今日のおたけび または つぶやき

2014年05月26日(月)  ツアーもツイッターもおつかれっした!



ドームツアーも無事にファイナルをむかえ、それとともに公式ツイッターも一旦終了。


「ありがとう」をあっちにもこっちにもいっぱい言ったあと、

ライブ終わりのいつもの言い方「また逢おう! またやろうな!」が最後のひとつぶになっているのが、

まぎれもないましゃ感というか、ましゃらしさというか。




いちにちひとつぶは本当に楽しみでしたが、なくなるからといって特に喪失感があるわけでもなく。

ま、わたし自身がツイッターにほとんど興味がないというのもありますし、

ラジオのおしゃべりがなんといってもましゃの意思伝達手段の最高峰だとも思いますし。




それに、以前にも書きましたが、

巨星は夜空をふと見上げた時にそこに燦然と輝いているのがステキなので、

24時間ダラダラと気配を匂わせている必要はないのでございます。




ところで先々週(5月18日)のトーキングFM。

ドラムの山木秀夫さんとキーボードの井上鑑さんがゲストでいらしてて、

デカい会場で緊張するかしないか、のお話になり、



福 「緊張するときとしないときがある」

山 「会場が大きければ大きいほど、人が多ければ多いほど、

   隅々まで届くように叩かねば! と、すごく楽しみになる」

井 「やましいこと(練習不足とか)がなければ、基本的に緊張しない」


などとお話されていました。



会場が大きくなり「遠くまで届けよう」とすると、普段以上に神経を使うだけでなく、

演奏でも普段使わない筋肉まで使うので、ましゃは

「悪い意味じゃなく、こんなに疲れるとは思わなかった」んですって。




ドームに登場して1曲目を歌うのはどういう気持ちなのか? と問われ、


福 「正直に言うと、ツアー初日(東京ドームの初日)は、めちゃくちゃ緊張しました。

   不思議なもので、歌い始めると緊張するんです。

   歌い始めるまでは、リアリティがないみたいで、全然緊張しなかったのに、

   歌い始めた途端、どわーーーーっと来た。

   『あらららららららあらららららら』って。(←すっごい高速のあららら) 

   5万人が一瞬にして自分の歌を聴こうと集中したのがわかって、

   その途端『あらららららら』って。『うわー!倒れちゃう!倒れちゃうーーー』って。」


井上・山木 「うそぉーー。嘘でしょ?」


福 「初日はそうでした。倒れそうでした。

   2日目は、『そうなるんだな』っていう1日目の経験があるので、だいぶましでしたけど」

井 「でも、いつも凄いな、と思うのは、

   振り返ってバンドメンバーと目があったときは、今と同じ福山雅治さんなんですよ。

   パフォーマーでありアーティストとして何万人というお客さんと向かい合っている人だけど、

   こちらを振り返ったときの表情は、いつものレコーディングスタジオの時と

   同じ顔、同じ笑顔で振り向くから、緊張はしてるのだろうけど、自分はそのまんまなんだな、

   さすがだな、と。」

福 「それは、安心するからですよ。

   振り返るとそこに、僕がぐらついたとしても絶対的に確かな演奏がそこにある、という。

   だから、振り返ってる時というのは安心する瞬間なんです」

井 「嬉しいこと言ってくれますねー」




あの東京ドームの初日、花道の真ん中で「beautiful life」をアカペラで歌い出した時、

「倒れそう」なほどの緊張だったとは!

それはそれは堂々とステキな、いつも以上のオトコマエさんでいらっしゃったのにね。




バンドメンバーとアイコンタクトしているときの笑顔は、ほんといつも最高に嬉しそうで柔らかい笑顔。

あの笑顔を見ると、ついついこちらもつられて笑顔になってしまいます。




そうかー、レコーディングスタジオとかでもあの笑顔なのかー。

バンメンの皆さん、どんだけ日々眼福三昧でいらっしゃるのだ。

もちろん客席に向けてくれる笑顔も最高ですけどね!(←勝てる気はしないけど言ってみた)






2014年05月24日(土)  タイムマシーン



「HUMAN」ツアーも今日・明日の大阪で国内はファイナル。

結局WOWOWの中継はなかったかー。

でも、映像化されないはずはないと思うので、楽しみに待ちましょ。




そんなファイナルの地、大阪入りされた日のましゃのひとつぶ。








「遠くへ」、名曲ですよね。大好きです。

わたしは夢を抱いて故郷からはなれひとり遠くを目指した、などという経験がなく、

(ちょっとした海外旅行とか短期のホームステイを除く)

生まれてからずーっと関東近辺で暮らしている、世界の狭い人間なので、

共感するというよりは、憧れなのですが。




まだ何者でもない若者ましゃが、この歌詞にあるような想いを抱きながら車窓の外の夕陽を見ている、

って、想像しただけで胸がいっぱいになる情景です。



今のましゃが、その頃の記憶をよみがえらせながら車窓の外の夕陽を見ている、というのも、

それ以上にせつなくてステキな風景。




タイムマシーンってけっこう身近にあったんだな。

気づかないうちに何度も乗せてもらってたみたいです。

一家にひとり、マシャえもん。





2014年05月22日(木)  まだ続く・ましゃが慎重に生きる理由



ファンあっての今の自分、だから迷惑をかけないように気をつけて生きている、と明言なさるましゃ。

ファン、つまりお客を大事にするということは、自分の仕事を大事にしているということですよね。

ましゃが音楽や映像に携わる仕事をとても大切にし、生み出した作品を大切にし、

それをずっと続けていきたいからこそ、その仕事を支えてくれるすべてに、

その最終的な到達点である客に、できるかぎりの心遣いを続けておられるわけで。




その想いの原点のひとつともいえるエピソードが、ファンにはもはやおなじみの

「Calling」(1993年発売)というアルバムタイトルにまつわるお話。

野良犬ましゃのお話をした5月3日のたまリクで歌ってくれたのが「Calling」だったのです。




 福 「Callingという言葉には「天命」とか「天啓」などの意味もあるのだけど、

    昔、今から20年近く前、母方の祖母(みかんのおばあちゃん)がまだ元気で畑に行ってる頃、

    ぼくはアルバム「Calling」を制作していた。



    母親から、おばあちゃんの膝だか腰だかが調子わるいと聞いたので、ばあちゃんに

    「身体大事にせばいかんよ。あまり無理せんといて」という話をしたら

    「そういうわけにもいかんとよ。畑が呼びよるけんね」って、ばあちゃんがぽろっと言ったの。

    僕はすごく感動して、中途半端な気遣いをした自分を恥じたくらいだった。



    そうか、ばあちゃんは畑と共に生き、畑を生かし、畑に生かされて、

    そういうふうに生きているんだな、ということを知って、

    いつか僕もそういうふうに音楽やエンターテインメントと共に、

    僕がエンターテインメントに生かされ、僕自身が音楽を生み出し、というような、

    そんなふうになりたいなー、と思ったのを、今でもすごく覚えている。



    『Calling』というアルバムは、そういう意味合いも含めてそのタイトルになった。

    それから20年近く経ってできたアルバム『HUMAN』の、

    『昭和やったね』という曲にもつながっている。」




野良犬ましゃは、こんな素晴らしい感性もお持ちだったのですよ。

おばあちゃんの生き方をそのひとことから心に刻み込んだましゃは、

それをおばあちゃんと同じ畑で生かすことはなかったけど、

「エンターテインメント」というフィールドに呼ばれ、そこで生かし続けている。




この初心をましゃが全然忘れていないというのが、なんかほんとにステキです。

もちろん、初心を思い返すだけで色々な問題が解決できるなんて甘い世界は、どこにもないでしょうが。



それでも、自分のフィールドで育てた大切な作品の数々を、

自分だけでなく多くのファンにも大切にされ愛され続けている作品の数々を、

自分の不用意な言動などで台無しにしてしまうことが、極力ないように、

そのための「慎重に生きる」姿勢に、この初心は確実につながっているに違いない。




楽しくファンやっていられるのも、ましゃが慎重に生きてくれているおかげです。

感謝の気持ちを込めて、今夜もましゃが一日の激務終わりにおいしいビールが飲めますようにと祈りつつ!





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