ステテコ日和
地球に優しい、目にも優しい
Yes,I love ego☆
No,I love ero

2006年08月02日(水) ぱくっちゃった




御蔭様で23歳になりました。

色んな人に祝ってもらって、なんか恐縮です。

多分30歳くらいまではこんな感じで年を取っていくと思う。

気付けば30歳みたいな感じで。

ただ、30歳から先はすごく早く感じると思う。

「年」ということに関して敏感で、しかも忙しい。

若さとの境界線を自分で決めるなら三十路から。

それぐらいで結婚を考えているというのもあるけど・・・


23歳らしくといわず、永遠に18歳くらいでいよう。

中身も言動も、そして気持ちも。

「死んでも18!!」


写真:『23本のロウソク』(大阪府高槻市にて)





2006年08月01日(火) ・アベベ




得意なものは好きになっていく。

だから継続させることができる。

そう自分では思っていた。

でも、得意にいなる前に好きだったということに気付いた。


写真:『隣の家の背比べ』(京都市下京区にて)



2006年07月30日(日) 頂き続けます




舌にはさまざまな部位がある。

甘味を感じる箇所、辛味を感じる箇所、酸味を感じる箇所。

高校時代の生物の先生が熱弁していた。

だから、僕にできることを考えた。


僕に出来ること。

それは舌の上で感じられる限りを感じること。

そして五感で食事をすること。

与えられた幸せを最大限享受する方法だと思う。


今日のために昨日を「頂きます」


写真:『tasting』(京都市下京区ココン烏丸にて)



2006年07月29日(土) 姿勢




朝ごはんは真っ直ぐ向き合って。

昼ごはんは肩の力を抜いて。

晩ごはんは何も喋らず。

そしてデザートは斜めに腰掛けて。


そんな自分がいた。


写真:『揺らぐ手前』(宮崎県椎葉村にて)



2006年07月28日(金) 今日の朝ご飯




今日の朝ごはん。

なわけはない。


南瓜の味噌汁、赤鯛の煮付け、白米。

いつも決まって味噌汁の具から手をつける。

そして汁を啜る。

ふと目をやれば自分の顔が映り込んでいる。

なんか落ち着く。

そこにあるべきものがある安堵感。

それが朝食にも反映される。


今日一日も頑張ろうという気になる。


写真:『新しい芽』(大阪府高槻市にて)



2006年07月27日(木) 朝っぱらのパラ




蒸し暑いので起床予定時刻の3時間前に起きた。

天候は快晴。

外は蝉時雨。

額にうっすらかいた汗が夏らしい。


台所に行くと三ツ矢サイダーが置いてあった。

グラスに注ぐと白い泡。

思わず泡を吸い取る。


いつの間にかこれがビールに変わっていく。

ビールの泡を「おちょちょちょちょ〜ぃ♪」

別にビールが飲めないからとかじゃなくって。


今年の夏も暑くなりソーダー。


写真:『サイダー』(大阪府高槻市にて)



2006年07月26日(水) やまない努力




55%攻撃論。

あまり耳にしない言葉だ。

それもそのはず。

これは伊勢丹に根付く精神論なのだから。

内容は至って簡単。

可能性が半分(50%)を少しでも上回ったら「とりあえずやってみる」

サントリーなんかの企業理念なんかともよく似ている。


では残りの45%はどうやって補うのか?

答えは至ってシンプル。

「努力」のみである。


僕はこの「努力」という言葉が好きだ。

もちろん言葉には何の意味も持たないが。

狭い狭い実社会で何よりも力を持つと信じている。

精神論の占めるところも大きいが、やはり努力次第でなんとでもなる。

才能だけがモノを言う芸術などに比べてスゴクわかりやすい。

経験上、高校受験も大学受験も「努力」に比例する。

「頑張らない」で最大限の効果があるように見せる人も多い。

でもそういう人も「影での努力」、
そして「表に見せない努力」という人一倍の努力をしている。

才能だけでという人はいないというのが私見だ。

だから僕はある程度以上の努力をしてきた。


また、努力は形に実らなくてもプロセスとして評価される。

これを知っているのと知らないのでは大きく異なる。

もちろん努力が実らないことも多々ある。

多々ある、というか大概がそうだろう。

でも世間の定説は「やまない雨はない」

つまり「報われない努力はない」

努力したものが馬鹿を見る現実を少しでも覆い隠す。



松井秀樹は良い言葉を残している。

「僕は努力を続ける才能を持っている。」

彼の戦っているフィールドは「野球」

努力がものをいう。

とは中々言い切れない。

やはり運動面における才能は否めない。

でも彼はそれをも含めて「努力の才能」と評している。


松井は「努力の量」を闇雲に言ってるのではない。

「努力の方向」と「努力のタイミング」

自分自身で考えなければならない。


そしてそのためには「努力すること」に対して前向きである必要がある。

「努力すること」を隠す、もしくはそのように見せかける。

それを見破れない人はよほどの馬鹿だと思う。


大学時代の友人が「頑張らない」ことを頑張っていた。

これは一見愚かな考えだと見える。

でも実は考え抜いた末の逆説的レトリック。

「頑張らないことを頑張ること」の難しさ。

それを理解したうえでの言葉だと深く心に残っている。


「頑張らないより頑張る」

僕みたいな不器用な人間には簡単でちょうど良い。


写真:『日曜日の応援〜子供たちの戦い〜』(京都市右京区にて)



2006年07月25日(火) no title




毎日ノートを書いている。

その日に学んだこと、感じたこと、反省点・・・

特に自分の頭で考えたことを一番書くようにしている。

ただ、自分のキャパ不足ということもあり、復習ができていない。

書くことに必死になっていて、見返すことが少ない。

特に自己満足で書いてるわけでもないが、意識の問題だろうか。

こういう時に同期がいて良かったと思う。


写真:『reverse』(大分県玖珠町にて)



2006年07月24日(月) 見ようによっては




知らないうちに。

結構ありますよね。

知らないうちに嫌いなピーマンのジュースを美味しく飲んでいた。

とか

知らないうちに通りがかりの変質者と肩を組んでいた。

とか。


近頃はまっていることは日焼けした肌の皮剥きです。

あの’ペリッー’と剥ける快感。

まさしく依存性・愉楽性があります。

で、その剥いた皮をいつかの蚊取り線香の灰みたく・・・

集めて××してい×××(自主規制)


よーく眺めていると透き通るような感じと、
これまで自分の体の一部であったという寂しさ。

そして自分の汗と垢の結晶ともいうべき満足感。

味は無味。

手触りは柔らかく、そして伸縮性に富む。

そんな「皮」に憑り付かれています。


世界四大珍味とか言って誰かに食べさせたいなぁ。


写真:『見ようによっては』(京都市右京区にて)



2006年07月23日(日) ゴーメン。




今年の夏は例年に比べて蚊が少ない。

毎晩裸に網戸で寝てるけど、全く大丈夫。

これだけで全然違う。


この世から絶滅しても良いと思う数少ない動物。

今後どうなるか知らんけど、マラリアとかマッピラ御免やし。

それでも絶滅の危機に瀕したら指定とか受けるんかな??


とりあえずこれを書いた今晩以降も蚊が出ないでください。

書いてしまったから逆に出てきたり。

なんか幽霊みたいやけど、どうでもいいや。


健やかなる眠りを。


写真:『put your hands up』(京都市中京区にて)


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きむそん

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