| 2012年04月11日(水) |
■本からのお話紹介その5…「十一転び十二起きの人って誰?」 |
今日は、こちらの本からの紹介です。 今日は、「へぇ〜、そうなんだ」 なんてお話紹介です。 ちょっと、びっくりして、 誰かに話したくなると思いますよ(笑)
「転ばぬ先の智恵 転んだ後の杖」
(引用P19〜21)
「十一転び十二起きの リンカーンの人生」
アメリカのリンカーン大統領といえば、 奴隷解放や暗殺されたことなどで有名だが、 その生涯が挫折の連続であったことを ご存じだろうか?
まさしく、苦難と忍耐の末にたどり着いた 大統領の座であった。
リンカーンの生涯を 年表にしてみると、 次の通りである。
1809年 リンカーンこの世に 生を授けられる
1816年 リンカーン一家は家の 立ち退きを迫られる リンカーンは家族を養うため 働きはじめる。(7歳)
1831年 最愛の母親が亡くなる (22歳) 1832年 イリノイ州議会議員に立候補 落選。同時に失業 (23歳) 1833年 友人から借金をして新商売に 着手するも、たちまち失敗。 手元に7年間かかって返す 借金のみが残る(24歳) 1834年 再び、州議会議員に立候補 初当選(25歳) 1835年 婚約した女性が死んでしまい、 失意のどん底に(26歳) 1836年 重い神経衰弱にかかり、 半年間治療に専念(27歳) 1838年 州議会議長に立候補するが落選 (29歳)
1840年 大統領選挙人に立候補して落選 (31歳) 1843年 連邦下院議員に立候補して落選 (34歳) 1846年 再び、連邦下院議員に立候補 今度は当選、ワシントンに移り、 活躍する(37歳) 1848年 連邦下院議員に再び立候補、落選 (39歳) 1849年 国有地管理局長の要職を目指すも、 就任に失敗(40歳)
1854年 連邦上院議員の指名投票で落選 (45歳) 1856年 共和党大会で、副大統領候補に 立候補するが落選(47歳) 1858年 再び、連邦上院議員の指名投票 落選(49歳)
1860年 念願のアメリカ大統領に選出 (51歳) 1865年 暗殺されて生涯を終える (56歳)
「七転び八起き」という言葉があるが、
リンカーンの生涯は、 「十一転び十二起き」の 波瀾万丈の人生であった。
リンカーンは、 連邦上院議員選挙に落選したとき、
「道は、 つるつるですべりやすかったので、 片足がすべって、バランスを失い 転んでしまった。 でも、すぐに起き上がって、 自分に、ちょっとすべっただけだよ、 転んだわけじゃないよ」
と言い聞かせた。 松下幸之助氏も同じようなことを言っている。 ある人が、
「松下さん、あなたは何回、 失敗しましたか?」
と、質問した。
「そやなぁ… 一度も失敗しておまへん。 失敗で挫折したことなぞ、 一度もあらしまへん。 いつも、何かを学び賢くなるなら、 あったわなあ」
前向きに挑戦する人は、 強烈な目標意識を持っていて、 失敗や挫折にくじけず、むしろ プラスに転じて目標に 邁進していくのである。
(ここまで引用)
いやぁ、それにしてもすごいなぁ、 こんなに落選しているのか… でも、起き上がったんだと感嘆。
個人的には、リンカーンに対して、 原住民のインディアン排除問題があるので、 あまり好きではないのですが、 この起き方を見ていると、確かに、
リンカーンって、 すごい人だったのだなぁと あらためて思いますね。
大統領になったことは、もちろん、 スゴイことなのですが、それよりも、 それまでの人生のこの多くの憂き目を、 起き上がってきたパワーに感服いたします。
このパワーは、 どこからくるのか、 起き上がるには、やはり、 「負けてなるものか」 「絶対にあきらめない」 「何としても達成する」 「自分ならできる、やってやる」 というような、 「強烈な目標意識」だと 著者の笠巻さんは言っています。
一回や二回なんかの転びで、 愚痴を言ってちゃ駄目ですね(笑)
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| 2012年04月10日(火) |
■本からのお話紹介その4…「掃除の力で会社を甦らせたお話」 |
今日も、昨日紹介した本からの紹介です。 今日は、実践編を。
「凡事徹底 平凡を非凡に努める」
この本を書かれている鍵山さんは、 裸一貫から「イエローハット」という 車用品販売会社を創業された方(現在は引退)です。
鍵山さんは、掃除など、 当たり前のこと、小さなことを コツコツとやることが自分の力になる、と 言っておられ、それを自ら実践し 会社も大きくされ、さらに、 日本をよくするために、この教えを広め、 今も活躍されておられます。
その教えを実践して、 今も、会社を繁栄させている実話を紹介します。 会社をきれいにするということ徹底するために、 掃除から始めたという会社のお話しです。
(P83〜86から引用)
何か特別なことしないと人並み以上に なれないのではないかと思って、 特別なことを探しているうちに 人生の半分くらいきて、 「特別なことがない」と 気がついたときにはもう遅い ということがあります。
特別なことを探すよりも、当たり前の、 だれでも知ってはいるけれども、 やっていないことはいっぱいあります。 そういう小さなことに目を向けて、 それを徹底していただくことを まずお勧めしたいと思います。(略)
私が知っている限り、倒産した企業で、 きれいに騒然と掃除が行き届いていた会社、 整理整頓ができていた会社はひとつもありません。 そういう会社は無駄が多いのです。
岐阜県の恵那に 「東海神栄工業」 という会社があります。
社長が田中義人さんという方です。 私は一昨年の11月23日に はじめてこの方にお目にかかりました。
そのとき、 田中さんの会社は 大変汚れた会社でした。
ステンレス板に塩素ガスを使って、 配電基盤をつくっています。 塩素ガスはどんどん漏れてきますから、 機械は錆び、床はべたべたで、 長靴でも履いて仕事をしようかという汚い会社でした。 私は、はじめてお会いしたのですが、
「失礼だけれども、 お宅の会社は汚いですね。 これだけ汚なかったら、 不良品がたくさん できるのではないですか?」
と聞くと、
「不良品がたくさんできて、 よくお客さまに始末書を持っていって、 二度とこういうことはありませんと、 お詫びする」
という話をされましたが、 始末書が用意してあるんです。 しょっちゅう始末書を書いているということで、 始末書を持ってお詫びにいくことも 仕事のうちになっているわけです。 私が、
「きれいにしなければ、 不良品はなくなりませんよ」
というお話をしたら、
田中さんはあくる日の朝、 自分の住まいのすぐ近所の 境内の掃除を始めました。 その神社の境内のトイレは 水洗ではないので本当に汚い。 そのトイレを全部洗って、 境内から掃除をはじめました。
そして、去年の一月のお正月明けに 幹部の方を連れて、うちの本社に トイレ掃除研修に来られました。
幹部の方は、3チームほど来られましたが、 そのあとは、全社員を愛知県の春日井市にある うちの名古屋支店に連れてこられて、 トイレ掃除研修をやられました。
2月に決定されて、 半年たった8月には、 以前は長靴を履いて仕事を しなければならないようだった 工場の床がピカピカで、 すべって転びそうな会社に 変わっているんです。
すると、業界でこれ以上は絶対に 下がらないという不良率をさらに 下回るということになりました。
さらに、前は夜11時、12時頃までかかってやっていた 仕事が残業しなくても終わってしまい、 不良率も下がるという素晴らしいことが起きました。
電子関係の仕事はいまは大変な不景気です。 売り上げが半分ぐらいに落ち、下手すると、 半分以下になってしまうというような 厳しい状況で、田中さんの会社も影響を 受けておりますが、この業界全体からすると、 その程度は非常に少ない。
それだけでなく、 社員の方々はそういう 不況下にあっても、 実に生き生きと仕事を しておられます。
最初、私が行ったとき、 皆さんは非常に暗い感じがしていましたが、 最近は会社をのことを説明したくてしようがない、 という感じです。 前には全然話もされなかった方が、 自分に説明させてもらいたいというふうに 人間も変わってきました。
ある方は、 人相まで変わっていました。
私が去年の暮れに行ったとき、 確かあの人はYさんだったと思うのに、 顔は似ているけれども違う。
聞いてみると 「あの人はYさんです」 ということでした。 すっかり人生が変わっているんです。
それまでは、自分勝手で、 人が忙しくても、自分だけは定時に帰ってしまう。 家でも、家族がみんなでどこかに行くといっても、 自分だけはビールを飲んで寝ているというような方 だったんですが、自分の母親や家族を連れて 旅行に行くまでになって、 家族の方も大変喜んだということです。
今日、くどくととお話をしたのは、 平凡な、なんでもない、 人が見過ごし、見捨てている中に、 素晴らしく大きな価値があるということを 見いだす力を養っていただきたいと いうことです。
そういう力は、本で読んだり、 人の話を聞いただけでは駄目で、 やはり自ら手を汚して、寒い、暑いという 体験をしながら学びとっていかないと身につきません。 ぜひ、実践してみてください。
(ここまで引用)
この「東海神栄工業」 と鍵山さんの出会いは、1991年のことで、 その後も東海神栄工業では、この掃除を続け、 さらに、「掃除に学ぶ会」も発足し、 現在も続いているそうです。 (詳細はこちら→「掃除活動」
また、この本の中に、 「掃除研修」の話を聞いて、感激した社長が、
「これは素晴らしい、 明日から会社でやります」 と意気込んで帰り、会社(社員)でやらせようと する社長がいるようですが、これでは駄目で、 まず、社長自らやらないと駄目だということです。
「そんなに感激したのなら、 まず、あなた(社長)が 明日からやってほしい。 そして、できれば、 最初は自分がやって やっていることも 人に知られないくらい早く行って、 社員が来たら、だれが やったか知らないけれども、 トイレがきれいになったと いうようなところから、 一人光るところから はじめてほしい」
と、自らはじめなければ、 うまくいかないと 言っておられます。
そして、特別なことをするより、 当たり前の平凡なことを非凡にする、 という考えから、少し前向きな いい思想がわいてくると言っています。
鍵山さんは、会社だけでなく、 家でも、環境でも、 「整理整頓、清掃、清潔」が 必要だと言っています。
いつも、この本を読むたびに、 「そうだそうだ」と思い、 身の回りを掃除しますが… ついつい日々の生活におわれ、 後回しになり、家の中が乱れ、 いかんと思って、また掃除する… そんなことを繰り返しています。
でも、それでも、 そんな繰り返しでも、 意識は違ってきて、汚いと、 やはり「非常に気になる」 というふうになり、 家は片付くようになりました。 片付くと、気持ちがいいですからね。
片付けや掃除は、地味で面倒なことですが、 これが、日々の生活に豊かさをもたらす、 と実感しております。
掃除は、自分のためになります。 周りがきれいだと、掃除も楽だし、 気持ちもいいし、無駄な動きもしなくてすみます。
雑然としたところにきれいな置物があっても、 雑然に紛れて、きれいに見えませんが、 整理整頓してあるところに置けば、 目立って、とてもきれいに見えます。
部屋が雑然としては、精神的にも、 「ああ、汚い、掃除しなくちゃ」と 負荷がかかりますから、今日から、 少しずつ掃除をしていきましょう。
「掃除は、 自分の力をあげる、 運気も成功運もあげる、 しかも気持ちがいい」
と、言いつつ、楽しみつつ、ね。 掃除で、自分力をあげていきましょう。
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| 2012年04月09日(月) |
■本からのお話紹介その3…「スリッパを揃えても損はしない」 |
《お知らせ》
■本サイトに「「今日のことば」3月の人気ベスト5」 をアップしたしました。 どんなことばだったか、ぜひ、見てくださいね。 ご協力ありがとうございました。 コチラから→「「今日のことば」3月の人気ベスト5」
《お礼》
■アンケートにご協力、本当にありがとうございました。 とても助かりました。<(_ _)> 本のプレゼントをお送りする方には、後日ご連絡いたします。 いましばらくお待ちくださいませ。<(_ _)>
今週も引き続き、本からのお話紹介になります。 じっくりと紹介したい本がたまっているので、 ぜひ、おつきあいくださいませ。<(_ _)>
今日は、こちらの本からの紹介です。 尊敬する鍵山秀三郎さんの書かれた本で、 この本も、何かあるたびに読み返す一冊です。
「凡事徹底 平凡を非凡に努める」
人間として、心に響く話がとても多く、 どれにしようかと迷ったのですが、 人生を豊かに過ごしていくために、 あるいは成功していくために、 こんなことが必要だというお話を。
(引用P22〜39から抜粋)
■微差、僅差の積み重ねが大差となる
微差、あるいは僅差の2つを いつも追求し続けることです。
普通、わずかな差だとついバカにしてしまうのですが、 例えば、いまここでAという方向でものを売っていたが、 これをBに変えるとします。
この差が大きければ、だれでも変えるのですが、 ほんのわずかしか結果は変わらない、 あるいは、成果がよくなるかどうかもわからない、 ということになると、だいたいやらないで、 今までやってきた方法を続けてしまいます。
どうしてかというと、 やり慣れたやり方が楽だからです。 だれでも、いままでやってきた手馴れた やり方の方が楽です。
例えば、歯を磨くのでも、 いままで横に磨いてきた人が、 歯医者さんから縦に磨きなさいといわれても、 すぐに明日から変えられるものではありません。
忙しいとつい「今日はいいや」と 横に磨いてしまって、また元へ戻るというふうに、 どんな小さなことでもいままでやってこなかったことを やろうとすると、抵抗があってなかなかできません。 そして、AとBとの差が少ないと、ついAに戻ります。
ところが、 Bに変えられる人は、 Cがいいと思うとC、 Dがいいと思うとD、E というふうに 変えていく努力ができます。
Fまでいった人を見て、 あれは素晴らしいから 自分もFをやろうと 挑戦する人も多いのですが、 これができなくてAに戻ってしまう… これが、世の中に大変多いわけです。
私はもともとが愚鈍で、何の才能もなく、 背景もなかったために、ほんのわずかでも いいことならばそれに取り組んできました。 それが結果として、長い年月を積み重ねて、 大きな力になってきたわけです。
例えば、私どもでは、今年度も600億近い 商売をするわけですが、ここのところ10年以上、 新規開発はしたことがありません。
普通、私どものような問屋業ですと、 しょっちゅう新規開発をして、 新しい会社、新しい会社と求めていかないと、 お客様が減り、売り上げが減っていってしまうのですが、 逆に今年度も10数件お客さまに取り引きを 辞退させていただくというふうに、 むしろ減らす方に骨が折れるわけです。
では、うちの会社はそれほどよそにない商品があるか、 あるいは、うちの会社だけが特別安いかというと、 そういうことはなく、全部よその会社と同じ商品です。 また、メーカーさんから買う条件も、 うちだけ特別に安いということはなく、 よそと同じ条件で買っております。
それでも、 そういう商品をうちから買いたい、 うちを通して買いたいと いうふうになるのは、 A,B,C,D,E,Fの 積み重ねが大差となって現れて、 それに目を止めてくださった結果だ と思うのです。
ですから、微差、僅差を大事にして 積み重ねると大変大きな力を 持ってくるということです。
ずいぶん前の日本経済新聞に、 夏目漱石が芥川龍之介と久米正雄にあてた 手紙のことが出ておりました。 この中で、漱石が龍之介に、
「世の中は根気の前には 頭を下げることを知っています。 火花の前には一瞬の記憶しか 与えてくれません。 だから、牛のよだれのように もっと根気よくやりなさい」
ということをこんこんと書いたのです。 世の中の人は、一瞬の記憶しか 人に与えられない火花ばかり追い求めるから、 人の記憶にとどめてもらえない。
そしてさらに、記憶してもらおうと 高い費用をかけて、大きな声で宣伝しなければ お客さまがきてくれない。 けれども、根気よくやれば、 根気の前には頭を下げることを知っていて、 自然に人が集まってくるという意味だと思います。
もともと、仕事というのは、 単調で単純です。 退屈で、見栄えのしない、 やりがいのないものだと思います。
ところが、それに耐えられなくて、 単純、単調でない、もっと派手な、 やればすぐに成果につながる、 すぐに儲かる、あるいは、人にすぐに認められ、 すぐに評価されることをやりたくて しようがなくて、結果的には、一つも いい評価につながらない… という人が多いのです。
(略)
私は今朝まで、用があってある温泉ホテルに 泊まっておりました。 風呂場に行くと、スリッパが山のようになっていて、 スリッパの上へスリッパが脱いであります。
何十足もあると私もできないのですが、 十や十五なら人のものでも、 ちゃんと揃えておいて入ります。 出てくると、また山のようになっております。 またそれを揃えて出てくると いうふうにしております。
それから、風呂場に入っても、 自分が使った腰かけの上にちゃんと 洗い桶を伏せておきます。 私が湯船の中に入って見ていると、 新しく入ってきた人は、 みんなそういうところへ行きます。 散らばっているところへは行きません。
その人は、元へ戻すかというと、 また自分は散らばせます。 それで、私が揃えて置くと、またそこへ行く。 だいたいそういうもので、 人の揃えた履きものを履いていきます。
そういう人が世の中に多いと つくづく思うのですが、 そういう部類に入らない方が 人生がよくなるのではないかと思います。
私は、人のスリッパを揃えてきて、 損をしたことはありませんし、 人の洗い桶を片付けて、 ひとつも損をしたことがありません。
むしろ、私のような愚鈍な人間が、 世の中でやっていけるようになったのは、 すべてこのお陰だと思っております。
いまからでも、遅くありませんから、 ぜひやっていただきたいと思います。 もう遅いなんて思う人は駄目です。 いまから、今日から、 やっていただきたいと思います。
(ここまで引用)
この話を読むと、 小さなこと、微差をついついバカにしがちで、 やらないでしまってますが…、 いやいやそうではない、そのようなことが、 本当の力になっていくのだと思えます。
「微差、僅差をバカにしない」 「積み重ねを地道にしていく」 「いいと思ったことはやる」 「いいことをやっても損はしない」
そして、実践していこうとも。 また、忘れかけていた心がけを思い出させてくれ、 原点に戻れるような気持ちにもなります。 私に撮っては、ありがたい本です。
みなさまは、どんなふうに感じましたか? 明日は、この話の実践編のようなお話です。
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| 2012年04月06日(金) |
■本からのお話紹介その2…「まずは、私が変わる!」 |
今日も、本からのお話紹介です。 今日は、こちらの本からです。
「仕事が夢と感動であふれる 5つの物語(講演CD付)」
この本には、5つの話が書かれていて、 どの話も本当に心に残ります。
1.馬車のパレード 「たった一人の戦い〜 何が何でも成し遂げると決めた私の決断」 2.日本一のパパ 「子どもが誇りに思うような父親に絶対なる」 3.今日の言葉 「社員の心を動かした言葉」 4.はじめての御輿担ぎ 「御輿かつぎを楽しんだ後に…」 5.菜の花鉄道 「線路の周辺に菜の花の種をまく」
今日は、この中から 「日本一のパパ」を紹介します。
この話は、木村(仮名)さんという 三店舗のラーメン店経営者のお話です。
厨房で下働きをしていた木村さんは、 念願かなって一店舗目をオープンすると、 一時はそれなりの人気店になり、その勢いで続いて、 二店舗目、三店舗目をオープンさせました。 ところがその後、売り上げはいっこうに伸びず、 次第に客数も減少していったのです。
毎日、朝早くから休みなく働き続け、 スタッフが帰った後も、深夜まで一人片付け、 駅前でチラシを配ったり、お客様に割り引きチケットを 配ったり、ポスターを貼ったりして、 我も忘れて、一生懸命働いているにもかかわらず、 毎月150万円前後の赤字を出し続ける状況にまで なってしまったのです。
そんな状況下で、 こんなことがありました。
(ここから引用P41〜49)
■日本一のパパ
どんなに努力をしても、どんなに働いても、 いっこう店の状況がよくなる気配もなく、 どうしたらいいのか、ずっと悩み続けていましたが、 なかなかこれといった打開策も見つかりませんでした。
次第に顔からは、笑顔が消え、 いつも眉間にシワを寄せていました。 自信を無くし、生気もなくなっていきました。
木村さんが帰宅すると、 妻の幸子さんと幼い子どもが寝ています。 その横で静かに着替えていると、 目を覚ました幸子さんが、 小さな声でいつも言います。
「今日も遅くまで、お疲れ様…」 「…まあな…」
そんなとき、木村さんは何と返事していいのかわからず、 いつも力のない返事になってしまいます。
『妻に心の内を話したところで、 どうにもならない。 自分一人で解決するしかない』
もちろん、夫の苦しい状況は、 妻の幸子さんもうすうす感じてはいたのですが、 「お疲れ様」と言う以外、伝える言葉がありませんでした。 幸子さんも、なかなか寝付けない日々を過ごしていたのです。 何もできない歯がゆさに苦しみながら…
そんなある日。
木村さんが、いつものように明け方になって家に帰ると、 寝ている幸子さんの横で、子どもが起きていました。 何げなく、そっと抱き上げました。
そして、あやそうとすると、 やっと片言で話し始めたばかりの子どもが、 自分に何かを伝えようとしています。
「………ぱぱ…」
何を言っているのか、 はじめはよくわかりませんでした。
「ん?」 「……んち…ぱぱ」
それでも、子どもは同じ言葉を 何度も言っているようです。
「な〜に?……」 「…いおんちの…ぱぱ」
こちらの顔をじっと見て、 必死に何かを伝えようとしています。
「何の、ぱぱ?」
そして、とうとう、 子どもの言葉をはっきりと 聞き取ることができました。
「にほんいちのぱぱ」
「!」
思わず、木村さんの目に涙があふれ、 頰を伝って流れていきました。
「………………」
子どもを抱きながら、 ただ泣きました。
それまで、必死に耐えていた心のたかが外れたように、 あふれてくる悔しさを我慢することができなくなりました。
『悔しい… なんと、自分は情けない人間なんだろう。 子どもの言葉に素直に、「そうだよ」と うなずけない自分が…本当に悔しい。 日本一どころか、明日食べていけるかどうかも わからない。この子は、それでも自分のことを、 日本一と思っている……』
涙を流している木村さんに向かって、 また子どもが瞳を輝かせながら言いました。
「にほんいちのぱぱ」
(略)その日、木村さんは、 布団の中で目をつむっても涙が止まらず、 とうとう一睡もできませんでした。
翌日、木村さんは真っ赤な目をしたまま スタッフを集めて言いました。
「今日から、 すべてを変える。 料理の味も、接客も、 何もかも変える」
いきなり聞かされたスタッフは、 きょとんとした反応でした。
「どうするんですか?」 「どんなふうに変えるんですか?」
スタッフは皆、何かを変えた方がいい、 とは思っていたのですが、どうしていいか、 わからなかったのです。
「俺にも、わからん…。 今は、わからん。 でも、変える」 「そうは言っても、 まず何から変えるんですか?」
「何のためにですか?」 「日本一になる!」
それから木村さんは一念発起し、 よいと思ったことは、次々と行動に移していきました。 とにかく、どんなにささいなことであっても、 自分にできることを探し続けました。
『どんなに苦労してもかまわない。 子どもがほこりに思うような 父親に、絶対になる!』
毎日、毎日、必死で研究を続けました。 どんなに失敗しても、そこから何が学べるかを考え、 次のチャレンジに活かしていったのです。 その結果、次々と新しい料理を作ることに 成功していきました。
実は、この話の陰には、妻、幸子さんの 見えない支援があったのです。 仕事の面では直接手伝うことができない幸子さんは、 心の中でいつも彼を励まし続けていました。 帰りの遅い父親がいない家の中で、 毎日子どもに語りかけていたのです。
「あなたのパパは、 日本一のパパよ」
私たちは、自分の思い通りにならないことを、 他人のせい、環境のせいにしてしまうことがあります。 そして、まわりに期待して、いつも裏切られ、 不満を言ってしまいます。 不満をいくら言っても、 何も解決しないことはわかっていても。
人は、夢がなくて、本気になれないとき、 他人のせいにするものです。 限界を作ることができるのは、自分だけです。 夢をあきらめることができるのも、 自分だけです。
自分があきらめない限り、 夢が私たちをあきらめることはありません。 夢はいつまでも、私たちがやってくるのを 待ち続けてくれるのです。
大切なことは、心配することではなくて、 自分がこれからどうしたいか、 どんな人生を送りたいのかを考えることです。 つまり、夢を持つことです。
(ここまで引用)
この話を読むたびに、 誰かのやっていることを信じて応援していく、 そのことがどんなに大きな支えとなるか、 実感として深くしみいってきます。 誰かが、何かうまくいかなくなったりすると、 すぐに
「遅くまで何をやってるの? 効率悪いんじゃない?」 「そのやり方だから、うまくいかないのよ」 「やっぱり、あなたには力がないのかもね」 「もっと、ぱっぱとやりなさい」
なんて、言わないまでも、 心の中で批判したり、あからさまに顔に出たり してしまいがちです。
でも、その人のやっていることを認め、 やる気やその人の潜在能力を応援する、 そんなことが大切だと思うのです。 家族なら、なおのこと。 (なかなかできませんけど…(泣))
お互いに支え合って、 目標や夢の達成に向かっていきたいですね。 そして、何倍もの力を出し合えるといいですね。
この本には、力になる話が書かれているので、 おすすめです。
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| 2012年04月05日(木) |
■本からのお話紹介その1…「私、バカなんです」 |
今日は、久しぶりに本からのお話紹介です。 紹介したい話が、うんとたまっていたので、 今週は、本からの話の紹介する予定です。 どぞ、よろしくです。 今日は、こちらの本からの話紹介です。
「いいかげんが いい」
この本の中には、 心に残る話がたくさん書かれていますが、 今日はこちらのお話です。
(引用P20〜24)
「私、バカなんです」
ずっと気になっている患者さんがいた。 脳卒中で左片麻痺のある75歳の女性。 ぼくの外来へ足を引きずってやってくる。 いつもニコニコしている。 笑顔があふれている。 ありがたい、ありがたいと言う。
デイケアに行きだしたという。 デイケアが楽しい。 みんながよくしてくれる。 折り紙をしたり、切り絵をしたり、 絵を描いたり、すべてが勉強になる。 うれしそうに、そう言う。
ふうん、とぼくは思った。 調子のいいこと言っているな。 折り紙がそんなに楽しいわけがないと思った。
あるとき、彼女に聞いてみた。
「なんでそんなに折り紙が楽しいの?」
思いがけない答えが 返ってきた。
「字を書くことも、絵を描くことも、 してこなかったんです。 先生、私ね、小学校に 行ったことがないんです」
今まで心の中にため込んでいたものが あふれるように、しゃべりはじめる。 ぼくは、聞き役にまわった。
「役者をしていました。 旅役者です」
ああ、そうなのか。
「学校には行かせてもらえませんでした。 字は読めるんだけど、書けません。 今、デイケアで教わることはなんでも、 私にとっては嬉しい勉強なんです。 だから、脳卒中になってうれしい。 病気をしてよかった。 初めて勉強ができました。 勉強は楽しい」
そう彼女は繰り返した。 脳卒中になってよかったなんて 初めて聞く言葉だった。 生き方のヒントになると思った。
子どもの時から、 座長に厳しく芸を仕込まれたという。 踊りを教わり、セリフを練習した。 全部口伝えだった。 青春時代には花形役者になった。
歌を歌うと着物の襟もとに千円札を入れてくれる お客さんもいた。 でも、いい時代は長くは続かなかった。
姉も一座の中にいた。 姉は結婚して子どもが2人できたが、 夫が蒸発してしまった。 姉と2人で子どもを育てようと決めた。 そのとき自分の結婚はあきらめた。
姉は早くに病死。 それから彼女は、芝居をしながら 姉の子ども2人を育てた。
やっとわかってきた。 「おにいちゃん」という存在が、 よく彼女の話の中に出てくる。
「おにいちゃんがよくしてくれる。 本当にありがたい」
姉の長男のことだったのだ。
「おにいちゃんが結婚して 家を建てるというので、 私の仕事は終わったと思いました。 私は一人で生きていけばいい。 でも、おにいちゃんが何度も誘ってくれました。 一緒に新しい家に住もうって。 うれしかった。 迷惑かけちゃいけないなと思いながら、 おにいちゃんのやさしい言葉に頷いたんです。 私は幸せ者です」
「勉強の集まりがあっても、 私はいつも小さくなっていました。 何か役をやらされて、字を書きなさいと 言われたらどうしよう、字が書けないから、 いつも小さくなって後ろのほうに、 いるしかなかったんです」
いつもニコニコしているあなたは 素晴らしいとぼくは言った。
「私、バカだから。 ニコニコしか取り柄がないの」
バカじゃない、 賢い人だと思った。
「今は、なんでも聞けます。 いっぱいいろんなこと教えてもらっています。 いろんなことができるようになってきました。 みんなで歌を歌うときは少し誇らしい。 いい声だねと言われると、昔、舞台で お客様から声をかけられたときよりうれしい。 私の中にも何かよいものがあると思えるだけで、 とてもうれしいんです」
まるで子どものような顔をしながら 感謝の言葉がつづく。
この人は、お姉さんが遺した 2人の子どもを必死に育てた。 苦労の連続だったけど、 ちゃんとその恩返しがなされている。
お会いしたことはないけれど、 おにいちゃんエライと思った。
誰かのために苦労した人が 見放されないって大事。 ぼくたちの国は、 まだまだ捨てたもんじゃない。
デイケアなんて、めんどくさい、 というお年寄りがいる。 息子が行け行けとうるさいから、 しぶしぶきているんだ、 という高齢者も多い。
そういう人たちは、せっかく来ても、 ずっとつまらなさそうにしている。 なかなか笑ってくれない。
字を書けなかったという女性のニコニコ顔と 向き合いながら、ぼくは思った。 幼いときに恵まれなかったことで、 この人の目には、同じデイケアが輝く時間に 感じられている。
いいなぁ… こういう気持ちを 持っている人って。
きっと彼女は、「おにいいちゃん」にも、 そのお嫁さんからも、心から大切にされているに違いない。 本当の親子でなくても、間違いなく家族なんだ。
(ここまで引用)
私は、この話が心に残り、 何度も何度も読み返しています。 そして私もまた、 著者の鎌田さんと同じように、
いいなぁ… こういう気持ちを 持っている人って。
と、思うのです。
なんでもイヤイヤ、 なんでも不幸、 なんでもつまらない、 いつでも不機嫌顔、 いつでも周りをけなすだけ…
そうしながら生きていくこともできれば、 今日の女性のように生きることもできる… それは自分しだい。
この話を読むたびに、生き方を 教わるように思うのです。
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| 2012年04月03日(火) |
■下田バスツアーその7…これは、なに?見たことないものだね。 |
さて、今日まで、 格安下田バスツアーの紹介です。
今日もまた、観光スポットの紹介ですが、 おそらく今、下田の町で力を入れている 観光スポットだと思われます。 いろいろ手直ししてましたから。
それが、ここ、 ペリーが歩いた レトロな小道 「ペリーロード」
こんな、川沿いの小道です。

感じのいい路地があったりします。

写真がうまく撮れなかったので、 あまりレトロな感じが出ていませんが、 確かにレトロな感じがしました。 (もっといい写真はこちら→「ペリーロード」)
この小道をペリーさんは 散歩をしたのでしょうか。 この小道を、さらに歩いて行きます。

すると、 こんなお寺に行き着きます。

ここは、「了仙寺」といって、 日米親和条約締結の地と いうことでした。 (詳細は→「了仙寺」
どうやら、このあたりで、 条約締結したり、調印したようで、 歴史のあるお寺なのでした。
そんな歴史ある「了仙寺」で びっくりなものを見つけて、 「えーーっ、 これはなに?」 と、びっくりしました〜 (本当は、歴史に感嘆したほうが いいとは思うのですが…)
それは、ここにありました。 お寺の塀のところ。

なんだか変なものを見つけて、 近づいてみたら、びっくり! ほら、これ。

赤○のもの。 なんだと思いますか? 大きさは、グレープフルーツを、 もっと大きくしたくらいの大きさ。 他のミカンと比べたら、 4倍以上の大きさ。 形は洋梨型のよう。
なんだろうと思ったので、 お掃除をしていた女性の方に、 こう声をかけて聞いてみました。
「これは、なんですか?」 「ああ、レモンですよ」
「えっ、これレモンですか?」 「そうです、レモンです」
そして、女性は、 これを指さしました。

このものは、 了仙寺名物のジャンボレモン だったのですね〜
そこで、さらにこの女性に こう聞いてみました。
「どんな味なんですか? 中身は、普通のレモンと 同じなのでしょうか?」
すると、この女性は、 こう言うのでした。
「私は、了仙寺のものではなく、 お手伝いなので、 食べたことないんです。 だから、わかりません」
がっくり… どんな感じの中身で、 どんな味なのでしょうね〜
ともかく、大きい大きいレモンが、 いくつも育っていました。 いいなぁ…
帰ってきてから、気になって、 調べてみたら、どうやら、 皮がかなり厚いようですね。 (参考→「日々好日」)
あたたかい地方では、普通に育ち、 あちこちで見かけるのかもしれませんが、 私は、初めて見たのでびっくりでした。 我が家の、小さなレモンたちとは、 違うなあと思ったりね。 (過去記事は→「冬の日の、ちょっと嬉しかったこと」 でも、今年は16個も実が付いたんですよ〜)
このジャンボレモン、一つほしいなと 思いつつ、了仙寺から離れました。
そして、最後に、 こんなところに立ち寄りました。

(美しくない写真ですいません)
そう、足湯。 下田には、町のあちこちに 足湯があるのです。
だから、町を歩くときには、 タオルが必需品です。 歩いてきた疲れが、ふわっととれて、 とても気持ちがよかったです。
この後、さらにお土産さんなどを見てまわり、 午後の便のバスで戻ってきたのでした。
下田に行く機会がありましたら、 ぜひ、ロープウェイで山頂公園を歩き、 ペリーロードを歩き、足湯につかってくださいね。 おすすめのコースです。 また、今回は行けませんでしたが、 水族館などもあるようです。 下田、本当に楽しかったです。
格安のバスツアー、私は大満足でした。 これからも、機会があったら、あちこちに 行きたいと思っています。 格安ツアーも、いろいろあるようですから。 以上、下田の報告でした。
では、また、あさってに。
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| 2012年04月02日(月) |
■下田バスツアーその6…しまったと思いつつ、ひものやさんで勉強したこと。 |
《お知らせ》
■本サイトに「「今日のことば」3月の人気ベスト5」 をアップしたしました。 どんなことばだったか、ぜひ、見てくださいね。 ご協力ありがとうございました。 コチラから→「「今日のことば」3月の人気ベスト5」
《お礼》
■アンケートにご協力ありがとうございました。 とても助かりました。<(_ _)> 新メールマガジン発行のお知らせは、後日させていただきます。 どうぞ、よろしくお願いいたします。<(_ _)>
4月になりましたね〜 大分寒さもゆるみ、あたたかくなってきて、 都内では、もう少しで桜が開花しそうです。 いい4月にしていきたいです。
さて、今日も、先週から引き続きの 下田バスツアーの続きです。 今日は、下田の観光スポットの紹介です。
次の日は、下田の町を探索。 下田の町には、見どころが結構あり、 ぶらぶらと歩くには、 ちょうどいい感じでした。

この日は平日だったので、人の出は ごらんのように少なかったですが、 これからあたたかくなれば、 どんどん増えてくると思われます。
まずは、「ひもの横町」に。 こんなところだったけど…


ただ、ですね…横町というから、 もっと何軒も並んでいるのか思ったけど、 3〜4軒くらいで、やや拍子抜け。 ひものを買おうと張り切って行ったので残念。 (シーズンになったら、増えるのかな?)
でも、ここで、 勉強しました!
ひものの価格は、いろいろあって、 自分が本当にほしいと思った商品は、 産地確認と価格比較をした方が、 いいということを。 (時間があったらですけど)
でないと、買った後で、「しまったっ!」 などということになり、せっかちな私は、 何度か、「しまった!」と、後悔したのでした!
例えば、私が好きな「さばみりん」 あるお土産屋さんでは、1枚350円 でも、別のお土産屋さんでは、4枚で1000円 (産地も同じ、大きさもあまり変わらず) そして、その後「さばみりん」 4枚で700円を見つけて、 あまりに「しまった!」だったので、 悔しくて、再度購入したりしたのでした。
ひもの横町をみて勉強し、 次に、下田を代表する 「なまこ壁」の家を 探索に行きました。
ご存じの方も多いと思いますが、 どんな壁のお宅かというとこんなお宅。

下田には、この「なまこ壁」の家が あちこちに残っているのです。 まだ現役で、お土産屋として活躍したり、 観光の一翼をになっています。

そうそう、 この「なまこ壁」の名前の由来は、 盛り上がった白い漆喰の様子が 「なまこ」に似ているからだとか。
私には、どう見ても、 「なまこ」が想像出来なかったのですが。 帰ってきてから、調べてみたら、 なまこ壁は、
黒い部分が「瓦」で出来ていて、 白い部分は瓦が落ちるのを押える為の いわば目地だそうです。 (タイルの白い部分みたいなものですね)
この「瓦」が、火に強かったので、 壁に瓦を貼り、防火のためにこのように、 手間のかかることをしたということでした。 当時は、防火のために、たくさんの、 「なまこ壁」があったようです。
この「なまこ壁」のお宅の一つの 近所の方に、声をかけて聞いてみたら、
「このお宅は、○○会社の副社長の 別荘だよ、あまり来ないけど…」
などと、教えてくれました。 そのほか、まだ旅館としてや事業所として、 使われているところもありました。
そんな「なまこ壁」の家の一つに、 この家がありました。

この家は、 「安直楼(あんちょくろう)」 といい、こんなお宅でした。

そう、唐人お吉のお話で有名な、 お吉さんの小料理屋さんらしいです。 ここでの生活は、苦しくて、 48歳で亡くなったんですね。
ただ、他の文献によると、 「唐人お吉」と言われたのは、 お吉さん一人というより、 領事館で働いた何人かの日本女性全体のことで、 のちに、一人だけ脚色されたらしいです。
ちなみに、ここのお吉さんは、 身体が弱かったので、領事館をすぐに解雇され、 領事館で働いたのは、わずか何日かだったとか。 それでも、領事館で努めたから、 「唐人お吉」と呼ばれて、蔑まれたのですね。 気の毒でしたね。
まだまだ、下田の見どころはありましたので、 また、明日紹介しますね。 今日は紹介できなかった、 「ひぇ〜これはスゴイ!」 なんてものもね。
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