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ミニュー特戦隊、参上!! - 2006年12月14日(木)

ミニュー特戦隊隊長、その名もミニュー。

忙しすぎて関わっているヒマがなく、日記に登場する機会が
ありませんでしたが、実は12月の頭からパートのおばさんが
来てくれていました。

しかしこのおばさん。
ヨークさんを超える、ツワモノだったのです・・・。
初日、シェフと一緒にパティシエルームにやって来ました。

シェフ「今日から、洗い場兼調理補助で入ってくれるミニュさん。
いろいろ教えてあげて」

ミニュ「ァィ、ミニュ デス・・・ヨロティクオデカイチマツ」

私たち「あ、初めましてこんにちはー。よろしくお願いします」

と一通り簡単な自己紹介と挨拶をほんの1分ほどで済ませ、
すぐに仕事に入ってもらいました。

私「ミニュさん、これは、洗い終わったらここに置いて下さい」

ミニュ「ァィ、コレ、アラウ、ココ置く・・・ワカタ。」

と話していくうちに、あ、この人日本人じゃないんだって
ことに気付き、黙々と仕事を進めながらも、私の頭の中は
ミニュさんに何て話しかけようかってことでいっぱい
でした。

どこ出身だろう?香港?台湾?中国本土かな?
前は中華街とかで働いてたんだろううか?
もしかしたら、日本語より英語の方が得意かな?
英語で話しかけてみようか・・・英語を使う機会ができる
かもしれないな・・・。 

午前中の仕事もひと段落つき、お昼ご飯の時間になって
ミニュさんに話しかけてみました。
そうだ、下の名前を聞けばなに人か分かるかもと思い
聞いてみると、

「カツコ」

お、渋い和名だなと思いましたが、少しずつ違和感が
出てきました。たくさん話し始めると、すごく流暢に
日本語が出てくるんですよ。

「ケーキ作れるなんてスゴイね!ケーキ作り、楽しそう」

と、ペラペラとしゃべりはじめたではありませんか。
ん?これはもしや、まさか、日本人?もしかしてミニュさん
日本人・・・?だってさっきカタコトだったのに・・・。

念のためシェフに聞いてみると、

「は?日本人だよ。こういう字書いて、名前だってカツコ
だろ?」

と言われました。
エーーーーーーーッ!!
何やそうなん??
香港とか台湾とかいろいろ考えたのに?
広東語で挨拶してみようかなーとか考えたのに??(笑)

ハイ。すんません。
れっきとした日本人でした。
どこ出身ですかって聞いたら、「ハチオーヂ」って
返ってきましたから。
よかったよ。変に失礼なこと言わなくて。

*****

隊長ミニュ、58歳独身。

ミニュは最初にも書いたとおり、かなりのツワモノ、
クセモノである。

パートさんが働く時間は、基本的に午前11時から午後6時
まで。でも今まで働いてくれたパートさんは、仕事の
具合を見て、7時までいてくれたりもしました。
しかしミニュは、ちょっと仕事がなくなって手が空くと

「今日はヒマだね!ねえ、帰っていい?もう帰っていい?」

と言い始め、初日なんて3時ごろにサッサと帰ってしまった。
シェフもシェフで、帰らせていいかどうかを私たちに確認
することもなく、勝手に許可を出して知らない間に
帰らせてましたから。ミニュさんいないなと思ったら、
「帰ったよ」とシェフが。
はよ言えよ。
ていうか帰らせる前に私たちに聞け。

翌日も、用事があるから帰ると言い、4時には帰ってしまった。
3日目なんて、本当に私たちに無断で帰りましたからね、ミニュ。
約束の6時まで働いたのなんて、1回だけですよ。(苦笑)

そしたらヨークさんは、
「勝手に帰るなんて信じられない・・・。常識が無い。
関わり合いたくない」

と言ってました。
イヤイヤイヤイヤ。
お宅も一緒でしょと。(笑)
無断遅刻に仮病欠勤、数々の伝説を作り上げてきたヨークさんが
何をおっしゃいますやら!!

そして、
「あのオバサン、独り言超多いよね。独り言か話しかけてる
のか分かんないから、無視するしかないよね」

とも言っていました。
エーーーーーーーーーーッ?
スゴイ!私と同じ気持ちじゃないですか!(笑)
私も同じこと思ってましたよ、あなたに!


パティシエルームの中には、素人さんから見たら、
何に使うのかよく分からない器具や機械もたくさんあります。
だから、何をどこに片付けるかっていうのはなかなか
覚えられなくて当然だと思うんですよ。
似たような形をしていても使う用途が全く違うために
片付ける場所も違ってくる場合も多いし。

年齢のことを鑑みても、多少覚えが悪いのは仕方の無い
ことだと思うんです。
何回言っても雑巾置き場に置いてある雑巾で洗った物を
拭いたり、粉や砂糖の上にボトボトと水をこぼしたり、
洗った物が泡だらけなんて、ちょっと有り得なくないですかね?

毎日ですよ、毎日。
毎日、雑巾で拭いちゃいけない場所を拭き、洗い物には
泡がついてるんです。

「ミニュさん!洗い物に、また泡がついてますよ!
毎日言ってますよね?泡ついてたら、洗い直しですよ!
めんどくさいでしょ?ミニュさん、泡ついた食器で
食べるの嫌でしょ?泡食べたくないでしょ??」

って言うと、

「ァ、ァ、ァ・・・ 泡 イヤ・・・。泡食べナイ・・・」

とまあ、こんな調子。
ハッキリ言って、扱いづらいし使えない。

そこで腹が立つのは、シェフもヨークさんもすぐ近くで
仕事してるのに、無関心決め込んでるってことですよ!
私があんなに大声張り上げて口うるさくミニュさんに
あーだこーだ言ってるのに、二人は黙々と自分の仕事だけを
進めてる。

こんなオバサンと、あんたたち3人でやってかなくちゃ
いけないんだよ?
私が抜けて、このオバサンが残るんだよ?
もういいよ、分かったよ!アンタたちがそれでいいなら、
私もう何にも言わないし、私だって関わらないし、
絶対ヘルプにも来ない!!

どうせ、どうにもならなくなって私の携帯にヘルプの
電話がかかってくるに決まってんですよ。
私、仕事辞めたらヨークさんの携帯着信拒否にするつもりで
いましたからね。
自分たちでやるべきことをせずに、人に甘えるな。

ま、せいぜい頑張っておくれませよ。

*****

私が入社した当時、良き姉のようなパテ姉さんと、かわいい
妹のようなパテ妹ちゃんがいました。
同じ年の夏、パテ姉さんの妊娠がわかり、その数ヵ月後、
私は今の旦那さんと出会い、とんとん拍子に話が進んで
結婚するに至りました。
翌年の私のお誕生日の翌日、パテ姉さんには女の子が
生まれ、

「ここで働いた人は、みんな幸せになれるパティシエルーム
かもしれないね。次は、妹ちゃんが結婚するかもよ?」

なんて話をしていたものです。
そういうジンクスができたら素敵だなと、本当に
思っていました。

ところが今はどうでしょう。
来年には30歳になる子供じみたヨークさん、シェフとは
名ばかりの無能な43歳、とどめにミニュ隊長ですよ。

本当に、本当に、辞めることを決心して良かったなと
心から思いました。
今、パティシエルームの中は本当に空気が重いです。
全く空気や人の気持ちが読めない人間ばかりが
集まってしまいました。
今やあそこには、不幸な空気が充満しています。
空気が淀んでいるので、一緒にいるだけで不幸になりそう。

早く来い来い23日。


...

あの鐘を鳴らすのは私。 - 2006年12月10日(日)

退職日が近づいてきた。
年明けすぐの婚礼の予定も続々と明らかになりつつある。

無理や。
あの2人じゃ絶対無理や。
どうするつもりやねやろ?
まず、1月第一週の週末から婚礼が入り、日曜日には
ブラフェが待ち構えている。
もうその時点で無理なんじゃないかって私は思ってる。

しかし。
シェフとヨークさんの2人は、いたって悠長なもんである。
なんでそんなに余裕?
ねえ。
分かってる?私いなくなるの!
今と同じぐらい婚礼の件数こなすのに、私がいなくなってるの!
ホンマに分かってる?

こりゃいよいよヤバイと思った私は、ヨークさんに
聞いてみた。

「ヨークさん、私が辞めた後のこと、具体的にどう
考えてますか?」

って。
そしたら、

「とりあえず、今のうちに頑張ってストック作っておこう
かな〜と思ってる。後はまあ、朝早く出てきて遅く帰るしか
ないんじゃないかな〜。体がいつまでもつか分かんないしね〜」

という返事が。
エッライ悠長にかまえとんなアンタ!
というのが率直な感想。
それで事足りると思ってんのかホントに。


こないだのブラフェ、ヨークさんは7時に出勤して、私は
電車遅延で遅刻して8時過ぎに出勤して、9時過ぎには
アルバイトの子もヘルプに呼んで、それでやっと10時の
開場に間に合わせたんですよ!?
それを、それを、シェフとヨークさんだけでやると?
本当にやれると・・・?


「いや、ヨークさんね、もし、もしですよ。
ヨークさんが辞めちゃう人で、私が残される側だったと
したらですよ。私、シェフと真っ向からケンカしてでも
後釜入れろって直談判しに行きますよ。それでもどうしても
人材が見つからないんだったら、自分のつてを探すなり、
後は、今辞めようとしてる人を引き止めるぐらいのことは
しますよ!?それくらい、必死になると思う!」

と、熱を帯びて話しました。

「もし、シェフから何かひとことでも
『残ってもらえないか』的な相談があったり、シェフの態度に
必死さが見えたら、私だってちょっとは退職時期延ばそうかな
とか考えようかなって思ってましたよ。」

とも言いました。もしかしたらヨークさんが、じゃあ
残ってくださいぐらいのことは言うかなと思って。

でも、私が言いたいことはほぼ100%伝わってなかった。
何を言っても生返事しか返ってこないし、だいたい私が
言ってる意味が分かってたかどうかも怪しい。

退職した後、ヘルプの電話がかかってくるなんて、絶対に
ゴメンだ。
しかも、一旦電話がかかってきてしまったら、断りきれない
自分がいそうな気がして、すごく嫌。
何だかんだで、働いてしまいそうで嫌。

妹ちゃんが辞めた時点で、もっと危機感を持って技術者採用に
力を入れるべきだったんです。

一番能力のある妹ちゃんが辞めた直後の秋の結婚式シーズン。
大変なことになるのは目に見えていたはずで、余りに
しっちゃかめっちゃかになってしまったら、私やヨークさんも
続ける意欲が失せてくるであろうことも、何となく
予想できたはずなんです。

なのに、シェフは「俺がやる」と言って周囲の助言を全く
聞き入れず、できもしないことを未だに「やる」と言って
人を雇う気配は全く無い。

私は、警鐘を鳴らしました。
鳴らしまくりました。

無理なんじゃない?
ねえ、無理なんじゃないの?

と。
もちろん、シェフには言いません。シェフになんか言ったら、
「だったら残ってくれ」と即答するに決まってるから。

シェフやヨークさんは、これからどんな大変な目に会おうと
知ったこっちゃありません。
私の警鐘を無視したんですからね。

だけど、オープン当初から働いている私にとって、私たちが
作り上げてきたと言っても過言ではない、我が式場の
ウェディングケーキがむざむざと崩れていくのを見るのは、
忍びないというか見るに耐えない気持ちになるんです。

ケーキの形からサイズ、色、絞りの入れ方、フルーツの配置に
至るまで、ほぼ全ての工程に関わり、試行錯誤を重ねて
やっと出来上がった、8種類のケーキたち。
細かいことで言えば、スポンジケーキひとつとっても、粉や
砂糖の量、生地の混ぜ具合や焼き加減などを考えながら試作
するところから始まり、生クリームの脂肪分のパーセンテージ
まで、無い知恵を振り絞って3人で考えたんです。

それが、たった数ヶ月で間違いなく壊れていくでしょう。
誰か1人、『パティシエ』が入らないと、うちの式場から
ケーキのセクションもろとも無くなってしまうんじゃないかと
いうぐらいの、危機なんです。

少なくとも、私はそう思ってる。

シェフ、本当にそれでいいんですか?

*****

シェフの1日。

私たちが9時や10時に出勤して仕事を始めていると、30分〜
1時間後ぐらいにやっとパティシエルームに顔を出す。
ホワイトボードに書いた仕込み表を、ゆうに5分間はじぃーっと
眺め、動き出したかと思えば、そこらじゅうの冷蔵庫を
開けては眺め、閉めてはまた開け・・・を繰り返す。
そしてもう一度仕込み表を眺める。

なぜそんなに長時間仕込み表を眺めるかというと、彼に
できる仕事が『無い』から。
シェフはまだ、ホントに数えるほどしか仕事ができない。
そして、やっとこさできるであろう仕事を見つけ、ボソッと

「俺、これやるから・・・」

と消え入りそうな声で告げる。しかし、ヨークさんに

「それは、こっちの作業が終ってからでないと無理です」

とつっぱねられ、再び仕込み表を眺める。
そして仕方なく、夕方始めれば十分間に合う仕事に手を
つけはじめる。

「何から始めればいい?何が優先だ?俺は何を手伝う?」

等の台詞がシェフの口から出たことは、未だかつて一度も
ない。
不思議でしょうがないけれど。

新しい仕事に取り組む姿勢を見せないので、私たちも
わざわざ教えることはしない。
だって自分でやったほうが速いし、おいしいもん。
だからシェフは、覚えた仕事を何とかの一つ覚えのように
毎日繰り返すだけなので、いっこうに成長しない。

だいたい12時半からお昼ご飯なんだけど、仕事のスピードが
追いついていないため、時間通りにお昼ご飯に行けない。
私たちがやれば30分程度で終る仕事を1時間以上もかけて
グズグズとやってる。
でも、待ってても私の仕事が遅れるだけなので、サッサと
賄いをいただきに行く。「お先に」とだけ言って。

普通の料理界には有り得ない。(笑)
下っ端が、シェフより先にご飯食べるなんて。
「俺はシェフだぞ!!」と口で言うも虚しく、誰からも
認められていない。

そんだけ時間かけて、そんな量の仕事しかこなせないなら、
パティシエルームから出て行け。
邪魔だ。
場所取るだけ、空気悪くなるだけ。

結局、午前にひとつ、午後に一つ仕事をこなして、シェフの
一日の仕事は終る。
同じ仕事を毎日繰り返すだけ。新しい仕事を覚えない。

しかも、どうやら色覚異常かもしれないという疑惑。
生クリームの色が、見分けられないのだ。
シェフは毎回、ウェディングケーキ用に作ったピンク色の
生クリームを、別の用途に使おうとする。
初めて見たときは、あえてピンク色を使いたかったのかなと
思って黙って見ていました。
だけど、「そこはピンクつこたらアカンやろ!」っていう
部分にも使おうとしていたので、

「シェフ、それピンクですけど・・・」
と言うと、
「・・・・。そっか。だよな・・・」

と言うんです。
一度や二度じゃなく。毎回です。

確かに、白っぽいピンクではありますよ?
だけど、明らかにピンクなんです。見まごうことなき、
ピンク色なんですよ。
しかも、隣に白い生クリームの入ったボウルがあるにも
関わらず、両方とも使おうとするんです。

白っぽいピンクのものしか無かったら、あれ、これ白かな?
と間違うこともあるかもしれませんが、隣に純白のものが
あるんだから、一目瞭然なんですよ。

あれ、何も言わずにほっとくと、ピンクの生クリームの
まんま、お客さんの前に出ることでしょう。
そのうちやりますよ、きっと。

*****

まあー、書き出せばきりがありません。
自分が辞めた後の不安要素。
でも、当事者である彼らがのほほんとしてますからね。
意外と大丈夫なのかも・・・。

と、思い込むことにします。


...

注)食事中の方は御遠慮くださいm(__)m - 2006年12月06日(水)

先日、縁あって『大腸洗浄』をする機会がありました。
ていうか、内視鏡検査のためなんですけどね。
検査自体は、なんてことなかった。
鎮静剤の注射うたれて、あ、あれ〜・・・って感じで意識が
薄れている間に終ってました。

苦しかったのは、前日と当日の検査前に行った大腸洗浄
ですよ。
前日の夜、早めの晩ご飯を済ませて食後に下剤を飲み、寝る前
までお腹がゴロゴロ言いっぱなし。
寝る頃には落ち着いていたんですが、夜中トイレに行きたく
なって目が覚め、しばらくお腹が痛くて動けませんでした。

人が苦しんでる時に旦那さんは寝言ゆってるし。

「あ、あ、あ、ウソウソウソ、何かかわいそ・・・
腕に・・・腕にひびが・・・」

と、大声で言ってました。
私の腕をさすりながら。
どんな夢やねん。

朝起きて、病院に着くまでの間も下剤の効果に苦しみました。
いつ『出る』かもしれない恐怖と戦いながら。
幸い、無事病院に到着。
私が一番のりだったようで、名前を呼ばれるのも検査の
順番も、全部一番でした。

更衣室に案内され、検査着に着替えるとすぐに大腸洗浄液
なるものを飲まされます。その量、1.5ℓ。
1時間半ほどかけて、1.5ℓもの洗浄液を飲み干さなければ
ならないのです。

液体を大量に飲むことが苦手な私にとって、拷問に近い
苦行のような時間でした・・・。
それでも、どうにかこうにか飲み干し、その間何度も
トイレに立ち、お腹の中の食べ物も宿便も出し切ってしまい
お尻から出てくるのは透明の水様便になったらやっと、
検査ができるようになります。

なんか、普通に大便をしたくなるような、いわゆる
『もよおす』って感覚は全く無いんですよ。我慢しようと
思えば我慢できるんだけど、便座に座ると、ビシャーッと
出ちゃう。
そりゃもう、ビックリするぐらいの量が出ます。

内視鏡写真見ましたけどね。
綺麗な腸でしたよ。

鎮静剤を打った後、やたら血圧が下がってしまい、しばらく
寝かされました。
もともとそんなに高い方ではないんですけどね。
80台にまでなっちゃったらしく。
でも、意識も朦朧としてたので、もっと寝てたかった。

人生初の、点滴うたれました。
私血管が細いらしくて、注射が難しいようです。
いっつも腕をビシバシたたかれる。
右腕をたたかれ、出ないわねじゃあ左腕出してって言われて
左腕を出したらまたビシバシたたかれ、やっぱり出ないから
右にしますといって、またビシバシやられる。

綺麗な女医さんがやってくれましたけど。
Mの人ならうれしいんでしょうか、ああいうの・・・。
喜びが分からないので、どうやら私はやっぱりドS。


...

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