| 2005年07月21日(木) |
明らかにする事・・・ |
杏珠先生へ
お返事ありがとうございました。 多分完全に理解するのは私のような凡人には難しいと思うのですが、 ご先祖様を単純に(省略)家として束ねることができない事は、 とてもよくわかりました。 血でつながっているものがご先祖様ということではなく、 魂でのつながりや因縁による結びつきがご先祖様であるという理解で 良いのでしょうか。 言葉にするのは大変に難しいですね。 子孫を残すということについても、 ご先祖様は血や名前を残すというよりは、志を継ぐということを指すのかもしれないなぁと考えたりもしました。いかがなものでしょうか?
どちらにしても、母にとっては良いことだと思いますし、 何ものにも代え難いプレゼントです。母には一応受け入れやすい 範囲でこのご祈祷のことと施主であることを伝えてみます。
それからもう1つお伺いしたいのですが、 以前、(省略)に御念珠を贈ろうとしたときには様々な邪魔が入りました。 しかし、今回母にご供養をプレゼントしようと思ったときには、 邪魔はまったく入りませんでした。 これは、私がご祈祷を1年以上続けていることや、 同じ(省略)家ということが関係しているのでしょうか。
(省略)
杏珠先生からもアドバイスをいただきましたが、 たしかに注意が必要だと感じています。 気を引き締めて、 (省略)1人の時間を大切にして向き合う時間を持ちたいと思います。
(省略)
私も弱いですし、グラグラします。 でもこうして友達が頑張っているのに、 1人魔に負けるようなことがあっては情けないですし、 これからの自分にも申し訳なく思います。 以前のように相手を探したいという変な欲はもうないですし、 今自分ができることをやって自立して、 1人でも生きていけるようになってこそ、そういう伴侶というのは、 もたらされるのだろうし、伴侶は寄りかかる相手ではないと思います。 (省略) 今は自分のことだけで精一杯だし、やりたいことがたくさんあります。 皮膚科も今日行ってきましたし、 明後日は(省略)教室に行けることになりました。 この自分を磨くお金は母からいただいた大切なお祝いを使い、 自分が綺麗になって嬉しくなった分、母に感謝したいと思います。
私は今までこういう気持ちが足りませんでした。 杏珠先生に本当に良いアドバイスをいただけて、 長い間抱えていたものが抜け落ちていくのを感じています。
ただ、私にはすぐ物事を型にはめ込んで考えたり、理屈に合わせたり、 変な勘でルール化するところがあります。 こうして考えていることも、 どこかに弱い点や勘違いしている点があるかもしれませんし、 杏珠先生からご覧になったら、危なっかしいと思われるかもしれません。 そのため、もし今の私の考え方で間違っている点がありましたら、 お知らせいただきたいのです。 それから、抜けている点がありましたら それもご指摘いただけると大変有り難いです。 (一部省略・抜粋)
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お待たせいたしました。
ご先祖様との関係について・・・ そうですね。 とても難しいのですが、 「志」というよりは、やはり「血」でしょう。
血脈に付随して、因縁(傾向)というものもありますから。 やはり言葉で説明するのはとても難しいですね・・・
お母様の先祖供養について邪魔が入らなかったのは、 貴方も仰っておられるように貴方が祈願(供養)を 続けていらした影響が大きいと感じます。
そして、異性に関しては・・・ 他のことにも通じることですが、 『欲しい欲しい』という想いに拘っている時には、 なかなか手に入れることすら難しいのですが、
『どちらでもいいかな(一人でも生きていけるかな)』というように、 明らめる事(明らかにする事)が出来るようになったら、手に入るものです。
しかし、あくまでもこういう心に自然になっていなければなりませんが・・・。
何だか、難しいお話ばかりとなってしまいました。 もし、分からない箇所や表現などがありましたら遠慮なさらず にお便りを下さい・・・(全文掲載)
杏珠
| 2005年07月15日(金) |
法句経を読みました・・・ |
(省略)こんにちは。 私は岩波文庫の「ブッダの真理のことば・感興のことば」を読みました。 アタマにはすんなりと入ってきたのですが、ココロに実感が湧くまで時間がかかりました。 多分、それだけ反省が足りないというのか、エゴが強いというのか、 法句経の言葉を借りるのなら、愚かな人だからだと思いました。 ですから、先生にご質問できるレベルの内容は書けないと思います。 まず最初に、先生が仰っていたように、 私も雷に打たれたような衝撃を受けました。 それから、その衝撃の理由や中身をどうしても理解したくて、 何度も読み返しました。 それだけでもわからない部分がかなりあったので、「感興のことば」も読みました。 その結果、感じたのは、自分は傲慢だったということでした。 賢い人だと思っていたのに、実は愚かな人だったということです。 そしてついでに怠け者だということです。 第5章 愚かな人 67:もしもある行為をしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。 さらっと読めば当たり前なのですが、 自分にはそれが多すぎるような気がしました。 確かに後悔するようなことをせざるを得ないほど、 心が定まることなく揺らいでいます。 第3章 心 33:心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直くする。弓矢職人が矢柄を直くするように。 34:水の中の住居から引き出されて陸の上に投げ捨てられた魚のように、この心は、悪魔の支配から逃れようとしてもがきまわる。 35:心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心をおさめることは善いことである、心をおさめたならば、安楽をもたらす。 36:心は、極めて見難く、極めて微妙であり、欲するがままにおもむく。英知ある人は心を守れかし。心を守ったならば、安楽をもたらす。 37:心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟にひそんでいる。この心を制する人々は、死の束縛から逃れるであろう。 昔から、わかっているのにすべきことに集中できないことが 悩みの種でした。そのうちにしなくてもいいことが やらなければいけないことになり、したくないことをやらされているという不平や不満が絶えないという悪循環に陥っていました。 その一方で、したくないことを頑張った自分を評価し始め、「苦労した」「頑張った」賢者のような自分だと、 どこかで誇りに思っていたのかもしれません。 でも、実は何もしていないことに気がついたのです。 第12章 自己 166:たとい他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために自分のつとめを捨て去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ。 第21章 さまざまなこと 292:なすべきことを、なおざりにし、なすべからざることをなす、遊びたわむれ放逸なる者どもには、汚れが増す。 過去において、自分の時間を削ってもその人の悩みにつきあってきたことを素晴らしいことだと自己評価してきました。 又は、評価されるべきだと思いました。 それで自分自身のためになることを後回しにしたことを 言い訳にしていました。 でも、それは自分のためにも相手のためにもならないことが ようやくわかりました。 確かに自分は今まで何をしてきたんだろうという思いばかりが 残っています。そして、その「思い」に苦しめられています。 この悪循環は、自分の中の悪しき「思い」から 生まれたものだったんですね。 反省しました。 今更なのですが、先生がよく仰る、 「反省と自分を責めることとは違う」という意味が やっと理解できたような気がします。自分を責めて攻撃すると、 罪悪感や自己嫌悪が生じ、 それがまた悩みのスパイラルを生むからなんですね。 でも、反省というのは 「過去は過去。自分に落伍者の烙印を押してそこにとどまるよりも、 前を向いて進むことを選んで、決して同じ過ちを繰り返さない」 ということなのですね。 その過去への思いよりも未来への思いを心に抱くことこそ、 犯した罪自体は消えなくても、 その罪の重さ以上の償却がどこかでできるかもしれないということなのだと思いました。そうでなければ、 この世に人として生まれてくる意味がないのでしょうから。 今回、強く感じたのはこういうことです。 学校の先生に提出するようなレポートみたいで申し訳ありません。 まだまだ法句経については、 言葉というかたちにならないような感想のかけらをたくさん持ちました。 先生がお返事を書く言葉に詰まるような内容で申し訳ありません。 素晴らしい教えの存在を教えていただいて、ありがとうございました。 (全文掲載)
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法句経についてのお便り、拝見いたしました。
貴方も仰っているように・・・ 何かが心の中に残っているのに、 なかなか言葉で表す事は難しいものですね。
けれども、貴方の心の中の宝箱にたくさんの智慧がのこされたはずです。
法句経に書かれている言葉は、どれもがシンプルで・・・ 何も考えなければさらっと読んで終わってしまうでしょう。
貴方のお便りに書かれていた言葉は、 私がメールで何度かお伝えしたとしても 決して伝えられることは出来ない気づきに満ちていました。
私達人間は、愚かです。 しかし、自分が如何に愚かな人間なのか・・・ 何も出来ない人間なのかを認めること、明らかにする事が出来れば、 先を真っ直ぐに見つめる事ができる スタートラインにたつ事が出来ているということでもあります。
「私は如何に愚かだったのか」と過去を省みる事ができる人は 真の意味での ”強さ”を身につけることができる・・・ 六明師がよくお話ししてくださった言葉です。
私もまだまだ精進が足りない人間です。 お互いに頑張っていきましょう・・・ (全文掲載)
杏珠
| 2005年07月11日(月) |
貴方の見た夢は・・・ |
杏珠先生
お返事ありがとうございました。 とにかく、頑張ってみます。
先日求人広告を見て応募していたのですが、 またもや一次書類選考で不採用でした。 このとおり面接にもたどり着けませんが、それでもくじけずに、 きっとどこかに、「私」という一コマがぴたりとハマる「パズル絵(勤め先)」があると信じて、探していきます。 「焦り」が心の中で強まる時が多々あるので、 自分で自分に「焦らないで行こうね。きっと一番いい時に一番いいところに落ち着けるからね。」と語りかけながら。 やはり、試練の無い成長はないのですね。頑張ります。
そして、兄と甥たちの事、 彼らのために祈って、そして見守る。そうですね。
杏珠先生、このような事、誰かに話して良いのかどうか、と思い、 どうしようか迷ったのですが、 やはり、杏珠先生にお話しさせて頂いてもよいでしょうか。
一か月程前に見た夢についてです。 夢の内容など、人様に話すべきではないのでしょうが、 すみませんが、書かせて下さい。 私の夢の中での創造の産物は、兄との事について私の心の中を象徴的に表すとんでもないストーリーを作り上げたのです。嫌な夢でした。
舞台は着物を着ていた時代の日本。 辻斬りをしているような男。新撰組が着ているような法被に似たものを着ています。これが現在の兄です。 私は女性で、姉(もしくは母)とその子供の男の子が居ます。この姉(または母)が現在の母です。男の子は現在の弟です。 私は、この極悪非道男(現在の兄)に刀で背中を切られ、そして胸を刺されて、傷口が非常に冷たくて痛んでいます。苦しみながら、断末魔の喘ぎのさなか に、「こんな形で人生が終わるのかあ。無念だなあ・・・」と悲しさと淋しさを強く感じていました。 それを見た姉と子供(現在の母と弟)が悲しみで泣き叫んでいました。 死体運びを生業としているちょっと知能の低い男が、荷車に私の屍を投げ載せて、死体が山積みになっている所に運んで行きます。この男は現在の私の父です。・・・以上のような内容でした。
このような夢を作ってみてしまう程、 私の内面は兄との関わりに辛いものを感じていたのでした。 この夢を見た日かその次の日、なんと兄は実際に、 まるで夢の中の私を斬り殺した男のような目で、 うっとうしそうに私を見て、 直ぐに視線をそらしてその場を去っていきました。 もし、あのような目甥達を見 ているとしたら、甥達は、 ますます父親嫌いになって当たり前です。
本当に、杏珠先生がおっしゃる通りですね。 兄自身が気付いてくれなければ、どうにもならない。 私は祈って、見守ることしかもはや出来ません。
それから、法句教の本、読み終えました。 とても良い本でした。私の内面で何かが「ああ、そうか。」と 強く反応しました。 うまく表現出来ないのですが、読む前と読んだ後では、 明らかに心の姿勢が変わったと感じています。 (一部省略・抜粋)
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メールを拝見いたしました。
貴方が見たという夢は・・・ 貴方の心が作り出したものなどではありません。
はっきり申し上げますが、 貴方と貴方のご家族の、前世での出来事の映像なのです。
貴方のようにはっきりと夢で見ることが出来る事は、 あまりというか殆ど無いことなのですが、 これまで祈願と供養を続けてこられたことに対するご褒美なのでしょう。
前世について普段私は細かくお答えする事は一切ありません。 何故なら、前世を知るべきではない時期に知っても、 それを冷静に受け止める事が出来ない方が多いからなのです。
しかし、貴方は前世での『自分』と『家族』のかかわりを見たときに、 今生のそれぞれの人についての業を考え・・・ それについてあきらめる=明らかにすることが出来る状態に 心がなっておられるからこそ、前世を垣間見る事が出来たのです。
前世から今生にかけてのそれぞれの人の抱える傾向や業を、 冷静に見つめ・・・見守ること。
「みんな、それぞれの立場で精一杯生きている」ということを・・・ 貴方にわかってほしいと思います。 (全文掲載)
杏珠
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