| 2004年05月19日(水) |
霊障解除のご祈祷について・・ |
こんばんは。 『霊障解除』の御祈祷をしていただいて3週間になると思います。 この御祈祷は、 なかなか目に見える結果がわかりずらいとのことですが、 この御祈祷は、どういったところに働きかけがなされて、 よくあるヶ-スとしては、 どのような変化を感じることが多いのでしょうか。
私は『霊障解除』という言葉のイメ-ジから、 ご先祖様や、私に頼る御霊の御供養にしぼりこんで、 行われる御祈祷なのだろうかと想像していましたが、 こういう解釈でよいのでしょうか。 このところ、 霊的なことを感じることは、特にはないように思います。 ですが、今もまだ、怒りや腹立たしさがつきまとい、 素直に受け入れたり、信じたりすることが、なかなか出来ません。 めんどくさいとか、もうどうでもいいとか、 投げやりな気持ちになって、 一日を無駄に過ごしてしまうこともあります。 心にとげがはえてしまったみたいです。 結局は自分の為にはならないと思っても、 なかなか自分の感情をコントロ-ルすることが出来ません。 御祈祷をしていると、 感情が増幅されるということはありませんか。 ご先祖様のご様子や、御祈祷をスム-ズにいかせるために、 私自身がやるべきことがあれば教えていただきたいと思います。 どうぞよろしくお願いします。 (全文掲載)
早速、お答え致します。 まず、 「霊障解除」をされての変化は、必ず体調面に現われます。 障りを受けていたと思われる箇所の痛みや苦痛が軽減する。 浄化されるように、症状が軽くなります。 私が何故、効果がわかりずらい・・と申し上げたのか、 実は、 殆どの方が健康で当たり前・・と考えており、 実感するのに時間が掛かるのです。 貴方の症状も改善されてはいないですか。 それから、 貴方が仰るとおり、霊的な現象が少なくなります。 これがご祈祷が確かに効果を発揮している・・という事。 霊的なことに敏感になるのは、 ある意味、「死線」に近いと言う事なのです。 わかりますか? ある一部の霊能者の方々が過った宗教感を持ってしまうのも 低い位置の御霊と同じ死線の位置にいるからなのです。 ご祈祷をして、 位置が高い御霊、守護霊と呼ばれる御霊と同じ位置に立つ、 それが、ご祈祷の最終目標なのです。
貴方が解釈して頂いたとおりで結構です。 もう一つ、付け加えると、ご祈祷は貴方自身だけではなく、 御先祖様の有縁の霊への供養も含みます。 簡単に言えば、御先祖様を恨んでいた御霊の供養です。 それ以外にも、もっと大きな意味があります。
今の貴方が何故、苦しいのか・・ 自分を変えようと、心に誓ったのに、何故うまくいかないのか・・ それは、「邪魔やタメシ」と呼ばれるものです。 貴方だけではありません。 人が、 上を目指そうとする時は必ずそれを喜ばないものがいます。 心を不安定にする・・感情の波を大きくする・・ 落ち着かない・・やる気がでない・・投げやりになる・・ 貴方のその言葉は明らかに邪魔がある時の表現です。 それに、負けてはなりません。 それを一つ一つ乗り越える事が今の貴方に必要な事です。
毎日の生活を普通に過ごす事だけをお考え下さい。 規則正しく、当たり前に。やるべき事は必ずやる。 今の貴方に必要な事はそこにあるのではないでしょうか。
「強くなる・・自分に惑わされない自分を創る事・・」 ユタの私からのアドバイスはこの一言でした。 その為の具体的な方法をお考えになられてみては、 如何でしょうか。
貴方の事が心に浮かんでいました。 もうすぐ、ご連絡がある・・そう感じていました。 どうか、 遠慮なさらず、いつでも私にご連絡下さい。 貴方の幸せを常に考えています。 どうか、 すこしでも貴方が今を乗り越える事ができますように。 心を込めて。
−AYA−
| 2004年05月18日(火) |
「魔」について教えて頂きたいです。 |
AYA先生へ 先日2ヶ月分の御祈祷料を振り込みまして、 スタッフの方からも直ぐに入金確認の連絡を頂きました。 引き続きの御祈祷をよろしくお願い致します。 やはり胃の調子が悪く、先週病院に行って検査をしてもらった結果、 胃炎になっていました。 しかし症状の割には胃はきれいだと言われました。 仕事には休みながらも行っていますが、 病院に行くにも母親に頼りきっていますし、 母親の存在の大きさをひしひしと感じています。 今は本当に、以前大きな悩みがあった時には気付かなかった 又は見ようとしなかった根本的な問題についていろいろと考えています。 私にはあらゆる人や物に対して愛が足りない 又は与えてきれていないんだなあと、思っています。
こんな時に全く話の違う質問なんですけど、 「魔」について教えて頂きたいです。 先日の宝箱にもどなたかのメールに 「魔に入られないように」と注意されてましたが、 魔というものは気分の良いものなんですよね。 私は、魔に入られている状態と大きな流れに乗っている 状態の区別が自分でつくかなあという不安があります。 魔というものは何によってもたらされるのでしょうか? 自分の心の一部でしょうか? それとも何かの御霊が入りこんでくるからでしょうか? 何か悪い夢でも見たら、これは魔かもしれないとか 自分の心の醜い部分だとか判断できても、 良い気分の時にはこれが魔だという判断がつきにくいです。 それどころか、 知らずに良い事だと思い込んでいたら怖いですよね。 では、 御祈祷によって日々新しく生まれ変わっている自分を実感しながら、 早く体調が元に戻るように頑張ります。 (一部省略)
貴方からのご報告、拝見致しました。 お返事が遅れましたが、現在の体調は如何ですか? ご祈祷をされていて、体調が悪くなる場合、 そこには 必ず、その方にとっての大きな学びが隠されています。 貴方は少しずつ、ご自分でそれを見つけていますね。 その学びが、 貴方の中でしっかりと根付くようにして生きましょう。 大丈夫です。 もうじき、体調は完全に回復致します。
さて、 貴方からのご質問にお答え致します。 「魔」と呼ばれるものは、 貴方が仰るように、気分の良いこともあります。 簡単に申し上げますと、 「瞑想をしていたら、光が見え・・仏様が現われた・・ 自分は悟りを得た・・自分は人とは違う・・・」 等と言う・・。 瞑想を安易にされている方が、陥りやすい「魔」です。 悟りを得るのが、そんなに簡単なわけがありません。 人には決してできない苦行を 何年もされている六明師でさえ、自分はまだまだだ・・ と仰られます。
簡単に言えば、このような事ですが、 この「邪魔やタメシ」と呼ばれるものについては、 長くなりますので、次回の日記の中でお伝え致します。 次回を又、楽しみにしていて下さいね。
貴方の体調が早く良くなり、 前よりも喜びに溢れる笑顔で毎日を送れますように。 心から祈ります。
−AYA−
| 2004年05月17日(月) |
人生を自分の力で切り開いてゆけるよう、努力します。 |
AYA先生、おはようございます。 少しずつ夏の気配を感じるようになり、 朝を迎えるのが楽しみになってきました。 いつも、本当にありがとうございます。 過去の鑑定結果、AYA先生からの返信、 AYAダイアリー、AYAの宝箱、 すべて読み返し、深く考えてみました。
本当の自分、本当の幸せ、 魂の眼を開くとは、一体どういうことなのか?
自分の抱える大きな学び、魂からの教え、 それに気づくまでの期間、 実生活にどういう災いを引き寄せていくのか? 一番最初の鑑定結果の一部。
本当の私が気づいていても、表面の私が気づいていない。 AYA先生も、私の御先祖様たちも、本当の私も、 最初から気づいていて、祈って下さっていた。 本当に頭が下がります。気づかない私に対して、 見返りも求めず、ただ信じて見守って下さる。 気づかないとは、何と愚かなことなのでしょう。
表面の私が気づかないことこそ、学びです。 気づかないように、別の都合の良い理由をつくる。 真の問題を、責任転化して片付けようとする。 そのような心には、悪い御霊が同調し、災いに繋がる。 障りの原因、それは私自身です。
気づくまでの間、試練に感じていたことも、 嫌な役を引き受けて下さった方々の愛情に感じます。 本当にありがたく、嬉しいことです。
私の本当の幸せとは、形ではありません。 本当の私が喜ぶことをしてゆくことです。 私は今まで、本当の私に対してのケアを怠ってきました。 そして本当の私は、私に関わる人すべてでもあるのですね。
AYA先生にお会いすることができて、本当によかったです。 この出会いこそが、分岐点です。 これから、魂の眼を開き、 人生を自分の力で切り開いてゆけるよう、努力します。
私は、まだまだ未熟で弱い。 これからたくさん迷い、転び、くじけるかもしれません。 それでも目の前にあることを、懸命に受け止めていれば、 道は開かれて行くような気がしています。
AYA先生、わたしも随分手の掛かる子です。 それでも、この私が幸せの道を生きていくことで、 より多くの人の幸せに繋がることを信じて、 これからも精進した生きたいと思います。 それでは、また。 心から感謝を込めて。 (一部省略)
貴方へのお返事は、 二通目の問いに答える事となりましたが、 このご報告をどうしても「AYA宝箱」に保管したく、 今回、掲載させて頂きました。 貴方がご自分を冷静に見つめ、ユタの私に頼るだけではなく、 自らの道を選択している事が本当に嬉しいです。 これからも、このお気持ちを忘れる事なく、 本当の自分を心から大切にして生きましょうね。
どうか、 貴方がご自分で見つけた学びを乗り越える事ができますように。 心から願います。
−AYA−
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