| 2014年09月10日(水) |
いきなり余生を実感してみたり |
いやー。いいですねー、涼しくなって♪
錦織くんの応援のために修造が日本にいないからだ、とか言われていましたが、
帰ってきても、もうちゃんと秋に向かってくれるのではないかしらん。
がしかし、やっと自由にのびのび動けるぞーと思った矢先に風邪などひいて、
今週はずっとダルダルしております。
一年で一番好きな季節「秋」!
そして今年もあと4か月を切っておる。
なんかもう速すぎですよ。
先日、久々に両親の墓参りに行ってきたのですが、
父の享年73歳、母の享年79歳と刻まれてる墓碑を眺めて、急に実感しましたの。
わたしも立派に(立派じゃないけど)フィフティーズということは、
父と同じだったらあと20年、母と同じだったらあと30年弱の寿命。
あっらー。意外とすぐじゃん! と。
思わず「お父さんお母さん、また会えるまでそんなに時間かからないね」などとつぶやいてみたり。
いやしかし、祖母は100歳近くまで生きたので、それだとまだ50年弱ありますが。
先々を考えると不安なことばかりですが、8月30日のたまラジでましゃがおっしゃっていたように、
今できることは今やって、どうにもならないことはどうにもならない、と認めたうえで、
あとはもう「その時に考えましょうよ」と。
福 「自分にはどうにもならないことを考えて、今をないがしろにする僕のような
心配性な人間は多いと思うんですけど、僕もそうだからあえて言いますけれども、
『そのとき』考えましょうよ。
できることはやりましょう。でも、自分ではどうにもならないこともありますよ。
これを仏教では『諦念』。
そのとき、考えることのできる『体力』と、それなりの『元気さ』があれば、
生きていけます! 大丈夫です!」
勇気づけられますねー。
元気でいることって大切ね。
だから、自分を元気にしてくれるものも大切。
だからというわけじゃないけど(完全にだからだけど)、
ステキな師匠のショットもあるらしい「映画るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編 写真集」も、
ちゃんと注文しました。わーい♪
| 2014年09月05日(金) |
るろ剣 アクション座談会@ZIP |
最近、るろ剣のことしか書いてませんねぇ。
ドラマも見てるし(「HERO」「ペテロの葬列」「ゼロの真実」「家族狩り」「ST」)、
今日はましゃの感謝祭のエントリーも済ませたのですが、
やはり目前に迫りし「伝説の最期編」を見るまでは、師匠の師匠っぷりを見届けるまでは、
どうも他のことにあまり興味が行かなくて。
今朝のZIPで、大友監督、谷垣アクション監督、佐藤健、の皆さんによるアクション座談会。
健 「大友監督と谷垣さんは、いつもわりと熱量高めの仕事をされてますけど、
僕は他のいろんな現場を見るじゃないですか。やっぱりこの現場は異常ですね。
アドレナリンが垂れ流し状態。」
大友 「アドレナリンって見えるの?」
健 「それがスタッフ全員に伝染していってるという」
大友 「うちのアクションを撮るのは、カメラマンも本当に大変。
練習の段階からカメラマンも一緒にくっついて、全部の手を覚えて、
次どう撮る?ってやるんだけど、
役者が怪我しちゃいけないから、本番直前のリハーサルまでは全力でやらないんです。
で、本番になると一気に倍速になるから、カメラマンには初めて見るスピードなんですよ。
だから俺たちに『なんで撮れねえんだよ!』『ふざけんな!』
『カメラマンのつもりでいるから撮れねーんだよ!!』とか言われて。」
カメラマンさんは何のつもりでいたら撮れるのかしらん?
健 「(宗次郎vs剣心の戦いを見ながら)今見ると、
なんであんな動きをしていたかわからないんですよ。」
大友 「理想的だ、それ」
健 「これ、今やれと言われてもできないな、っていう感じなんですよね」
谷垣 「るろ剣のアクションって、その時1回こっきりしかできないってことがけっこうあって、
監督とは『役者のオリンピック』と言っている。
オリンピックで一流の人がやれるかどうかわからないことを賭けでやる、
という感じの面白さがある。」
剣心が屋根の上を全力疾走するシーンでは、
谷垣監督はじめキャストにアクション指導をする『アクション部』の人たちが
ワイヤーに吊られて撮影しているそう。
谷垣 「アクション映画を香港でやってると、けっこう僕らがカメラマンやることは多いです。
アクションを作った人間が一番アクションを覚えてるわけだから、
アクションを撮りにいく、ということではそれがいいかもしれない。」
監督も役者も、なぜCGやスタントを使わず、生身のアクションにこだわったか?
健 「そういった原作なんでね。
『るろうに剣心』という原作に手を出すということがどういうことか、
すごく重いことだって承知して、みんな覚悟してやってましたから」
大友 「ピアニストの役をやる人には、当然、ピアノの練習をしていただくわけじゃないですか。
だから、最強の剣士なわけだから、最強であるための努力は役者にしていただかなきゃ
いけないよね。
そこに俳優のエモーションが載ってきて、初めて、女性が見ても共感できるような、
感情が揺さぶられるようなアクションシーンにたどり着けるんじゃないかと。」
メイキングでは、煉獄の上で剣心と宗次郎が全力で併走する場面で、
谷垣監督「はい、おれOK! おれはOKよ?」 健「もう一回やってもいいですか?」
谷垣「もちろんもちろん! もちろんですよ!」と、どこまでもやっちゃう現場の様子が。
三人のお気に入りのアクションシーンは、まず『剣心の壁走り』。
健 「パート1の時から、壁を走る練習をずっとしてたんです。
体育館の壁とか、会議室の壁とかを、部活のダッシュじゃないけど、
全員でずっと練習してたんです。すごい難しくて。
でも僕もできるようになりたかったから一生懸命練習したので、
映画の中で披露することができて、嬉しいな♪ って。」
大友 「足くじくんじゃねーぞ!みたいな。あれはね、見ててちょっとヒヤヒヤします。」
谷垣 「パート1のオープニングでもやってるんだけど(戊辰戦争のシーンね)、
健くんが言ったのは『あれは壁じゃない』って。」
大友 「あれは土だからね」
谷垣 「崖だし壁に近いんだけど、彼は『壁じゃない』ってめっちゃ不満そうだった。
垂直じゃないと燃えない、って言うんですよ。」
二つ目は『蒼紫の二刀流』。
谷垣 「蒼紫は宗次郎とは対照的な戦い方。
宗次郎はノープランで『あ、いけた、じゃあこうやっちゃえ』だけど、
蒼紫は何手先までも読んでる。
たぶん7回くらい見たら、その戦い方の違いに気づく。」
大友 「俺、4回目くらいで気づいたから、皆さんは7回、8回だと思う」
こういうのを聞くと、メイキングも本編と同じくらいの量で拝見したくなります。
剣心vs宗次郎、剣心vs蒼紫 の対戦場面が少しずつ映ったのだけど、
あの数秒だけでも、「京都大火編は準備運動」と言っていたのがわかる気がしました。
| 2014年08月30日(土) |
アクションも凄いが剣心の言葉もステキ |
高校生くらいまでの皆さんは夏休み最後の週末ですね。
学校始まってしまうぅぅぅという気の重さは痛いほどわかりますが、
夏休みがやっと終わるぅぅぅと、心底ホッとしている人もいるのだよ。
立場が変わると何もかもが変わる。生生流転。(大げさだわ。るろ剣の影響まるわかり)
月曜日から朝の電車も混むよなぁ。どちらさまも負けるなー!
二回目の「京都大火編」も面白かったです。
疾走感とスケールの大きさを楽しんでいるうちに、あっという間の139分。
初見でも思いましたが、宗次郎と操と剣心の足の速さったらないよね。
屋根の上とか、太鼓橋の下り坂とか、そのうえ人がごろごろ転がってる場所とか、
危なすぎる場所で走る走る。
剣心はまだ、全力疾走にふさわしいキリっとした表情で走るけど、
宗次郎なんて全力疾走なのに表情には必死さのカケラもないし。
「王様のブランチ」で、たけるんがおっしゃってました。
殺陣よりも全力疾走の場面の方が、実は大変だったかもしれないと。
足元は袴だから、踏んづけちゃって顔から地面に突っ込んじゃうことも多かったそう。
(操だけは忍び装束で足元スッキリだけど。)
だから、走るシーンをほめてもらえるとすごく嬉しいのですって。
心に残るのはアクションばかりでなく、やはり剣心の言葉も。
兄と両親を志々雄一派に殺された少年への言葉と、
張に誘拐された赤ちゃんのことを語る剣心の言葉が、とてもとても心に残っています。
少年には、
「(志々雄一派のような)暴力で人を支配するような男になるな。
(志々雄一派をおそれて言いなりになった村人たちのような)暴力におびえて
何もできないような男になるな。
最後まで村人や少年のことを思い守ろうとした、(少年の)兄上のような男になれ」。
少年は、村人たちから仇討を無理強いされて、
剣心によって一網打尽にされた志々雄一派を刺し殺そうとしていたのだけど、
それをさせなかった剣心。短刀を握りしめた少年の手を抑え、
「死んだ者たちが望むのは生きている者たちの幸福だけ。この小さな手も時がたてば大きくなる。
その時に、」こういう男になれ、という前述の言葉が続くのです。
こんなに若い剣心が(と言っても29歳設定なのね?)、子供たちを
「望みを託すべき貴重な次世代」として、守り育もうと強く思っていることが、
「この小さな手」といつくしむように言う様子からすごくよく伝わってきます。
自分の小さい手は汚しに汚してきた剣心だからこその決意ですよね、
「この小さい手は汚させない」というのは。
それは誘拐された青空の赤ちゃんへの想いにも。
張が「たかがひとりの赤ん坊のためになぜ命を賭ける?」と問うたときに剣心は
「動乱の時代を知らない赤ん坊は平和な時代の申し子。お前にとってはただの赤ん坊でも、
自分にとってはかけがえのない希望なのだ」と。
こういう言葉から、贖罪以上の想いを剣心がずっと持ち続けていると感じることができます。
抜刀斎時代だって、私利私欲ではなく、「新しい時代のため」と信じていたのだろうし。
ところで本日8月30日のるろ剣公式サイトの「日めくり剣心」は、
煉獄の上で4人に囲まれている志々雄さま。
「伝説の最期編」の予告動画にもあった場面ですね。
剣心、斎藤一、左之助はわかるけど、蒼紫まで剣心側に付いたのか。
この場面について志々雄こと藤原竜也さんはPICT-UPで次のように。
「(剣心と)ようやく会えたな、さあ始めるか、って死闘を繰り広げるんですけど、
やがて江口洋介さん(斎藤一)が出てきて、次に青木崇高(左之助)くんが登場して、
ついには伊勢谷くん(蒼紫)も出てくる。4人と同時に対峙したときは・・・本音を言うと、
もう『めんどうくさい!』って思った(笑)。
囲まれてみたらわかりますよ、この方々を相手にしなきゃいけないなんて」
こういうのを読んだからというわけでもないのだけど、志々雄ってなにか憎めないのよね。
残忍きわまりないけど、あんな姿にされたらそりゃあそこまで屈折するのもわからないでもない。
あの異形が、フランケンシュタイン的哀れさを連想させたりするのかしらん。
フランケンというよりミイラ男だけど。
しかし後編の予告動画といえばこちらでしょう!
師匠のステキな低音ヴォイス聞きたさに、どんだけリピートしてることか!
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