| 2012年06月10日(日) |
福山蒸留所9 男のサガってやつですね |
今現在はもう蒸留所10が配信中で、9は聞けませんが、
9がもうアホすぎて最高すぎて、語りたくて仕方なかったわけすよ。
FC会員限定配信というのが本当にもったいない。
でも、FC以外に無制限に聞かせるというのも、それはそれでもったいない。(どっちだ)
今一番タイムリーな話題は、文春七月号で市川亀治郎改め四代目市川猿之助との対談や、
襲名記念ポスターの撮影風景(カメラマン福山雅治もカッコいいっすよ!)だとは思いますが、
「9」のさわりだけでも!
「重たすぎるお悩み相談室」ということで、ラジオでオンエアするにはちょっと重たすぎる
相談を受け付けているのですが、「8」では、「自慰行為がやめられない女性からの相談」だったのです。
ましゃの一貫した主張は「他の人に迷惑をかけることではないので、やりたいだけやればいい」でした。
今回もその続きから次のようなことをおっしゃっていました。
福「欲望に身を任せるということではなく、自分で自分の性欲をコントロールするというのはすごく大事。
お酒も依存症になったりするが、性欲だって『セックス依存症』というものがある。
それは性を自分のものにできてないから。欲望のままに他の人を傷つけたりすることは絶対にダメ。
でもひとりで行なう自慰行為で人に迷惑かけることはまったくない」と。
「性に限らずどんなことでも、自分で『コントロール』できて、初めて人間なんです!
野球のピッチャーだってボールコントロールができなきゃダメでしょ?」とも言ったりして、
「それを同列に語るのはどうかと!」と荘ちゃんからつっこまれたりもしていましたが。
で、ここからがアホすぎて楽しすぎる。
思春期の男の子たち全員に聞かせたいくらいですよ。
キミもおそらくやっていただろう、あるいはやろうと思ったけどやめただろう、
「俺ってヘンタイ?」と人知れず悩んでしまったかもしれない行為の数々。
それらはアホきわまりないことに変わりは無いけれど、
もはやこんなカッコいい大人の男になられた福山雅治だって、通った道なのだよ、と。
いや本当に、女にはまったくわからない世界。
本当は爆笑してはいけないのかもしれないけれど、昔話として語っているのだから、笑ってもいいよね。
馬鹿にして笑っているのではないのですよ。
そこまでアホな行動をとらねばならぬほど、少年期の性欲というのは切実なもので、
でもそれを他に迷惑かけることなく処理すべく、涙ぐましい努力をしている、その必死さ加減が、
なんとも愛しく、でもやっぱり爆笑ものの滑稽さでして。
でも、こういうお話はやっぱり苦手、という方は、ここから先はご遠慮ください。
わたしも、ましゃや荘ちゃんが語っているのでなければ、
そこいらのチャラいあんちゃんとかが下品なトーンで語ったりしているのであれば、
全然聞きたいと思いませんので。
自分がちゃんと性のコントロールができるようになるまで、「自慰行為」において、どんだけアホな
トライアンドエラーを繰り返したか、を克明に語り合うましゃ&荘ちゃん&松岡。
もちろん今は皆さん、きっちり「コントロール」できる大人な男たちですから、
少年(および若気の至りの青年)時代のお話なわけですが、
福「昔はねぇ、いろーんなところにつっこんでましたよ。」
荘「出たぁ!」
福「それまでいろんなトライをしてみて、『ここは違うな』というのを思い出したんですけど、
『ソファの肘掛と背もたれのすき間』とか。ぜんっぜんダメでしたね。」
松「果敢にアタックしてたんですね。探究心ですね。」
福「ラジオでも話したことありますし、ネット上では伝説とされてますけど、最終的に
『空中で射精するともっとも気持ちよいのではないか』という結論に至って、その瞬間に
空中にいようと思って、何度も試みた経験があるんです。跳ぼうと思ったんです。
でも、その時って、ヒザが立たないんです。」
荘「はっはっはっはっはっ! 確かに、力が入らないですね。」
福「だから、足を使わないで空中に滞在できてたらいいんだ、と思いついて、ソファから、
下に敷いてある布団に、その瞬間にゴロンって・・・」
松「ああ。せーの、ゴロン!って、ダイビングですね?」
福「そうそう。でも、ただ下に落ちただけで、全く気持ちよくなかったです。」
荘「それはかえって気が散りますね。」
福「そうですね。ま、それくらいの経験をして、今はコントローラブルな性が可能になったわけです。」
荘「わたしの中学時代の知り合いが、スピーカーのちょっと穴が開いてるところに入れて、
ハードロックをかけてみたら・・・」
福「ひゃっはっはっはっはっ」(拍手してる)
荘「で、『おぉ、こりゃぁイイ!』と思ってたら、そういう時に限ってお母様がドアをコンコン・・・
『うるさいわよ! 何やってんのよ!』って。で、アセって引き抜いてちょっとささくれが・・」
福「痛い痛い! でもそういう経験をして彼もね、性をコントロールできるようになるわけですから。」
荘「そいつはもう尊敬の対象でしたから。みんなから『オマエすげーな』って。」
福「俺も、『イモ』って呼ばれてる友達がいて、ある日『よしけん』って友達が『イモ』の家に遊びに行ったら、
『イモ』が、なんとか自分で自分を咥えようとしていたと。」
荘「あぶないあぶない! みんな必ず一度はやろうとするんだ!」
福「そう。がんばってたんだって。『よしけん』がガラっと部屋のドアをあけたら『イモ』がそうなってたって。
ひゃっはっはっは! でもそのくらい色々やって、
我々オトコというのは性を自分のものにしていくわけです。」
荘「ね。女性から見たらバカに見えるかもしれませんけど。」
福「なんでもそうですよ。どんな発見だって、ノーベル賞だって、最初の発想は必ず笑われるんだよね。
偉人の名言集などには必ず出てくるけど『アイディアを人に話してみて、笑われたら、
それは大発見になる可能性を秘めている』と。笑われるくらいの内容や発想が、世界を変えるんです。
『それいいじゃないですか』って言われるようなことは、結局、凡人が考えているということだから、って。
だからやっぱり、ガラってドアを開けたときに『おわっ!』ってびっくりさせた『イモ』は、
今でもレジェンドになってるわけです。 」
いつぞやのラジオで、中二の修学旅行での風呂場での「軽く揉んでふくらませてみた」の時もでしたが、
こういうお話の、野郎どもの楽しそうなことといったら!
どんだけモテたかとか、どんだけいっぱい女の子とつきあえたか、とかの武勇伝ではまったくないのにね。
アホ方面の武勇伝なのに、なぜか最高の地位にあるらしい。
オトコって!
| 2012年06月06日(水) |
リーガル・ハイ 第8話 |
コミーの子ども時代はせつなかったですねー。
まあ確かに鼻持ちならないイヤなガキではあったが。
父の理屈は間違ってはいないのだろうが、
常にああいう感じで自分の言動にダメ出しされ続けたらツラいわ。
父の理屈はもっともだし、もっともだと理解できる良い頭も持っていた子だから、
なおのこと反論も反抗もできないし。それでも「頭の悪い子は嫌い」って言われる。
そりゃしんどいわー。
ずっと一緒にいたら、極限までガマンした挙句に親父を刺すか、言うなりになって自分が精神を病むか。
そう考えると、離れるのが一番なわけですよ。
親不孝と言われようが、子育て失敗と言われようが、取り返しのつかないことになる前に、
別々の人生を生きてみるのが最善。
一緒にいて共倒れになるより、別々の道でもそれぞれが力強く生きていくほうが絶対いいじゃないか。
距離的にも心情的にも断絶したままだとしても、
親父は田舎を拠点に名士であり続けているし、息子は都会で弁護士として成功しているわけだし。
しかし、泥沼離婚裁判の時には元妻を刺客として呼び寄せ、
娘から母親への親権停止要求には、断絶している父親を呼ぶとは、三木先生もじわじわ攻めてきますね。
そしてその度に、コミーの知られざる人間性もじわじわと明かされてくる。
これがまだ布石だというのだから、クライマックスはいったいどうなるのでしょう。
ほんと、このドラマは毎回、現代社会の現在進行形な病理をうまく見せてくれますな。
フィクションとはいえ、ひょっとしてこれがモデルなのでは? な、事件や人物が、必ず思い浮かぶし。
大人の事情で言いたくても言わないでいる発言を、コミーはいつでもハッキリ言ってくれるし。
今回だと「成功する子役なんて二通りだろう。大人の金儲けのためにムチ打たれる哀れな操り人形か、
大人の顔色を見て手玉に取る、ませたクソガキか。」
「数年後にはチンピラタレントとできちゃった結婚するか、年寄りの愛人になっていることだろう」とか。
薄っぺらい正論を言いがちな朝ドラヒロインのご意見も、時にとても説得力があります。
最後の「サンタクロースは存在する」の考察とかね。
それを聞いているコミーが「超入門」の教科書を前に「きらきら星」をめっちゃ真剣に練習中とか、
もろもろらぶりーすぎる。最高すぎる。
コミー父が「木枯し紋次郎」だったということ、最後にちらっと聞けたテーマ曲で思い出しました。
このくらいの触れ具合も粋でいいですね。
| 2012年06月02日(土) |
本能寺の変から430年 |
一昨日、最高にドラマチックな信長の最期を見たばかりなのに、
今日はその「本能寺の変」が起きた日だそうです。(天正10年6月2日)
あらびっくり。
今日の公演は、まさしく信長の命日の公演。
旧歌舞伎座だったらご本人の幽霊が出ちゃったって不思議はないくらいですね。
(以前、中村橋之助があるお侍を演じていたとき、花道にそのご本人とおぼしき
とても美しい武将姿の幽霊を見た、と、語っておられた。)
信長さまご本人にしてみれば、430年を経てもなお、カッコいい役者さんが
入れ替わり立ち代わり自分を演じ、自分の最期を再現し続けているというのは、
まったく予想なさらなかったでしょうね。
今でも本能寺の真相は想像の域を出ないのだから、ひょっとしたら
「本当はそのような筋書きではない」とか、ダメ出ししておられるかもしれん。
100歳の寿命も全然めずらしくない昨今でも、430年後といったら4代先。
「人間五十年」の当時だと9代先。なのに信長さま、まだまだバリバリ現役ですよ!
もちろん、他にも時空を超えて現役な方々はいっぱいいらっしゃいますが。
「人間五十年」と言えば、信長がこれを謡いながら舞うシーンは有名ですが、
もちろん「WARRIOR」にもありました。
人間五十年
下天のうちをくらぶれば
夢まぼろしのごとくなり
ひとたび生を得て
滅せぬもののあるべきか
これを謡いながら舞う信長は、やはり最高にステキ。詞もいかにも信長にふさわしくて。
この一節を含む「敦盛」の詞は、そのままロック調の「侍ロマン」(曲:森崎博之、テツヤ)という曲になって、
カッコいいシーンに効果的に使われていました。
ナックスのリーダーって原案・演出、そして作曲までするのか。凄いな。
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