ありったけコイン since 2001.06.27
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生活が楽しいよ。
いろんなことあるけど、必ず前に進める。
時には後退してもいいじゃない。
色んな場所へ行けるのは大きな楽しみ。
美味しい食べ物に出会えるのも大きな楽しみ。
たくさんの仲間に出会えるのも大きな楽しみ。
初めて出会う人とは必ず握手をする。
打ち解けるのが早いから。
酒でも飲もうよ。
夜は一緒に『ごちそうさん』を見て。
その後は撮りためたドラマ見ながら
軽く乾杯。
おまえの愚痴ならいくらでも聞くよ。
また新しい明日がやってくる。
楽しいね。
最近は出張まみれ。
月の半分は地方だよ。
今日も東京駅から新幹線。
家が建つよ。
来年には住み始められるかな?
7年振にサシで酒を飲んだ友人が こんなこと言ってた。
『子供の為にタバコ止めても 小遣いが5000円でも苦じゃないですね 俺の残りの人生は 1人の女性と子供の為に使います』
こんな事言える奴じゃ無かった。
嬉し涙を流しながらいつまでも 彼の言葉に頷き酒を飲んだ。
妻と子供たちの笑顔を守るために 私もまだまだ走り続けようと思う。
また酒飲もう。
選択肢が多いのはメリットだと思いますか? それともデメリットだと思いますか?
おそらく選択肢が、一つでも多くあれば それはメリットだと考えている人が多いと思います。
たくさんの中から好きなものを選べるので メリットが多いように感じるもの無理はありません。
当然、その分野に詳しければ 選択肢がたくさんあるというのは メリットになるでしょう。
しかし、問題はその分野に詳しくない場合 選択肢が多いというのは 必ずしもメリットになるわけではないということです。
例えば、ラーメンを食べたくなったので ラーメン屋をインターネットで検索したとしましょう。
地域によって異なると思いますが、 それなりにたくさんのラーメン屋が見つかるはずです。
いろんなラーメン屋にいつも行っている人は たくさんのあったとしても、お店のホームページを見るだけで 行きたいお店を決められるでしょう。
しかし、普段めったにラーメン屋に行かない人は ラーメン屋のホームページを見ていても なかなか決断が出来ません。
なぜかといいますと、基本的にお店のホームページで 「自分のところのラーメンはおいしくないです」なんて 書いてあるはずがありません。
それどころか、どこのお店も 「自分のところが一番おいしい」と書いてあるはずです。
ですので、どのお店を選べば良いのか 判断が出来なくなってしまうのです。
このような状態になってしまうと 人は自分で考えるのをやめてしまいます。
周りの人に意見を求めたり、 「口コミ」サイトなどを見て 「おいしいラーメン屋」を絞ってもらおうとするわけです。
つまり、たくさんの選択肢がある状態よりも 誰かに選択肢を減らしてもらった方が、 判断が出来るようになるのです。
ですので、選択肢が多いと言うのは 必ずしもメリットになるわけではなく、 むしろ、詳しくない人には選択肢は少ないほどよいのです。
あなたが自分は決断を出来ないと悩んでいるようであれば まずは選択肢を減らす努力をしてみてください。
限界まで減らしてから、もう一度考えると 今までよりも簡単に決断が出来るようになるはずです。
「やる」「やらない」だけであれば、選択肢は2つです。 2つだけであれば、誰でも選択は出来ます。
しかし、「やる」を「あとでやる」「今度やる」「暇ならやる」 「邪魔がはいらなければやる」「集中できるならやる」などと やるための選択肢を増やしていくと 決断が難しくなるために結局行動には移せません。
ですので、選択肢が多いと怒られるとか、首になるとかの 絶対にやらなければならない状況に追い込まれないと 行動しなくなるのです。
選択肢は出来る限り減らしていきましょう。
その分野に詳しくなければ選択肢は少なければ 少ないほどいいのです。
目の前から余計な選択肢を省いて シンプルに考えるようにしていきましょう。
それが出来れば、もっと自分の思い通りに 人生を過ごせるようになるはずです。
日本人はみっともない
デモで日本車をぶっ壊したり、 デパートに押し入って商品を盗んだりしている中国人たちを 「レベルが低い」 「下品でしょうがねえ」 と見下している日本人は多いよね。 だけど本当に笑っていられるか、オイラはわからないと思う。 昔はあった「品格」みたいなもんが、この国でもどんどんなくなってるからね。 街を歩いてみれば、みんな「みっともないこと」を平気な顔でやらかしてるよな。 たとえば、最新ケータイを手に入れるために徹夜したり、有名なラーメン屋に1時間以上も行列したり……。 今じゃ当たり前の光景だけど、昔の日本の常識じゃ、これは「みっともないこと」だった。 安いものに飛びつくのだって、昔はどんなに貧乏でも、周りから「あの家、安い店に乗り換えやがった」なんていわれるのが嫌で、少々高くても近所のなじみの店で買ったわけだよ。 それがこの頃じゃ、老若男女問わず10円でも安い店に群がる。 オイラの母ちゃんは、食い物屋に並んだりするのが大嫌いでね。「いくら安くたって、いくら旨くたって、並ばなきゃ食えないなら食うな」って言われたよ。 「もってけ泥棒、みたいなものを買って得したっていう根性が気にくわない」って叱られたこともある。 貧乏だったけど、「自分たちはカネのために生きてるわけじゃない」って誇りみたいなもんが確かにあったんだ。 もちろんあの頃だって、本音では安い方がありがたかったに決まってる。 だけど、やせ我慢してでも「精神までは落ちぶれない」って踏みとどまろうとしていたんだね。 ところがいまや、みんな貧しさや格差に開き直っちまってるよな。生活保護の不正受給なんて最たるもんだよ。 どうやったって生きていけないって人のためには重要な制度だと思うけど、 「できれば受けたくない」 「人様の世話になりたくない」 って気持ちが失われてしまえば、あとは「もらえるものはもらっとけ」って話になっちまう。
しばらくの間、リゾートホテルに行ってた。
料理も旨いし。
毎日プールでザブザブ。
みんな楽しかったね。
ちょっと好きなテキストを見つけたので 貼り付けときます。
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◆狂気とは
「同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと、それを狂気という。」 これはアルベルト・アインシュタイン博士の言葉だそうです。
集客がうまくいかない・・・。 売り上げが上がらない・・・。 お客さんと良好なコミュニケーションが築けない・・・。
と、思いながら、いつまでも「自分のやり方」「自分の考え方」「自分の 態度」を変えない人がいます。しかも、案外、大勢います。
求める結果がでていないのに、なぜ、「自分のやり方」を 変えない人が多いのか?
それは 「今の自分を変えたくないから」
人には恒常性があり「今の状態を変えたくない」 という本能がある。 今、生きていけるのだからリスクを負って今の自分を 「他の状態」に置きたくない。 だから、「今の状態」を変えない。 したがって明日の状態も「今の状態」とは変わらない。
でも、「今の状態」のままでは何も手に入らないのであるから、 そんな自分を納得させるために理由を探すようになります。
例えば・・・ 「あいつのせいだ」 「会社が悪い」 「社会環境が良くない」 「いまさら変わらない」 「分かっているけど忙しくてできない」 などという理由。
そして、昨日までと同じことを今日も繰り返すとすっごく「ラク」である。 言い訳をしながら毎日同じことを繰り返すとすっごく「ラク」である。 人はラクでいたい。 だから、求める結果がでていないのに、「自分のやり方」を変えない人が多い。
「同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと、それを狂気という。」
営業活動、販促活動、広告活動、コミュニケーション全て同じ。 もし、あなたにとっての欲しい結果が出ているなら「今のまま」でいい。 でも、もし望む結果が出ていないなら今の自分の「自分のやり方」 「自分の考え方」「自分の態度」を変えることが、 欲しい結果にたどり着く道だ。 しかも、それが一番近道だ。
そして、人は誰でも変わることができる。
忙しくてね。
現実を生きているから。
また 少しずつ更新できたらいいな。
みんな元気かな?
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