| 2014年11月01日(土) |
ジミー・ペイジが70歳とか!@NHK SONGS |
さあ11月!
自分の誕生月はなぜか体調を崩すことが多いのですが、
クリスマスに向けて大好きな季節なのでがんばってまいりましょう!
さてさて、今期のドラマといえば、やはり「ごめんね青春!」がダントツです。
他もいろいろチェックはしているのだけど、期待したほどではなくて、
リピートするのはこれと「マッサン」だけ。
クドカン作品に登場した役者さんは、
それまでまったく興味がなかったり、むしろ苦手だったりしても、
作品の力で好印象に変わってしまいます。作品の力、役の力ってほんと大きいです。
その他、ドラマ以外で楽しかったのが、
NHK SONGS「レッド・ツェッペリン 〜4人の絆が生んだ 天国への階段〜」
懐かしすぎて感動でした。
小学生の頃はさすがにまだ知らなかったけど、中学・高校あたりで聴いたわー。
「移民の歌」「胸いっぱいの愛を」「天国への階段」、どれも大好きでした。
ロバート・プラントのハイトーンヴォイスも懐かしかったけど、
実は当時もハイトーンな男声はさほど好みではなかった記憶があります。
子どもの頃から低い声好き。曲は好きだったけどね。
当時、来日公演でも行かない限り、外タレのステージ映像なんてあまり観れなかったはずなので、
記憶に残っているのは、音楽雑誌の写真なのでしょうね。
前をはだけてのけぞりがちに歌う姿や、ふわっふわブロンドで彫りの深いお顔。
ロバート・プラントと言えばはだけた胸&腹、そしてぴっちりボトムスの股間。
なんでそこ強調するかなぁ?とよく思ってたもの。自慢か?
学校で一緒に音楽雑誌を見ていた友人(女子)が、目のやり場に困って
思わず両手でロバートの股間を隠していたのを、よーく覚えております。
ああなんて可愛らしい時代。
で、すごくキレイな銀髪の、めっちゃステキな70歳になられていたジミー・ペイジ!
70歳はもうおじいちゃんと言ってはいかんな。若くはないけど若々しくてすごくダンディ。
あまり白人っぽくない穏やかなビジュアルで、
(白人のビジュアルは猛々しいのが普通という意味ではなく)、
日本人の70歳にもこういう感じのキレイなおじさまがいそう、という、
とても親しみやすさを感じさせるお顔になられていた。
同じギタリストで同じ70代でも、
なんだかすごいビジュアルになっちゃったキース・リチャーズとかとエライ違いです。
いえ、キースはあのキースでよいのですが。むしろあちらが普通。
1975年のライブ映像の「天国への階段」。ステキでしたー。
ジミー・ペイジのギターにあらためてうっとりです。惚れ惚れです。
音色も旋律も、ツインネックを抱くあのセクシーな姿も。
このセクシーなギタリストが、こんなステキな70代になられたのか。
この映像はお宝ですわ。
| 2014年10月31日(金) |
美智子さまがすごすぎる |
ハロウィーンと言えばかぼちゃ。
ここ最近の家族のお気に入りがバナナブレッドとかぼちゃブレッドですの。
砂糖とバター控えめでも(っつーか近所のスーパーにも百貨店にもバターがない!)
しっとりしてやさしい味なのがよいよね。
交互に焼いてテーブルの上には必ずこのどちらかが載っていて、朝食やおやつになっております。
なので、この秋はたぶん自分史上一番かぼちゃを食している。
かぼちゃおいしいよね、かぼちゃ。
さてさて。
先日たまたまネットで、皇后陛下 傘寿をお迎えになって という映像を観ました。
「政府インターネットテレビ」なんてものがあるのも知りませんでしたわ。
数分のご近況映像かと思ったら、ご誕生から最近までを網羅した充実の1時間。
観始めたらすごく引き込まれてしまい、結局最後まで観てしまいました。
もうね、美智子さま凄すぎる。ステキすぎる。
お若いころの美しさだけでも国宝級なのに、それをさらに輝かせるお人柄。
大変失礼ながら、今上陛下の最大の功績は、美智子さまを伴侶にされたことではないかと。
折にふれてのお言葉や、詠まれた和歌がほんとステキ。
つい先日もオランダ国王夫妻を迎えられていましたが、たとえば国賓をお迎えする際の心構えについて。
「どの国も変わりなくお迎えすることが大切と、
陛下が接遇の基本をお話くださったことを、いつも思い出しています。
これは当然のことのようですが、実際にはその時々の日本とその国との関係、
又、人々の関心の持ち方の違いから、
歓迎の人々の多さや報道のされ方等にどうしても差がでますので、
皇室がこの原則に常に立ち戻ることがどんなに大切かを毎回心に留め、
お一人ずつの国賓をお迎えしています。」
海外の要人や王族の方々の中にあっても、日本の両陛下の気品や気配りは群を抜いていると、
実はいつも感じています。
美智子さまがこうおっしゃったからというわけではないのですが、
相手によって態度をコロコロ変えるのは、かなりみっともないものね。
相手への気遣いから変えるのでなく、相手を軽く見たり下に見たりして態度を変える、というのはね。
みっともないだけで済めばよいけど、こういう人はいつか必ず足元をすくわれてるし。
ということは、国の代表がそれをやっちゃうと、国自体が足をすくわれるということに。
平成10年に国際児童図書評議会(IBBY)から依頼された、読書についての基調講演では、
「悲しみの多いこの世を子どもが生き続けるためには、
悲しみに耐える心が養われるとともに、喜びを敏感に感じ取る心、
又、喜びに向かって伸びようとする心が養われることが大切だと思います。
読書は、人生のすべてが決して単純でないことを教えてくれました。
私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。
人と人との関係においても、国と国との関係においても。」
下々の者にはわからない、最大級の複雑さの中で生きてこられたのでしょうね。
もし自分がそんな立場に置かれたら(仮定にしても失礼にもほどがあるが)、
若くて経験がない頃はまず心労で病む、病んだのを言い訳に放棄する、
慣れてきたらいいかげんになる、ワガママになる、高慢になる、
年取ったらあとはもうほっぱらかす、と、その情けない凡人っぷりが目に見えるようです。
が、美智子さまはその複雑さの中でも、
本当に強い意志と高い精神性をお持ち続けられている。もう80歳なのに!
大学生の頃、学生自治会長をなさっていた美智子さまのことを、お友達が
「人の上に立たされた者は 謙虚に人に仕えねばならぬことを、
しっかりとわきまえ実行された方だった」
と評されているのですが、お若くてもノブレス・オブリージュの体現者でいらしたのね。
というか、こういう評ができちゃうお友達もすごいけど。
その姿勢が80歳の今日までずっと変わらずにいらっしゃるというのがもう。
私は特に皇室信奉者ではありませんが、
日本神道の最高位の継承者、日本文化の最大の擁護者として、
皇室は続いていってほしいと思っています。
不敬な言い方ですが、それは、
歌舞伎や大相撲がこれからもずっと続いてほしい、富士山もちゃんとそこにあってほしい、
と思うのと、同じ感覚です。
美智子さまがステキすぎるので、次世代を担うはずの東宮はただでさえ比べられて大変なのに、
比べなくてもいろいろ大変なようで、ほんと大変。
おひとりずつでもご家族揃ってのおでましでも、
敬意よりもいたたまれなさばかりを感じてしまいますことよ。
| 2014年10月23日(木) |
ものまねを脱する方法 |
リスナーやゲストからいろいろな相談をされたときの、ましゃのアドバイスがすごく好きです。
広範囲にわたってとても博学でいらっしゃるのに、ひけらかす感じがまるでないのは、
その知識をあまりにさらっと、あまりに自然に会話に挟み込んでくるからでしょうか。
あるいは、高度な知識とスキのないシモネタが、まったく同列に語られるからでしょうか。
それとも、それを語ってるお顔がオトコマエすぎて(ラジオだけど!)、
表情もかわいすぎて(ラジオだけど!)、声もステキすぎて(よしっ!)、
語っている内容のすばらしさをも、霞ませてしまうからでしょうか!
と、大げさな前置きを並べ立てるほどのご相談ではなかったんだけどね、今回は。
でも、やっぱりましゃいいわー、と思ったもので。
11日のたまラジで、
「ましゃのようなシンガーソングライターになりたくて、ましゃのカバーばかりしていたら、
いつしかましゃのものまねばかりになってしまい、自分の声を見失いかけている」
という19歳男子リスナー、アラドン君からのご相談。
「自分のオリジナリティを出すにはどうしたらいいか、歌まねは封印した方がいいのか、
失礼ながらましゃのアドバイスをお願いしたい」と。
福 「この文面から察するに、アラドンは1年前よりも、(俺に)もっと似てるってことね?
あの時点でも相当似てたよね。
(学祭でましゃ曲を歌った音源が、1年前にたまラジで紹介されたことがある)
歌の上手さとかギタープレイじゃなくて、ものまねとしての受けの良さになってきたんだろうね。
ものまねとしてのクオリティが高すぎて」
荘 「これは悩むでしょう」
福 「これはわかるね。この迷いはね。」
荘 「誰でも、自分の好きなアーティストの真似をする時期はありますよね」
福 「そうなんですよ。かつて、ビートルズのジョージ・ハリスンだったかリンゴだったか
『ぼくたちは、本当はプレスリーに憧れて、プレスリーになりたかったんだ。
でも技術的な面も含め、プレスリーにはなれなかった。だから僕たちはビートルズになったんだ』
と言ってたんです。ところがアラドンは、できすぎて・・・」
荘 「ジョージ・ハリスンから急にアラドンに・・・」
福 「ところがアラドンは、できすぎて、上手すぎるんだね」
荘 「カバーというか、『福山の物まねやってんだね』って思われるんだね」
福 「というか、『福山じゃん!』って。
そうなると、僕の曲よりも、もっと難しいコード進行の曲とか、複雑なメロディラインの
曲のカバーをやる方がいいかもしれませんね」
荘 「なるほど」
福 「たぶんね、歌的にもギター的にも、技巧派というか、上手なんですよ。
どんどん吸収していって上手になりやすい人なんですよ、きっと。」
荘 「でも、受けるほう受けるほうに、どうしても行ってしまうという・・・」
福 「それはでも大事なことですよ。それは大事。
でもそれだけじゃなくて、似せないでよりオリジナリティを高める、ということで言うと、
とっかかりとして、『できないこと』をやった方がいいんです。」
荘 「なるほど」
福 「結局、『できること』っていうのは、個性にならないんです。今、俺いいこと言ったよ!」
荘 「言いましたね!」
福 「『できること』っていうのはね、技術的に伸びないんです。もうできちゃってるから。
できないことに挑戦するから技術的に伸びるし、できないことに悪戦苦闘するから
オリジナリティが生まれてくるんです。」
荘 「ということは、どうします? 福山さんのものまねは一旦・・・」
福 「それはもう、自分の十八番なんでそれでいいんですよ。いつでもできることなんで。
さらに違うアーティストを・・・。誰? 難しいコード進行でやってる日本のアーティストって。
フラットマイナーとか、ディミニッシュとかばかりの・・・」
荘 「わたしの好きな(山下)達郎さんとか、分数コードとか使ってますけど」
福 「達郎さんも難しいけど、全然違うけどボサノバとかも難しいよ?」
荘 「ボサノバ、聴く方はゆったりした気分で聴けますけどね」
福 「世界的に有名なセルジオ・メンデスとか、かるーくやってるように見えるけど、
あのギターをコピーしようと思ったら、指つるよ!」
荘 「弾く方もラクに弾いてて、聴く方もラウンジなんかでラクに聴くようなイメージですけどね」
福 「コード進行、複雑なんですよ。ジョアン・ジルベルトとか。俺、できないもん、あれ。」
(ギターでボサノバっぽいフレーズを爪弾いてみるましゃ。ステキな音色♪)
荘 「ああ。そんな感じだ」
福 「もうね、ずーっと指見てなきゃいけないから、ボサノバ進行は俺できない。
何回練習しても、これはダメだと思って。」
荘 「普段見てるコードと確かに全然違いますね。これは真似しようにもなかなか真似できない」
福 「是非、アラドンはボサノバを」
荘 「ずっとアラドンを聞きに来てた人はびっくりすると思いますけど」
福 「なんでボッサなんだよ!?って。でも練習としてはいいと思います」
ましゃが音楽的なアドバイスをし始めると、素人にはわからないことも多いのだけど、
実際にギターを弾きながら説明してくれると本当によくわかる。ましゃのギターも聴けて嬉しいし。
このアドバイスのどこに感動ポイントがあるのだ?と言われそうですが、いやもう全部ですよ。
自分のものまねが上手すぎて、だけどそれをどうにか抜け出したい、なんて言われたら、
それだけで気分を害する大御所なんて、山ほどいらっさるでしょ?
なんか急に上から目線になったりとか。上から目線のわりに役に立たない物言いしかできないとか。
そういうところがね、誰に対しても微塵もないのよね、この方は。
ないどころか相手にとても共感し、
相手の技術の向上に実際に役立つ、とても建設的で誠実なアドバイスをなさる。
ご本人はよくご自分のことを「ちっちゃい人間」とかおっしゃいますが、
ましゃの誠実なアドバイスを聴くたびに、おおらかで気前のいい人だなー、と思います。
ちっちゃい人間は相手の成長に役立つことなんて言わないもの。
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