| 2004年04月25日(日) |
(イラクで拘束された方々)自分の中の傲慢と謙虚さ・・ |
こんにちは。 お元気にお過ごしですか? 日記を拝見していて、いくつか思うことがありましたので お話させてください。 ・霊感について ご存知のように、私もかつては見えたり聞こえたり、 AYA先生のような力が欲しいと思ったことがありました。 何故に。 セラピーで、 四次元以上の世界から頼られるタイプかもね、と言われたからです。 何のことやらさっぱり分かりませんでしたが 頼られるなら出来る限りのことをしていきたい、、、と即座に思いました。 セラピーの先生はただ、謙虚に感じなさいと仰るのみでした。 そんなことから、私にも見えない世界を感じられたら 頼ってくる人に何か出来るかもしれない、 いえ、何かしたい、と思うようになったのです。 人間ですから、頼られているという言葉に弱いです。
今でも、どうしたらよいのかしらと思うことはあります。 そもそもその解釈が違っているのかな、とも感じます。 頼られているとはどういうことなのか、 根本的な部分が履き違えた解釈だったのかな、と。 だからあんな間違った方向に行こうとしていたのかな、と。 どう解釈したらよいのか分かりません。 私は何もしなくてよいのでしょうか? 私に出来ることは一体何でしょうか? ・イラクで拘束された3人の日本人。 政治家の発言を聞き、自分が叱責されたように体中が痛くなりました。 『どれほど迷惑をかけたと思っているのか』 『どれほど税金をかけたと思っているのか』 『頭を冷やしなさい』 母も3人に対し、顔を真っ赤にし声を荒げていました。 自己満足だ!と。 何か力になりたい、 じっとしていられない、 何かしなければ、 そんな思いは私にもあり、 イラクへ赴いた3人は、私には怒りの感情どころか 勇気あるすごい人たち、、勇敢で素晴らしいと映っていました。 でも、周りの人たちの怒りを見て、 これはただの自己満足に過ぎないのかな、とも思えてきました。 いくら自分が覚悟を決め、他人への助けの態勢をとっても、 それが身内への多大な迷惑に繋がってしまえば 利己主義なのかな、と思えてきました。 自分の考えに甘さを感じました。 自分を守るということを忘れていた自分に甘さを痛感しました。 ですが― 誰かが助けないと。 誰かが動かないと。 ―とても複雑です。 とはいえ、海外に行った者は自己責任で、、、 とは見離さない所が日本の愛情だな、とも感じます。
最近自分に対して思うこと。 それは、傲慢さです。 私には傲慢になる癖があります。 かつてからそんな自分が許せず、何度も自己嫌悪に陥り、 何度も泣いてきました。 謙虚な人様を目の当たりにしたときの衝撃は相当なものです。 自分に手綱を付け、常に引っ張っていないと私はすぐに緩んでしまいます。 厳しくいきたいのです。 でも、厳しくすると今度は自分を解放できなくなるのでは、 という怖さもあります。 以前のように、自分を閉じ込めてしまうのではないか、 そんな迷いもあります。
ビルとパソコンに囲まれた生活をしていると、時に心が悲鳴をあげます。 デスクには至る所に海や緑の写真を飾り、目と心を休ませています。 旅行している気分になりながら。 友人達と騒いだ日々を思い出しながら。 まだ当分逢いに行く勇気はなさそうです。 体はとてもとても行きたがり、全身がうずいて弾けそうなのですが。
いつもいつもAYA先生に言っていただいて、大変元気になるお言葉。 今回はおこがましいのですが 私から。 AYA先生のことがとても大切です。 AYA先生の幸せを心から祈っております。 心を込めて。
AYA先生にお世話になりっぱなしで、何かお力になれることがあれば といつも思うのですが、 今の私には、この言葉を精一杯お伝えすることしかできません。 先生にお逢いしたく、いつも日記を覗くのですが、 本当に心が一杯になると、またこうして長い文章を綴るかと思います。 どうかよろしくお願いいたします。 (全文掲載)
貴方へのお返事、遅くなり申し訳ありませんでした。 貴方からのご報告、拝見致しました。
貴方はしっかりと学びの中で自分自身を見つめ、 神仏のお力に頼るだけではなく、ご自分で道を探そう・・と 心で、物事を真に受け止めています。 大変、素晴らしい事です。 ご祈祷はまだ始まったばかりですが、 今の貴方の心を忘れないで下さい。
「頼られている・・何かしてあげたい・・」 貴方のその思いは、まさしく仏道の入り口です。 見も知らない赤の他人に対しての貴方のその思いは、 傲慢ではありません。 謙虚さとは、 できるだけの事をしてあげる事・・ 決して、全てを背負う事などせず・・ 自分の無理の無い行いの中からその思いを伝える・・ 「謙虚に・・自分にはこれだけしかできない・・」 そう思えることが大切な事ではないでしょうか・・
貴方のお心は、必ず通じるはずです。 同じ学びの階段をしっかりと登り・・ 必ず、幸せになりましょうね。
−AYA−
| 2004年04月24日(土) |
御念珠が届きました。(心の開放について) |
御念珠を本日拝領致しました。 ありがとうございます。 大切に身に付けさせていただきます。
数日、吹き出物の原因『心の開放』について考えています。 辞書には 心 :知・情・意のはたらき。精神。気持ち。まごころ。思いやり。 開放:あけはなすこと。 開く :あく。はればれとなる。ひろげる。さかんにする。 閉鎖:入り口などをかたくとざすこと。とじること。 機関や組織が、その活動をやめること。 他者に入り込まれるのをきらうようす。 このような意味があげられていました。
自分の心を閉ざす、 暗い闇の世界へ喜怒哀楽などの感情や気持ちを押し込める、 このような心の在り方は不自然だと思います。 自分を見つめると「薄っぺら」で「からっぽ」で、 張子のように感じていました。 心をどこかへ閉じ込めていれば無理からぬことですね。 心を閉じ込めた(主のいない?)肉体は、 体のない霊にとっては干渉しやすい、だから霊障を受けやすいのですね。
生き難さを感じてもなお、心を開放できないのは何故でしょうか。 自分の気持ちを自分にあけはなせない理由とは。 自分を信頼できず、自分の気持ちを安心して感じたり、 受け入れたりすることができないからではないかと思います。
そうだとして、出来ること。 今の気持ちを感じること、批判せずに受け入れることが スタートになりそうです。 また、誰かにお礼を言うとき、「ありがとう」と口にしても 心が伴っていないなーと感じることが多々あります。 その人がどのように考えその行為に至ったのかを考えて、 感謝できるようになろうと思います。 なんだか私がいうと上滑りですが、 生きることを恐れず、喜び、愛し、感謝できるようになれたら素敵です。
先生がお伝えくださった『心の開放』について、このような考え方で理解してよろしいでしょうか。 もしかして本来の「今回の人生での課題」ではないところ(心の開放)で、長い時間を費やしてきたのでしょうか?すごく不安です。
この2年、出会う人や環境が良くなり、 そのおかげで先生のHPへと導いてくれたように思います。 逃げ出さずに投げ出さずに『心の開放』に取り組んでみたいと思います。 (全文掲載)
貴方の元に無事に御念珠が届き、安心しました。 貴方が、 私の鑑定結果を真に受け、お考えになられた事・・ 貴方の仰る通りです。 現在の貴方を変えること・・貴方がご自分で変えるのです。 何よりも大切な事です。 神仏のお力に甘んじる事がないよう・・ 毎日の生活を律して下さい。 それが、 貴方の本当の幸せに繋がります。
まず、 身代わり念珠を身に着け、神仏のお力を実感されて下さい。 身代わり念珠は、 貴方に良くない影響を与えている御霊から貴方を守り、 遠ざけようとします。 それに気が付いてください。
又、貴方からのご連絡、お待ちしています。 私は、貴方を包み、常に貴方を見守ります。 お返事はすぐに出す事ができませんが、 どうか、何かあった時はすぐにご連絡下さい。 貴方の心・・気持ちをこの私に開放して下さい。
貴方の幸せを心から祈願致します。
−AYA−
| 2004年04月23日(金) |
今日も無事に過ごせました・・全てに感謝致します。 |
AYA先生こんばんは。 今日も一日無事に過ごすことができました。 全てのものに感謝してます。 質問ですがとても暑い日には 汗をかきますので ブラジャーの中に御念珠を入れることができなくなります。 どうしたらいいのでしょうか? お返事はいつでもいいです。 よろしくお願いします。
貴方からのご質問、拝見致しました。 「汗で濡れた場合は・・」 乾いた布でふき取ってあげればよいですよ。 以前の日記にも書きましたが、 汗(塩)は、霊的なものを遠ざける役目もします。 大丈夫です。それだけでは念(性根)は抜けません。
貴方の言葉・・ 「今日も無事に過ごす事ができました・・感謝致します」 大変、素晴らしい! 大事な事は、そこに隠されているのです。 感謝の思いを言葉にする時・・ 仏様(神仏)・・御先祖様・・守護霊様・・と 言葉にすると良いですよ。 それが、御先祖様に対する供養となります。 お願いするのではなく、 「ただ、ありがとう・・」と言葉にする・・ 本当の幸せに繋がる心です。
貴方はご自分が、変わってきた事を実感していますか? 本当に変化しています。 これからも立ち止まる事なく、 幸せの階段をしっかりと歩みましょうね。
又、ご連絡をお持ちしています。
−AYA−
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