こちらでは、ユースケ氏の出演作品の中から、後世に残したいとまで気に入った作品&ここまでこのドラマを食い入るように観てるのって私だけだろうと思ったドラマを、筆者が勝手に必要以上に評価させて頂いています。ネタバレ有です。
「Don't trust over 30」 ホリプロ・ナイロン100℃ ユースケ氏、初の「舞台」 - 2005年11月25日(金) 「ドント・トラスト・オーバー30」ホリプロ・ナイロン100℃ 2003年5月上演 個人的に、タイムスリップ物が特に好きだ。それも、飛んでいく時代とタイミングを自分ではコントロールできない時間旅行。既に人はもともと生まれてくる時代や場所を選べないし出会いも運命としかいいようがないけれど、そこに更にこの「タイムスリップ」という神様のいたずらが加わったとき、さあ一体どうするの、という設定が大好きだ。 一緒になるはずの二人はすれ違い、本来出会うはずのない男女がなぜか出会う。出会ってはいけない人を好きになって辛い。会えないはずの人を好きになれて嬉しい。そういうプラスマイナスないまぜの運命の贈り物って、(観ているほうとしてはあくまでも他人事だし、自分では絶対実感として味わえないから)すごく魅力的だ。 もしかしたら、私たちも所詮そんな時間の流れの運命いたずらに翻弄されてる存在なので、それを強調デフォルメしてくれてるこのシチュエーションに惹かれてしまうのかもしれない。どうせ短い人生で出会える人間も限られてるなら、その間に何を考えて感じていきるのかなあってことにときめいて過ごしたいという欲なのかも。 でも、特にこのお芝居には、「これってテーマやストーリーと何の関係があるのかなあ」という要素がすごく多い気がする。だから、それがまた楽しい。 結構長丁場の舞台で、最初は4時間半だったんだそうだ。泣く泣く削って3時間半におさめたものらしい。けれどそんなに長さを感じなかった。 テレビドラマは、一話完結物のせよ連続ストーリーにせよ、何かテーマがあったらそれに向かって不必要なものは大体そぎ落として作られているものだけれど、舞台ってこれまた違う。 その日・その夜、劇場に観に来たお客が、音楽や美術などの仕掛けも合わせて、役者の立ち居振る舞いとか雰囲気を、数時間の一回こっきりのうちに、しっかりと味わって楽しめるライブのしくみが求められてる。そうすると、いろーいろ枝葉末節に至って見所てんこ盛りだ。 テレビドラマが、有効成分を抽出したビタミンエッセンスドリンクを綺麗にグラスに注いであるんだとすると、舞台は、皮もまだ剥いていない野菜そのまんまの色とりどりが転がってるって感じがする。 どこから食べていいんだかとまどう。噛んでるうちにわかってくる、雑多な素材の雑多なおいしさ。 それは、リアルな日常生活に、より近い感覚かなと思う。普段関わる家族や友達やその他の人間たちは、人生テーマに一見関係ないこともしゃべるし、やってるし、新聞の経済欄読みながらも歯痛の心配していたりしながら明日のデートの都合を携帯メールしていたりするものだ。 もしそんな日常の一部分をそっくり切り取って舞台にのせてみれば、それこそ交錯しながら同時進行するテーマ達のための、膨大な大道具小道具と、横道にそれたBGMやセリフの数々だろう。 つまりこの舞台は、とりとめのない現実の世界をちょっと大げさにアレンジしてひねって見せてるものなので、別に一心不乱に人生のテーマを感じながら観ている必要なんかないのだ。そこにいるカラフルな仲間の繰り出してくるものを、一緒に生活しているように味わいつくしているだけで楽しめる。 ミュージカルと銘打っているけれど、歌に聴き惚れるための舞台じゃないし。(はっきり言って歌は上手とは言えない) でもいつまでも耳に残って離れない面白い歌が満載だ。 好きな歌を個人的にランキングすると、 第1位 ゲバルト・ア・ゴーゴー(ピン子、モケ美、ローザ) 「ゴマ団子〜」の歌だ。わけのわからなさが、ダントツ最高だ。 第2位 金魚鉢(五十嵐アゲハ。エンディングでは全員) 歌詞を聴くと意味不明だけれど、物悲しくてやりきれない感じがすばらしい。 第3位 大変で行こう(田中レイコ) 面倒でも、まずは毎日歯を磨くことから始まるという、その趣旨に心から賛同する。秋山奈津子は歌がうまい。 第4位 プラマイゼロ(裕之介、全員) 深い哲学がノリ良く頭にこびりつく。上記の「いやでも毎日歯を磨け」とともに、この言葉も座右の銘にしたい。 第5位 距離のあるダンス(ユーイチ、レイコ) 所要時間のつじつまの合わなさが気に入った。二人のダンスもなんだかお洒落だし、微笑ましい。 第6位 暴力猿(アゲハ) 可笑しいけど、どこか懐かしい感じがする。犬山犬子が可愛い。 もちろんユースケ氏のファンとしての楽しみ方もある。ドラマでは観られない魅力。ほら、そこにユースケさんがいる、やだー何かおかしいこと言ってるよ、という楽しみだ。 きっと普段のユースケ氏と仮にもしもお友達だったら、こんな彼をいつも見られるんだろうな、と想像できる楽しみというか。 息きらして汗かいて歌ったあとの、観客に向かっての呼びかけとか。客席の間を通り抜けるときのにぎやかな様子とか。元気いっぱいに上空を飛んでいるのとか。最後の一本締めとか・・・。 その他、劇場ではワーッと浮かれて観てしまったけれど、後でビデオでシーンを確認してみて、ここは特に中山ユーイチがカッコイイor可笑しいなーと思ったところをピックアップすると。 ☆タイムスリップしたばかりのユーイチが明らかに知らない通行人達にヒューヒュー言われていたくないんです、と困惑しながらツッコむ場面 ☆不思議な少女メグミとの会話の端々に出る探りあいとかごまかし笑いなど、多彩な表情 ☆メグミをいじめる不良少女に立腹して彼女達の足を踏んづけたりビンタを張る暴力的なユーイチ ☆トイレから出てきたレンゲに遭遇したときのあわてぶり ☆結婚式でのレイコのわがままぶりに、どんな顔をしていいかわからないでいるシーン ☆すっかり汚くなって笑顔を忘れたレイコに、笑顔を思い出させる際「ダンドリで笑うなよ」と指導するユーイチ ☆シャークスのヒデに「もしホエールズが勝ったらシャークスは解散、メグミにももう会わないと約束する、ほんとにそれでいいんですね」と、ユーイチが出し抜けに念を押す、ユーイチのハッタリだか本気だかわからない雰囲気 ☆楽屋でのメグミと二人きりの会話のしみじみとした様子。未来のことを語ろうとしたユーイチにメグミが「言わないで!」と口をふさいだときのユーイチの表情がちょっと切ない ☆ひざの中に倒れ込んだ、歳とったメグミの髪を撫でながら、泣いている(実際に泣いているように見える)ユーイチ ※ユースケ氏の泣くときの表情として、代表的なパターンは 1、目がじっとりどこかを睨みながら情念を込めて一筋二筋静かに涙を流す(例・「眠れる森」の敬太、「あなたの隣・・・」の欧太郎)というものと、 2、思い切り八の字眉毛で子供のように情けなく泣く(例・「お見合い結婚」の光太郎、「アルジャーノン」のまだ悟りを開いてないハル)というのがある。 このラストの場合、どちらかというと2に分類されるかと思うが、なぜかそんなに終末的な悲しさという感じはしない。どこかに「また会える」という希望がわずかに潜んでいるから? また、この舞台を見て、思わぬ拾い物をしたなあと思ったのは、ユースケ氏が、若いころのマチャアキに似ていると言われれば、確かに似ているね、と教えられたことであった。なるほどね・・・とても考えさせられた。 - 「眠れる森」フジテレビ 足を踏み入れるにつれ思い知る「森」の深さ - 2005年11月11日(金) 「眠れる森」フジテレビ 1998年秋 観てゆくうちに、誰を信じていいんだか、揺さぶられまくるサスペンス。 人間の心は単純じゃないってことを思い知らされる。やっぱり「森」のように深くて迷路だし、善人とか悪人とかもう紙一重だし、 個人的に、この物語は、実はあまり好きじゃない。「ハッピーエンド」じゃないから。 たとえ人が死ぬにしても、なにか救いが欲しい。苦労した分、どこかで報われてから終わって欲しい。 実際そううまくはいかないのが世の常とはいえ、そんな人間世界の暗い部分なんてせめてテレビではあんまり観たくないというのが正直なところ。 (しかし、観たくないものを、あえて観てみたいということだって、たまにはある。) 普段は忘れている(忘れていたい)ような、暗いものを、観てみたいときには、これはいいのかもしれない。 実那子の、輝一郎の、直季の、敬太の、由理の、国府の、・・・彼らのそれぞれの人生の意味は、そう簡単に量れない。 人間は光の当て方でいろいろな面を見せるものだ、と、直季の職業であるライティングデザインにも象徴されるように。 敬太という男もやはり、彼なりの「森」の明暗を内包してる。 せっぱつまった感じを覆い隠す軽さ・明るさ、でもその下にはどこか哀しくて、寒く暗い水の底のようなものも抱えているのに、その更に奥には実はまだ、何か熱情が控えていて・・・という、二重三重、十重二十重、どこまで行きつくのか、そんな複雑さを醸し出せる、 ユースケ氏の得意技が、ここにもあった。 どんなに妙なことになっても、「何か最後にはちゃんと切なくてちょっとアッタカイものが残っていそう・・・」彼はそんな雰囲気を持ってる。だから、たとえ人を殺しても、ただの悪い奴・ただの馬鹿な奴って感じは、しない。 (「川、いつか海へ」の第5話の慎平のせっぱつまった感を思い出す。そういえばそれも野沢尚さんだし) 由理に冷たい直季に「おまえが死んでくれたらなあって思っちゃうよ・・・俺にもこんな残酷な面があったなんて」と、女物のエプロン着て、本気だか冗談だかわからない風に語る敬太だが、そんな彼が、後にあんな大それたことをしてしまうとは、この時点で誰も予測がつかない。 自分も由理のことを好きなのに、懸命に彼女の恋愛相談に乗ってやる敬太。由理が愛している直季との仲をなんとかとりもとうとするが、直季の頭の中には、実那子のことばかり。 おどけた風情で由理を元気付けようと試みた後、彼女の涙をみかねて敬太が、虚しい響きで吐き出すセリフ、 「直季・・・おまえもそろそろ、感じろよ・・・。人に愛されることの、幸せ・・・。」 敬太の心中を思うと非常に胸が痛む場面だった。敬太にとってそれは、いくら求めても手に入らない幸せなのだから。 由理の幸せのためなら自分のことは諦めていた敬太だけれど、 ある夜、由理が直季に「私があなたを救えるから」と訴え、二人が抱き合うのを見た時は、 敬太は黙って静かに涙を流しながら、なんとも言いようのない目をしていたっけ・・・。 上目遣いの、ぞっとするような。 由理のことを本当に直季に託せるのか、心の中に潜む様々な感情がないまぜになっているその表情は、底が見えないほど深すぎて怖いほどだ。 (コメディドラマで見せる感情まるわかりのユースケ氏も良かったけど、何考えてるのかわからないユースケ氏も結構良い。) 友情と恋愛の間で揺れつつ、この第9話あたりを境に敬太は壊れてきたのか。由理の泣き顔は見たくないはずだったのに、いざ彼女が直季のものになっていくと、それも辛すぎる。 敬太にとって由理だけが希望の光だったわけで、そんなふうに彼女のことを語る敬太は実に観ていていじらしい。 直季のためにあえて危険も冒す由理を、自分の手にかけたのは、 この先彼女がこのように直季に関わって誰かにあやめられるよりも、いっそ自分がという思いもあったのではないだろうか。 それともそんな思慮よりも、「直季から由理を奪って」「由理を俺の女にして」道連れにしたかっただけなのか、 どうにでも解釈し得るが、多分どれも正解なのだろう。 ことに及ぶ敬太は正気の沙汰ではない。浮かぶ笑みが、異常きわまりない。悲鳴にも歓声にも聞こえる息遣いがあぶない。 このちょっとカン高い声は理性を捨ててるときの声だ。 普段どうという目立つところのない人物が見せる、こんな狂気が印象に強く残る。 由理の遺体の安置されている部屋のそばで、抜け殻のような敬太。自分がやってしまったことへの達成感や後悔や脱力感など、一言では表せない感覚をにじませながら。 そして彼女の後を追って(借金の清算も兼ねて?)自殺する数秒前の極限状態では、ほとんど無力な幼児のように、なすすべもなく泣いている。 自分は間違って生まれてきたんだと、何の希望も失くして泣くその姿。 すぐ見抜かれるような嘘をついていた時の顔も、すべてをさらけ出した素の顔も、どちらも激しく同情を誘うのだった。 そして直季の差し伸べた手を振り払って死を選ぶ瞬間に、敬太はその一瞬にだけ胸の中に、きっぱりと何かを輝かせたような気がする。 彼はやはり、ここで直季にすがって生き延びるわけには、いかなかったのだろう。 報われることのない人生。どこかでボタンを掛け違ったとはいえ、 でも敬太なりに、多分、彼にしか価値のわからない大切なもののために生きて死んでいった。 それはものすごく、愚かといえば愚かだし、ある意味で美しいといえば美しい。 「貴美子を殺した犯人の気持ちがわかる」と敬太は言ったけれど、 でもその犯人のしたことは、敬太とは比較にならないほど、ずっと罪深い・・・。 - 「花村大介」フジテレビ 楽屋裏がみえそうな真剣ショウステージのスリルと可愛らしさ - 2005年11月09日(水) 「花村大介」フジテレビ 2000年秋 いわゆる「利益率の低い」仕事、お金もない、なんのステイタスもない依頼人、彼ら彼女らこそ、弁護士の助けを本当に必要としているのに、 実際世間では、正義の味方であるはずの弁護士ですら、どうしても、やっぱりお金持ちの味方。 しかし。 花村大介は、そんな弱い立場の人間の味方になるようにできている。(最初はそんなつもりじゃなくても、はからずも、そうなってしまう。) 自分も貧乏で学歴も無いわけだが、困った人を見ると、自分の損得もあとまわしにしてしまい、時には依頼人本人も諦めた事例にも、最後までくらいつく「気合」、そして正義感。 というよりも、依頼人の苦しみや悔しさを、いつのまにか自分のものとしてしまっている。裁判で負けそうなときは、チクショーって自分のことみたいに泣き叫ぶ、それは理屈じゃない。 それはある種の江戸っ子気質にも通じる。ルックスとはうらはらに、その性根は爽やかだ。 そして裁判の相手側に対しても、どこか懐の広い目で見るようなところがある。人間の弱さに寛容なのは自分も完璧人間じゃないと実感してるからか。 もちろん、キャピタル法律事務所の美人秘書・弥生の手前とか、依頼人がけなげな女性だとなおさら張り切ってしまったり、そういうのも大いに影響するところが彼らしい。 人生をいつでもそれで乗り切ってきたという「気合」と「ハッタリ」・・・・だけど、 みんなを騙しとおす完璧さはなくて、そのオモテの「ハッタリ」のうしろに隠れた気持ちの動きがなんとなく見えてしまいそうな顔のビミョ〜〜な表情、そして声。 それが花村大介の、そしてユースケ氏の魅力。 特に、彼の声は、変幻自在で、いろいろなニュアンスをのせてくる。 自信も、カラ元気も、情けなさも、強気も弱気も、下心も、軽口も、皮肉も、相手を丸め込む芝居も、素の本音も、必死な叫びも、秘めた人情も、うわずったり響いたりして、色合いを変える。 それってなかなか官能的。そして観客の感情移入を促すクスリになる。 見ているほうは、胸のすくようなハッタリを見せてもらいながらも、それと同時進行で彼の心の中の困った進行状況も味わってしまう。 喩えるなら、てんてこ舞いの楽屋裏を同時に見せてる大芝居、種も仕掛けも見えてしまいそうなハラハラするマジックショウ、 そんなふうだから、こっちは時に安心しちゃったり、時にほっとけない気持ちにさせられたりする。 弥生(水野美紀)は胸に理想を秘めていて、でも案外気さくで、踊る大捜査線のときとはまた違った雰囲気を見せてるけど、やっぱりユースケ氏とは名コンビだし、 新卒の新人・洋一(いしだ壱成)は、エリートなのに嫌味もなく坊ちゃんっぽい素直さが好感持てるし(ドラマ「放課後」の“女の子”役で見せた上品さ・繊細さがここでも出ている)、 そんな仲間と協力して、弱い立場の人々の親身になって体を張る様子。それは見ていて何だか、世の中捨てたもんじゃないよねえ、って気にさせられて嬉しい。 では例によって、私が個人的に選りすぐってお勧めしたい大介のシーンを。 ☆第1話 有名写真家・大山が弥生の妹・あすかにセクハラをしている件を聞いて、いてもたってもいられず「僕がやります!」と宣言するところ。 ☆第2話 あすかに対する大山のセクハラの証拠が、ごみ収集車に持っていかれ、それを実に必死で追いかける姿。なりふり構わず余裕もない声。 ☆第3話 バーで声かけてきた女・頼子と飲んでいて気がついてみたらホテルのベッドで彼女と朝を迎えてた、いかにも「弱ったなあ」といった様子。 ☆第3話 暴力夫と無事に離婚して娘をとりもどすことができた頼子を、心から喜んで、温かく見つめる表情。 ☆第4話 弥生と電話で話し終わったあと、彼女の写真をうっとりと抱きしめている様子。 ☆第4話 証人の訴えが嘘だということを証明するために、マネキンの穿いているガードルに、躊躇もせずに手を入れて見せて説明する絵。 ☆第4話 痴漢事件をでっちあげた綾子が商品企画した菓子を食べつつ涙目で「人を不幸にするより、幸せにするほうが、楽しいに決まってんだから」と諭すところ。 ☆第5話 死んだ父親の遺産の件を理奈がどの弁護士に依頼するか決めるテストで、わけわからないうちにダンスを踊らされる大介。 ☆第5話 弥生への誕生日プレゼントのことを、内緒にしているのに洋一が口を滑らせそうになるときの、大介のキック。 ☆第6話 雨の中、傘をさしかけた弥生との、少し照れながらの静かな会話。お互いを仲間と認め合っている雰囲気。 ☆第6話 その大介と弥生との会話を聞いていた木下冴子が、証人として協力しようと決心したときの、大介の笑顔。 ☆第7話 バンドをやっている被告人のファンの女の子たちを紹介されて、おだてられながら「異議あり!」などやってみせるお調子ものなシーン。 ☆第7話 父親をゴルフクラブで殴ってしまった娘の、本当の心の内を涙ながらに訴える洋一の言葉を、やはり目をうるませてじっと聞く大介。 ☆第8話 嘘つきで有名な少年・昇が、母親に去られてマンションの屋上で泣いているのを見守るシーン。 ☆第8話 昇との別れのシーン。他、この少年とのカラミが全て微笑ましい。 ☆第9話 この回のオープニング、弥生を映画に誘おうとしている大介のただならぬ気配。 ☆第9話 結婚詐欺に遭って自殺をしようとする男を「説得」する大介のちょっと間の抜けたセリフ。 ☆第9話 その疑惑の女・温子とのデート。積極的な温子に対して、少し困ったような嬉しいような表情。 ☆第9話 (温子の弟に会ってから)証人席に座って洋一の質問に答える大介が、いつになく口が重いこと。 ☆第10話 恋人の小倉の不実を知った英子の悲しみや気丈なところを垣間見た大介の表情と、彼女を元気付けるための噴水でのふざけっぷり。 ☆第11話 合コンに参加し女の子たちをまつ間の、洋一との妙なダンス。 ☆第11話 会社に不当に辞職させられた素子や裕美たちを弁護するために、やむなくキャピタル法律事務所を去っていく、ちょっと切ない様子。 ☆第12話 カイゼル物産にもぐりこみ、証拠書類について探る大介の、怪しげな変装。Mr.ムダカッターのルーツかもしれない。 ☆第12話 証拠書類を持ち出すため別れた元カレの部屋をたずねて、わざとよりを戻した振りをする裕美を、なんとか救い出そうと懸命な大介。 ☆第12話 エンディングの三本締めと万歳六唱。 「ウェディングプランナー」のトオルより更にポジティブで脳天気だけど、他人にすんなり共感できるしなやかさもあり、意外と頼れる弁護士さんでした。 - 「愛と青春の宝塚〜恋よりも生命よりも〜」フジテレビ エリを静かに思い続けた清志 - 2005年10月28日(金) 「愛と青春の宝塚〜恋よりも生命よりも〜」フジテレビ 2002年正月スペシャル 第二次世界大戦前後の日本。歌劇の世界に青春を生きる「タカラジェンヌ」達。 彼女達それぞれが、自分の生きる場所を模索。 秘めた恋とか、短い命とか。戦争が翻弄する出会いと別れ。宝塚を通して、自分には何ができるか・何を守りたいのか、悩んでは一皮むけていく女達男達。 アネゴ肌で、無邪気で、自分がトップであり続けたい、負けず嫌いなリュータン。彼女が思いを寄せている、演出家の景山航。航に助けられて宝塚の世界に飛び込んだタッチーもまた、航を密かに慕いつつ、宝塚に対してはどこか、自分の本当の居場所だと思えないでいた。同期のベニ、エリ、トモ。 なぜか生き急ぐように激しく稽古に精進し、貪欲に役をつかむトモには死の影が迫る。短い命を舞台で燃焼させて逝く。 タッチーは満州で出会った海軍士官の速水と互いに惹かれていく。しかし速水は戦地に散ってしまう。彼との約束「生きて舞台に立つ」ことを全うし、やがてトップスターに。 リュータンは空襲で逃げ遅れたタッチーを助け、そのときに負った火傷で宝塚退団することになる。トップの座を失った彼女を待っていたのは航のプロポーズ。 タカラジェンヌ達はそれぞれ、何か大切なものを失ったり、その代わりに何か大切なものを手に入れたり、運命の中で、心を忘れずに懸命に生きていた。 人って、何もかも手に入れることは無理でも、何かひとつ、大事な宝物のために、ここまで真剣に生きられたら、幸せだろうな。 女も男もみんなそれぞれに輝いていて、可愛い人物達。どの役にも、キャストがすごくピッタリはまっていた。 そしてユースケ氏はここでは、バラエティで見せるような可笑しなハイテンションは抑えて、ちょっと気弱な、純朴な若者を演じている。 音楽学校時代からずっと見守ってきた男役スターのエリに、一途に恋心を寄せる貧乏な画家。それが清志。 芸術や女性に関しては、静かなこだわりを持っていそうだ。 そんな清志を初めは全然相手にしてなかったエリ。サルトルとボーヴォワールのような男女対等の理想の関係に憧れている。 けれど清志の絵のモデルを引き受け、自分の才能と魅力についてを清志に語らせるうちに、エリはだんだん心を開いていく。 「あたしのどこが好き?」何度も確かめるエリ。 「いつも同じこと平気で聞くところ」「ツンとした顔も綺麗なところ」・・・・・「負けず嫌いなところ」「縁談があっても見向きもしないところ」などなど、答える清志の、エリを見る目は、半ばあきれたようで、でも優しい。エリの命令口調も可愛いとさえ思っているように。彼にとっては、エリの舞台での魅力もさることながら、エリの人としての持ち味そのものがすべて好ましいようだ。 しかしエリはなかなか満足しない。宝塚でスターになって沢山の人々から賞賛を浴びたいし、お金だって名声だって欲しいし、それなのに 目の前の、清志というただの一人の男とのつつましい暮らしを幸せと思えるのか?エリの理想とは一見、程遠い男。 そのことを清志もわかりきっていて、でもなお、結婚しようと彼女に言ってしまう。 「あたしは自立する女よ。嫁にするなんて失礼よ!」「嫁にするなんて言ってないよ、結婚しようていったんだ。・・・宝塚じゃなくても女優はできるよ。サルマタとボンオドリみたいに対等に生きられるよ」 結婚はできない、とエリは答える。 「地位も名誉も金もないし、いつ召集令状が来るかもしれない男に、エリちゃんの人生は、賭けられないよな。わかってるのに、なんで言っちゃったのかな」 エリの気の強さ、プライドの高さ、彼女の個性をこよなく愛して尊重しているゆえに、 そんな彼女に自分がふさわしいのか?悩みつつも、清志は誠実に、エリだけを思っている。 この謙虚な、ひたすらな風情。目を伏せ気味に、抑えたマイルドな表情に、そんな清志の人柄がよく表れていて、 もう「ユースケ・サンタマリア」だということをすっかり忘れて観てしまった。 エリは宝塚スターの夢を捨てられない。それに何よりも、彼はもうすぐ兵隊にとられて死ぬかもしれない。そんな男をこれ以上好きになっていいものか? 「今度こそ姿を消して。逢うと辛いから。また絵描いて欲しくなっちゃうから!」清志の描いたエリの肖像をひったくるようにもらって、泣きながら走り去ったエリ。そんな彼女の後姿を、困ったように切なく見送る清志。 清志に召集令状が来て出征の日、駆けつけた駅で思わず叫ぶエリ「死んだら許さんけんね!」清志も「死にませんから!」 しかし、後日エリのもとに届いた知らせは、清志が船から落ちて、サメのいる海に沈んで死んだというものだった。 悲嘆にくれるエリ。でも清志はどうやら奇跡的に生きていた。エリはとうとう、清志の中にこそ本当の愛と幸せを見出す。舞台での賞賛とか、名声とか、それよりも、もっと彼が大事なんだと気づく。 片脚を失って、より一層エリの前に現れることができなくなっていた清志に、今度はエリのほうから飛び込んでいった。 ここでのエリ・米倉涼子も素敵だ。何かを超えて吹っ切って何かを選び取る時の人の姿って、心を打つ。 「あなたがいてくれたら、何も要らない。父も、母も、兄も、お金も、この国も」「・・・宝塚は?」「要らない。」「・・・あたしがあなたの脚になる。だからあなたは、あたしについて来なさい!」きっぱり言い切るエリ。 そんなエリの変わりように驚きを隠せない清志の表情も、どこかとぼけていてユーモラスでありながら、諦めが喜びに変わる幸せの極限に達している様子が、涙を誘う。 本当はエリはもっと前から清志のことを好きだったに違いないのに、そこにあまり気づいていなかった、そういう抜けてるところが、清志の持ち味だし、そういう味を出すのがユースケ氏は上手だ。 「エリちゃん」と呼んでいたのに、途中から「エリが必要だよ。」とさりげなく呼び捨てに変わっていた。子供のような泣き顔だったユースケ氏の表情が、このときの一瞬、男らしいしっかりした顔と口調になってから、またみるみる八の字眉に戻るあたり、いい演技だった。 エリは親から勘当されても清志と一緒になり、二人はその後ずっとおしどり夫婦で暮らしていくが、阪神淡路大震災で寄り添うように一緒に天に召されてしまうのだった。 (そのシーンの年寄りメイクもなかなか上品で、こんなふうに死ぬまでお互いを大事にして夫婦で一緒に逝くのもいいなって思う) 華々しいことは何もないけれど、静かに燃え続ける、小さいけれど確かな炎だったなあ、という印象。 ユースケ氏のこんな役もなかなか良かったですよ。 - 「あなたの隣に誰かいる」フジテレビ 腑に落ちぬ点もあれど貴重な絵の宝庫 - 2005年10月25日(火) 「あなたの隣に誰かいる」フジテレビ 2003年秋〜冬 これは放送時に全て録画して鑑賞。 こないだの10月7日の「ホームドラマ!」に関する記事の中にも少し書いたけれど、この「あなたの・・・」には ストーリー上、ちとひっかかる所が多い。 ※欧太郎の、琴音との不倫について、梓はあまりにあっさりしすぎていないか。欧太郎はそんな自分をかなり棚に上げてないか。後半で夫婦の絆が深まる展開なだけに、ちょっとその辺が惜しい。 ※欧太郎の母・志摩子が、鈴のためにと育児に口出しする、その信念が一貫していない気がする。あれでは梓を追い詰めるのが目的なのか孫可愛さゆえなのかはっきりしない。 ※地域住民の迷惑な行動のほとんどはストーリー上の狙いがよくわからない。視聴者を怖がらせたかったから入れたんじゃないかというのもある。 ※数馬は以前に子供のころの梓を黒鳥居に連れて行ったことがあるのなら、なぜその後何年も梓を放っておいたのか。あんなに鬼神出没な割に間が抜けている。わざわざ他の男と結婚するのを待っていたとしたら、なぜそんなリスキーなことをするのか。 ※鈴が監禁されている間にせっかく地下から草間たちが現れたのに、欧太郎たちは、筆談でもいいから助けを求めたりできないのだろうか。そもそも、あの地下から数馬が逃げることが可能なら、外に警察がいなくなるのを待っている必然性が無い。 など、挙げればきりがない。それを考えると、この作品に対する思い入れが半減してしまう。これはキャスティングとは関係ないことだけれど。 しかし、このドラマに関しては、私はそれを気にしないで観ることにした。 ホラーっぽいサスペンスなのに、子育て中の親ならではの生活感がこんなにいっぱいのドラマって、珍しいし。異色だ。 主婦・母親にはおなじみの、「うん、あるある」と思わずうなずいてしまうような悩み。野菜の共同購入を断って気まずいだとか、幼稚園ママのグループ対立だとか、リアルだ。梓が夫と別れる覚悟を決めて家を出る前日に、掃除をしまくり、クリーニング屋さんに行っておき、料理レシピを作り、心置きなく家事をやっておくなんて、わかるわかる。泣かせるよ。 まわりが妖怪じみているほど、梓や欧太郎や鈴の平凡な毎日が可愛らしく、普通の幸せの有難味を感じさせる。 梓と欧太郎が、それぞれ心の隙間に浮気などしてしまったり、ご近所や姑との行き違いなど多々ありながら、最後はいろいろ乗り切って成長し、お互いを理解し、力を合わせて家族の幸せを取り戻すその過程、そこにこそ、このドラマの主題があるのだろう。 そしてユースケ氏のファンとしても、ここは貴重な場面のオンパレードだから。ウチの旦那さん的な親しみのある、欧太郎のこれらのバラエティに富んだシーンを見逃しては大損失だろう。 ☆妻との明るいキスシーン&ベッドシーン ☆不倫相手とのベッドシーンでオッパイにつぶされる ☆娘とのほのぼの入浴シーン ☆隣の奥さんに誘惑されて慌てるシーン ☆嫁姑のいざこざに巻き込まれ困るところ ☆不倫相手のおねだりに戸惑いながら断ろうとする ☆殺人現場の後始末をさせられる ☆妻の陰口を言う近所の奥さん方に啖呵をきる ☆娘や妻と遊園地で良きパパの顔 ☆ちょっとあぶない人たちにボコボコにやられた図 ☆妻の浮気告白にキレて聞く耳もたないシーン ☆人生を食べ物に喩えて妻を励ます ☆妻の浮気現場を押さえてしまって泣きながら逃亡 ☆そんな妻の顔がまともに見られないで一人でアイロンをかけつつ娘の手前普通にふるまう ☆もう許してもいいかなという気分で、妻の顔は見ずに「おやすみ」と口をきく ☆娘と一緒にアップルパイを作ろうと悪戦苦闘する ☆妻を奪った裏切り者の隣人に対してみせる憎悪の表情 ☆鈴は俺の子だーっ!て叫ぶところ ☆妻の友人のたくらみで薬を盛られて死にそうな病床のシーン ☆自分の娘を愛せなくなりそうなときのこわばった表情 ☆娘のビデオアルバムを観て涙ぐむ顔 ☆自分は傷ついても家族を必死で守ろうと、体当たりで蟲の男と戦い抜く、後半の数々の男気のあるシーン つまり、見所満載百貨店である。夫の顔、父親の顔、息子の顔、会社人間の顔、男としての顔、情けない顔、後ろめたい顔、振られた顔、意外とイイとこあるじゃないという顔、勇者の顔、優しい顔、等など、ここでは何でもいろいろ取り揃えてございますね・・・。 ☆中でも特にお勧めシーンとして、私はまず第9話の、ソファに梓と座って話すシーンを挙げたい。 二階の部屋に鈴が数馬の人質に取られている状態。一階の居間のソファで梓が「人間じゃない。あの男は死なないのよ。どうしよう、私たちみんな、殺される!もう逃げられないの!」と恐怖感一杯に訴えたときの、欧太郎の態度のひとつひとつ。 自分も不安なのに、なんとか妻を安心させて包み込むような、勇気を消さないようにと懸命な様子。 梓に対する愛情がもう揺るぎない段階だと感じさせられる。 「(梓を抱き寄せて撫でながら)落ち着け、落ち着くんだよ。」(私、呪われてるのよ。私が、鈴をあんな目に・・・)「それは違う。見ろ、(家族で笑っている写真を手渡して)ここに写ってるのが本当の俺たちだ。絶対ここに帰るんだ。おまえと鈴は、俺が絶対守る。(梓の髪を撫でて少し笑ってみせる)また、遊園地に行こうな。(そして立ち上がり、数馬と鈴のいる二階をしっかり見据えるように視線を上げる)」俺は蟲姫物語なんか絶対に信じないぞ、家族は絶対俺が守るぞ、と、目がものすごく言ってるシーン。 そして、 ☆次にお勧めなのは最終回、森の中での格闘。斧を振り下ろしてくる数馬に、足に大怪我しながらもタックルし、梓と鈴を逃がそうと必死な欧太郎。このとき欧太郎は何の武器ももってないし、怪我してるし、腕力でもそうとう数馬にかなう訳がない。そして相手は不死身の妖怪。明らかに無茶だし、殺されるに決まっているのだけれど、愛ゆえに「死んでも離さない」という強い思いが奇跡を呼ぶ。そしてこんな底力を発揮するときユースケ氏は逆八の字の眉なのだ。普段八の字眉だからこその、逆八バンザイ!VIVA逆八!である。 そして何もかもが欧太郎と対照的な、この世のものでない蟲の男・数馬(=駿介)、これを演じた北村一輝も凄かった・・・。 家宝にしようとまではいかないけれど、ある意味で手放せない作品、それがこのドラマだ。 -
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