- 2006年05月21日(日) 大阪に行ってきた。 とてもとても幸せな逢瀬だった。 逢えたのは、土曜日の朝方。 お風呂に入っていただき、軽い朝食。 一緒に眠ることから始まった逢瀬。 「昼くらいまでは、何もできない。」 そう言っていただいても、一緒にいられることが、 とても嬉しかった。 目覚めたときに、ご奉仕をして、犯していただいた。 昼ごはんを食べに外にお散歩へ。 とても気持ちのいい空気。 ゆっくりとのんびりと、会話をさせていただきながら歩いた。 夜、一緒にテレビを見ながら、ワインを飲んだ。 美味しいチーズと生ハムを食べながら。 ご主人様のお仕事や家族の話を聞きながら。 「いつまで服を着ているんだ?」 「シートを敷いて、蝋燭を用意しなさい。」 蝋燭をほとんど1本使って体中に蝋の雨。 今まで垂らされたことのない場所に、皮膚の弱いところも 本当に体中に、蝋をご主人様は垂らす。 言葉にならない悲鳴。 蝋が体に落ちるたびに、体がびくびくと動いてしまう。 痛くて痛くて、涙で顔がぐしゃぐしゃになる。 こんな私をご主人様は、どう思っているのだろう。 赤い蝋で彩られた体と、苦痛で歪む私の顔を、ご主人様は 楽しんでいるのだろうか。 そのまま、バスルームに行くように命じられる。 「後ろを向け。」 ご主人様の手には鞭がある。 私は、足を開き、手を頭の後ろで組んだ。 ご主人様は、鞭で、私の体の蝋を落とす。 「前を向け。」 敏感な場所へも鞭の先だけがあたり、蝋が叩き落とされる。 バスルームの椅子に座り、ご主人様はおっしゃった。 「そのままそこで、排尿をしろ。」 私は今まで、すんなりとすることができなかった。 でなかったらどうしよう、といつも思っていた。 けれど、その日に限っては、きっとご主人様に見て いただくことができる、と感じていた。 私の中で、セックス(挿入)とSM行為は別物なのかも しれない、という思いが、芽生えた。 今までは、SM行為の延長にセックスがあった気がする。 いろいろ頭で考えてみようとしたけれど、確実にわかる ことは、私はご主人様が好き、ということ。 なら、私が考えることではなくて、ご主人様がしたいように すればいいだけの話。 私は、とても満たされて幸せだったのだから。 ... - 2006年05月09日(火) 朝、中途半端な時間にご主人様からメールが来た。 少しだけ身構えて、メールの内容を確認した。 5月半ばに、関西で逢う約束。 めったにない、丸一日ご主人様と一緒にいられるという約束。 その日に、関東に出張かもしれない、という内容だった。 「5月は、関東に出張が多い月だ」 その言葉を見て、私は、夏過ぎまで逢えないかもしれない、と思った。 でも、次がいつになるかというメールは、すごく先になるかもしれない と思うと、怖くて送れなかった。 寂しい。悲しい。 でも、仕事では仕方がない。 そう自分に言い聞かせていた。 数分後、 「関西に戻れなかったら、関東で逢おう」 というメールが届いた。 「ありがとうございます」 と、返事をした。 もしも、5月に逢えないことが決まってしまっていたら、 私はどうしていたのだろうか。 ... - 2006年04月14日(金) 私は自分がとても子どもだと思っている。 辻褄の合わないことは嫌い。 白か黒かどっちか。灰色なんてありえない。 以前、ネットで知り合った女性と話をしたときに、 「あなたには、女を感じない」 と、言われたことがある。 「でも、話せば話すほど、可愛らしい女性だとわかる」 とも。 理由は、私が女だからではなく、子どもだからなのだと思う。 女、であることがわかっていて、考え方が子どもならば、可愛らしい 女性にナリウルノダロウ。 そのときに 「受け止めて欲しいのに、なぜ、変化球を投げる必要があるの?」 と、私は尋ねたことが、記憶の中に残っている。 他人は「私」の想いは綺麗事、と言うかもしれない。 でもそれを、他人に私は押し付けることはしていない。 私だけが、自分自身が愛する人だけが、きちんと行えていれば いいだけのこと。 けれど、ふとしたときに他人の考え方にに吐気がすることもある。 私の傍に寄って来ないで、と思うこともある。。。 ... - 2006年04月10日(月) 寂しかった。 とてもとても寂しかった。 私が一方的にメールを送っているだけのように感じてしまっていた。 返事は来ていたけれど、とても短いものだったから。 昨日、かなり早い時間に、おやすみなさいのメールを送った。 返事は来なかった。 寂しくて寂しくて、何通もメールを送ってしまった。 「鬱陶しいと思うなら、面倒くさいと思うなら、捨ててください」 そんなメールまでも。。。 「寝てた」 という返事が届いた。 それでも、私は寂しかった。 その気持ちを伝えずにいられなかった。 「電話してきなさい」 予期していないメールが届いた。 そして私は、泣きながら、電話をした。 「ごめんなさい」 「ごめんなさい」 「眠っていたのに、申し訳ございません」 と。 そして、ご主人様は、泣いている私を電話で責めてくれた。 私は、ご主人様と付き合いを再び始めたときから、逢っている時だけ 私を必要としているのかもしれない、と思っていた。 きちんと過去を振り返れば、そんなことはないのに。 でも、すべてが偽りなのかもしれない、とどこかで思っている私がいる。。。 ... - 2006年03月28日(火) 朝、生きていたくないと思った。 生きていることが辛い、と。 私の生きている理由は二つ。 だから、死ぬことはない。 涙がこぼれ落ちる。 けれど、朝の思考は、動かなければならない、という思いによって 断ち切られる。 2年ほど前にも、死んでしまいたい、と思った。 そのときの理由は、 「幸せすぎて、この幸せは続かない」 と思ったからだ。 今日の夜の運転は雨の中。 「このままスピードを出して、カーブで曲がりきれなければ、 自殺でなく、事故として死ぬことができるかもしれない」 何度となく、考えたこと。 私は今の自分が自殺はできないことは、わかっているのです。 ... - 2006年03月09日(木) 朝のメールは嫌な予感がした。 そして、その予感は的中した。 嫌な予感なんて、当たらない方がいい。。。 それでも、私は、半分泣きながら、受け入れていた。 受け入れたけれど、辛いことには違いなく、ご主人様に自分の気持ちを わかってもらおうと、言葉をつづった。 そして 「ごめんなさい」 と。 夜、おやすみなさいのメールを送っても返事が来なかった。 眠れなくて、 「まだお仕事中ですか?」 と、一言のメールを送ってしまった。 すぐに返事が来た。 「電話してよい」 内容は、私を気遣ってくれる言葉。 ご主人様の今の生活。 ご主人様の家族の話。 次の逢瀬のこと。 私とご主人様はどんな関係なのだろうか。 時間が経てば経つほど、わからなくなってくる。。。 ... - 2006年02月28日(火) 喉が痛い。 朝起きたときは、病院に行こうと思っていた。 病院にかかろうという時間になったら、良くなった気がしていた。 でも、今とても辛い。 日曜日に主様と電話で話した。 朝、「電話で話していただけませんか?」と聞いたときの返事は 「わかった」 と、一言。 疲れているから話したくないのかな、と不安になった。 夜、「今日は電話で話していただけますか?」とメールをしたら 「22時くらいに帰る」 と返事をいただいた。 電話での主様はとても優しかった。 一本鞭の話や、次の逢瀬の宿泊場所の話とかをした。 私が、勝手に不安になっているだけなのか。 そっけないメールに必要以上に過敏になっているだけなのか。 体調が良くないと、心までもが病んでくる。 そうなる前に、体調を回復させなくては。。。 ...
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