まり悪そなつぶやきとが 眉毛の上の、オデコの皺の微かなさざ波と相まって 大波小波みたいに交互に押し寄せてくるからこそ かんな(と視聴者)を落ち着かなくさせて メリケンサックの世界に滑り込ませられるんだと思いました。 -
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