 |
 |
■■■
■■
■ あんまり
誉められた思考じゃないな、と思うだけに、何かそういう思考をしてしまう自分がちょっとイヤ。
何となく『あった方がいいのかな』と思ってし始めたちょっとしたこと。その始まりは善意なんだよね(って、自分で『善意』とか言ってる時点で終わってるか……?)。 が、相手にとっては『やってて当然』になってて、偶々忘れてたりすると「やって下さいねっっ!」って言われる。 そうなると、どうしても思ってしまう訳だ。
……何時も『やったってる』のに偶々忘れたら何でそんな言われ方せなあかんねん。
ちょっと調べればすぐに出てくるデータ。顧客の送って来たFAXの発注番号とか。それもわざわざその顧客だけ別でファイリングしてるような(=数枚紙を繰れば目当てのデータに行き着く)。 台帳の備考として書き込み忘れてたり、注文書の方が後に来て伝票に記載してないから台帳記入の時に書き込めなかったり。 「やって下さいね!」って言われ『書いて下さい』とぺったん(=ポスト・イット)をわざわざ次の記入欄の部分に貼り付けられ(=剥がして別の所に貼らないと次の記入が出来ない)。
苛っとする。
……何で『何時も<やって貰ってる>からこれ位自分で調べたらええわ』っていう思考に行き着かへんねん。
ちょっと調べたら済むこと。 だから彼女は『ちょっと調べてアンタが書き足せば済むことやん』と思ってるのかもしれない。
でもね、瑞樹の仕事に、別にそれ必要じゃないし。 必要なのは請求金額と入金金額の確認・合致の為。あくまでもそれを欲しいのは瑞樹じゃなくて彼女。 本来なら確認作業する時に彼女が注文書から番号とかを纏めて台帳に書き込めば済むようなことだ。
まあ、例え瑞樹が始めてなくても、最終的には『やって下さいね!』ってこっちに振って来そうではあるけど。
でもまあ、この場合、瑞樹が気を遣ってというか、良かれと思って何気(勝手)に始めたことだから、いけないとは思うのよ。
『やったってる』思考。
だって瑞樹が『勝手に始めた』から。 勝手に始めといて、『やったってる』って言うのは可笑しいことだもん。 相手にしてみれば「やってくれなんて言ってへんし」ってな話だし。そりゃあ最終的には『やってくれ』って言って来ても可笑しくないとはいえ、ね。
……でもなぁ、ついつい思ってる自分がいるんだよなぁ……(溜息)。 いつも『やったって』んねんから、ちょっと埋まってない所位自分で調べて埋めろよ。
って(遠い目)。
☆ 今日読んだ本 ☆ 集英社 コバルト文庫 前田珠子『紅琥珀』
2010年02月19日(金)
|
|
 |