...blueberry

 

 

- 2007年02月13日(火)

久しぶりに日記を書こうとしたら、IDやパスワードの
保存が消えてしまっていた。


毎日毎日、同じような日が続いている気がするのに、
それでもたまに日記に書こうかな、と思うことがある。
それなのに書かないのは、ただ単に不精なだけなのだろうか。。

いつの間にか日記というよりも、ご主人様との逢瀬の記録に
なっている気もする。


実家でいろいろなことがあった。

母が具合が悪くなり救急車で運ばれた。
でも、その後は元気で今度の月曜日に一応精密検査を受ける。

義理の妹は、ほとんど一人で過ごしていて、子ども達とも
逢いたくないと言い、もう3週間くらい姪や甥はママに会って
いない。

母のことと姪っ子達のことを考えると、つい休みの日には
実家に通ってしまう。
実家からアパートに帰るときに、毎回、「また来てね」の
言葉を私にかける、母と姪っ子達が少しだけ可哀想な気が
してしまう。

下の弟は、転職をすると言い出した。
私と同じ職場でなくなるのは、私としては嬉しいけれど、今の
職場より辛い職場なんてあるはずがない。
どうして自分をそんなに過大評価できるのか。

そして、私は母につきあっている人がいる、と伝えた。
その人には子どもがいて、自分で面倒をみている、とも。
だからきっと、つきあってはいるけれど、結婚はしないだろう、
とも、私は言った。


私は、きちんと前に進んでいるのだろうか。。。。


...

- 2007年01月04日(木)

体調がいまいち。
くしゃみが昨日から止まらない。
胃のむかつきが続く。

2007年になりました。


元日は、実家で過ごした。

朝起きて、母から「あけましておめでとう」と、「いくつに
なったの?」という言葉。
結婚、とはそんなにも必要なことなのだろうか。

そして、いとこ達とゴルフの打ちっぱなしへ行ったり、たこしゃぶ
鍋を食べたり。
姪っ子とお風呂に入り、アパートに戻って来たのは23時近く。



2日から2泊で奈良に行ってきた。
久しぶりにゆーっくりとご主人様と逢うことができた。


2日は、夕食で一緒にインドカレーを食べ、ご主人様から私の
身体に日本酒をいただき、ご主人様自身を味わわせていただいた。


3日は、時間を気にせずに目が覚めるまで眠った。
4年くらいつきあっているけれど、こんなことは2,3回しかない
気がする。

ご主人様の車で、初詣へ。
3日でもかなりの混雑。
一昨年かその前の年か、私が、初詣に行きたいと言った言葉を
覚えていてくれたのだろうか。
ご主人様は人ごみも渋滞も嫌いなのに、私の希望をかなえてくれて、
とても嬉しかった。

夕食は、焼肉。
年始早々、カレーを食べたり焼肉を食べたり、普段の年なら
考えられないこと。
珍しく、酔った。
それは体調の悪さのせいだったのかもしれない。

ホテルに戻って、くつろいでいると
「蝋燭を出せ。持ってきた道具を並べろ」
と、ご主人様はおっしゃった。
私は、久しぶりの蝋燭に心が浮き立っていた。

なのに。。。。

本当に本当に久しぶりに縛っていただいて、身体を弄っていただいて
いるときに、気分が悪くなってしまった。
「申し訳ございません。気持ちが悪いのです。」
縄をほどいていただく間さえも、立っていられなかった。

申し訳なくて悲しくて悲しくて、私は一体なんなのだろう、と涙が
にじんだ。

それでも、眠る頃には回復し、奉仕をさせていただいた。
使ってもらえなかった身体のせいか、自分でも欲情していたのが
すごくわかった。
「ご主人様お願いです。挿れていただけませんか?」
「どうしようかな」
と、ご主人様はおっしゃったけれど、珍しく二晩続けて、犯して
いただいた。


眠る前に、ずっと心に思っていたことをご主人様に伝えた。
「いつかご主人様の子どもが産みたいです」
と。
返事はすぐにはなかった。そして、
「これ以上、親を悲しませるつもりなのか?俺は、社会的責任は
とれない。子どもを養育していくということが、どういうことか
わかっているのか?」
と、おっしゃった。
私は、最初の質問には答えられなかった。
残りの二つのことは考えているつもりだった。
それでも私は、ご主人様の子どもが産みたいと思っている。
ご主人様とつきあったままで、他の人との結婚なんて絶対に
考えられない。
ご主人様は、わかった、とも、だめだ、とも言わなかった。
少しだけ、ずるい、と思った。


今日は、8時にご主人様を起こし、一緒にホテルを出た。
近くの駅まで送っていただいた。
車に乗っているときに、もうひとつ言葉に出せないでいたことを
口にだした。
ご主人様は
「お前が期待しているほどではないけれど」
と、言ったけれど、私はまったく期待していなかったので、期待
以上のものをいただいた。


ご主人様は、私をどう思っているのだろう。
ご主人様は、私とのつきあいをどう思っているのだろう。
きっと聞いても、答えてくれはしないのはわかっている。

けれど、すごくすごく知りたい。。。








...

- 2006年12月29日(金)

今年もあと2日になった。
ということは、誕生日まであと2日。



年末の仕事はあまり良くない終り方をした。

年始に休むから、中途半端に下の子に仕事を渡す形で
無理やり帰ってきてしまったし。
そのうえ、職場の人の愚痴を友だちにまでこぼすほど
頭の中がすっきりしないし。


もう本当にいらいらする、職場の人。
普通なら癌と聞くだけで、心配もするのに、まったく
心配もしたくなくなる。
励まして労って、少しでも気分が良くなってくれるなら
こちらも頑張ろうって気になるのに。
自分だけが被害者、だからといって、私たちに迷惑を
当然のようにかけてもいいってことにはならないはず。
普通の人なら、自分が通院しやくするためにも他の人に
少しでも迷惑をかけないような道を選ぶはずではないのか。

一緒に仕事なんてもうしたくない。



一昨日急にご主人様から年始に予定が空いたが、どうだ?
と聞かれた。
年末より年始の方が予定が空いていた私は、仕事のシフトを
確認して、大丈夫です、と返事をした。
けれど、さすがにホテルの予約をとるのが大変だった。

ご主人様は、1日が私の誕生日だと覚えているのだろうか。



結局今年1年振り返ってみても、なんの進歩もしていない
気がする。
来年は、頑張れるかな。。。



...

- 2006年12月06日(水)

今日はすごくむかついた。

私ももっと上手に相手をすればよかったのだけれど、それ以前に
その人に愛想が尽きた。
これから私はその人を無視続けるだろう。
今まで馬鹿にしていたのがきっとその人にもわかっただろうから、
その人は謝っても来ないだろう。

あと4ヶ月。
別にその人との会話なんてなくてもかまわない。


その人は今までも仕事と私事を混同していると思っていた。
言葉の使い方(特に謝り方)も知らないし、頭が良いことを鼻に
かけているし、仕事のミスは多いし、考え方が子どもだし、50歳の
人とは思えない。


その人のミスを私が発見してしまった。
そのミスを直してもらわないと仕事が進まないうえに、その人の
ミスのために私は謝った。

それなのに、自分のミスを謝るどころか、「目上の人(自分)への
口の利き方がなってない、目上の人(自分)を立てていない」
と、客の前で叱ろうとした。
そのうえ、職場の人にも同じことを私に聞こえるように、言って
いた。


今までどれだけ、あなたを立てていたと思っているのか。
あなたの機嫌が悪くならないように、どれだけ気を使っていたと
思っているのか。
どれだけあなたのミスを、直してあげていたのか。

そして、どれだけあなたが周りの人から蔑まれていたのか。


もしもあなたが私よりも年下ならば、私よりも後で会社に入って
来たならば注意もしよう。
かばってもあげよう。
なぐさめてもあげよう。

けれど、私より何年長く生きているの?
何年長く仕事をしているの?


どんどん自分で自分の首を締めているのが、まったくわかって
いない可哀想な人。
子どもに、ママはいじめられっこだね、と言われても、それが
自分をなぐさめてくれる言葉にしか取れない人。
50になってもまだ、両親が助けてくれる(実際に助けてくれる
らしい)情けない人。



きっとずっとそれが一番正しいと思い続けるのだろう。






...

- 2006年11月28日(火)

久しぶりの日記な気がする。
書きたいことがあるような、ないような。



ご主人様はとても忙しそう。
今月初めの逢瀬でもそれは、感じていた。
なのに、丸2日連絡がない、と思うと駄々をこねてしまう。


ごめんなさい。
ごめんなさい。

仕事が忙しいのはわかっているのに、連絡が欲しいです。
ごめんなさい。


そして、怒られる。
私は、ごめんなさい、と謝る。

だったら、怒られるようなことをしなければいいのに。



逢瀬のときは、SMらしいことはほとんどなかった気がする。
というか、道具を使わなかった、というだけかもしれない。
靴べらで叩かれる、なんてことは普通の関係じゃありえない、
のだろうな。

もっともっと痕が欲しい。
身体に刻み付けて欲しい。

自分で自分に痕をつけなくて済むように。



姪の頬に大きな青痣があった。
「どうしたの、ここ?」
と、聞いても
「わかんない」
と、答える。
母に聞いても
「いつの間にかあったの」
と。
弟も何も言わない。

よくよく母に聞くと、アパートに引っ越してから、おねしょを
したらしい。
もしかしたら、それでママに叱られたのかもしれない、と。
その後くらいから、アパートでなく実家で寝たい、と言い出した
らしい。

姪はとても良い子だ。

アパートにいるとおねしょをするかもしれない、と思うのか。
おねしょをするとママに叱られる、と思うのか。
だから、おばあちゃんと眠りたい、と言うのだろうか。

まだ5つなのに、ママが大好きだろうと思うのに。


母は義理の妹の病気が治っても、もう一緒に住むことはできない、
と言った。
それは当然の反応だろう。
またいつ病気が再発するかわからないから、義理の妹の表情を
窺いながらの生活は続けられないだろう。

私も、家族が仲良くくらせるように、と努力をしたつもりだった。
つもり、だっただけかもしれないけれど、頑張っていた。


けれど、病気だから、という言葉だけでは納得がいかない私が
いるのは、確かなことらしい。






...

- 2006年11月08日(水)

帰ってきた。

あっという間の3日間。
疲れていないような疲れているような。



馬鹿な私。
結局、また元の通り。



今日、神戸市立博物館でオルセー美術館展を見てきた。

前回も神戸市立博物館に行ったときに思った気がするけれど、
平日の昼間に優雅(?)に一人で美術館に行くということは、
きっと私の年ではありえないことなのだろう。
30代半ばで二月に一度くらい一人だけで、観光や美術館巡り
なんてすごく贅沢な気がする。

結婚をしないで子どもを産んでいない今、私は自分のために
使う時間がたっぷりとある。


この時間を無駄に使ってはいけない、と私自身に言い聞かせる。




...

- 2006年11月05日(日)

ふと思った。
もしかしたら私は、

ご主人様を好きでなくなるかもしれない。

他に好きな人ができるわけでもない。
好きな人を見つけようとも思わない。

それでも、

好き、という情熱がなくなるかもしれない、

と、ふと思った。



私がご主人様に連絡を取らなくなれば、自然に私たちの
関係は消滅するのではないだろうか。

メールを送っても返事はあまり来なくなっているのだから。


よく1年関係が続いたな、と思う。
もっと早くダメになるかと思っていた。



ご主人様を怒らせて、お前なんてもういらない、と言って
もらえたら楽になれるのだろうか。




明日から大阪に行ってきます。


...



 

 

 

 

INDEX
past  will

Mail