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明日 咲く花
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2009年09月18日(金)  快方

膝の具合は、ジワジワとよくなってきました。

昨日あたりから、急に改善されてきたの。
それまでは、朝、膝が痛くて目が覚めたりしていたのに、
一昨日も、電車で出かける用事があって、超特急で用事だけ済ませ
帰宅したけど、やはり、その後は足が痛くて横になっていたの。

なのに昨日、突然、「あれ?痛くない?」みたいな。

私みたいに軽い疾病ではなく、重い病状の方でも、
よくなる気配がなく心がふさがっている方でも、
ある日突然、霧が晴れるみたいによくなる事があるかもしれません。

けして、捨て鉢にならず、前向きに♪


んで、今日は整形へ行く日だったので、
病院で先生に、得意になって、
「せんせー、よくなってきました♪もう大丈夫ね♪」と発表したら、

先生は、私の両膝を触り確認して、
「まだ少し腫れてるね。今日も注射、しとこうか」

「え〜、ヒアルロン酸注射ですか?」←明らかに後ずさり

「ほら、腫れてるでしょ?連休に入るし、また水が溜まったら大変だよ。
 救急病院に走ったって、膝に注射を打てる医者がいるとは限らないよ。
 この注射を打てる医者は、なかなかいないんだよ。(さりげなく自慢)
 『このまま帰宅して連休明けに整形へ行ってください』って言われるよ」



注射嫌いな患者を、先生は説得するわけです。
先生の顔を見ると、けっこう「おもろがって」いるように見受けられます。
患者が怖がるので、楽しんでいるのでしょうか?
先生はSでしょうか?


「わかりました……、注射、打ちます」 唇を尖らせて承諾しました。

「よしよし、じゃ、そこに横になってね」



「ところで、ゆうさん。その足、面白い日焼けだね。笑っちゃうね」

「う、、そこに気付きましたか!気付かれるとは!」

先生は、足下の私の靴を見た。

「先生、その靴をはいたからそんな風に焼けたんじゃないですよ。
 お気に入りのサンダルを毎日はいていたら、こんな風に焼けたんですよ」

「へーーー、ホントに面白い焼け方だね。笑えるね」

先生は、相当お気に入りみたいだ。

先生、私の足の甲の日焼けに見とれて、お注射失敗しないでね。(T.T)



「はい、おしまい。また調子が悪かったらいつでも来てね♪」

明るい顔で先生はおっしゃりました。

もう二度と来たくはないけど、また近い将来、先生のお世話になるんだろうな。





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田中眞紀子さんの例があるから、けっこう心配してるのだ。
一個人が心配しても、どうしようもないけど…。
っつーか、この心配は、的はずれ?

私、桝添さんのこと、けっこう好きだったんだな〜。( ´−`)

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2009年09月17日(木)  自分史を始めます。筋子のおにぎり

色々考えるところがあって、
この日記を読んでいただいている方には、
お目汚し…となるでしょうが、
少々、昔のことも書いていこうかと思います。


諸行無常。
わがみよにふる。
はなのちるらむ。
です。(全く説明になってない。意味不明じゃーーーー)


いつもの日記に「かませて」たまに挿入いたします。

登場したら「あぁ、またか…」と呆れていただけたら幸いです。

こんな感じ。


一、
幼少期
 筋子のおにぎり

雪深い町に生まれ育った。
3才の私の世話をしてくれる人は、何人かいた。
伯母ふたり、祖母、祖父、曾祖母、近所のおばちゃん。
誰が自分の母親なのか?
たぶん「ママ」と呼ぶあの人が母なのだろう。

「ママ」は、ほとんど私のそばにはいない。

仕事に出かける母の後ろ姿を追って、
「ママ!ママ!」と、ドアにへばりついて数知れず泣いた。
泣いている私の後ろで、祖母が困った顔で立ちつくしていた。


母は、冬になると私の手を引いて汽車に乗った。

早朝、夜もまだ明けぬ頃、
筋子のおにぎりを何個も握り、新聞紙に包んで汽車に乗る。

無口な母と無口な私。
汽車に乗ると、待ちかねたように、
淡々と、筋子のおにぎりをほおばる。

その時間は、中年と呼ばれる年齢に達した現在でも、
あざやかに記憶されている。

まだ温かみが残っている白いご飯。
食紅で真っ赤に彩られた筋子は、
温かいご飯に蒸されて、高貴な香りを発していた。


物資が少ない時代。
筋子のおにぎりは、最高に贅沢な食事だった。


母と二人で汽車に乗って向かう先は、苫小牧。
母の生まれ故郷。
製紙工場と漁がなりわいの、静かな町だ。
母の両親が住む町だ。

まだ1才の弟は、一足先に苫小牧で待っている。
母が働くのに赤子は邪魔なので、
母の両親の元に預けられていたのだ。


当時22才の母。
年に一度の里帰りは、心躍るイベントだった。


ーーーつづくーーー





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