| 2009年12月14日(月) |
わぁ〜怖いね、怖いね、平気なのかしら? |
昨日は、失礼いたしました。<(_ _)> やはり、年末は何かとばたばたしますね。 さて、今日は、この光景を見つけて、
「ひぇ〜ひぇ〜 すごいねえ〜 でも…怖いね、怖いね、 私じゃ、とても無理だね〜 なんぼお金をだされてもね」
なんて思ってしまったことです。 もっとも、これが出来る人は、 相当限られると思いますが…
先日、 暮れの街をいつものように、 元気にウォーキングしていると、 こんな光景に出合った。

「げっっ…… あんな上の方に、 人がいる!!」
街路樹の手入れのために、 木の上の方に人が登って枝を カットしていたのだ。
わかりますか? 高い枝の先の方にいる二人。
高いところが怖い私にとっては、 見るだけで、体中がざわざわしてきて、 とても落ち着かない気持ちだった。 でも、興味があったので、 立ち止まって見てしまったのだけど。
そして、この枝の先の二人に、 クレーン車に乗っている人が、 大きな声を出して、枝のカットの 指示をしているようだった。

「もっと上がれ〜!」
なんて指示らしいように 私には見えた。
「ふぅーむ、 これは相当危険な任務だ。 この木は、どうみても、 高さが10メートル以上あるもの。 しかも、あんなに細い枝に登って… 怖いね〜 大丈夫なのかしら…」
と、私はうんとはらはらしながら、 体中ざわざわさせながら見上げていた。
しかし、 そんな私の心配をよそに、 右側の人は、さらに、 枝の先に登っていったのだ。 (指示通りなのか) 一枝一枝の節に足をかけて。

登るたびに、 細い枝は、 少ししなる…
「えっっ…… もうだめだめ! 登っちゃだめだよ。 それ以上登ったら、 枝がおれちゃうよ。 ダメダメ〜」
恐怖のあまり声を出しそうになったが、 変な声を出したら、それこそ上の二人が 集中力をそがれ危険なので、 心の中だけでそう思っていた。 体中から冷や汗を出しつつ…
知らなかったね、 街路樹の手入れに、 こんなこともしているとは…
そんなことを思いつつ、 この光景を見守っていたら、 木の下の方に、全体の責任者らしき人の 姿を見つけた。
ちょっとなら、 話しかけても大丈夫かしら? それとも、危険な任務だから、 話しかけたらダメかしら?
こんな光景に出合うと、 どうしても話を聞きたくなる。 そこで、私は、思い切って、 静かにこの責任者らしき人に、 声をかけてみた。 おじゃまを承知で… あ、もちろん、細心の注意を払って。
「あっ、あの… 話しかけて… いいですか?」
この続きは、明日また書きますね。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
《お知らせ》
すいませ〜ん。 今日は、お休みいたします。 ちょっと昨日、ばたばたして。 せっかく来て頂いたのにすいません。 明日は、大丈夫です。 どぞ、よろしくです。 <(_ _)>
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月10日(木) |
「がばいばあちゃん」のお話その5…「金持ちも貧乏も」 |
今週は最後まで、 「がばいばあちゃん」の紹介です。 あまりにも書くことがたくさんあって…(笑) 楽しい話や
「なるほど、ばあちゃん、 そうくるか〜」
さすが洋七さんのばあちゃんだ、 なんて感心することばかりで… 洋七さんの言葉もいいのですけどね。
今日は、以下の2冊の本からの紹介です。 おすすめの本ですよ〜
「がばいばあちゃん 幸せの教え」
「愛蔵版 佐賀のがばいばあちゃん」 ※この本には、カラーのイラストが書かれていて、 雰囲気が伝わってきていいですよ〜
今日は、昨日からの続きで、 ばあちゃんの言葉を中心に書きますね。 きっと、心に残る言葉があると思います。
■「がばいばあちゃん 幸せの教え 80〜81ページ」
「頭のいい人ばかりでも ビルは建たん。 例えば設計士が頭がよかった。 でも設計士ばっかりいても ビルは建たんよ」
だからって穴ばかり掘ってもビルは建ちません。 余計建たないすわ、そんなん。 社会ってのは色々な人が手を組んで、 はじめて上手にいくもんですわ。(略)
人間は何から何まで自分でできるわけがない。 だったら自分の不得意なことと 相手の不得意なことを助け合って、 楽しい人生を作り上げていけばいいと思うんです。
そうすれば、薄っぺな知識でできたものより、 すばらしい何かを作り上げることが きっとできるんですよ。
■「がばいばあちゃん 幸せの教え 107ページ」
「頭がええ人も、頭が悪い人も、 金持ちも貧乏も、 50年経てば、 みーんな50歳になる。 心配するな!」
ばあちゃんはいい言葉を残してくれたもんですよ。 本当に人生ってのは、いい時も悪い時も一瞬ですわ。 結局は、みーんな白髪が生えて、 最後にお墓にはいってさようならですもんね。
私も今から6年前、50歳の時に、 佐賀が中学の同窓会があってね。
安心しましたよ。 昔、頭が良かった子も、 金持ちのボンボンだった子も、 みんな50歳になってました。
これが、金持ちだけ42歳だったら ムカっとくるもんね。 頭がええ人だけが45歳だったら、 「くそ!私も勉強しとけばよかった」 って思うからね。 もう、みんな揃いもそろって50歳よ。
■「がばいばあちゃん 幸せの教え 112ページ」
ある時なんて集金に来た人とね、 ばあちゃんはこんなやり取りしてましたよ。
「徳永さーん、 集金に来ました〜」 「結構です」
言われた方も 「……はあ、そうですか……」 しか言葉を返せません。 「結構です」 なんて言われたら、取りようもありませんよ。 仕方ないから、集金の方は、 「じゃあ、また来まっさ!」 と帰るんです。 そうしたらばあちゃんは、 集金の方の背中に向かって、
「もう来こんでよか!」
って見送ってました。 私は腹抱えて笑いましたよ。
水道屋さんとのやり取りも面白かった。 集金に来た水道屋さんは、申し訳なさそうに、
「……すいません徳永さん、 水道代が3ヶ月溜まってますわ」
と言ったんですよ。 そうしたら、ばあちゃんは、 私の顔を見ながら首をかしげて言うたんです。
「そんなはずないな…… だってこの3ヶ月、 水なんか飲んだことないなあ」
わたしゃ、その言葉聞いて目が点になりましたよ。 でもばあちゃんに合わせなければ仕方ないんで、 「うん!」と言うしかありません。
飲んだよ、水は! 砂漠にいるトカゲやあらへんのやから! 3ヶ月も水飲んかったら、 エジプトのミイラになってしまいますわ。
■「がばいばあちゃん 幸せの教え 141〜143ページ」
「クラスの55人全部が 頭ええことないがな。 55人みんなが頭よくて、 学級委員になって、 東大行って、総理大臣になったら、 庶民は誰がやんの」
人間そんなもんですよ。 頭のいい人は疲れるのよ。 頭がええ人が素晴らしい人生とは限らんて。 国民のため、他人様のために頭を絞らにゃ いかんのですよ。 自分のことだけに頭絞って悩んでる 国民の方が幸せですよ。
■「がばいばあちゃん 幸せの教え 214〜215ページ」
ばあちゃんが万病に効く薬として 持っていたのは正露丸。 そして体温計。 家にあるのはそれだけでした。
今みたいにすぐに病院に行こうという 時代じゃありませんでしたしね。 まず私がお腹が痛いと言うと、 いつもばあちゃんは薬箱から正露丸を 一粒だして飲ませてくれました。 もちろん歯が痛いときも正露丸でした。 あるとき私が筋肉痛でばあちゃんに、
「脇が痛い」
と言ったら、
「脇の下に正露丸挟んどけ」
と言われました。 脇の下からものすごい臭いが漂ってくるんですよ。 でもその通りにすると、 脇の下がすーすーして効いたような気がするの。 熱がある時には、
「正露丸潰して額に塗っとけ」
と言ってましたね。 そうすると鼻の中の通りの良くなったんです。 一度、38度の熱を出したとき、 ばあちゃんは、
「大丈夫、 お前やったら40度は出せる。 がんばれ!」
と応援されたことがあります。 私は、 「出さなあかん」 と思って寝込みましたけどね。
■「がばいばあちゃん 幸せの教え 217ページ」
冬場のばあちゃんの手は、 アカギレでガッサガサになってました。 もうワセリンをつけたところでどうにも ならないくらい、ひどく ヒビ割れていたんですわ。
私とばあちゃんは小学校4年まで お風呂に一緒に入っていたんです。 ばあちゃんは私の背中をガサガサした手で 流しながら、
「ヘチマいらんやろ」
って言ってたもん。 ご飯の釜を洗うにも、
「タワシはいらんばい」
なんて、それくらいガサガサしてた。 本当に気の毒でした。 「寒い、寒い」と 布団にくるまって出てこない私に、 ばあちゃんは言ってました。
「“暑い”“寒い”とうるさく言うな。 夏は冬に感謝して、 冬は夏に感謝しんしゃい」
季節は移ろい変わっていきます。 そんなことも忘れて人は新しい季節がくるたびに、 いつも文句ばっかり。
ばあちゃんは次に訪れる春を楽しみに、 冬の寒さを耐えていたんでしょう。 そこにはやっぱり希望があったんでしょうね。
(ここまで引用)
最後に、 「「がばいばあちゃん」のお話その2… 「職業は掃除婦」」 で、書いたお話、 末娘の明子さんの結婚の話の続きを…
■「愛蔵版 佐賀のがばいばあちゃん 75〜76ページ」
花嫁衣装を着た明子おばさんが、
「お母さん、ごめんなさい。 家はボロボロだし、 アラタちゃんはいるし、 お母さんはトイレ掃除に行っていて、 私、恥ずかしくて… すみませんでした」
と、言った後、
「明子……」 ばあちゃんは、 自分も明子おばさんに 向かい合って座り、 そっとハンカチで 目頭を押さえています。
若く美しい明子おばさんは、 お金のない貧しい暮らしと、 知的障害児のアラタのいることが 恥ずかしくて、家を出て行ったのでした。
けれど、いざお嫁に行く時になって、 母親にあやまり、 生まれた家から嫁ぎたいという 思いから、花嫁姿で ばあちゃんの家に現れたのでした。
もちろん、そんなことがアキヒロに分かったのは、 ずっと後でしたが、お人形のようにきれいな 明子おばさんが、泣きながら手をついて あやまった姿と、気丈なばあちゃんの涙は いつまでも忘れることができませんでした。
(ここまで引用)
「がばいばあちゃん」本当に、 「がばいばあちゃん」 だと思いませんか。 しかもスーパーがばい!!
私は、がばいばあちゃんの本が好きで、 気分が落ち込んだ時など読み返します。 (ほとんど持っています(笑)) そして、ばあちゃんに元気ばもらいます。
今回は、がばいばあちゃんのがばいぶり、 ほんの一部分を紹介いたしました。 本当のがばいぶりは、本を読んでみてください。 ばあちゃんのすごさ、たくましさ、 楽しさ、ステキさがもっと伝わってきますよ。
そして、 「つまらないことをグチグチと言ってちゃいかんな、 もっと大らかにほがらかに生きなきゃね」 なんて思えてきます。 この本を紹介できたこと幸せに思います。 機会がありましたら、読んでみてくださいね。 だまされたと思って、ぜひ。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月09日(水) |
「がばいばあちゃん」のお話その4…「幸せの教え」 |
今日も、昨日からの続きで、 島田洋七さん著作の 「がばいばあちゃん」からの お話紹介です。 今日は、以下の本からの紹介です。 これまた、とてもおすすめの本ですよ〜
「がばいばあちゃん 幸せの教え 」
さて、今日は、がばいばあちゃんの言葉を たっぷり紹介しますね。 ますます、ばあちゃんファンになること、 まちがいなし!です(たぶんね)
■14ページから
「コツコツやってもなあと思う前に、 コツコツやりなさい。 コツコツやることが、 当たり前のこと。 コツコツやってることなんて 意識することじゃない」
ばあちゃんが口を酸っぱくして 言っていた言葉です。(略)
それをアホな人は、 「人間なんか一発勝負」 とか言いますね。 一発勝負に賭けるにも、やっぱり 勝負の前までに誰にも負けない努力が 必要なんですけどね。
コツコツやった結果は 必ずいつか叶うもの。
私はいつもばあちゃんのこの言葉に 勇気をもらっています。
■31〜33ページ
(※洋七さんが、頂点から落ちて、 仕事がなくなったとき)
その時に佐賀に帰って、ばあちゃんに 「暇になったばい」 と言ったことがあります。 普通だったら 「もう1回、1から働らかんか!」 って叱ると思いますが、でも、 ばあちゃんはそんなことは言いませんでした。 私が
「人生山あり、谷ありだね」
って言ったら、ばあちゃんは笑顔を浮かべて、 こんなことを言ったんです。
「昭広(洋七さんの本名)は、 山あり谷ありの本当の意味が分かってない。 1回頂上に登ったら、 自分から谷に降りて行け。 谷にはきれいな川があって、 冷たい水がある。 その水飲んで、体洗って、 もう1回山に挑戦しろ」
「頂上というとこは記念写真撮ったら降りてこい。 頂上は住むところじゃない。 ご近所さんもいなければ、 電気も水もないやろ。 あんなとこにおったら気が変になる。 降りてきて、もう1回体を洗え。
みんな谷におるのが普通や。 谷の気持ちが分からんヤツが 頂上行って何すんねん。 谷には川が流れてるやろ。 そこに鳥もきてるし、 魚も泳いで、周りの人はそこで洗濯して、 みんな集まって来るのが谷や。 あれ(頂上)は嘘や、 想像の世界なんやで」
パシッと言われました。(略) 一度手にした地位とか名声とか色々なもの。 それこそ頂上と呼ばれたところであったなら、 絶対に降りたくないもの。 でも、私はこのばあちゃんの言葉で救われました。
人生には冷たい水で喉を潤すことも必要です。 しっかりとそこで体を休めて、 また山に登ったらいいじゃないですか。 一度見知った山ですもん。 もう怖いことなんて何もありませんよ。 人生は何度でもチャレンジできるんだからね。
■38〜39ページ
「世の中、嘘とホラがあるから おもしろい」
ばあちゃんが言っていた言葉です。 お金のからんだ嘘はダメですよ。 嘘やホラは、世の中にないと絶対におもしろくない。
普通に事実ばかり伝えても、 そこに潤いがないし、 会話に華なんて咲かないですよ。
日本昔話なんか、私のばあちゃんは、 「全部嘘や」と言ってましたもん。 ばあちゃんは断言してました。
「60年間川の前に住んどるけど、 1回も大きな桃なんか 流れて来んかった」
「一寸法師も嘘や。 川のとこにそんなんこんかったわ! そんな小さなおっさんはおらん。 池のめだかでも1メートル以上あるのに」
「かぐや姫も嘘や。 竹をバサーって切ったら中も切れてる。 痛いわー!って出てくるハズや」
「急がば回れ」ってことわざも、 ばあちゃんは、 「急ぐ時はまっすぐ行け」 って言うてましたよ。 電車に間に合わんぞって。 (略)
こんなふうにね、 やっぱり人と会話する時には、 相手を楽しませようと思うことも必要なんですよ。 それだけで笑いが起きますもん。 普通の会話は嘘とホラがあるからおもしろい。
■46ページ
今でも私の記憶にしっかりと刻まれている、 ばあちゃんの言葉。
「今日は久しぶりに、 卵かけごはんの卵抜き。 卵抜きやから、 しょう油かけて食わんか」
久しぶりでもなんでもない! いつもそれやがな!!
(※また、ばあちゃんのオリジナル料理で、 ジャガイモとタマネギを煮ただけの、
「肉じゃがの肉抜き」
もあったそうです)
■68ページ
「この世の中に職業は 一万くらいあるよ。 それだけでも楽しいやろ」
想像してください。 こんな楽しいことってありますか? 自分の努力ひとつで 何屋さんにでもなれるんですよ。 (略)
自分で自分の可能性を潰すようなことは 止めましょうよ。 じいさん、ばあさんだって、 このまま縁側で座ってお茶飲んでいるなんて もったいない。 今からでも何屋にでもなれるし、 別の世界が広がってるんです。 こんな楽しいことってないでしょう?
(ここまで引用 (※)は補足)
いかがですか、ばあちゃんの言葉。 私はとっても元気をもらいました。 こんなふうに明るく生きたいですね〜 明日は、この後半をご紹介しますね。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月08日(火) |
「がばいばあちゃん」のお話その3…「夢を持て」 |
今日も、昨日からの続きで、 島田洋七さん著作の 「がばいばあちゃん」からの お話紹介です。 今日も、以下の2冊からの紹介です。 おすすめの本です。
「佐賀のがばいばあちゃん」
「がばいばあちゃんの笑顔で生きんしゃい!」
さて、今日は、 がばいばあちゃんの本領発揮の、 明るい貧乏生活やことばなどを紹介しますね。 私がとくに気に入っているお話です。 これを読んだら、きっと、 がばいばあちゃんファンになりますよ〜
■「佐賀のがばいばあちゃん〜 35〜38ページ」
ばあちゃんについて行くと、 なぜか川をのぞき込みニッコリと笑っている。
「昭広(洋七さんの本名)も 手伝いんしゃい」
振り返ってそう言うと、ばあちゃんは川から 木ぎれや木っ端を拾い上げ始めた。 川の水面すれすれに1本の棒が渡してあり、 その棒に木ぎれや何かが引っかかっているのだ。
さっき、川を覗いていた時に、 「何かなあ?」と渡された棒を見ていたのだが、 まさか、ばあちゃんが仕掛けたものだとは思わなかった。
なんと、ばあちゃんは、この棒に引っかかる木の枝や 木っ端を乾かして薪にしていたのだ。
「川はきれいになるし、 燃料費はタダ。 まさに一石二鳥だねえ」
と豪快に笑うばあちゃん。 さらに、棒に引っかかるのは木だけではなかった。
川の上流に市場があって、 二股になった大根や、まがったキュウリなど、 売り物にならない野菜が捨てられる。 それも棒に引っかかるのだ。 ばあちゃんは、いびつな形の野菜を見て言う。
「二股の大根も、切って煮込めば一緒。 まがったキュウリも、 きざんで塩でもんだら同じこと」
もっともである。 さらに、半分痛んだ野菜や果物も、 売り物にならないので捨てられる。 しかし、ばあちゃんにとっては、
「痛んだところだけ、 切って使ったら同じ」
これも、もっともである。 というわけで、ばあちゃんの家では大半の食料を、 川を流れてくるものでまかなっていた。 しかも、
「夏には、 トマトが冷えながら流れて来る」
し、まさにいいことづくし。それに、時には、 どこも悪くない野菜まで流れてくるのだ。 (略)
毎日、毎日、 いろんな物が流れてきては、 棒に引っかかるので、 ばあちゃんは、川のことを 「スーパーマーケット」 などと呼んでいた。
しかも、
「わざわざ配達してくれると」 「勘定もせんでよか」
と、家の前の川を覗き込んでは笑っていた。 たまに棒に引っかかっているものがないと、
「今日は、スーパー休みか」
と残念がっている。 そして、このスーパーには ひとつだけ欠点があるとばあちゃんは言う。
「今日キュウリが食べたいと言っても、 食べられん。 それは、市場のひとまかせ」
どこまでも明るいばあちゃんである。 よその家では料理の本を見ておかずを考えていたが、 ばあちゃんは、川を覗き込んで
「今日のおかずはなんにすっかねえ」
と、メニューを決めていたのである。 (ここまで引用)
いいでしょう? ばあちゃんのたくましさ、明るさ。 まさに、明るい貧乏の見本ですね〜
「貧乏でみじめ… なんで私だけ、こうなのか?」 なんて、考えることもできたでしょうが、 ばあちゃんは、たくましく明るく生きることを 選択していたのですね。
人は、自分の人生を、 楽しむことも、嘆いてばかりいることも 選べるのだと思います。
つまらないことをグチグチ言ったり、 自分の不幸をなげくより、こんなふうに、 自分の置かれた運命をすっぱりと受け入れ、 さらにそれを楽しみ、豪快に生きる… ばあちゃんの生き方…見習いますっっ。
さて、続いて、こんなお話も…
■「笑顔で生きんしゃい〜 176〜179ページ」
鍋島藩の乳母までつとめるようないい家に生まれて、 美人で頭もよくて、順風満帆だったばあちゃんの人生。 でもそれは、じいちゃんの死と敗戦、 さらにアラタちゃんの事故によって、 空しくも砕け散ってしまった。
「思うとおりにはいかん」
くさっている俺に、ばあちゃんはよく言ったが、 思えば本当に重い言葉だった。 でも、もし、ばあちゃんがずっーと裕福なままだったら、 俺がこんな本を書くような面白いばあちゃんに なっていなかったと思う。(略)
本人は大変だっただろうが、自然と素晴らしい体験をして、 考え、悩み、開き直ってコツコツと積み上げてきたのが、 ばあちゃんの人生だった。
そんな、ばあちゃんが残してくれた中で、 俺が1番好きなことばがこれだ。
「死ぬまで夢を持て。 叶わなくても、 しょせん夢だから」
失敗しても落胆するな。 あきらめるな。 という、ばあちゃんからのメッセージが 伝わってくる一言だ。
ばあちゃんは、いい方向に向かおうとしてやったことなら、 どんな結果になっても失敗ではないと、言っていた。 そう言ってもらえると、 「失敗しても、いいんだ」 と、勇気がわいてくる。 それから、
「いいことをやろうとして失敗しても、 悪い人じゃなか。恨むな」
とも言っていた。
「最初から騙そうとして、 それがばれた人だけが悪人だ」 と。
例えば、こんなことはないだろうか。 数人で、どこかの場所を目指している。 道に迷った時、ひとりの人が地図を睨みつけて悩んだ末、 「こっちじゃないかな」 1本の道をさして言う。
異論を唱える者はなく、みんなでゾロゾロとそちらへ 歩いて行ったが、ひどい回り道になって、 目的の時間につけなかった。 「お前のせいだ」 1本の道を選んだ人を、そう言って責めるのは、 間違いだということは、誰にでも分かるだろう。 彼は、道に迷わせようと思って選んだわけではない。(略)
先頭に立って、一生懸命事業をやっていた人を、 倒産したと言って責めるのは間違いだ。
人生は、思うとおりになんていかない。 失敗して、当たり前なのだから。 これは、長い苦労の末に、 ばあちゃんがたどり着いた結論だったのだろう。
そして、それでいて、
「夢を持ちつづけろ」
と言うことができたばあちゃんは、俺の誇りだ。
最近時々思う。 子育てにかかりきりで、自分のことなんか後回しだった ばあちゃんの夢は、何だったのだろう。
いや、ばあちゃんにとっては、 あの苦しい状況から、子どもたちを立派に 育て上げることが夢だったに違いない。
「今日、明日のことばかり考えるな。 100年、200年先のことを考えろ! 孫やひ孫が500人くらいできて、 楽しくてしょうがなか」
ばあちゃんの夢は、きっと叶う。
(ここまで引用)
ばあちゃん、ステキですね〜 そして、ばあちゃんの夢…なんだったのでしょうね。 私には、
「何があっても、 明るく、楽しく生きると。 次の人生がまっとるからね。 そして次の人生では、 いい男をみつけると」
くらいは思っていたように思えます。 ばあちゃんは、1991年(18年前)に、 91歳で大往生したそうです。
今頃は、どっかで、生まれ変わっているか、 楽しい天国にいるかで、どちらにしても、 周りを明るくしているのではないでしょうか。 私には、そう思えます。
「思うとおりにはいかん」 でも、 「夢を持ちつづけろ」
忘れないようにしたいですね。 さて、明日は、このばあちゃんの ユニークな生活、心に残る言葉などを いっぱい紹介しますね。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月07日(月) |
「がばいばあちゃん」のお話その2…「職業は掃除婦」 |
今日も、昨日からの続きで、 島田洋七さん著作の 「がばいばあちゃん」からの お話紹介です。
今日は、以下の2冊からの紹介です。 この2冊の本には、ほろりエピソードや、 いいわぁ、ばあちゃん!と笑えるお話が いっぱい書かれているので、 ぜひ、読まんでみてください。 楽しい本ですし、読みやすいし、 元気がもらえますよ〜
「佐賀のがばいばあちゃん」
「がばいばあちゃんの笑顔で生きんしゃい!」
さて、この 「がばいばあちゃん」が どんな人だったかというと…
1900年(明治33年)生まれ。 (91歳で大往生) 名前はサノさん。 割合裕福な家に育ち、筆達者。 きちんと教育を受けていた(らしい)
そして、13歳年上の 自転車を営んでいたじいちゃんと、 結婚するまでは、陸軍大将さんの家で、 お手伝いさんをしていて、そのとき、 非常に厳しく礼儀作法などを教え込まれ、 その故、貧乏でも凛として品があったという。 そして、かなりの美人さんだったとか。
この自転車屋のじいちゃんとの間に、 5女2男をもうけるも、 42歳のときにじいちゃんが亡くなる。 美人だったので、再婚もあり得たが、 7人の子どもがいたため、再婚より、 果敢に先頭立って働くことを決意したと言う。 (ばあちゃん、かっこいい!!)
洋七少年が預けられたときは、58歳。 もちろん、まだ現役で働いており、 上の女の子2人は働きにだしたものの、 下の3人の女の子は高校まで、 長男は、大学まで行かせ立派に育て上げていた。
ただ、7人目の末っ子(アラタちゃん)は、 3歳のときの事故が原因で、脳の成長が とまってしまった知的障害児で、 洋七少年が預けられたときは、 14.5歳で家におり、 この3人が一緒に暮らすことになる。
さて、このばあちゃんが、 何をやって働いていたかというと、
「佐賀大学付属小・中学校、大学の 職員室とトイレ掃除をする掃除婦。 朝4時起きで、78歳まで現役。 休まず、丁寧が売り」
このばあちゃんの職業は、 こんなだったそうです。
■「笑顔で生きんしゃい〜 30〜33ページ)」
佐賀大学と附属の小・中学校で、職員室と、 トイレを掃除するのだが、大学以外のトイレは、 始業前に終えておかなければいけないから、 朝は、遅くとも4時起き。 それに、トイレの床はコンクリート敷きで、 底冷えがするし、まだ水洗じゃなくて くみ取り式だったから匂いもある。
しかも、今ならある電動ブラシなどもない。 かなり強力そうな薬品をまき、柄のついたブラシで、 ゴシゴシと根気よく磨かなければならなかった。 俺が小学校の頃なんて、まだゴム手袋もなかったから、 あっというまに手がガサガサになったものだ。
もちろん、個室もひとつひとつ丁寧に 磨きあげて行くのだが、小さな子どもが 使っているところもあるから、 粗相で汚れていたりして、本当に、 よほど根性がなければできない仕事だった。
(ここまで引用)
ばあちゃんは、この仕事を毎日休まず続け、 子どもたちを立派に育てあげたのです。
この時代、この掃除をやって、 いくらもらえたのかわかりませんが、 このきつい仕事をやり続け、極貧でも、 7人の子どもを育てあげたばあちゃん… しかも、明るく、めげずに。
やっぱり、 スーパー「がばい」ですね。 本当に見習いたいです。
ある時、広島にいる母親から 少しばかりのお小遣いをもらった洋七少年が、 ばあちゃんに誕生日プレゼントについて 聞いたら、こう答えたそうです。
「ばあちゃん、 誕生日プレゼント何がいい?」 「プレゼント? 手伝うてくれんか」
買ったプレゼントより、 掃除の手伝いをして欲しいということでした。 そして、手伝った後、ばあちゃんは、
「ラクね〜」 と、すごく喜んでくれ、 その笑顔をみて、 「これが何よりのプレゼントなんだな、 高価なプレゼントなんか贈らなくても 喜んでもらえるのだ」 と思ったということでした。
それから誕生日プレゼントは、 毎年掃除の手伝いになったとか。
また、こんなほろりとした エピソードも書かれています。
■「笑顔で生きんしゃい〜 122〜123ページ)
ばあちゃんの一番下の娘、明子おばさんは、 俺が佐賀に預けられた時は、まだ未婚だったにも 関わらず、ばあちゃんの家にいなかった。
喜佐子おばちゃんの家に住んでいたのだ。 子どもだったので何とも思わないでいたが、 明子おばちゃんの婚礼の日のことだった。
婚礼衣装でおばあちゃんの家に現れた 明子おばさんは、 頭を畳にこすりつけんばかりに手をついた。
「お母さん、ごめんなさい。 家はボロボロだし、 アラタちゃんはいるし、 お母さんはトイレ掃除に行っていて、 私、恥ずかしくて… すみませんでした」
明子おばさんは、喜佐子おばちゃんのところに、 家出していたのだった。 美人揃いと評判のおばさん達の中でも、 明子おばさんは際ってキレイな人だった。 頭も良かったらしく、勤め先は県庁。 娘盛りの明子おばさんが、 ばあちゃんの家に住んでいるのは、 辛かったのだろう。
(ここまで引用)
ここからは、私の推測だけれど、 ばあちゃんは、明子おばさんの気持ちを ちゃんとわかっており、許していたと思う。
しかし、そんなことを 気にしてはおれなかったし、 そんな余裕もなかったのだと思う。 生きていくのにいっぱいで。
こんなことも心にしまいつつ… 掃除一筋で働き続け(78歳まで) 明るさを失わなかったばあちゃん。 本当に「がばい」だと思いませんか?
明日は、このがばいばあちゃんの、 楽しいエピソードを紹介しますね。 これからが、本領発揮です。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月06日(日) |
「がばいばあちゃん」のお話その1…「極貧生活」 |
12月にはいるとさすがにばたばたしますね。 先日は、失礼いたしました。 <(_ _)>
さて、今日は、そんな忙しい師走に、 心あたたまり、そして、元気な気分にしてくれる、 本からのお話紹介です。 先日、私自身がばたばたとして忙しく、
「そうそう、忙しいという字は、 心を亡くすって書くんだわね〜」
なんて思ったりしました…(反省) 心がぎすぎすしていて、小さなことに腹を立てたり、 いろいろと気になって、周りの人が許せなかったり…と。
私には、そんな気分のときに、読む本が何冊かあります。 自分を戒める本だったり、考える本だったり、 気分を楽しくしてくれる本だったり… 今日、紹介するのは、その中の一冊で、 (今はもうシリーズ化されていますが) 楽しくしてくれる本です。
で、何の本かといいますと、 知っている方も多いと思いますが、 島田洋七さんの書かれた、
「がばいばあちゃん」 (※「がばい」とは、すごいばあちゃんと いうことだそうです)
のお話で、 こちらの本からの紹介になります。
島田洋七(本名/徳永昭弘)少年は、 小学校2年のときに、訳あってなかば強制的に、 佐賀に住む母方のばあちゃんのところにあずけられます。 このばあちゃんとの生活を書いた本です。
この 「がばいばあちゃん」が、 たくましくてステキなんですよ〜 そして、ユーモアたっぷりで 明るくてステキなんですよ〜
こんなふうに歳をとりたいと この本を読み返すたびに 強く…思います
どんなふうにステキか、 どんな「がばい」ぶりなのか、 今日は、そんなお話紹介です。
この佐賀での暮らしは、極貧生活で、 食べるものもない日があったといいます。 その時のエピソードです。
■5ページから
ある夕ご飯の席のことだった。 「ばあちゃん、この二、三日、 ご飯ばっかりでおかずがないね」 俺がそう言うと、
ばあちゃんはアハハハハハハ…… と笑いながら、 「明日はご飯もないよ」 と答えた。
俺とばあちゃんは顔を見合わせると、 また大笑いした。
■82〜84ページから
学校から帰った俺は、 ランドセルを置くやいなや、 「ばあちゃん、腹へった!」 とうったえた。 だが、その日はきっと何もなかったのだろう。
ばあちゃんは、 「気のせいや」 と、返してきたのだ。
そう言われると、 まだ9つかそこらの俺は、 「そうかなぁ」と 大人しくしているしかない。
もう日は暮れていて、 外で遊ぶことはできないし、 テレビなんてあるはずもない。 手持ちぶさたな俺が、 「何しようかな?」
と、ポツリと呟いたら、 ばあちゃんは、 「もう寝なさい」 と言うではないか。
時計をみると、まだ夕方の4時半。 いくら何でも早いとは思ったが、 寒かったので俺は素直に布団に入り、 いつしか寝入ってしまった。
多分、夜の11時半くらいだったろう、 俺は、いくら気のせいやと言われても、 お腹が空きすぎて目が覚めた。 隣に寝ているばあちゃんを、 「やっぱり腹へった」 と揺り起こしたら、今度は、 「夢や」 と言われてしまった。
がばいばあちゃんは、 こんな極貧もユーモアとたくましさで 乗り越えていたのです。
そして、この極貧のことを こんなふうに話してもいました。
■52〜53ページから
木の実をおやつに、おもちゃも手作り、 スポーツも走るだけという、 いたってシンプルな貧乏生活。
まだまだ子供だったし、 そう辛いとも思っていなかったが、 それでもある日、 何となくばあちゃんに言ってみたことがある。
「ばあちゃん、うちって貧乏だけど、 そのうち金持ちになったらいいね!」
しかし、ばあちゃんの答えはこうだった。
「何言うとるの。 貧乏には2通りある。 暗い貧乏と明るい貧乏。
うちは明るい貧乏だからよか。 それも、最近貧乏になったと違うから、 心配せんでもよか。 自信を持ちなさい。 うちは先祖代々貧乏だから。
第一、金持ちは大変と。 いいもの食べたり、旅行行ったり、忙しい。 それにいい服きて歩くから、 こける時も気ぃつけてこけないとダメだし。 その点、貧乏は最初から汚い服着てたら、 雨が降ろうが、地面に座ろうが、 こけようが、何してもいい。 ああ、貧乏でよかった」
………………………………………………………………
「ばあちゃん、お休み」 としか言いようがない俺だった。
というような生活だったということです。 しかし、がばいばあちゃんのステキさは こんなものではありません。
明日も、引き続き、ばあちゃんの ステキさを紹介しますね。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
《お知らせ》
12月に入り、ばたばたしており、 本日、臨時のお休みします。 <(_ _)> せっかく来ていただいのに、すいません。
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月02日(水) |
このばっちいものはなんだろう?そして謎は解けた。 |
昨日から引き続き、 街角でみつけた、ちょっと不気味なもの、 今日はその2です。 私は、これを見つけたとき、
「これは、スリラーにでも、 出てきそうだね〜」
なんて、思ったのでした。 なんとなくね。 違っていたけど…
それは、 東新宿のドン・キホーテの すぐ近くで見つけた。

何かというと、 近寄ってみると、 ほら、これだ。

「このそこはかとない 不気味さとばっちさを 醸し出しているものは、 いったい何だろうね?」
と、近づいて、 まじまじと見れずにおれなかった。 これは、何ですかね?
電話ボックス? 当然、そう思う。
そこで、 中をのぞいてみることにした。
どれどれ? 中はどうなってるの?
すると、 中はこんなだった。

「おっ、確かに、 うんと昔に使ったような、 電話機があるね。 でも、もちろん、 使えるようではないね、 ぶらりんとしているし…」
よくよく見てみると、 いろんな線はあるようだけど、 この線が、何の役目をしているのか、 皆目検討もつかなかった。
ぐるりと回りを見たけど、 それらしい役割があるとも 思えず、謎が残った。
しかし、大丈夫。 このものの謎は、 ちゃんと解けたのだ。
帰ってきてからネットで 調べたら分かったのだ。
あのね、この店の名前は 「韓国軍隊風居酒屋 DMZ(非武装地帯)」 というがっつりした名前で、 この店の、店頭ディスプレイに かつては使われていた ミリタリーアイテムだと わかったのだった。
(かつてのこのものの写真はこちら↓ 「韓国軍隊風居酒屋 DMZ(非武装地帯)」)
このかつての写真を見ると、以前は、 店頭はずいぶんキレイで、かっこよかったと分かる。 だけど、今は…スリラーっぽい。 私には、ただのばっちいものにしか見えず… 申し訳ないけど、 店がうらぶれて見えるから、 店頭に堂々と置いておくのも、 なんだかな、なんて思ったのだった。
ま、そんな私の 余計なお世話の感想はさておき、この 「韓国軍隊風居酒屋DMZ(非武装地帯)」 のね、売り文句に、こんなことが 書かれていた。 (看板の下の方ね)

「母は息子を20年の歳月をかけ 一人前の男性にするが、 DMZはたった20秒で 最強の戦士を無限に 作り上げる」
20秒って…早いね… やや??も感じたけど、 そんなことらしい… ふぅ〜ん。
ということで、 ひとまず、このものの、謎は、 しっかりと解けたし、 この店の歴史もかいま見れたのでした。 よかった、よかった…
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
| 2009年12月01日(火) |
ちょっと不気味?…なんて思ったものその1 |
今日は、街角で最近見つけて、
「これは、なんだろうね? ちょっと不気味だね」
なんて、思ってしまったもの、その1です。 街角には、なんだかよくわからないものも たくさんあって楽しめるけど、 こんなやや不気味なものもあるのでした。
それは、 こんなところで見つけた。

「おやっ、なんだか 変な植木があるね?」
と、遠くから見たとき思い、 近づいてみたら、こんなものだった。

ま、素直に言えば、 「大中小の植木鉢に、 枯れたような白い木が 入っている」
だけど… なんとなく不気味さを 感じるのだった。 このにょきにょきさに。
(それと、いちばん上の写真で見えている 植木の手前の小さな屋根のある 肌色のダクトみたいなものも ついでに気になった…なんでしょうね?)
植木鉢が、うんと小さく見えるほど、 いっぱいの枯れ枝?のようなものが 無理やりつっこまれていて、 なんだかとても奇妙だった。 これは何ですかね?

まじまじと見てみても、 想像力のない私には、 枯れ枝としか見えなかったけど、 流木かなんかなんでしょうかね? (植木鉢のイラストもお魚だし…)
何かに使うものなんでしょうかね? 例えば、部屋に飾る装飾品とか? それとも趣味かな?
でもま、 私などにわからなくても、 きっと何か意味があるものか、 捨てるに捨てられない大切なものか、 そんなものに違いないと思ったのだった。 玄関先に置いてあるしね。
明日も、引き続き、 やや不気味だと感じもの、 ご報告しますね〜
気軽にコメントが入れていただけます。
→「ぼちぼち、お散歩日記」
■「ことば探し」に戻る時→
「ことば探し」
■「ことば探し」メールマガジン(月〜金)発行しています。
「今日のことば」以外の過去のことばも紹介しています。
コンパクトで、読みやすい構成にしています。
→「購読申込み」
|