| 2014年06月28日(土) |
やはり「続・最後から二番目の恋」 |
今期のドラマも全部最終回を迎えてしまいました。
好きだった順だと「BORDER」「続・最後から二番目の恋」「花咲舞が黙ってない」。
「最後から二番目」の最終回、見事な大団円でしたねー。
完全に長倉家の中だけで、しかもほぼリビングの中だけで、出演者全員が入れ代わり立ち代わり総出演。
かなりドタバタではありましたが、味わい深いステキなドタバタ。
どんだけドタバタでも、会話の妙は最後まで失速することはなかったし。
一話からの全編を通して、とにかく和平と千明が面白すぎでした。
このふたりがいないシーンはすべて蛇足に思えてしまうほどでしたもの。
おふたりとも実年齢そのまんまの役どころで、しかもふたりとも本当に魅力的なキャラクター。
ほんとに楽しかったです。
かえすがえすも残念なのが「ビター・ブラッド」。
渡部篤郎さんと佐藤健くんの親子バディは本当にカッコよくて、
脇の役者さんたちもみんな魅力的なのに、毎回なんとうすっぺらいドタバタだったことよ。
脚本と演出は猛省モノだと思うのですが、制作陣はこれが納得の出来だったのかしらん。
それでも観続けたのはひとえに!
ひとえに渡部篤郎さんのカッコいい佇まいと、らぶりーな顔芸が観たかったから!
髪もしょっちゅうぐしゃぐしゃにしていましたが、45歳があんだけヘンな髪型になっても
最高にキュートなままってどういうことですか。
なので、閉じ込められたエレベーターの中でふたりが息の合ったコントをずっと繰り広げていた回が、
わたしには一番のお気に入りです。こんな渡部さんをまた観たいなぁ。
佐藤健くんの次のお楽しみはもちろん「るろうに剣心 京都大火編 / 伝説の最期編」。
もろもろ楽しみですねー。もろもろね!
さてさて、あれもこれも最終回で、何も観たいものがなかった昨夜、
(いや、ましゃの感謝祭ライブ@WOWOWとかは何度でも観たいし、観てるのだけどね)
そういえばThank CUE(オフィスキューのファンクラブ)を更新した時に送られてきた
特典DVDをまだ観てなかったわ、と思い出しまして。
相変わらず楽しげな、TEAM NACSのファンミーティングの様子が。
ファン1000人からアンケートをとり、「一番ファンのことを考えていると思う人は?」
「一番デートが面白くなさそうな人は?」などで順位を争っておられました。
その中の「一番夫にしたい人は?」で、二位に入った大泉洋ちゃん。
(ちなみに一位は森崎リーダー、戸次シゲさんは唯一の独身者なのにナックスで最下位)
洋ちゃんが堂々の二位に選ばれた理由はきっといろいろあったのでしょうが、
司会者がわざわざ選んだのが、
「福山雅治さんのものまねをずーっと聞いていたいから」
「うん。それは本当は福山さんと結婚したいということだね」
と、悟りきった穏やかな口調でおっしゃっていた洋ちゃんでした。
いえいえ、洋ちゃん人気のすごさはよーく存じておりますよ。旦那さんにしたいと思われて当然。
でも、洋ちゃんにデフォルメされたましゃも最高に面白いから、
ましゃファンとしてはとても納得でございました。
さ、もうすぐたまラジ〜♪
| 2014年06月23日(月) |
男神の名に恥じぬお届けもの |
アジアツアーを完走して無事に日本に戻り、久々の生放送ラジオ。
台湾と香港を席捲した「男神」「巨星」「老けないイケメン」の第一声が
「ただいまぁ! お腹すいたよ、おまえらぁ!」って、
らぶりーでフレンドリーで、お留守番組の心をくすぐるにもほどがある。
おいしいものいっぱいのアジアにいたにもかかわらず、「痩せちゃった」そうな。
福 「中年シンガソングライターとして、胃腸をいたわる食生活でステージに臨みたいと思い、
油ものを控えていたわけですよ。おかゆばっかり食べてた。
でもおかゆにも油は入ってるから、そんなにたくさんは食べれなくて。」
ご本人的に一番残念なのは、下半身(太ももまわり)の筋肉が落ちてしまったことなんですって。
下半身のトレーニングはとても疲労するので、その疲労感を残したままステージに立つのはよくない、と思い、
ツアー中は下半身のトレーニングを控えていた結果、筋肉が落ちてしまったのだそう。
福 「これはもう、口が裂けても言いたくないことだったのだけど、言わざるを得ない。
筋肉が落ちました! 断腸の思いで言いますけど」
荘 「福山さんとしては、これは恥ずべきことですものね」
福 「しかも下半身でしょ。ロケットの発射台の部分ですよね。
発射するものがどんなに元気でも、発射台がしっかりしてないと、発射できない! 」
荘 「シモが帰ってきた」
福 「『こんな夜に オマエに乗れないなんて』」(忌野清志郎さんですね)
荘 「男性としての尊厳にかかわる問題ですよそれは。いかんですねそれは」
福 「ほんっっとーーーにもうね、断腸の思いで」
という苦渋のご報告で始まったアジアツアーのお話がすっごく楽しかった。
以下、ちょっと抜粋。
・「HEAVEN」での、日本ではおなじみのエロい手さばきは、台湾の新聞では
「福山雅治 海外初夜 愛撫秀手技」と書かれたと。
ましゃの訳では、この文面は「加藤鷹」ってことなんですって。
・その記事の横には、ツアーグッズのおパンツの写真も載り、
福 「この記事からだと、この夜、台北アリーナでいったい何が行われたんだ? と思うよね。
しかもパンツ売ってるくせに、歌ってる本人はステージではノーパン、って、
非常に複雑な、想像を掻き立てる構造になってて」
・台湾、香港ともに、歌にもMCにもすべてモニターで字幕を出したそう。台湾では北京語、香港では広東語。
福 「字幕が出てるということは、用意されているトークということ。
それはどうなのか、みたいな意見もあったのだけど、こうまでして届けたいものが
自分らにはあったということ。
そしてそれがちゃんと届いた、ということを、台湾の初日にオーディエンスから教えてもらった。」
字幕は、どのレポや感想を読んでも、大好評だったようですね。
お客さんたちだって、自分たちのために手間ひまかけてくれてることを、嬉しく思わないはずないですし。
・「暁」は、間奏後のサビだけを中国語で歌った。その時の歓声がものすごかったのですって。
キャーなんてものじゃなく、どーーーーーーん!!!という感じだったそう。
ましゃは、中国語で歌い出す直前(間奏の部分)が、ライブ全編をとおして一番緊張していたそうですが、
いざ歌い出して、その途端にどーーーーーん!!と、凄い歓声があがると、そのあまりの凄さに今度は
「いやいやいやいや、まあまあまあ。大丈夫だから、大丈夫だから」(会場をなだめるみたいな言い方)
みたいな気持ちになっちゃったと。
その凄さに「負けるな自分! 逃げちゃだめだ自分!」な気持ちで歌っていたと。
・福 「日本語で歌うライブでどこまで届けられるのかと不安だったが、
台湾の初日を前にステージセットが組み上がり、ゲネプロ(通しリハ)をやり、
そこで日本とまったく変わらないチームワークで、変わらないクオリティのライブが
届けられると確信して、その不安はなくなった。
それと同時に、そんなふうに不安になってた自分をすごく恥じた。
自分がまだ中学生で洋楽を聞いていた頃、英語の歌詞の意味なんてわからなくても
すごく感動して、それで音楽をやりたいと決意したのに、
いざ自分がステージに立ち、音楽を届ける側になって、
日本語で大丈夫なのか? 言葉が違うから届かないんじゃないか? と感じるなんて、
音楽から感動をもらった一番最初の自分から、一番離れたところにいるようなものだ、と。
そんなことで心配していることを、すごく恥ずかしいと思った。」
そしてもちろん、ましゃの届けたいものはちゃんと届き、それが台湾公演直後のツイッター、
「音楽はいろんなことを越えることを教えてもらえた。」というひとつぶになったのですね。
「不安がなくなった」と同時に、「不安になっていた自分を恥じた」というましゃの言葉に、
なんてステキな人だろうと。(もうだいぶ前からわかってるけどね! どんだけステキかってことは!)
音楽の力、若造のみずみずしい感性と感動、そして今自分の音楽を心待ちにしてくれている多くの人々。
そういうものへの素直な敬意がなければ、「恥じる」なんて感情は出てこないわけですから。
このベテランのオトコマエにしてこの謙虚さ。そりゃまわりの誰もが全力でサポートしたいと思っちゃうさ。
そしてファンとしては、全力で大好きになっちゃうさ。
ましゃのオフィシャルサイトで紹介されていた、
現地の方々の感想(6月22日付の更新情報で紹介)もすごく興味深いです。
どの感想にも共通しているのは、「一流を体験した」ことへの感動と驚き。ぜひご一読くだされ。
これほどの人気とキャリアがあれば、現地でライブを実現してもらうということだけで感謝感激で、
ライブの内容については、正直そこまで期待されていなかったのかも、と思うのです。
ところが、ふたを開けてみたら、何から何まで超一流のクオリティ。しかも親しみやすくて楽しくて。
そりゃ「男神」はカッコいいけど、まさかここまでデキる「男神」とは思わなかった、
というのが現地の皆さんの正直なところなのではないかと。
感動と驚きの言葉に満ちた感想を読むと、そう思わずにはいられませぬ。
男神、じつは凄いのですよ。
あの爽やかなビジュアルと、礼儀正しいけど人懐っこい物腰からは想像できないかもですが、
すさまじく「ホウサイレイアー」(広東語で「凄い」の意味だそう)なプロフェッショナル。
台湾と香港のみなさんにもわかっていただけて嬉しいです。
| 2014年06月19日(木) |
答えは遅れてやってくる |
ちょっと前になりますが、6月1日のトーキングFMで、ましゃがおっしゃっていたこと。
浪人生リスナーからの
「すごく楽しく予備校生活を過ごしてしまっているだけに、この時間っていったい何だろう?
こんなんでいいのか?と、今の宙ぶらりんな状態に不安になる」というメールへのお返事。
「きれいごとに聞こえるかもしれないけれど、
人生において無駄な時間というものはないと思います。
でも、『無駄じゃなかったな』って思えるのは、時間がたってからなので、
今は答えは出ないです。
このあと何年もたってから『あの時間というのは、今のわたしにこういう影響を与えてるんだ。
あの時間があったからこそ、今の自分はこうなんだ』っていうふうに、あとで気がつく。
ある著名な生物学者は『人生に意味なんてない』って言いきってます。
『人はただ生まれてきて、その生まれ育った環境で、自分がやるべきことをやって、
ただ死んでいくだけ。意味なんて考えるから、苦しくなるし、しんどくなるんで、
人生に意味なんてない、と考えた方が、楽に生きれます』というようなことを言っていて。
それ、すごくよくわかるな、と。
人は意味をつけようとしちゃいますよね、自分の存在意義とか、存在証明とか。
それがないと、理由とか意味がないと、人間は不安になりますから。
でも逆説的に、自分の存在には理由も意味もないんだ、ただ生きて、与えられたことや
できることをやっているだけだ、と、考えることも、時には大事だと思う。
考えすぎて苦しくなったり暗くなったりするくらいだったら、
意味なんかないと思っちゃった方が楽かもしれない。
自暴自棄になるという意味じゃないですよ。そうじゃなくて、
みんなそんな大した意味も理由もないですから。そして、答えは今は出ないものですから。
もう少し時間がたってから『こうだったのかな』くらいの答えでいいと思いますよ。
でも、一度もこういうふうに悩んだことがない人というのは、よくないと思うんです。
『いやぁ、オレもう一回も人生の意味なんて考えたことないっす!』なんて奴の人生の方が心配。
答えなんて出ないし意味もないかもしれないけど、少なくとも1回はちゃんと考えたことがある、
ていう人の方が、あとあと良い気がする。
今悩んでいる時間は、あとあと、きっと必要だったということに気づきますから。あとあとね。」
すごく勇気づけられるお返事ですね。
なんかね、ほんとそうだな、と思って。
答えがわかるまで、人はかなり待たされる。
待たされたあげくにやっぱりわからない、ということもある。
それでも、何年か何十年かを経て、いきなり腑に落ちた時のスッキリ感は、
しぶとく生き続けた者へのささやかなご褒美なのかも。
ちなみに、「答え」という言葉はましゃの曲のいくつかに使われていて、たとえば、
「どうして答えは いつだって遅れながら やってくるのか」
/ 『ひとりきり歩いてく帰り道で』(1995年)
このせつない失恋ソングを初めて聞いたときに、この部分にすごく共感したのをよく覚えています。
もちろん、他の部分の詞もすごくせつなくて大好きなのだけど。
きっと、答えはわざと遅れて知らされるようになってるのですね。
すぐに正解がわかっちゃったら、迷いもせず、決断もせず、
がんばる喜びもなく、まちがったという後悔もせず、
つまりはなんとも味気ない人生になっちゃうから。
せっかく調べてみたので、他にも「答え」という歌詞が出てくるましゃの曲をご紹介。
「いままで生きて 出した答えは 正解よりも間違いのほうが多いよ
僕は間違いながら 大人になってきたんだ」 / 『生きてる生きてく』
「痛めた心は意味があると言ってよ 答えはない
ただ目の前にある現実にfighting pose」 / 『fighting pose』
「答えは出ないのかも ゴールもないのかも
でもそれが「自由」かもと 僕ら笑ったよね」 / 『旅人』
「どれだけの疑問と どれだけの答えが 渦巻いて うごめいて
自分をなくしそうで」 / 『友よ』
「絶望と希望のくりかえしだけど そのすべて受けとめて 力に変えて
歩き出すこの足が 答えになる」 / 『約束の丘』
「ただ地図を広げて ただ風を待ってたんだ 答えもなく」 / 『虹』
などなど。
まだ他にもありますが、どれも名曲ですね。
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