うさぎのつぶやき
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今月から「きまぐれ日記」として新しいページを作ることにしました。 これまでの「徒然日記」はそのままエッセイみたいな形で、これまで通り 書き込んでいきますが、毎日のちょっとした出来事や、覚え書きなどを 簡単に書き込めるものが前から欲しかったものですから思い切ってページを 増やすことにしました。
それでも、いい加減な私のことです。 昔から、日記帳が長続きしたことはありません。 どれだけ続くか分かりませんし、毎日書き込めるかどうかも分かりませんので 全くきまぐれに書いていきたいと思います。 できるだけ、毎日書いていくつもりです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
<徒然日記より>
パソコンがダウンしてから約2週間の間にいくつかお話できるようなことがありましたので、 少し書いてみようと思います。
その-1- ♪ 一万人の第九
12/1、大阪の年末行事の始まりとして、今や定着しつつある“一万人の第九”に今年も参加してきました。 今年で20周年を迎えたこの大イベントは、年を増すごとに人気も、そして参加者も高まる一方だそうです。
オーケストラも去年までは、大阪フィル、関西フィル、京都フィルといったプロの演奏でしたが、今年から、“一万人の第九の為のオーケストラ”を作りたいという事で、関西の八つの大学の音大生で構成されるという“ユース オーケストラ”を、指揮者の“佐渡裕”さんが、指導され、ひとつの形を作られました。 そこに、京都市響などの演奏家十人と、ウィーンフィルやラムール管弦楽団、などから一流の演奏家を五人お招きして加わっていただいたという贅沢な、至福のひと時を味わわせていただきました。
おまけに、毎年いろんなゲストが見えるのですが、今年はもうすでにご存知でしょうが、あの“平井堅”さんでした。 ゴスペル調の歓喜の歌(JOYFUL JOYFUL)から今ヒット中の“リング ”そしてもう一度JOYFUL JOYFULとこの日の為にアレンジされた曲が披露されたのです。 照明を落とした、ピンスポットの中、 彼のしぼりだすような高い声がアカペラで大阪城ホールいっぱいに響き渡り始めると、 前日、本番前、とリハーサルで、既に聴いていたとは言うものの、思わずゾクゾクッとしながら、聞き入ってしまいました。
そして次にあの“大きな古時計”。 「僕も、この歌をききたかったんだよ!」佐渡さんもそうおっしゃっていました。 三番はみんなで、スウィングアウト、とっても感動的でした。
で、肝心の“第九”はというとこれまたとっても素敵でした。 佐渡さんが担当されるようになって今年で四年目ですが、 参加している私たちにもだんだんと佐渡カラーが浸透してきたみたいで、多分「こういう風な感じでありたい」と描いていらっしゃるスタイルにすこしずつ近づいているのではないかしら?私はそう感じました。 佐渡さんのいつも言われる一言、『本番は一回だけ』皆さんそれを肝に銘じていらっしゃるようでしたよ。
一万人の大合唱が終わり最後のタクトを振り終えた瞬間、会場の大型スクリーンを見ましたら、 佐渡さんの顔が汗と涙で、クシャクシャになっていました。 「ブラボー!」という声がどこからともなく聞こえ、割れんばかりの拍手・拍手・拍手で、 私はというと「佐渡さんが泣いてる!やったね!」と思わず叫んでしまいました。
ユースの皆さんが、世界の一流といわれる方たちと肩を並べて演奏ができたという事も、 彼らにとってとても有意義なことだったのではないかしら?
クラシックの世界は、とても底辺が狭くて、佐渡さんが学生のころ、なかなかその力を試したり又活躍したりする場がなくて、とても残念だったそうです。 だからこそ今、少しでも多くの学生たちにチャンスを与えてあげたいと思っていらっしゃるそうです。
力のある人や経験を積んだ人は、夢を持って進んでいる子供たちや若者に、少しでも手をさしのべて引き上げていって欲しいと思います。 それが文化を育てる事であり歴史を作っていく事になると思うから。
「私にできることは何だろう?」……。
その-2- ☆ イルミネーション ☆ 今年の一月末 パソコンを買ってからというもの、殆んど毎日10 時間位はPCの前で、キーボードを叩く生活が続いていました。 もっとも、とんでもなく忙しかったり、用事が長引いたり、具合が悪かったり、又田舎に帰ったり、そんな時を除いてですが・・・。
ですから、先日のPCダウンは、とってもこたえました。 手持ち無沙汰なのです。 何かしら落ち着かなくて、部屋中を見回してみたりするのですが、心ここにあらずといった調子で、どうも居心地が悪いのです。そこで考えました。 どうせPCが戻って来たら、家の事ほったらかしになるのだから、今のうち色々とやっておこう!とね。
で、まずお花の手入れをしました。 夏花が、いつまでも咲いていたから、そのままにしてあったのですが、さすがに冬〜春花に変えてしまおうと、土を掘り起こし、新しく入れ替えて、ビオラ・アリッサム・パコバ・リーガスベコニア・ミニシクラメンなどの苗を買ってきました。
我が家の道路に面した所に 2.5メートルくらいの幅で3段のひな壇をしつらえてあるのですが、そこに植木鉢をあれこれ並べて、おいていますので、色とりどりに並べ替えて、すっかり冬支度が出来上がりました。
毎年X'masの時期には、その場所にイルミネーションのライトを這わせて飾り付けをしています。 今年もやらなきゃあって思っていましたので、ついでにオーナメントも出してきて一気にX'mas モードに仕上げてライトアップしました。 我が家のお向かいに息子の家族が住んでいますので、しーちゃんも出てきて、 「わァ〜!きれい!ばぁば、きれいね〜」と喜んでくれました。 ついでにしーちゃん所の入り口にもオーナメントを飾りましたら、「ばぁば、ありがとう〜!」って言いに来てくれました。
私の子供たちが、小さい頃は、いろいろと忙しくしていましたので、なかなかこのような手のかかることが、思う存分してあげられなくて、私自身も辛い思いをしていたのですけれども、その代わりといっては何なのですが、しーちゃんのためにという口実を見つけましたので、きっと自分自身が楽しんでいるのでしょうね。
最近は、毎日夕方になると門灯をつける時に一緒に電源を入れ、ピカピカ光るイルミネーションを眺めて一人喜んでいます。
先日の歯医者さんでの出来事を読んだ方たちから、「大丈夫ですか?」とお声をかけていただきました。 ご心配をおかけいたしましたが、お陰さまでたいしたことにならずに済みました。有難うございました。
さて、今日は��一万人の第九”規定のレッスン最終日でした。 後は指揮者��佐渡裕”さんの特別レッスンを残すのみです。 毎年皆勤することはなく、今年も2回欠席しましたが何とか参加の権利を確保いたしました。 最後になって何人かのお顔見知りが出来、楽しく最終回を歌い終えました。 今年のゲストは、あの��平井堅”さんです。 噂が噂を呼びという感じで、チケット争奪戦も繰り広げられているようですが、なんとオークションで、4500円のチケットが2万円以上の値段で、出ているそうですよ。 まだ聴きに来たことのないかたは、是非一度・・・とご紹介をしたい所なのですが、今年はまあ無理ですね。 来年まで、お待ち下さい。その時期が来たら、又お知らせいたしますので、とりあえず今年は、12/7(土曜日)のTY放映をどうぞご覧になってください。
| 2002年11月14日(木) |
◆歯医者で火傷・・・? |
小さい頃からの甘い物好きが禍し、私の歯は虫歯だらけ。
それでもマァそのつど歯医者さんにいき、治療はしていま したが、ここ半年位前から治療した歯の耐用年数が過ぎて きたらしく痛みがでてきて、今月に入ってから歯医者さん 通いをしています。
今日も予約を入れてましたので、行ってきたのですが・・・。
それは治療中の事でした。 治療している歯の中に薬を入れられたのですが、入れる時 にその薬が口の周りにタラタラとこぼれちゃったんですね。
途端に、熱く感じてヒリヒリし始めたのです。
最初は我慢していたのですが、だんだん火傷したみたいに 熱く、ヒリヒリ、ビリビリ。 でも、どうも我慢できなくなって“やめてッ!”て叫んでしまい ました。
先生も、看護婦さんも驚かれて、“痛みますか?”って聞く から、 “そうじゃあなくて薬がこぼれた所がヒリヒリして我慢でき ません。”というと、看護婦さんが、 “あらあ、赤くなってる〜”って、やっと気づいてくれました。
それから、20分ほどコットンに水を含ませて赤くなっている ところを押さえてくれてましたが、治まりそうにありません でした。 “とりあえず治療を済ませて下さい。家に帰って氷で冷やし ます” そういって、済ませてもらって帰って来ました。
帰って鏡を見たら、その薬が伝って行った跡が蚯蚓腫れみたい に赤くはれて、熱を持っていました。
氷で冷やしていたのですが、夕方になっても痛みますので近所 の皮膚科に行きました。 擦り傷や、切り傷ならば、ほっといたら治るけどこれは、薬品 によるものだから専門の先生に見てもらったほうがいいと判断 したからです。
案の定“薬による火傷”でした。 跡が残るといけないので来て貰ってよかったですよ。 皮膚科の先生は、そうおっしゃいました。
唇の上2センチ程と下唇から喉にかけて10センチ程、 赤い線状痕が残っています。 唇の真下から、喉にかけて太〜い絆創膏を貼られて しまいました。
暫くは、外に出る時は、マスクが必要のようです。 べっぴんさんも台無しや〜。
先週の日曜日“第九”のレッスンに行くのに大阪駅まで電車に乗りました。
ホームに入ってきた車両は、どこも入り口付近は人がいっぱいでしたが、私の前で止まったドアだけが、がらんとしていましたので「ラッキー!」と思いドアが開くなり乗り込みました。 すると、一人の男性が、ドアの方に背を向けて、胡坐をかいて座り込んでいるではありませんか・・・。 「あー、それで、ここだけ、すいていたんだなあ」と合点がいきました。 その男性、コールテンの黒のジャケットを着て、ネクタイもちゃんと締めて、身なりはきちんとしていましたが、座り込んでいただけでなくタバコを吸っていたのです。おまけにかなり酔っ払っていて・・・・。 でもなにか、いやなことがあったのでしょうか?しきりにげんこつで、床を“バン!”と叩いていました。 周りの人は見てみぬふりをしていましたし、私もチラチラと横目で見てはいましたが、どうする事も出来ないまま次の駅で、その人は、降りていきました。
こういうシーンに出くわした時って結局何もいえないんですよね。 わざとらしくびっくりした顔をしたり、あからさまにいやな顔をするくらいの意思表示しかできないものです。 特に、最近は・・・・。
だから 時々ニュースで、正義感を出して逆に被害にあわれた方の事が取り沙汰されたりしてますが、そういう人って、すごいなあってつくづく思いました。
その同じ日今度は帰路に着くために大阪駅で、電車を待っているときの事です。 日曜の夕方近くということもあって、普段でも混雑しているホームはとてもたくさんの人で、ごったがえしていました。 私はついでに買い物をし、いくつか紙袋を持っていましたので、座って帰ろうと、ひとつ見送って次の電車の乗り口の最前列に並んだのです。 私の後ろには、すぐにたくさんの人が並び始めていました。 そして電車がホームに入ってきたときです。60歳くらいの男の人がスーっと私の横に並んだのです。 ドアが開くのと、その人が、私の前に立つのと同時でした。 割り込みもいいとこ!シラーッとした顔して、その人は座席に座りました。 私の後ろにいた人達もきっと同じ事思っていたのでしょうか?満員電車の中で、その人の周りにだーれも座らなかったんです。 もちろんその前にも立ちませんでした。まるで、バリアをはったみたいに・・・・・。 その人の周りだけ、誰も近寄らなかったのです。私は、心の中で、バンザーイと叫びました。
群集の無言の抵抗と言ったらカッコよすぎるかなあ。
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