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第2回 4時間ボッチ耐久BBQ。 - 2022年09月03日(土)

ハイ出た陽キャ必須イベントBBQしかも@湘南のビーチ!!

これ以上ないってくらい色んな条件揃ってる陽キャイベント(笑)
私は前日からため息の連続(笑)

終わったから「(笑)」って書けるが!!

*プライベートビーチを
*海の家ごと貸し切りで
*サップあり、シュノーケルあり
*泳ぎながら女子とキャッキャウフフの追いかけっこ

そんな4時間。

私はといえば相も変わらず4時間中3時間50分間くらいはボッチ状態で
誰とも口をきかない状態でポツンしておりました。

もう慣れたわ!

何人かの方は話しかけてくれたし、どうぞどうぞコチラへとは言ってくれた
んだけれど、その場にいたとて私の分かる話は皆無でございますから、皆の
輪に入る意味は感じられず、ちょっと離れた場所におりました。

第1回よりは短く感じたわ。
ボッチにも慣れて。

いやそんなことよりもですよ。
3時間50分ボッチだった私の10分間を埋めてくれたのが、1人の
コーチの方でして。

「どの子のお母さんですか?」

と話しかけてくれたので息子の名前を答えましたところ、それまで飲みかけ
のペットボトルを片手にダラッと椅子に腰かけていたのをピシッと直れの
状態になり、

「えっ!!次男くんのお母さんですか!!」

と。
どうやら、次男チーム担当のコーチをやることが多いらしく、次男のことを
良く知ってくれているようなのでした。

そしたらそのコーチ、むちゃくちゃ興奮して

「あの子はね、センスあります。むちゃくちゃ上手い。ピカイチですよ。」

と言うではないですか。
私は例のごとく
「ええぇぇぇ!?」
と驚いてしまい。

「頭良いでしょあの子。すごく回転が速い。悪知恵も働くでしょ。でも
スポーツやる上ではとても大事なことで。今すぐにでも1軍で、エースに
なれる力は持ってるんですけどね。」

けどね。(笑)

「集中力が、3分しか持たない(笑)」

とゲラゲラ。

「でも僕ね、彼の大ファンっす。あんなセンス、羨ましい。自分にもあれば
いいなと思いますよ。彼には、自分の走るコースが見えてるんです。
走るのが速くても、コースが見えてて走ってる子と、ただ速いだけの子が
いるんですが、次男くんには見えてる。それはね、もうセンスなんですよ。
それが彼は、ピカイチ。あの体型にしては、走るのも速いしね。

僕、ここしばらく彼のチームの担当だったんで、彼を攻撃の中心に置いて
試合を組み立てるの、すっごく面白かったんです。
でもこないだの大会のときは、担当外されちゃって。眠れないくらい残念
だったぁ…」

と、初対面なのにどんどこしゃべるじゃないですか。
お母さんビックリですよ。
と同時に、とてもとても嬉しくて嬉しくてありがたくてありがたくて。

「全国高校ラグビー狙えますよ、彼なら。」

と言い切ってたわ。

マジですかいなそれ。
母のほうは何のセンスも無さ過ぎて、彼のセンスには気付いてあげられない
んですが!!(笑)

ただでもあれだ、音楽のセンスがあることは私にも分かった。
何の楽器も習ってないのに、弾けるし吹けるし音感がある。
流行りの歌もすぐ覚え、何なら振り付けも見て覚えて踊ったりもしてる。

他人様はそれを、センスだピカイチだと言ってくれるけれど、何でも器用に
こなす息子を見て「器用貧乏にならなきゃいいなあ」と祈るばかり。

で、それを帰宅して夫に伝えましたですよ。
次男、センスあるんだって!ピカイチだって!上手なんだって!と。
そしたら涼しい顔して

「へぇ、嬉しいね。でもそれ少年ラグビーの頃から皆言ってたよ」

と言うではないか。
言うではないか!!

「高橋コーチも佐藤コーチも、カッ君も、誰も、それも。」

と。
母、それ聞いて

「あ…。そういや言われたことあるかもしれない…。」

と今さら思い出す。
母の悪い癖で、何だかそういうのをジョークとかお世辞とかにしか受け取れ
なくて。
謙遜でも何でもなく

「え〜、そうかな〜?センス?そんなもんあるぅ?」

と全て聞き流してきてしまっていたのでした。
えっとそれ、長男のときにもなかったでしたっけ?
デジャヴュ!!って思っちゃったわ。

母である私の方にスポーツセンスとか見る目がなさ過ぎて、何にも気付いて
あげられない問題。

でもですよ?
現在、6年生は3チームまたは4チームに分けられたりするんですが、
その場合必ず3軍または4軍なんですよね😅

とは言えコーチがそこまで言ってくれるだけあって、たとえ3軍でも4軍でも
必ず入ったチームではスタメンでエース格。
その程度のことは、私の目にも分かるのだけど。

まあコーチも仰っていましたが、次男は何にもしなくても上手だしある程度
何でもできちゃうから、地道な努力が嫌いだよねと。

基礎練とか地道な努力とか走り込みとか、そういうの大嫌い(笑)

99%の努力と、1%のセンス!って言うけど、彼にはその1%しかない
から、1軍にはお呼びがかからんと。

そういうことかなと母は理解している。

コーチとの10分間の会話がとても有意義で、意気揚々と帰宅した母でした。


...

陸の孤島に1泊2日弾丸コースの旅。 - 2022年08月31日(水)

祖母が亡くなりました。
享年96歳。

コロナ禍で数年会えていなかったというのもあり、年齢的なこともあり、辛い
悲しい寂しいというよりは、「お疲れさまでした」という気持ちで葬儀に参列
してきました。

先々週くらいから固形物は食べなくなっていたらしく、どんどんと衰弱して
いっていた様子。
だからまあ急にというよりは、「今夜にでも」という状態が数日続いた後の
出来事でした。

最初はテキトーに新幹線で帰って…と考えていたのだけど、日程的にも
実家の人員的なことを考えてもちょっと厳しいのではないかと思い、結局
私が飛行機・ホテル・レンタカーの全てを手配してビュンと行ってシュパッと
帰ってきたって感じです。

ちなみに妹は新宿近く在住。
大学出てからずっとだから、もう20年近くずっと同じマンションに住んでいる
らしい。
いちども訪ねたことはないが(;'∀')

なので、羽田集合して飛行機で向かい、私がレンタカーを運転して走り回る
という。

お昼の便に乗って、昼過ぎには着いて、チェックインまで少し時間が空いた
ので道の駅をぶらりとしてからホテルに。

ホテルのチェックインが3時で、葬儀場に4時半集合だったんで、なかなか
のオンタイム。

最初は、レンタカーをやめてタクシー移動にしようかどうかと言っていた
のだけど、結果的にはレンタカーの方が圧倒的に自由がきいて大正解
でしたわ。

むちゃくちゃ久しぶりの運転だったけど、昔取った杵柄ってエライもんで、
わりとすぐ馴染むのな。
若いうちに運転しておくのって大事。

お通夜は7時スタート、ホテルには寝に帰るだけ。
夕飯はお通夜で配られた折りで済ませる。

翌朝は8時半集合とのこと、8時にはホテルをチェックアウト。
朝食はコンビニのサンドイッチと、前日父親からもらった野菜ジュース。
侘しさ満点。

告別式は朝9時スタート、その後焼き場へ行ったり、焼いている間はまた
戻ってきて食事(なんか久しぶりにまともな食事をした感覚だった)、
終わったら焼けたおばあちゃんを骨上げしに焼き場、その後はお墓と、
移動の全てが車だった!!

レンタカーで良かったし、小回りの利くマーチで良かった!!(笑)

で、ですよ。
その日宿泊するかどうかで迷ってたんですが、実際「泊まってどうすんの」
て感じもあり、告別式当日の夕方の便で羽田に戻ってくるという、なかなかの
弾丸コースの旅となったのでした。

実際それで正解だったと思うし。

今回亡くなったのは父方の祖母だったんですが、コロナ禍数年で、母方の祖母
とその姉たちが相次いで亡くなっており、地元に帰っても「会うべき人」が
むちゃくちゃ減ってしまっていてですね。

滞在しても、行くところも会う人もないっていう事態が発生。
妹と「こんなこと今までなかったのにな」としんみり話しました。
これまでは、それこそ分刻みのスケジュールで「午前中は誰に会って、午後は
その足で誰に会って」とかいう感じだったんですが。

こう言っちゃなんですが、女性陣が亡くなると「会いに行こう」感が激減
します。

とはいえ母方の祖父も、その姉たちの夫陣もとっくに亡くなってはいる
んですが、今回は実母も入院中で不在ということもあり、わりと男性率高め
の葬儀ではありました。

話す相手が男しかいないって、想像以上に弾まない(笑)
母相手だと何でもネタになるんだけど、父と弟が相手だと、ネタに困る。
そう考えると、女性のコミュニケーション能力の高さよ、というところに
行き着く。

父も弟も、自分の興味のあることしか話さないから(笑)
興味のないことは、クスッとかフッとか笑って終わりか、聞いてないかの
どっちかだから(笑)

男性の、孤立しやすさみたいなものを感じてしまった日でもあったわ。

ホント想像以上に話すことなかったんで、むっちゃ早く空港に到着。
母の入院のこととかこれからのこととか、空港のフードコートで妹とお茶を
すすりながら色々話しました。

ま、どーなるんやろな。
治療のこととか、余命的なこととか。

4年前に母方の祖母が大腸がんの手術をするって聞いたときに
「え、手術すんねや」
と思った瞬間に、自分のドライさ加減に改めて驚いたんですが、今回母の
婦人科系のがんも、決して軽いものではないと聞かされたときにも

「まあ順番守ってるし」

を最初に思ったっていう。
血も涙もない娘。

母の、父と母は亡くなってて。
母は、長女で。

自分より若い世代の身内を亡くすのとまた重みが全く違うと思うので、次は
母の番でもまあ別にそれは、驚くことではないというか。

むしろ残された父がガックリ来るだろうなというのは安易に想像できるわけで。

死にゆく人(とか言うと「まだ死なんわ」って怒られそうやけど)には、
残された時間をどう過ごしていくかが大事で、当面死ぬ予定の無い人には、
心身共にケアすることを考えなければなと思う。

そして自分のことで言うと、私もがん検診には行っとこう〜っとと思った。
普通の健康診断しか行ったことないんで。
てかそれも昨年初めて受けたんで。

健康第一!と思うとともに、自然に任せたいなとも思う。
夫からは、「子供が巣立つまでは生きてて」って言われたので、とりあえず
そこまでは私の義務であると思ってる。

あと10年。




...

東北強制送還の旅〜2022夏の陣〜(4日目最終日) - 2022年08月23日(火)

だんだんと本気でめんどくさくなってきちゃったんだけど、A型は真面目過ぎて
最後までやりきらない自分がイヤだから、3泊4日の4日目もちゃんと書くよ。

*****

と言っても現地を出たのは朝6時。
やっと帰れる!!✨

出発時は常磐道を使ったのだけど、帰り道は、ためしに東北道を使ってみよう
ってことになりまして。

Google先生のお見立てですと、渋滞にはつかまらないという予想。
信じますよ、Google先生!!

(結果的に渋滞ゼロ。道中のほとんどを時速80�勸幣紊鬟�ープ。)

夫の親戚一同はほとんどが南東北の出身で、彼らは口を揃えて
「絶対に、東北道より常磐道」
と言います。

なぜなら東北道は、山道だから景色が変わり映えしない上にカーブだらけ、
そしてむちゃくちゃ渋滞する!!ということだそうで。
あまりに皆が皆口を揃えてそう言うもんですから、私たち若夫婦は、東北道
を使ったことがなかったのです。

でもまあ今回はちょっと早めに出たから時間に余裕もあるし、なぜ皆あの
ように口を揃えて東北道を嫌がるのか、ちょっと身をもって知りたいよね
という話になりまして。

いつもなら常磐道で帰ってくるところ、今回は東北道オンリーで帰ってきた
のでした。

個人的な感想としては、やっぱり私は常磐道がいいかな〜と。
平野部だから景色も良いし、あと海沿いを走るので、今日本人が見るべき
ものが全部見えるというのも興味深い(←と言っては語弊があるか)。

人が住めなくなって雑草が生い茂り、屋根瓦が崩れ落ちた民家、昔は
こんなのなかったんだろうなあというソーラーパネル地帯、そして福島
第一原発の建屋。

それから名取とか多賀城といった辺りは、まだ常磐道なのか東北道なのか
あんまりよく覚えてないんだけど、元はどんな街だったんだろうな〜と
通るたびに思いを馳せたりする。

馳せたところで分からんが。

とはいえ、初めての東北道は楽しくもありました。
海沿いを走ったのでは通らないいくつもの県を渡るので、入ったことのない
SAや目新しいお土産なんかも買えたりして。
楽しかったですよ☺

そして無事帰宅。
ビックリするくらい渋滞には引っ掛からず!!
なぜ!?と思うほどに。

夫も夫で、自分の休暇は自分の自由に取れるんだからもうちょっとお盆の時期
をずらしてくれないかなといつも思うんだけど、結局何だかんだお盆真っただ中。

義両親、縁もゆかりもお墓もない地域に移住したので、お墓参りもしません
し、お盆関係ないやん。
8月13・14・15日にこだわる理由がもはや全く分からない。

まあね、塾も習い事もそこら辺を中心にストップするから予定を組みやすい
といえば組みやすいんだけどね。

*****

ようやく書き終わった!!


...

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