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ホンマは安静にしてなアカン。 - 2007年05月14日(月)

昨日、一昨日と自宅に軟禁状態。
母が外出することを許してくれず(有難くはあるんだけど)
ずーっと家の中で過ごした。

洗濯も掃除も買い物も炊事も、全部旦那さんと母がやって
くれた。

もし母が来てくれなかったら、「無理をしてるつもりは
ないけど・・・」という範囲内で家事もやっていただろうし、
旦那さんのお弁当作りも配達も、それに伴う買い物も自分で
こなしていたんだろうと思う。

今日はやっと外出許可が下り(笑)、ペン字教室に参加した。
その間母は、都会めぐり。
ルミネを堪能してきたようです。

ペン字の帰りに母と待ち合わせをし、一緒に商店街で
買い物をして帰りました。
距離にしたら、1kmちょっとは歩いたのかな〜。
さすがにドッと疲れた感じ。

朝もわりと早く起きたし、夜は12時前には眠りこけて
しまいました。


...

流産、後記。 - 2007年05月13日(日)

さて。
流産なんつー大変なことを経験してから2日が経ちました。
当日の寝る前までは平気の屁のカッパだったんですけど、
やっぱり布団に入るといろいろ考えちゃって、旦那さんと
2人でオイオイ泣きました。

人間、何でも実際に経験してみないと何にも分からない
もんだな〜と改めて思いました。
今回のことで、本当の意味での命の大切さを学んだような
気がします。
命を張ってそのことを教えてくれた赤ちゃんに、感謝したい
気持ちでいっぱいです。

これから私の体は、妊婦から普通の女性の体に戻っていく
んだそうです。
お医者さんに言われて初めて気がついたけど、胸のハリも
なくなったし、歯ブラシを奥に入れてもオエッとしません。
胃の辺りのムカムカもウソのようにスッキリしました。

私の場合、ハッキリとした“悪阻”と呼ばれる症状が
あったわけではないけど、ある日突然それが無くなって
しまうと、あ〜あれはやっぱり悪阻の一種だったんだなって
気付きました。

どう考えても気持ちのいい症状ではなかったけど、あれは
あれで母となれる女性の特権だったんだなと思いました。

*****

「健康で正常な精子と卵子が受精しても、細胞分裂をして
いく過程で、染色体の異常が発生する場合もあるんです。
それを、ママの体が察知して、この子は生きていく力が無い
んだと判断し、今回流産に至ったわけです。
ごくたまに、異常が発生したまま母体のセンサーを
かいくぐって生まれてくる子もいますが、その場合はやはり
重大な障害を抱えている場合が多いんです。
今回の流産は、母体が健康であったからこそ流産という結果に
なったんですよ」

と先生はおっしゃってくれました。

ま、流産した後は妊娠しやすいというのも聞きましたし、
しばらく大人しくしてから、また子作りに励もう〜!って
気にもなれました。なれましたよ>S姉さん

ひとまず、1週間は安静だそうです。
実家から母も出てきてくれましたし、2,3日は家事全般を
任せてしまおうと思ってます。

せっかく母の日&母の誕生日だったのに、世話かけちゃった
な〜と申し訳ないです。
いつもありがとう>母


...

- 2007年05月11日(金)

ちょっと、グロイ内容で申し訳ないのですが、一応報告です。
実は私、流産をしてしまいました。
お腹の中で、赤ちゃんがちゃんと育たなかったみたいです。
お医者さんいわく、“自然淘汰”ですよとのことなので、あまり
気にもしていません。

何となく、な〜んとなくではあるけれど、予感があったといえば
あった感じもしますし。
せっかく授かった命だったのに、私のドライさというか母性の
薄さには自分でもビックリしていましたし、赤ちゃんが
流れてしまうのは、運命だったんでしょう多分。

ダメかもしれない、とは昨日の夜から薄々感じており、今朝
一番で病院に行きました。
お医者さんから直接「流産ですね」と聞かされたら、やっぱり
ショックを受けるんだろうか・・・?と漠然と考えていたのだ
けど、思ったよりショックは少なめ。

それよりも何よりも、初孫の誕生を楽しみにしていた両じいじと
ばあば、ひぃじいじとひぃばあば、ひぃひぃばあばに報告せねば
ならんのが、辛いです。

私自身は、意外と大丈夫。
どこまでドライなんだろうか私って・・・と自分で思いますよ。
まあ、これが自分なんだから仕方ないんだけど。
ここまで薄情者とは。(苦笑)

次に生まれてくる子は、自然淘汰を勝ち抜いたサラブレッド
であるはず!と信じます。



...

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