ステテコ日和
地球に優しい、目にも優しい
Yes,I love ego☆
No,I love ero

2006年03月22日(水) 適当




新聞配りのバイクが5時の早朝を破っていく。

そんなんで部屋の電気がまた一つ点いた。


最近足がよく疲れる。

足の感覚だけが鈍いのに重くて、寝付けない。

マラソン選手みたいに安全ピンで刺したら楽になりそう。

こういうのが「だるい」っていうのかな?


自分の気の持ちようで病気になる。

どんな状況にもたじろかない精神力を養うため、
僕はこれからも精神論者でいこうと思う。

妥協は許されない。


写真:『Merry Xday』(埼玉県さいたま市にて)



2006年03月21日(火) 「¬=」=キ




西院の交差点からの夕暮れが好き。

ひんやりとした朝の妙心寺が好き。

等持院の角に咲く朝顔が好き。

六角通りから四条通までは微妙に遠い。

三条を走る路面電車の凹凸が好き。

円町はなるべく春日通りから行く。

市場を抜けて、銭湯があって、行きたいと思っていた。

でも4年間では結局行かなかった。


通学路っていう響きも懐かしい。

また時間があればフラフラ歩き回ろうと思う。


写真:『ドンツキ左手』(東京大久保にて)



2006年03月20日(月) 大事にしていきたい




今の自分に誇れるものはありますか。

周りを見れば自分よりも幸せな人や凄い人がいっぱい。

だからといって周りを見なければ良いという問題でもない。

相手もそれを願っていない。


石は石、ダイヤはダイヤ。

適材適所に配してやれば、自ずとそれぞれが宝になる。

本田宗一郎


写真:『自ら気付かない』(滋賀県安曇川町にて)



2006年03月19日(日) 後手後手





100%満足しきって人生を終える人はどれくらいいるんだろう。

伸びきったゴムのような時間。

だからこそ、僕たちは前に進めれる。

轍に書いたことがあるけど、時間を切り貼りしたい。

そんな自分勝手で馬鹿げたことだってできるはず。


写真:『駆け出せ!!』(新潟県能生町にて)



2006年03月18日(土) 一つの星座に1000万人




自己分析って結局は自分の理想像を想定して答えを選んでいる気がする。

選択肢もそれがどのように反映されるのか想像に難くないものばかり。

簡単なテストで自己発見とかできるわけもない。

タイプ分けしたり傾向を当てはめることで、
得られるものよりも失うものの方が大きい気がする。


深層心理にしても同じだと思う。

だいたいは万人に当てはまるようなことしか書いてない。

あなたは〜型って言われれば受け入れてしまうものだと思う。

「そういえばそうかも・・」って


写真:『右足か左足?』(東京渋谷にて)



2006年03月17日(金) 不堕落渡海




宗教などにおいて何かと反語が多い。

それはさも悟りきったかのようである。

反語を使ってわかってそうなことを言うだけで、
あとは教養のある人が勝手に解釈してくれる。

それは往々にして指導者の都合の良い方向にである。

古館さんはこれに似たような感じだと僕は思う。


写真:『人の穴』(静岡県富士宮市にて)



2006年03月16日(木) WANNA




心身ともに健全な22年間。

心の方は少し捩れてるけど・・・

そして最近考えることがある。

五感を感じる時、初めて第六感を感じるのではと。

それとも五感を補うために第六感があるのか。

いずれにせよ、幸せな話だと思う。


写真:『P245』(大阪府高槻市にて)



2006年03月15日(水) エコノミックアニマール




きちんと生活していながら、自殺を望む人もいる。

理不尽とどのように向き合うのかが大切だと思う。

「怠ける」と「何もしない」は違う。

もっと人生と気楽に関わりを持とうと思う。


写真:『垂れ首、洒落首』(滋賀県米原町にて)



2006年03月14日(火) 犬と変わらない




これまで頑張ってきたことを人に話したくなりませんか?

勉強やスポーツ、友達、旅行、バイト・・・

僕自身は優越感や自己満足が好きです。


でも、「自慢」って「自満足」ってわかっている。

だからなるべくは止めようとは思っている。


頑張ってきたことをみんなに知ってもらいたい。

そんな思いを持つことは少しヤマシイのかとも思う。


下心のない自慢をして、それに対する何らの詮索もない自己開示。

どうしたら痛い目を与えられるだろう。

こんなこと精一杯考えたくない。


写真:『数多の足跡』(静岡県熱海市にて)



2006年03月13日(月) 前後不覚




未来は過去に似ている。

生まれる時も死ぬ時も、結局は一人。

始まりと終わりが似ているなら、その間も大したことは無い。

毎日違うけど、そう大きくは違わない。

人生という括りで見るとつまらないけど、
毎日という括りで見ても疲れるだけだ。


写真:『片栗の花』(京都大山崎町にて)


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きむそん

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