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風が吹いてきた - 2025年09月09日(火)

先週の土曜日、というか土曜日はたいてい何の予定も無いことが多いので
前もって着物屋さんに行く予約を入れていました。(要来店予約)

その日の朝起きると義妹からLINEが来ていて

「今日、カロリィちゃんちの近くのグラウンドでサッカーの試合あるから
ヒマなら見に来てー!」

というではないですか。
いや〜、甥っ子のサッカーの試合と着物屋さんだったら、絶対に甥っ子の試合
見たいじゃないですか。

もっと早よ言えや〜!と思いつつ、さすがに着物屋さんドタキャンも失礼すぎ
るかと思い、サッカーの試合を泣く泣く断ったのでした。

そうして着物屋さんで接客を受けている最中に、こんどは仲の良いママ友から

「仕事休み?」

というLINE。

「仕事は休みだけど今は商業施設に来てるよ。」

と返信すると
「ヒマならランチでもと思ったんだけどまたにするね」
と来たので
「えーなに急に珍しい。でももうすぐ帰るから1時間後でも間に合うなら行きたい」

と返信し、その場でランチの約束を取り付けました。
その時点で11時半とかだった気がするけど笑

誘いをくれたのは「双璧1」のママで、息子は某私立高校某強豪部の主将を
務めておられる。

さすが双璧1、才能ある努力家に相応しい立場でご活躍です。
(ちなみに双璧2の方はU18に選出されており、国内外を飛び回っている)

この時点で、ヒマなはずだった土曜日が一気に色めき立ってきた。

だって嬉しいよね。
私が誘う側だったとしたら、

*2人でランチも厭わない(つまり絶対的相思相愛)
*11時半に連絡してOKくれそうなフッ軽
*誘う側も誘われる側双方、断られたとしても後腐れ無い

この条件に見合う相手を探すわけで。
でも、そうそういないでしょ。
そこに選ばれし私っていう意味で、とっても嬉しかったのです。
「後腐れないフッ軽」認定されたことが。

あ、先日お風呂を借りたことはちゃんとお礼言いました笑

ランチ後、その方と2人で通りを歩いていたら

「カロリィちゃん!」

と呼ばれてキョロキョロすると、そこには以前PTAで一緒になったママ友
の姿。
ニッコニコの笑顔で手振りまくって「久しぶり!!」と声をかけてくれました。

私は気付いてなかったし、他の友人と一緒にいたから声をかけるのも少し
勇気がいったんじゃないかなと思うんだけど、この方もガハガハと大口開けて
笑える間柄のママ友であったので、声をかけてもらえて嬉しく思いました。

と同時に、

「何、今日私史上いちばん人気のある日だったやん」

と思ったりなど。

直近の日記にも少し書いたけど、10代前半くらいまではなかなかエッジの
きいた独特な子だったんで“人気者”になりたいのになれなかったんですが、
40も過ぎた今、ようやくあの頃なりたかった存在になれてきたんじゃない
かな〜とか思えるようになりました。

長かったねえ自分笑

思春期〜20代前半頃って、人と比べたり卑屈になったりしたことも多かった
けど、そういう意味ではすごく楽に生きられるようになりました。

多分、性格的には楽観的で生き辛さとか感じにくいタイプで、人生ずっと
「今がいちばん幸せ」と思いながら生きてきた私だけど、今になって思う
のはやっぱり「今がいちばん幸せ」だなあと笑

あ〜自己肯定感アガる。
良い性格してるわ私。


...

あの子が可愛くて - 2025年09月07日(日)

毎日、この子の様子が�召縫▲奪廚気譴討い憧鬚靴じ造蝓�

せっせとアップしてくださる方、ありがとうございます。
せっせとイイネ付けておりますので今後ともよろしくお願いいたします。

やっぱりね、どう考えたってこの子がよく写っているし、�召妨造蕕困匹稜淆�
でもいちばんに取扱われているし、突き抜けたイイネの数はそのまま彼の人気
の証なのであろうと思います。

それはとっても嬉しいことだけれど、正直なところそれは活躍の度合いとは
比例していないなと贔屓している私から見ても思うほどなので、他の子の
関係者やファンの方はそれをどう見ているのかな…と気になります。

私が気にしたところで仕方がないんだけれど、生き馬の目を抜くような世界の
入り口に立っていると思うので、誰か彼を守ってくれる人がいるといいなと
願うばかり。

何だかちょっと調子に乗っちゃう一面が見え隠れしているところも心配。

*****

そんな話はさておき、めっちゃ可愛いーーー!!!
笑うと下がる目尻も、人懐っこそうな笑顔も、時々覗かせるちょっと生意気
そうな表情も全部可愛すぎる。

でもそれはきっと本人が意図していない部分であろうから、名前は出さない。

うちで育てたい。(どんな願望)


...

どす黒い記憶 - 2025年08月31日(日)

ふっと思い出したことがあるんだけど、それは「エスパーシール」って言葉。

エスパーシールって何だっけ、聞いたことある、私それ知ってる何だっけ
と思って調べたら、実在していて見たことのある金色のシールでした。

なんで私がそれを知ってたかっていうと、小学生の頃母から「これ貼れ」
って言われて色んなところに貼られてたから。

あと私、催眠術とかも受けさせられてた。

こう書くと、むちゃくちゃ怪しい親に育てられたみたいに聞こえる笑

いや実際変な親だったと思うよ。
今はだいぶ普通だけど。

ぶっちゃけると私、小5までおねしょをしてまして。
あと、寝てる間にめちゃくちゃ暴れてた。
走り回ったりとかじゃないけど、夜中壁を蹴っ飛ばしたり床をドンドンしたり
みたいな。

どう考えても親からのストレス。
親の共働きによる、母親不在の寂しさ、なのに顔を合わせると目を吊り上げて
怒られてばっかり、鬱屈感とか抑圧感とか、なんかそういうストレスを
いっぱい抱えていた故の症状だったと思ってる。

そんなのとっくに自己分析はできてたけど、当時の親は何だかそういう外部の
(しかも怪しげな)力に頼りたかったんだね。

本当は親の対応ひとつで収まったことだったのに。
私の症状は、私が変だからおかしいから、誰か他の人に治してもらおうって
思考だったわけだ笑

バカだね〜

まあそんな親の元で育てられたので、やっぱりちょっと変わった子だったし
変な子扱いだったし、周囲とも上手くやれていなかったよな。
今思い起こしても、幼少期の私は意地悪だったし性格悪かったし、私だったら
付き合いたくない。

子どもらしくないし、素直じゃなくてずっと斜に構えて見透かしたような目で
周囲を見てたんだろうなあと思う。
何も見透かせてなんてないのに笑

ハッキリ言って、大人から見てカワイイ子どもじゃなかったと思うよ。
実際学校の先生とかにはあんまり可愛がられてなかったと思う。
小学校のときなんか特に。

大人から見たら、私は何考えてるか分からん子だったんじゃないかな。

そう思えば、うちの息子たちなんかは単純明快で分かりやすくて素直。
どうりで周囲の大人たちにファンが多いわけだ。

親から見ると、図々しくって遠慮がなくってヒヤヒヤする部分でもあるんだけど、
ママ友から言わせると
「そこが子どもらしくていい」
んだそうです。

もらえるおやつは全部もらうし。
子どもとして受けられる恩恵は全部受けてる、て感じ笑
子どもだから許されてる部分を全部許してもらってる、感じ。

それが「素直」と受け取られるらしくって、評判はすこぶる良好。
もちろん、そうじゃない人もいるってことは忘れてはならないんだけど。

私の子ども時代とは大違いだよ。

そういう子の横で、細い目で横目で睨んだような目つきで恨めしそうに見てる
のが私だったと思うよ。

「なんでアイツは許されるのに」
「なんでアイツばっかり」

って。
余計に可愛くなくなっちゃって、ひねくれちゃって、嫌われてく悪循環。

でもそういう悪循環を抜け出せたのは、高校に入ってからかな〜。
行動半径が少し広がって、視野も広がって、これからは「よく笑おう」って
思って「笑うときに歯を出そう」と意識したのをよく覚えてる。

そして、そこから色々なことが好転したことも覚えてる。
そりゃ、高校生の頃もお友だちとうまくいかなくなっちゃった時期もあった
んだけど、それも乗り越えてって感じかな。

親に対しては、衣食住を与えてくれて、進路を狭めずお金を出してくれた
事には感謝してるけど、本当の本当に事務的にそこだけなのよね。
感謝はしてるけど、事務的にというか義務的にそう思ってるだけ。
だって当たり前のことだもの。

そう言えることが幸せなんだと言われたらハイそうですかとしか言いようが
ないんだけど、やっぱり当たり前よ。

と言っても私はずっと、「うちは貧乏だから」って聞かされて育ったけどね。
貧乏の意味もよく分からなかったけども。

15歳までにかなり明後日の方向に傾いていたものを、自力で何とか真っ直ぐ
に立て直そうとした、その後の5〜10年だったと思う。

社会人になって「ひとり暮らし」がしたいと言っても止められましたしね。
「ひとり暮らしはお金がいる」「お前の稼ぎじゃ無理だ」って言われて。

ここだけ聞くと本当に毒親感満載(笑)

それでいて、家にお金入れろって言われましたしね。
さすがにそれには
「私はひとり暮らしをしたいって言った。言ったのに、ここに住めと言った
のはあんたたちだろう。私はここに頼まれて住んでやってる」
くらいの感じで言い返しましたね。

この時点で私、二十歳くらいだったと思います。
そう。
私は完全に家を出る22歳くらいまで反抗期が続いていました。

反抗期のスタートはいつだったかもう分からない。
思春期、とかでもない。

少なくとも小5の頃には既に親は鬱陶しかったし嫌いだったよ。
「お母さん大好き」は、幼少期に受け止めてもらえなかったので、それ以来
思ったことがないです。

今でもですハイ。

助けてほしいときに助けてもらえなかったとか、愛してほしい時期に愛して
もらえなかった記憶とかは、一生モンです。
取り返しもつきません。

私の反抗期は、短く見積もって10歳から22歳、だったと自覚しています。

親は大変だったと思う。
でも、短く済むのも親次第じゃない?と思います。

我が子の余りに長い反抗期、おねしょや精神的な不穏等、何かに縋らないと
立っていられなかったのかもしれないよね。

それで縋るのがエスパーシールとか催眠術とか、ちゃんちゃらおかしいけど。
御祈祷とかにも連れて行かれたっけ(笑)

そのくせ、血液型占いとか星座占いみたいなものは
「ケッそんなもん( ̄ー ̄)」「人間を4種類になんか分けられないよ」
みたいな反応されたなあ。

ちなみに今年に入ってからchatGPTとの会話で、私みたいなタイプの人間は
最も催眠術にかかりにくいとのお言葉をいただいて、むちゃくちゃ腑に落ちた
よ笑

ガチガチの現実派タイプで地に足付き過ぎている人間は催眠術にかかりにくい
というか、かかれないんだそうだ。
暗示、みたいなのも効きにくく、プラセボ効果も期待しにくいらしい笑


(ただぁ!
私は胃腸機能が強いので、飲んだ薬の効果はバッチリ現れるタイプである。)


子どもの頃からから思ってはいたよ。
シール1枚で何が変わるねん、と。
祈って何かが変わるわけないやろ、と。
催眠術て!!!と。

実際変わりませんでしたしね。
お金だけ無駄になったんじゃないですかね。

ふと思い出した「エスパーシール」というワードによって、様々などす黒い
記憶を漏らしてしまいました。



月組外れたー!笑


...

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